黒い聖域

久遠

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聖域の闇 第七章・野望(1)

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 一週間後、森岡洋介は東京へ出向き、帝都ホテルのスイートルームにおいて、総務清堂の執事景山律堂と、仙台市北竜興寺の副住職で、全国の青年僧侶で組織する妙智会の会長弓削広大との密会に臨んでいた。
 景山と弓削は初対面と言ってもよかった。弓削が宗務で総本山に出向いた折、顔を合わせた際に会釈程度は交わしていたが、じっくりと話をするのは初めてだった。
 景山と弓削があらためて挨拶を交わした後、森岡は二人に腹を割った。
「今回は、相心寺の一色貫主を陥れたいと思います」
「一色上人ですか。なるほどね」
 景山が得心顔で言い、
「上人の高慢さは有名ですからね。一度鼻を折っておこうということですね」
 弓削も納得の表情をした。
「弓削上人、森岡さんの目的はそれだけではないようですよ」
「他にも何か?」
「一色上人は法国寺の件では清慶上人の腰巾着でした。これは、いずれ法国寺の貫主の座を狙ってのことでしょう」
 森岡の秘めた野望を知る景山は、何かに付け清慶の機嫌を取っていた一色魁嶺を揶揄した。
「ということは、本妙寺の後、神村上人を法国寺へとお考えなのですね」
 すばやく察した弓削が森岡を見た。
 森岡は黙って肯くと、
「先ほど陥れると言いましたが、姦計を用いるわけではありません。むしろ、一色上人の悪行を糾弾して膿を出そうという企みです」
 と少しも悪びれずに言った。
 「悪行とは」
 弓削が訊いた。
 それは、と森岡はおもむろに口を開いた。
 一週間前、榊原壮太郎の会社を後にしたその足で、森岡は書道家北条仙流の許を訪ねていた。
 それは、彼のある閃きに基づくものだった。
 一年半ほど前、相心寺の一色貫主を訪ねたときの、床の間にあった見事な水墨画の掛け軸が頭の隅に残っていた。その折、目に入った『色翁』という落款が森岡の連想を掻き立てた。
 伊能剛史の報告では、作者は一色貫主の縁者ということだったが、もしかすると色翁という雅号は一色魁嶺本人ではないかということ。仮にそうだとすれば、彼の画家としての腕前は相当なものであり、天真宗の本山の貫主という地位を加味すれば、一幅百万円というのも、まんざらぼったくりではなくなる。
 むろん、揮毫料は免税ではない。初対面での一色貫主の意外な反応は、その揮毫料を正しく税務申告していないことによる後ろめたさではなかったかということ。
 そして、一色貫主が指定した『亀井一郎』なる銀行口座は、偽名口座あるいは休眠口座を買取ったものではないかということである。
 これは一色貫主を直に人物鑑定した蒲生貴市の見解とも一致を見ていた。蒲生貴市は退官したとはいえ、今尚プロファイリングの能力は一流である。
 これらの連想が一気に森岡の脳裡を奔った。
 森岡は、書道家の北条仙流を訪ねた後、次いで目黒澄福寺の芦名泰山にも色翁という雅号についての問い合わせをした。
 はたして北条仙流と同じく、芦名貫主からも間違いなく一色魁嶺の雅号であることが確認された。しかも芦名貫主からは、一色貫主は若い頃に何度も日展に入選したほどの腕前だったが、ここ二十年ほどは応募すらしなくなったという情報も得た。
 続けて、相心寺の護山会会員及び一色家が所有する無明寺の檀家等に、一色貫主の書画を購入していないかどうかの調査を榊原に依頼した。
 その結果、僅かな時間の調査にも拘らず、実に二十三名が一幅当たり五十万円から八十万円で購入していたことが判明した。このことから、時効に掛からない期間の収入は二億円を超えていると推察できた。
 また、指定振込口座は亀井一郎を含め七口座にも振り分けられていることから、脱税行為の可能性が高くなった。
 森岡は、一色貫主が日展に作品を応募しないのは、あえて有名になるのを避けたものと考えた。高名になれば、作品の価値は上がるが、マスコミを中心とした世間の目に留まることになる。一色貫主はそこから税務署に目を付けられることを恐れたと推量したのである。
「景山さん。相心寺と無明寺の会計報告を調べて貰えませんか」
「承知しました」
 本山相心寺はもちろんのこと、無明寺も宗門所有の寺院であり、会計報告は宗務院へ提出されているのである。
「もし一色上人が脱税行為を犯していれば、それを材料にして味方に引き入れるのですね」
 弓削が訊いた。彼もまた、坂東明園と斐川角雲水が久保側に付いても、一色貫主がこちらに付けば形勢は五対五となり、久田帝玄の裁定に委ねられることを承知していた。
「いいえ、違います。今回は寝返りを求めません」
「どうしてでしょう」
 景山も森岡の意図を測りかねた。
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