だってわたくし、悪女ですもの

さくたろう

文字の大きさ
20 / 37

わたくし、未来を夢見ますわ

しおりを挟む
 キースさんと少しだけ歩み寄れたように思ったその日の夜、子どもたちが寝静まったあと、ウィルがいれてくれた紅茶を飲みながら、二人でソファーに隣り合い話していた矢先に、不意に彼が言いました。

「メイベル様。実は知り合いに貸部屋をやっている人間がいて、少し仕事を引き受けたら格安で借りることができました。あなたが自由に使えるようにと思いまして」

「わたくし、ここのお家で十分ですわ。この大きさもとても気に入っておりますもの」

 彼は持っていたカップをテーブルに置くと、わたくしに体を向け真剣な眼差しをします。

「今日の夜、その部屋で一緒に過ごしませんか」

「朝まで一緒に?」

 はい、と彼は返事をします。けれどもすぐに目を伏せ、言いました。
 
「差し出がましい提案でした。気が進まなければ、断ってください」

 ウィルはまるで波のようです。近寄ったと思ったら離れていくのですから。だけど断る理由なんて、どこにもありませんでした。

 

 その部屋は、お家に近くにありました。夜道でしたけれど、明るい月と、わたくしの手を引いて歩くウィルのおかげで、少しも怖いと思いません。夜風が心地よく、わたくしの髪を撫でました。

 部屋に入るなり、ウィルが息を呑みました。

「すみません……! こんな風にしろとは俺は一言も言ってません! 友人が勝手に勘ぐって、こんな、こんな……!」
 
 ウィルが驚くのも無理はありませんでした。部屋の中央には、不釣り合いなほど豪華で大きなベッドが一つ、天蓋付きで設置されていたのですから。片手で顔を覆うウィルの手を取って、ベッドの上に導きました。

「せっかくなので、お話しましょう?」

 未だ衝撃を受けているようなウィルでしたけれど、はいと頷き、素直にわたくしの横に腰掛けました。
 わたくしの心は弾んでいました。大好きな人と二人でいられるという幸福が、じわりと心に染み入ります。

「ずっと聞きたかったのですけれど、ウィルはいつからわたくしのことが好きだったんですの?」

「さあ、いつからでしょうか」

「小さい頃は妹のように思ってくださっていたのでしょう? でもそれからは、離れてしまいました」

「あなたに恋をしない男はいませんよ」

 はぐらかされたように思いました。むっと頬を膨らませて見せると、彼は笑いながら答えます。

「初めてお会いしたときのことを覚えています。今日から働くことになったとご挨拶すると、あなたは俺に笑いかけて、庭に咲いていた花の一輪を差し出してくださいました。なんの身分もない俺にです。天使のように可愛らしい方だと、俺は思いました。
 サイラス様のもとで働くようになってからも、あなたを城で度々お見かけし、気づけば目で追っていました。よく目が合いました。俺があなたを見ていたからでしょうけど」

 目が合ったのは、わたくしもウィルを目で追っていたらでした。

「あなたはいつも周囲に笑みを振りまいて、けれど時々、とても孤独に見えました。今にもどこかに消えてしまいそうで、その寂しげな姿が、いたたまれなかった」

「それはおかしなことですわ。わたくし、いつだって沢山の人に囲まれておりましたもの。毎日遊びに誘われて、とても楽しい日々を送っていたのですよ」

 けれどもそれは時に憂鬱で、退屈なものでした。部屋で一人になり襲う虚無は、ものでした。
 ウィルは言います。

「ええ。ですが、それでも寂しそうでした。もし俺があなたの側にいられるのならば、あんな表情はさせないのにと、そんな風に考えては、馬鹿げているとその考えを即座に捨てていました」

 わたくしは喜びに満たされていくようでした。ユーシス様の浮気グセも、すべてが順調であるかのように振る舞う周囲にも辟易していた日々を思いました。けれど何より嫌いだったのは、それを知っていて表面上取り繕うわたくしでした。物のように扱われ、それでもなお笑顔を振りまく、自分を偽るわたくしが、わたくしは何よりも嫌いでした。
 でもその日々の最中でさえ、ウィルだけは、わたくしの本心を知っていたのです。だからあの孤独な日々は、今思えば決して孤独ではなかったのでした。わたくしの心の側にはいつだって、この人がいてくださったのですから。

