報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう

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15 再びの死、訪れる

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 ジルヴァは笑う。

「相変わらず愚かな男だなアルフォンス。護衛さえ付けずに来たのは、セオ・ワイルズ救済の道を諦めきれないためか?」

 アルフォンスはそれに一切答えること無く直進すると、剣をセオに向けて振り下ろした。だがセオの方も剣を引き抜き、それを真正面から受け止める。
 愉悦が混じるジルヴァの声が、はっきりと耳に届いた。

「兄は、お前に再び会えて嬉しいよ」

 ロザリーは聞こえた言葉が信じられなかった。

(兄……? 兄と言ったの?)

 驚愕したのはロザリーだけだったようで、アルフォンスは憎々しげに吐き捨てる。

「どの口が! 兄などと、思ったことはただの一度もない!」

 再び剣が交わされる。
 魔術の放つ光が炸裂し、眩さにロザリーは目を細めた。剣術と魔術が入り乱れ、ロザリーには何が起こっているのか正確には見定められなかった。
 だがそれでも、優位に立っているのはアルフォンスのようだった。遂にアルフォンスの剣が、セオの握っていた剣を弾き飛ばした。そのままの勢いで、アルフォンスはセオを地面に引き倒す。喉元に切っ先を当て、今にも突き立てそうだった。
 
「間に合わせで手に入れた体では、余程動きが鈍いと見える!」

 ロザリーは恐怖していた。何が起こっているのか全てを把握しているわけではないが、セオはかつてのオフィーリアのように操られているだけなのだ。

(セオさんが死ぬなんて、だめだわ!)

 そう思い、ふらふらと二人の男に近づいていく。
 ジルヴァの悪魔のような声が聞こえた。
 
「私はこの男と既に同化している。私だけを殺すのは不可能だ。心優しいお前が、セオ・ワイルズを手にかけられるのか?」

 アルフォンスが顔を歪める。だが一瞬のことで、次には覚悟を決めたようだ。

「彼が選んだ道だ……!」

 そう言うと、剣先を一気に前へと進めた。その時だ。
 セオの顔から、邪気が消え失せたように思えた。彼の瞳から涙が一筋流れ、眉を下げ、彼自身の声でこう言った。

「……兄上、助けてください」

 なぜセオが、アルフォンスを兄と呼ぶのか――。やはりその理由さえも分からなかったが、罠だと言うことはロザリーにも分かった。
 蛇のように狡猾なジルヴァが、アルフォンスの心の隙間に食らいついた。おそらくそれが、アルフォンスの最も柔らかい肉に違いない。

 案の定、アルフォンスの動きが止まる。その瞬間を、ジルヴァは見逃さなかった。
 セオの体はアルフォンスを蹴り飛ばすと、豹のように滑らかな動きで跳躍し、落ちた剣を拾いあげると一切の躊躇いなく、地面に倒れた、兄と呼んだ男の体に突き立てる。

「アルフォンス様!」

 ロザリーの目の前には、今一度の幻想が浮かび上がった。血を吐いて倒れる最愛の人。今まさに死にゆく彼に、何もできなかった愚かな自分の姿が。
 そうしてなぜ、オフィーリアが自分の前に現れたのか、その意味を悟った。
 アルフォンスに、再び危機が迫っていた。だから守らなくてはならなかった。
 心のどこかではずっと知っていた。
 自分が、彼をひたすら慕い、愛していたということを。生まれ変わってもなお、彼を愛していたのだということを。

 アルフォンスにセオを殺させても、セオにアルフォンスを殺させてもならなかった。
 ロザリーがその瞬間に考えられたのは、せいぜいその程度のことだった。
 だからロザリーは、二人の男の間に割って入ったのだ。その結末さえ考えもせずに――。

 剣と剣の間に現れたロザリーの姿に、先に動きが止まったのはアルフォンスの方だった。セオに向けていた剣を投げ、ロザリーの体を受け止める。
 彼の体の熱を感じ、こんな状況下にも関わらず、ロザリーの胸は高鳴った。そうして次に、自分の胸を背後から貫く、白銀の血塗られた切っ先を見た。噴出する赤黒い血を見た。

