おおかみ宿舎の食堂でいただきます

ろいず

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一章

車たち

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 今まで見えていなかったものが見える。
そういう体験を今現在、私は味わっているようだ。

 御守さんに連れられて宿舎の畑とは反対側にある空き地に車を停める場所があり、住民達の駐車場なのだという。
駐車場に赤いスポーツカー……の横に黒いボックスカーがある。
車のタイヤのホイールが赤い物で、よく見ればホイールの真ん中に小さなダルマの様な顔がある。

「この車は、輪入道わにゅうどう。今日は二階堂が相棒の片輪車かたわぐるまを連れて行ってしまったが、どちらも買い物の時は何処にでも連れて行ってくれる。麻乃も何か買い物がある時は彼等に言うといい」

 確か、輪入道や片輪車等は車輪に顔が付いた妖怪だったはず。
言われてみれば、なんとなく妖怪の本に載っていた般若ともダルマの様な顔とも思える顔をしている。
『あたしも居るよ』と、ジープから声がする。
白いジープを御守さんは「 彼女は朧車おぼろぐるまだ」と、教えてくれた。
朧車は確か江戸時代の牛車の妖怪だった気がする。
江戸時代、牛車同士を走らせて競い合う、今でいうカーレースのような物が開かれ、貴族たちが場所取りの際に言い争いなどをしているうちに怨念が乗り移った妖怪。

「名前は……無いんですか?」
「朧車はタキさん。輪入道はアルフ。片輪車はラルフ。アルフとラルフは、車体を替える度に名も変えるから、覚えていても二年後には変わっている。むしろ最近は一年ごとだったか?」

 ホイールの顔はニコニコと笑っていて、カッコンと音がすると車のドアが開いた。
私は助手席、御守さんは運転席に乗り込む。
すると車はゆっくりと動き出した。
ハンドルに手を乗せているだけで、御守さんが運転しているわけではない。
輪入道が運転しているのだ。
うーん。便利な様な怖いような……

「御守さん。あの、色々聞きたいのですが、何から聞いて良いのか分からない状態で……一体全体、私はどうなるのでしょうか?」
「それはどういう意味にとらえていいのか判断しかねるが、麻乃は『おおかみ宿舎』に住み込みで働く、食堂の責任者。それだけは変わらないと思うが……、聞きたいのはそういう事じゃないんだろ?」

 私は頷き、御守さんの目を見つめる。
ダークブルーの澄んだ瞳はそのまま私の目を見つめ返す。
見ていると、何かが頭を過る。
けれど、それは直ぐに頭の中で書き消えてしまう。掴みどころのない霧の様な感じだった。

「御守さん、あなたは何者ですか?」

 目を少し伏せて御守さんは「私は何者ですか? とは、聞かないんだな」と少しだけ悲しそうな顔で笑う。
まるで私が御守さんを傷つけてしまった様な、そんな罪悪感が胸に広がった。

 私は、何者か__それを、この人は知っているというのだろうか?
聞けば教えてくれるのだろうか? 知りたいことが多すぎて、順番すら分からない。

「オレは海外の妖で、元は吸血鬼だった。と、言っても……まぁ、他の妖の様に初めから妖ではなく、人間から妖になってしまった方だ」
「初めから妖と、人間から妖になる人がいるんですか?」
「そう。オレは元々はある領主でね。国から戦争に駆り出され、戦場で生きる為に必死で戦っていたら……気付けば、血の海の中で一人佇んでいた。オレを敵軍も味方の軍も『血の王』『吸血鬼』と呼び恐れ、ある事が切っ掛けで、オレは人を恨み憎み……気付けば、本当に人間では無くなっていた」

 御守さんは眩しそうに目を細めて、私の三つ編みにしていた髪を指で巻きながら言葉を続けた。

「人をやめて二百年程経った頃に、一人の妖がオレの前に現れた。人に害をなす妖を、その妖は組織的に狩る様に命じられていた。しかし、オレに同情したその妖は、オレを自分の眷属にする事で助けてくれた。眷属としての今の俺が、この姿だ。大きな神と書いて『大神』そして、動物の狼になぞらえられている」

 三角の耳をピコピコと動かして御守さんは、私の手を自分の耳に当てて触らせてくれる。
柔らかく温かい耳をしていた。

「えと、大神はなんの妖になるのでしょうか?」
「大神とは、場を守る者。普通は土地や人を守る神だが、オレは『おおかみ宿舎』で妖達の居場所を守っている。あそこは妖にとって一番いい場所だからな」
「そうですか……」

 結局のところ、あの宿舎は妖の宿舎という事でいいのだろうか? 今日会った人達も全員、妖とか?
それに、『透明人間』の私は、妖……みたいなものだろうか?
普通の人は記憶からいきなり消えたりはしないだろうし、知らない間に私も人から妖に、御守さんの様になってしまった類なのだろうか? それとも、記憶が無いだけで、元々、私は妖だったのだろうか?

「私は……何ですか?」
「麻乃は、今は、麻乃のままだな」
「それは、答えですか? 私はあなた達と同じですか?」
「君の守りが全て解けた時に、それは分かる」
「守り?」
「ああ。あの方が掛けた守りは強力だからな。宿舎で少しずつ馴染なじませていくしかない」
「あの方? 知っている人ですか?」
「オレを眷属にした妖だ」

 御守さんを眷属にした妖が、私に守りを掛けた? 
私が直ぐに人に忘れられていくのは、その守りのせいだろうか? だとしたら、『呪い』の間違いではないだろうか?

「その妖は何処に?」
「……十五年前に亡くなっている」

 声は低く暗いものとなって私の耳に届いた。
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