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後編
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「セザールめ! 何年もクラリスに呪いを押し付けておいてなんという事だ!!」
お父様の書斎を訪ねると、ちょうど婚約破棄の書類を確認したようだった。
「お父様、ただいま戻りました。その……、セザール様からの婚約破棄の書類ですか?」
「ああ……、私の可愛いクラリス。こんな薄情な男に育つなんて、婚約などさせた私が愚かだったよ、すまない……! もうあの男の呪いなど……おや? よかった、ブレスレットはもう外したんだな。そういえば心なしかいつもより顔色がよくなっているようだ」
お父様が私の左手首に触れてホッと安堵の息を吐いた。
「それが……、セザール様から婚約破棄の話を聞いた時、その場にパトリック様もいたんです。お茶会の会場から私を連れ出してくださって、その時にもう関係なくなるのだからと……外して壊してしまわれたの」
「ほぅ、パトリックが……。確か彼は学園でも成績優秀らしいな。そして……ふむ、クラリスの新しい婚約者候補だ」
ニヤリと笑ってお父様が私に見せたのは、パトリック様の名前が書かれた婚約申込書だった。
どうやらお父様の友人であるコマンジュ伯爵がセザール様の不誠実な態度に怒っていたところに、本人から婚約破棄したいという申し出があったらしい。
そしてもう一枚の書類についていた手紙には、幼い頃から私を慕っていたパトリック様がセザール様の態度を見かねて婚約者の変更をコマンジュ伯爵に願い出たそうだ。
コマンジュ伯爵はこの数年間呪いを引き受けてくれていたというのに申し訳ない事、不誠実な息子のためにはもう犠牲にならないでほしい事、そしてパトリック様と婚約が成立したあかつきにはセザール様を廃嫡して領地で過ごさせるとまで書いてあった。
「どうだ? 私としてもパトリックなら申し分ないと思う。しかもクラリスをないがしろにしたセザールが廃嫡されるというんだからな! はーっはっはっは」
上機嫌に笑うお父様に私は頷き、その日の内に私の婚約者はセザール様でなく、パトリック様になる事が決定した。
婚約が決まると、翌日にパトリック様は花束を持って訪ねて来てくれた。
「クラリス嬢……! いや、クラリス、婚約を受け入れてくれてありがとう!」
玄関で出迎えたとたんに抱き締められ、使用人達から生温かい視線を送られている。
「あ、あの、パトリック様……」
「ああ、ごめんごめん。嬉しくて。よかった、昨日より顔色もよくなってるね、兄様と違って……ふふ」
「え?」
「なんでもないよ、これからクラリスはどんどん綺麗になっていくんだろうなって思っただけさ。悪い虫が寄ってこないように気を付けないと!」
「ふふっ、パトリック様ったら」
こんな私に寄ってくる人なんているわけないのに。
この時の私は本気でそう思っていました。
その数か月後、再び王家主催のお茶会が開かれ、パトリック様と一緒に参加する事になった。
その当日、鏡の前で侍女が私の仕上がりに満足そうにため息を吐いている。
鏡の中の私は、艶やかなプラチナブロンドに陶器のような白い肌、赤く血色のいい唇にエメラルドのような緑の瞳。
「これが本来のお嬢様の姿だったんですね、あの男のせいでしなくていい苦労をなさって……うぅっ」
「もう、やめてちょうだい。もうすぐパトリック様がお迎えに来るのだから」
迎えに来たパトリック様は思いつく限りの美辞麗句を並べているのではと思うほど、馬車での道中ずっと褒めてくれた。
遅く会場入りして目立ちたくなかったため、早めに到着した私達は会場の隅で会話して過ごしていると、徐々に人が集まり始める。
「あはは、いっそこのまま二人で抜け出したいくらいクラリスと話すのは楽しいよ。喉が渇いたでしょう? 飲み物を持ってくるよ」
「ありがとう」
パトリック様が少し離れた隙を狙ったかのように近づいてきた人影。
「はじめまして美しいご令嬢、お名前をお聞きしても?」
そう声をかけてきたのは、私の家に鏡がないと言ったセザール様の幼馴染の子爵令息。
「あら、前回のお茶会とは随分態度が違いますのね。私の事はご存じでしょう?」
「まさか! あなたのように美しい方を見忘れるはずはないでしょう! なぁ、みんな?」
子爵令息が振り返ったのは、あの日私をあざ笑った令息達。
今は子爵令息の言葉に同意して笑顔で頷いている。
「失礼、僕の婚約者になにか?」
その時パトリック様が飲み物のグラスを二つ持って戻って来た。