 だが目の前のアルフォンスに怪我はない。ロザリーはそのことに、底知れない満足を覚えて微笑んだ。
 守れたのだ。この手で、彼を。

 アルフォンスが咆哮を上げながら、ロザリーの胸に空いた傷口を両手で抑えるのが見えた。傷口に、彼の魔術が流し込まれるのを感じる。

(わたしにかまけていてはだめよ。ジルヴァがまだ、そこにいるのに)

 そう思ったが、口から出たのは声の代わりの血、だけだった。

(アルフォンス様が殺されてしまう――。早く、セオさんをどうにかしなくちゃいけないのに)

 動かない体をそれでも動かし、目だけでセオの姿を確認する。意外なことに、セオはそこに立っていて、アルフォンスを攻撃するそぶりはない。
 代わりに、血の気の失せた表情で、ロザリーを見つめていた。
 
「……ロザリー、さん……?」

 それはジルヴァではなくセオの声だった。
 ――戻ったんだわ。と、ロザリーはぼんやりと考えた。衝撃でジルヴァの中にいたセオが引きずり出されたのだ、と。

 彼は激しく動揺しているようだった。

「う、そだ。嘘だ!」

 焦燥を含んだ彼の声が、夜の森に響き渡る。
 
「こんな、こんなことが……俺は……! 兄上、俺は……」

 アルフォンスがセオを怒鳴りつける。
 
「セオなのか? ――いいから今は力を貸せ!」

 ロザリーの治療を、アルフォンスは最優先にしているようだった。今も魔術が流し込まれている。
 無駄だ、とロザリーは思った。昔、死んだ時と同じ、冷たくて暗い死の感覚が、今すぐそこにあるのだから。
 不思議なことに、ロザリーにとって死は恐ろしいものではなく、むしろ幼い頃から慣れ親しんだ友のようなものだった。それはきっと、オフィーリアの記憶が心に残っていたせいだろう。オフィーリアが死んからロザリーが存在していた。ロザリーはずっと、生まれながらにして死んでいたのだ。
 
 アルフォンスに言われてもなお、セオは動かなかった。

「……俺は、ジルヴァの残した研究に、のめり込んでいました。そうして転生と、反魂の術を学んだ。――なにを捧げれば死者の魂を現世に留めて置けるかを、知りました。命には命が必要だ。ロザリーさんはもう死んでしまう。だけど俺なら……俺なら……」

 うわ言のような小さな呟きを、最後まで聞き取ることができない。
 セオの半顔に、ジルヴァの顔が重なる。激昂し、荒々しく歪んでいる。ジルヴァは怒号を上げた。

「愚か者め! 捧げるのならばアルフォンスの命だ! ロザリーの心などどうとでも操れる。小娘一人など後々ゆっくり手に入れればいいだけの話だ! アルフォンスを殺せ!」

 セオはそれを片手で隠しながら、自分自身に語りかけるかのように言った。

「あんたが俺と同化しきっていて良かった。これで仕舞いだ」

 それから再びこちらに顔を向ける。
 捨てられる寸前の幼子のように、哀れに瞳を揺らしながら。

「ジルヴァに憧れてしまった。目的のために命さえ捧げる悪の光に、どうしようもなく惹かれてしまった。俺は弱かった。あなたの後継者には、なりえません」

 セオの瞳がわずかに動き、ロザリーを捉える。息も絶え絶えになりながらも、ロザリーは視線を合わせた。彼が何かを言いたげに口を開くが、しかし結局は何も言わずに、静かに剣を、自らの喉元に突き刺すのが見えた。

 ――まるでかつての自分のようだ。

 それがセオの、罪に対する償いだ。
 霧の中に噴出する彼の血を見ながら、ロザリーは死にゆく体でそう思った。
 
 ――。

 ――――。

 ――――――。
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