報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう

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11 未だ策略の中にいて

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 ロザリーが去った後もわずかな間、アルフォンスは動けなかった。

(前世だと? 彼女は何を言っている)

 それもまた、アルフォンスの妻の座を射止めるための作戦の一つなのだろうか。このところすっかり疑り深くなった思考は、まず初めにそう考えた。
 
 この一日で彼女の交友関係すべてを調べられたわけではないが、それにしても怪しさの欠片もない人物だった。

 わずか十七歳の年若い娘にこれほどまでに狂わされているなどと、つい数日前の自分は決して信じなかっただろう。理性を忘れ、衝動的に口付けをするなど、あり得ないと思っていた。身分の差も年の差もある男から迫られるなど、さぞ彼女は恐ろしかったに違いない。
 アルフォンスは後悔の念に苛まれた。

(二度と関わりを持たない方がいい。関わるほどに、彼女を傷つけるだけだ)

 彼女を目の前にすると、愚かにも自分を見失ってしまう。だが目を離すことができないのも事実だった。
 考えてはならないと、アルフォンスは思った。ロザリーは自分にとって危険すぎる。忘れてしまえ。どの道、愛する人を守れなかった自分には、幸せになる資格などないのだから。
 
 思考を放棄しようと実際に首を横に振り、続けてセオ・ワイルズを呼び出した。彼はアルフォンスが信頼する数少ない人物の一人だった。
 すぐにやってきた彼の姿は赤髪を後ろで束ね、正装に身を包んでいるというものだった。舞踏会に出席していたのだから当然だ。

 アルフォンスが彼に頼みたかったのはロザリーのことだ。

「セオ、ロザリー・ベルトレードを家まで送って行ってくれ。友人なのだろう」

 頼まれる予感がしていたのだろうか、ええ、とセオは抵抗無く即座に頷いた。

「俺もそのつもりで、先程帰ろうとする彼女を捕まえて、今は待たせています」

 気の回る男だった。わざわざ呼び出すことでもなかったかとアルフォンスは思う。
 用件はそれだけであったが、セオはまだ出ていかずに、言葉を発する。

「アルフォンス様、彼女に何をしたのですか?」

 平素とは異なる、責めるような口調だった。
 アルフォンスは直感で悟る。セオもまた、ロザリーに恋焦がれているのだということを。
 セオの青い瞳は、彼にしては珍しく、睨みつけるようにこちらを見つめていた。ならば似合いの二人だろう。アルフォンスは恋敵にもならない。

 答えようとした時には、セオは一歩下がり頭を下げていた。

「いえ、出過ぎた言葉でした、申し訳ありません。送っていきますよ、無事にね――」

「そんな態度はよせ。お前は私と同等の存在なのだから」

 アルフォンスの言葉にもセオは頭を下げ続けるだけだ。仕方なくアルフォンスは言う。

「分かった、もう行け。城に戻った時にも報告は不要だ」
 
 そう告げると、はい、と返事があり、ようやくセオは頭を上げ部屋を出ていった。
 一人になったアルフォンスの思考は、自然とロザリーに戻っていく。別れ際に言われた前世という言葉がどうしても引っかかっていた。

 前世。そんなものがあるのだろうか。
 ロザリー・ベルトレードは十七歳。
 十七年前――。彼女の態度、あの眼差し。妙に焦がれ、同時に胸を締め付けられるような懐かしさは――。
 心当たりは一人しかいなかった。

「……まさか、オフィーリアだとでも言いたいのか」
 
 だが自分の言葉を即座に否定する。
 あり得ない。馬鹿げたことだ。
 だが待て。彼女はジルヴァと言っていなかったか。

(あの魔術師が、今更何かをしているというのか)

 彼は既に故人だ。

(死人が何をしようというのだ)

 あの男のことを思い出すだけで、未だ覚めぬ憎悪の炎が燃え上がる。許しがたい罪人だ。そうして思い知るのは、やはり己の無力だった。
 ジルヴァのやり口はよく知っている。卑劣で下劣で、人の道理を軽々と踏み越えていく軽蔑すべきやり口だ。あの男に関しては、油断ということを一切してはならないということを、アルフォンスは身に染みて分かっていた。

 例えばあの男が死んでおらず、今もなお生きていて、虎視眈々と王の座を狙っている可能性はあるのか。
 
(いや、遺体をこの目で確かめた。確実にあの男は死んでいる)

 いかような魔術もかけられぬよう、この手で遺体を焼き尽くした。ならば他の抜け道があったのか? 
 ジルヴァの死後、彼の部屋を改めた際、発見したのは大量の魔導書だった。そのほとんどが魂と、呪いに関するものだった。
 その時に、アルフォンスは考えた。――よもや、肉体を捨て、魂のみで生き続けているのではあるまいな、と。
 なぜならジルヴァの死因は、自殺であったからだ。
 あの男が自ら命を断つという殊勝な決断をするとは思えない。むしろ何がなんでも生き延びるような性質に思えてならなかった。故に、器としての肉体を焼き切ったのだ。還る器が無ければ、魂とて存在はできない。

(そう思っていた。だが)

 何かを見落としているのか――? 
 己の心に蹴りを着けるということ以外は、十七年前にすべて終わらせたつもりだった。

(なぜ彼女が、あの男の名を呼んだ?)

 ジルヴァの名を呼んだ時、彼女の目線の先には誰もいなかった。
 いや、そうではない、とアルフォンスは思い直す。

 一人、いたではないか。
 たった一人、その人物が。

 意識を手放したロザリーに真っ先に駆け寄り、介抱をしようと進み出た人物が、いた。

(私はまたしても、最悪の選択をしたというのか!)

 気付いた瞬間、アルフォンスは血の気が引いた。全ては、未だに続くジルヴァの策略の中だった。あの男はまたしても――アルフォンスから愛する者を奪うつもりでいるのだ。
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