イリス、今度はあなたの味方

さくたろう

文字の大きさ
19 / 156
第一章 聖女イリス

闇が与える均衡

しおりを挟む
 目が覚めたとき、手を握られていることに気がついた。見るとディマが、わたしの手を握ったまま、ベッドに突っ伏して、規則正しい呼吸をしていた。
 カーテンはぴったりと閉められている。部屋の闇を、燭台の蝋燭が炎で照らしていた。今は深夜のようだった。

「部屋で眠るように言ったんだけどね。君が目覚めるときに側にいたいそうだ」

 声がして目を向けると、少し離れた場所にクロードがいるのに気がついた。炎でちらちらと揺れるクロードの顔も、疲れているように見える。

「ついさっきまでは、ご両親もいたよ。だけど休むように、私が言ったんだ。一週間の間、少しも彼らは休んでいなかったから。今、呼んでくるよ」

「一週間も……?」

 それだけの間、眠っていたということ?
 裏付けするように、わたしの声はかすれている。
 
「熱が下がったのは、つい昨日だけどね」
 クロードは、ひどく真剣な顔をしていた。
「イリス。君の魔法が暴走したんだ。その反動に、体が機能を停止した。それだけ巨大な力なんだよ。お父さまは君を魔力の暴走から助け出そうとしてひどい怪我をした。だが、私が治療したから問題はない」

 アレンのことを思った。彼は魔法が降りかかるのも厭わずに、必死でわたしを助けようとしてくれていた。
 両親を呼ぶためクロードは立ち上がり、思い出したかのようにわたしを振り返った。

「これからは、魔法を使いなさい。どうして隠していたのかは知らないが、もう皆にばれているのだから」

 クロードが出て行った気配で、ディマが起き、わたしを見ると、目を見開いて、次には抱きしめられた。

「イリス、良かった。本当に良かった……」

「心配かけて、ごめんね」

 ディマの涙が、わたしの顔にこぼれ落ちる。
 彼の体の温かさが心地よく、しばらくそうして、身を預けていた。 


 ◇◆◇
 

 目覚めてからすぐに食欲が沸いて、パンを温かいミルクに浸した回復食を食べ、翌日には全快していた。
 ひどく心配していた両親は、元気に食事をとるわたしを見て、ようやく安心したようだ。わたしの側にいたがったディマを休ませると、すぐにクロードが呼ばれる。
 彼はわたしのベッドの横に椅子を置き座ると、医者のように問診し始めた。

「魔法を使うとき、いつも魔法陣を?」

 神経質そうに問われると、まるで悪いことをしているかのような気分になる。言い訳のようにわたしは答えた。

「だって、魔術書にはそうやって書いてあったよ」

「どのくらいの頻度で魔法を使っていたんだい?」

「ほとんど毎日」

 側で聞いていた両親が息を呑む。彼らは全然知らなかったのだ。
 言い聞かせるように、クロードは言う。

「もう魔法陣は使わないで、いいね。毎日魔法を使っていたのに、あれだけの暴走をしたということは、やり方が間違っているということだ。
 普通、魔法陣は魔力を溜めて、より強固にして発動させるものだ。だが君の場合、魔力の量が多すぎて、魔法陣を使うと逆に制御されてしまう」

「そんなにすごいんですか?」

 お父さまが疑わしげに尋ねるけど、クロードはあっさり肯定する。

「ええ。成長すればいずれは体に馴染むでしょうが、まだ小さな体に魔力の量が合っていない。このままだと肉体が耐えきれずに死んでしまうでしょうね」

 青ざめる両親を落ち着かせるためか、クロードは言った。

「大丈夫ですよ。対処をきちんと行えば、問題はありません。けれど彼女は、普通とは少し変わっている……」

 クロードは言いよどみ、彼の透き通った青い色の目がわたしを見た。彼は熱を測るようにわたしの額に触れる。冷たい手を気持ちよく感じた。

「君の魔力を調べて、分かったんだ。こんなことは、初めてで、私も正直戸惑っている」
 前置きをしてから、彼は言う。
「魔術が、幾重にも重なり君にかけられている。それも、単なる魔術じゃない。闇の魔術だ」