「君は……セザールの弟のパトリック!? 君の婚約者という事はこのご令嬢は……」
「私はクラリス・ド・ボルジアですわ」
呪いから解放されて以来、改めて習い直した優雅なカーテシーを披露する。
その途端に周りから信じられない、や絶賛する声がいくつも聞こえた。
「そんな! まるで別人じゃないか!」
「クラリスは本来の姿に戻っただけだ。これまで兄様にかかっていた呪いを身代わりになってこの細い身体で受けていたから、これまではずっと弱っていたんだよ。ずっと世話になっていたというのに、クラリスを裏切った兄様にはもったいない素晴らしい女性なんだ」
「クラリス!!」
真実を知ってざわめく会場に現れたのは、領地に行ったはずのセザール様だった。
「クラリス! 私が悪かった! もう一度……、もう一度私と婚約してほしい! そして……その……」
フラフラと近付いて来るセザール様は、かつての私のように肌は荒れ、髪は艶を無くしてかつての見目麗しい令息の面影はない。
周囲も変わり果てた姿に眉をひそめているが、セザール様の目には映っていないようだ。
そんなセザール様から私を庇うように、パトリック様が私の前に立った。
「兄様、見苦しいですよ。自分から婚約破棄を望んでおいて今更。しかもまた代わりに呪われてほしいとでも言うつもりですか!? 元々クラリスが止めるのも聞かずに大岩に触れた兄様が悪いんでしょう! 二度と僕の婚約者に近付かないでください! 行こう、クラリス」
肩を抱いて引き寄せ、額にキスをされてしまった。
きっとセザール様を諦めさせるためにした事だろうけど、私の頬は自然と熱を帯びてしまう。
チラリと見上げると、パトリック様の耳が赤く染まっていた。
「待ってくれ! クラリス、私が好きなんだろう!? だから呪いも……クラリス!!」
振り返るとセザール様は警備をしていた騎士達に取り押さえられていた。
「セザール様」
「クラリス!!」
私が名前を呼ぶと、期待に満ちた目で私を見る。
呪われてから久しくそんな目を向けられた事は無かったな、と思い出す。
「私はもうセザール様の婚約者ではありません。呼び捨てしないでいただけますか? 今はとても幸せなので邪魔しないでくださいね、こぼれた水は元には戻らないのですから」
これまでで一番美しい微笑みを見せ、私はパトリック様と共にお茶会の続きを楽しんだ。
◇ ◇ ◇
最後までお読みいただきありがとうございます!
お父様の書斎を訪ねると、ちょうど婚約破棄の書類を確認したようだった。
「お父様、ただいま戻りました。その……、セザール様からの婚約破棄の書類ですか?」
「ああ……、私の可愛いクラリス。こんな薄情な男に育つなんて、婚約などさせた私が愚かだったよ、すまない……! もうあの男の呪いなど……おや? よかった、ブレスレットはもう外したんだな。そういえば心なしかいつもより顔色がよくなっているようだ」
お父様が私の左手首に触れてホッと安堵の息を吐いた。
「それが……、セザール様から婚約破棄の話を聞いた時、その場にパトリック様もいたんです。お茶会の会場から私を連れ出してくださって、その時にもう関係なくなるのだからと……外して壊してしまわれたの」
「ほぅ、パトリックが……。確か彼は学園でも成績優秀らしいな。そして……ふむ、クラリスの新しい婚約者候補だ」
ニヤリと笑ってお父様が私に見せたのは、パトリック様の名前が書かれた婚約申込書だった。
どうやらお父様の友人であるコマンジュ伯爵がセザール様の不誠実な態度に怒っていたところに、本人から婚約破棄したいという申し出があったらしい。
そしてもう一枚の書類についていた手紙には、幼い頃から私を慕っていたパトリック様がセザール様の態度を見かねて婚約者の変更をコマンジュ伯爵に願い出たそうだ。
コマンジュ伯爵はこの数年間呪いを引き受けてくれていたというのに申し訳ない事、不誠実な息子のためにはもう犠牲にならないでほしい事、そしてパトリック様と婚約が成立したあかつきにはセザール様を廃嫡して領地で過ごさせるとまで書いてあった。
「どうだ? 私としてもパトリックなら申し分ないと思う。しかもクラリスをないがしろにしたセザールが廃嫡されるというんだからな! はーっはっはっは」
上機嫌に笑うお父様に私は頷き、その日の内に私の婚約者はセザール様でなく、パトリック様になる事が決定した。
婚約が決まると、翌日にパトリック様は花束を持って訪ねて来てくれた。
「クラリス嬢……! いや、クラリス、婚約を受け入れてくれてありがとう!」
玄関で出迎えたとたんに抱き締められ、使用人達から生温かい視線を送られている。