 わたくしの手を取り、ウィルは口づけました。心臓が、わたくしの制御も効かずに高鳴ります。

「メイベル様。今日、ずっと考えていたのです。この家にいつまでもいたら、あなたがこの場所にいるということを、いつか気づかれてしまうでしょう。あなたを永遠に閉じ込めていくわけにもいきません」

 それは確かにそうでした。手紙を置いてきたとはいえ、いつまでもそれでも誤魔化せるほど、お兄様も叔父様も、エドワード様も甘くないでしょう。きっと今頃騒ぎになって、わたくしを探しているはずです。

「でも見つかったって、戻るつもりはありませんわ」

 わたくしの返事に笑った後で、ウィルは言います。

「俺の財産で買える土地を探そうと思います。そこで暮らしましょう。当面くらせるだけの蓄えならありますから。俺は魔法使いですから、仕事はどこでだってあるでしょう。
 キースとマーガレットも、王都には置いておけません。キースには別の学校を探します。もしあいつが望むなら、留学させても良い。弟は頭が良いですから、推薦をもらえるはずです。マーガレットも、結婚するまで面倒を見てやらないとなりません。
 ――メイベル様が今まで過ごしてきたようないい暮らしはできないかもしれませんが、生活に苦労はさせません」 

 そうして彼は、わたくしの反応を窺うように、じっと顔を覗き込みました。わたくしは涙が零れそうになるのを、隠すことさえできませんでした。

「それって、すごくいい提案ですわ。わたくし、ずっとウィルと一緒にいたいですもの。家族みんなで、幸せになりたいです」

 瞬間、唇が重なりました。
 嬉しくて、何回も、彼とキスをしました。

 天窓から大きな月が覗くのを、ベッドの上からぼんやりと眺めました。
 この世はまさしく幸せで満ちているのだということを噛み締めながら、彼の体温を、ずっと感じておりました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。 しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。 一体どういうことかと彼女は震える……

公爵さま、私が本物です!

水川サキ
恋愛
将来結婚しよう、と約束したナスカ伯爵家の令嬢フローラとアストリウス公爵家の若き当主セオドア。 しかし、父である伯爵は後妻の娘であるマギーを公爵家に嫁がせたいあまり、フローラと入れ替えさせる。 フローラはマギーとなり、呪術師によって自分の本当の名を口にできなくなる。 マギーとなったフローラは使用人の姿で屋根裏部屋に閉じ込められ、フローラになったマギーは美しいドレス姿で公爵家に嫁ぐ。 フローラは胸中で必死に訴える。 「お願い、気づいて! 公爵さま、私が本物のフローラです!」 ※設定ゆるゆるご都合主義

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

たいした苦悩じゃないのよね?

ぽんぽこ狸
恋愛
 シェリルは、朝の日課である魔力の奉納をおこなった。    潤沢に満ちていた魔力はあっという間に吸い出され、すっからかんになって体が酷く重たくなり、足元はふらつき気分も悪い。  それでもこれはとても重要な役目であり、体にどれだけ負担がかかろうとも唯一無二の人々を守ることができる仕事だった。  けれども婚約者であるアルバートは、体が自由に動かない苦痛もシェリルの気持ちも理解せずに、幼いころからやっているという事実を盾にして「たいしたことない癖に、大袈裟だ」と罵る。  彼の友人は、シェリルの仕事に理解を示してアルバートを窘めようとするが怒鳴り散らして聞く耳を持たない。その様子を見てやっとシェリルは彼の真意に気がついたのだった。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

完結 役立たずと言われダンジョンに捨てられたが好都合

音爽(ネソウ)
恋愛
かつて騙されて隷属契約を強いられていた少女。 だが、断末魔を演出してようやく解放される。 そして、ひとりぼっちで長年ダンジョンで暮らしていた少女は今日も楽しく潜っていた。 だが、そこに疲弊した冒険者ptが現れて……

処理中です...