「闇の魔術ですって!」ほとんど叫ぶように、お母さまが言った。
「誰かがイリスを害そうとしているって言うの!」

 まるで現実感がない。これはわたしのことを言ってるの?
 闇の魔術のことは知っていた。それはもちろん禁忌として。
 負のエネルギーが強すぎて、使うと術者に反動が来る。禁忌であればあるほどに、代償は大きくなるのだ。

「それがイリスに血を吐かせたのですか」お父さまがお母さまの震える手を握りながら尋ねた。
「こんな幼い子を憎む人間がいるはずがない。俺たちの結婚は大勢が反対していた。だから俺かミランダか――あるいは両方に恨みを持つ者が、イリスに魔術をかけたのでしょうか」

 お父さまの顔も青ざめていたけれど、しっかりとした口調だった。

「そうとも、言い難い。……闇の魔術は普通、対象を呪うものですが、不思議なのは、彼女の場合、それが奇っ怪な均衡を保っているということです。
 負と負を掛け合わせると正になるように、複雑に折り重なった魔術が、彼女の魔力を安定させていて、むしろ、守っているように思えます。先日まで彼女がそれでも元気でいられたのは、この魔術があったおかげでしょう。
 ……だけど、そのせいかな、君の魂が時折ブレて二重に見える」

 その言葉に、わたしははっとした。

「どういう意味なの?」

 お母さまの問いに、クロードは首を横に振る。

「よく分かりません。ですが彼女の魔力の総量は、おぞましいくらいなんですよ。恐らくは存命している魔法使い達の、誰よりも強い。
 そのせいで、魂が安定していないのかもしれません。闇の魔術はかなり気がかりですが、少なくとも悪さをするような現象ではなさそうです。それに、解けと言われてすぐに解けるようなものでもない。ひとつを崩すと、彼女の魂の均衡が崩れる。――つまり死にます。非常に危ういバランスなんですよ」

 クロードが言っている意味の半分も理解できないけど、誰かがわたしに代償覚悟で闇の魔術をかけて、そのおかげでわたしは生きているらしい。

「注視はした方がいいですが、すぐに心配するようなものでもないと思います。滞在中、私も気をつけて彼女を見るようにしますから」

 だけど、少なくとも、ひとつだけ分かったことがある。
 魂が、二重に見える。
 そのことに、心当たりがあるのは、きっとわたしだけだ。

 とても腑に落ちることだ。
 もしかして、と思った。もしかして、わたしは転生したのではなくて、イリスの体に入り込んだ、死者の魂なのかもしれない。そんな風に、初めて考えた。

 あの夢――。
 だとしたら、あの夢を見せたのは、やっぱりイリスなんだ。
 わたしに、何かをして欲しくて、イリスはあの夢を見せたんだわ。たとえば、自分の不幸を救って欲しくて。
 あの可哀想な女の子が、助けて欲しくてそうしたんだわ。

 不安そうな両親と、厳しい視線を向ける家庭教師に向かいながら、わたしはそんなことを、ずっと考え続けていた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。 幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。 焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。 このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。 エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。 「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」 「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」 「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」 ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。 ※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。 ※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【連載版】ヒロインは元皇后様!?〜あら?生まれ変わりましたわ?〜

naturalsoft
恋愛
その日、国民から愛された皇后様が病気で60歳の年で亡くなった。すでに現役を若き皇王と皇后に譲りながらも、国内の貴族のバランスを取りながら暮らしていた皇后が亡くなった事で、王国は荒れると予想された。 しかし、誰も予想していなかった事があった。 「あら?わたくし生まれ変わりましたわ?」 すぐに辺境の男爵令嬢として生まれ変わっていました。 「まぁ、今世はのんびり過ごしましょうか〜」 ──と、思っていた時期がありましたわ。 orz これは何かとヤラカシて有名になっていく転生お皇后様のお話しです。 おばあちゃんの知恵袋で乗り切りますわ!

冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています

放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。 希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。 元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。 ──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。 「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」 かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着? 優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

処理中です...