黒い聖域

久遠

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修羅の道 第七章・法力(5)

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 その日の夕刻、御山を登る一人の男がいた。
 男は額の汗を拭いながら、ふうーと息を吐くと、おもむろに後ろを振り返った。耳には紀の川の轟々たる流れの音が届き、瞼の裏には紀伊水道の青々とした海が浮かんでいた。
――何年ぶりだろうか。
 男は記憶を辿りながら、魂の故郷に戻ったような安らぎを覚えていた。
 ここは弘法大師空海上人が宗教活動の拠点とした真言密教の聖地高野山である。
 平家物語の高野巻には、
『高野山は都を離れること二百里。人里離れて、人の声もしない。緑の間を吹く風が木々を鳴らして、夕陽の光が穏やかである。八つの峰と、八つの谷は本当に心も澄み渡るだろう。花の様子は、霧の立ちこめた林に美しく咲いていて、僧侶の鳴らす金剛鈴の音は山頂の雲に響いた。寺のかわらを松が覆って、垣根には苔が生していて、歳月の長さを感じさせる』
 とある。
 まさに神秘に満ちた霊場と言えた。

 その男、神村正遠は僧衣ではなく、スーツ姿で訪れていた。他宗の高僧が足を踏み入れることを憚ってのことであった。瞑想の折、栄真が『八葉』と言った地はこの高野山だったのである。
 高野山とは特定の山の名ではなく、この八葉連峰一帯を総称した名である。金剛峰寺というのも、今の寺院がそう名付けられたのは明治になってからで、それまでは高野山と同じくこの一帯を金剛峰寺と呼んでいた。
 高野山への参詣道はいくつかあったが、神村は空海上人が歩いたとされる町石道(ちょういしみち)を登っていた。町石道は、空海上人が表参道の玄関として開いた慈尊院から壇上伽藍まで、一町(約百九メートル)毎に石塔を建てたことに由来する。その数、実に百八十基、距離にして約二十キロメートルにもなるが、時の権力者である藤原道真や白河上皇も歩いたとされる参詣道であった。
 神村は金堂の前でひとしきり読経をすると、一の橋口を渡った。そこから東に広がる一体が彼の目指す奥の院であった。
 神村は、ある人物を訪ねてこの地に足を踏み入れた。
 先の座主堀部真快(ほりべしんかい)大阿闍梨である。
 真快は齢八十八。金剛峰寺の座主にあったとき、主だった宗派が加盟する仏教会の代表も務めていた、日本仏教界の第一人者であった。
 神村は大学生のとき――といっても、すでに天山修行堂において二度の荒行を終えており、前途を嘱望された僧侶であったが――学問の師より真快を紹介されていた。
 神村には、滝の坊の中原是遠、天山修行堂の久田帝玄の、二人の宗教上の師がいたが、もう一人中国思想、哲学の教示を仰いだ学問上の師がいた。
『政財界の黒幕』の異名を取り、昭和日本の思想的支柱であった奈良岡真篤(ならおかまさあつ)、その人である。
 奈良岡真篤の先祖は、代々出雲松江藩・松平家の家老職を務める名門家系で、真篤自身は幼少期より『天童』との称賛を受けた大天才だった。
 僅か十二歳にして大正天皇に論語を説き、後年には昭和天皇も、度々四書五経の講義を受けられたと言われている。
 帝都帝国大学在学中に『中国哲学及び思想に関する一考』を著し、これが日本国内だけでなく、中国の識者からも大きな反響を呼ぶこととなった。とくに時の海軍中枢には信奉者が多く、日露戦争時の勇将で、海軍大学校の校長や海軍大臣の要職を歴任した五代大将などは、数十歳も年下の青年学者にも拘らず、初対面で弟子入りしたという逸話が残っている。また、太平洋戦争開戦時の連合艦隊司令長官・山辺少将も弟子の一人であった。
 そのため、戦後はGHQによりA級戦犯の嫌疑が掛けられることになった。思想的に軍部を戦争へと導いたと判断されたのである。
 その窮地を救ったのは、当時の中国国民党である。国民党の上層部は、類稀な中国思想の大家を亡き者にするのはあまりに惜しいと考えたのである。
 仇敵である中国からでさえも、畏敬の念を抱かれていた奈良岡真篤たるや並みの学者ではないことの証明であろう。
 その奈良岡の功績として世間的に有名なのは、戦後の詔勅発表(玉音放送)に加筆したことであろうか。原文を読んだ彼は、内容があまりに自虐的であったため、日本国と日本民族の誇りを保つための最低限の加筆を加え、昭和天皇の信頼を受けた。一説には、天皇自ら『奈良岡に相談せよ』との命があったという話も伝わっている。
 さらに、終戦直後のある内閣においては、閣僚の半数以上が奈良岡の薫陶を受けた者たちで占められたため、明治新政府をなぞって『昭和の吉田松陰』と称されたこともあった。
 戦後は、生家のある松江に戻って執筆活動に専念しようとした。だが、これほどの偉人を世間が放っておくはずがなく、晴耕雨読を望んだ彼の許には、政治家や菱芝、三友、住川といった旧財閥系企業のトップをはじめとする会社経営者、芸能界やスポーツ界など、ありとあらゆる各界、各層の著名人が指南を求めて引っ切り無しに訪れた。 
 中でも政界との繋がりは一際深く、後に『歴代総理の指南番』とも称されたように、国会での施政方針演説や国連総会での基調演説の原稿等を多数校正した。沖縄返還交渉に臨んだ際の、佐島総理の演説も奈良岡の手によるものである。
 神村と奈良岡の交誼は、神村が大学に入学して間もなく、奈良岡に宛てて手紙を送ったことに始まる。神村も中国思想を齧っていたことから、当然奈良岡が執筆した書物、論文も読破していたのだが、己の見解と異なる部分を、『認識違いである』と手紙で指摘したのである。
 神村は、後に若気の至りと大いに恥じ入ったが、当の奈良岡は神村を気に入り、直接会って『君の説はおもしろい』と笑ったということである。
 むろん、奈良岡の解釈に妥当性があったことは疑いようもない。しかし、一学生の意見にも耳を傾け、自分の主張を押し付けることなどしない。まさに、奈良岡の人間としての懐の深さ表わした逸話であろう。
 実は知る人ぞ知る、堀部真快はその奈良岡真篤の実弟なのである。
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