「あ、あの、パトリック様……」
「ああ、ごめんごめん。嬉しくて。よかった、昨日より顔色もよくなってるね、兄様と違って……ふふ」
「え?」
「なんでもないよ、これからクラリスはどんどん綺麗になっていくんだろうなって思っただけさ。悪い虫が寄ってこないように気を付けないと!」
「ふふっ、パトリック様ったら」
こんな私に寄ってくる人なんているわけないのに。
この時の私は本気でそう思っていました。
その数か月後、再び王家主催のお茶会が開かれ、パトリック様と一緒に参加する事になった。
その当日、鏡の前で侍女が私の仕上がりに満足そうにため息を吐いている。
鏡の中の私は、艶やかなプラチナブロンドに陶器のような白い肌、赤く血色のいい唇にエメラルドのような緑の瞳。
「これが本来のお嬢様の姿だったんですね、あの男のせいでしなくていい苦労をなさって……うぅっ」
「もう、やめてちょうだい。もうすぐパトリック様がお迎えに来るのだから」
迎えに来たパトリック様は思いつく限りの美辞麗句を並べているのではと思うほど、馬車での道中ずっと褒めてくれた。
遅く会場入りして目立ちたくなかったため、早めに到着した私達は会場の隅で会話して過ごしていると、徐々に人が集まり始める。
「あはは、いっそこのまま二人で抜け出したいくらいクラリスと話すのは楽しいよ。喉が渇いたでしょう? 飲み物を持ってくるよ」
「ありがとう」
パトリック様が少し離れた隙を狙ったかのように近づいてきた人影。
「はじめまして美しいご令嬢、お名前をお聞きしても?」
そう声をかけてきたのは、私の家に鏡がないと言ったセザール様の幼馴染の子爵令息。
「あら、前回のお茶会とは随分態度が違いますのね。私の事はご存じでしょう?」
「まさか! あなたのように美しい方を見忘れるはずはないでしょう! なぁ、みんな?」
子爵令息が振り返ったのは、あの日私をあざ笑った令息達。
今は子爵令息の言葉に同意して笑顔で頷いている。
「失礼、僕の婚約者になにか?」
その時パトリック様が飲み物のグラスを二つ持って戻って来た。
「君は……セザールの弟のパトリック!? 君の婚約者という事はこのご令嬢は……」
「私はクラリス・ド・ボルジアですわ」
呪いから解放されて以来、改めて習い直した優雅なカーテシーを披露する。
その途端に周りから信じられない、や絶賛する声がいくつも聞こえた。
「そんな! まるで別人じゃないか!」
「クラリスは本来の姿に戻っただけだ。これまで兄様にかかっていた呪いを身代わりになってこの細い身体で受けていたから、これまではずっと弱っていたんだよ。ずっと世話になっていたというのに、クラリスを裏切った兄様にはもったいない素晴らしい女性なんだ」
「クラリス!!」
真実を知ってざわめく会場に現れたのは、領地に行ったはずのセザール様だった。
「クラリス! 私が悪かった! もう一度……、もう一度私と婚約してほしい! そして……その……」
フラフラと近付いて来るセザール様は、かつての私のように肌は荒れ、髪は艶を無くしてかつての見目麗しい令息の面影はない。
周囲も変わり果てた姿に眉をひそめているが、セザール様の目には映っていないようだ。
そんなセザール様から私を庇うように、パトリック様が私の前に立った。
「兄様、見苦しいですよ。自分から婚約破棄を望んでおいて今更。しかもまた代わりに呪われてほしいとでも言うつもりですか!? 元々クラリスが止めるのも聞かずに大岩に触れた兄様が悪いんでしょう! 二度と僕の婚約者に近付かないでください! 行こう、クラリス」
肩を抱いて引き寄せ、額にキスをされてしまった。
きっとセザール様を諦めさせるためにした事だろうけど、私の頬は自然と熱を帯びてしまう。
チラリと見上げると、パトリック様の耳が赤く染まっていた。
「待ってくれ! クラリス、私が好きなんだろう!? だから呪いも……クラリス!!」
振り返るとセザール様は警備をしていた騎士達に取り押さえられていた。
「セザール様」
「クラリス!!」
私が名前を呼ぶと、期待に満ちた目で私を見る。
呪われてから久しくそんな目を向けられた事は無かったな、と思い出す。
「私はもうセザール様の婚約者ではありません。呼び捨てしないでいただけますか? 今はとても幸せなので邪魔しないでくださいね、こぼれた水は元には戻らないのですから」
これまでで一番美しい微笑みを見せ、私はパトリック様と共にお茶会の続きを楽しんだ。
◇ ◇ ◇
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