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ごめんなさいと、サヨウナラ。
しおりを挟む乗り気では無いとはいえ、王命での婚約者。
リヒトは皇女宮の温室でティーセットを前にシエラを待っていた。
他の貴族達は、容姿やマナーは兎も角頭が弱いと皇女を侮っているが、彼女の話は気負わせないように配慮されたきちんと中身のある話ばかりで決して退屈ではなかった。。
だが、リヒトに向ける熱い瞳やほんのりと染まった頬。
婚約者だと馴れ馴れしく言う美しい唇が不愉快であった。
(そもそも女性自体が苦手だというのに。)
リヒトがまともに会話をする女性といえば、女の子も欲しかった両親がとても可愛がっていた幼馴染の伯爵家の令嬢くらいであろう。
母は身体
が弱く、一人子を産むのがやっとであった為に兄妹は居なかった。
両親が居なくなってしまった今もまるで兄妹のように仲良くしている。
そんな事を考えていると、嗅ぎ慣れたけれど嫌いな、ふわりと甘く優しい香りがして顔をあげるとシエラ皇女が立っていた。
「お待たせ致しました。マッケンゼン公爵。」
「いえ…。(気を引く為の新たな手法か?)」
いつも「リヒト様」と少しだけ緊張したように、けれど甘く名を呼ぶだけで好きだと訴えかけているように私を呼んでいたシエラが突然マッケンゼン公爵と呼んだのだ。
しかも、いつもの自信なさげな彼女とは別人のように堂々と凛とした声で。
「こちらこそお招き頂き…」
「いいの、無理をしないで。今日はきちんと用件があってお誘いしたのよ。ご多忙なのに申し訳ありません。時間は取らせません。」
「!!」
「ふふ、驚いても仕方がありませんね。覚えていないかもしれませんが…私の事情を知り普通に接してくれたのは貴方だけだったの。」
何のことだか分からなかったが、ぽつりぽつりと言葉少なに話した彼女の話に何となく思い出せるまだあどけない彼女の姿。
(優しくしたわけでもない、普通に接しただけ…なんて寂しい人なんだ…。)
「まぁ、言い訳にはなりませんが。一方的な理由で今まで貴方を振り回して、大切な時間を拘束してしまって申し訳ありません。」
「いえ…もう、婚約者ですので。」
自分で何を言っているのかとひどく後悔した。
(何を言っているんだ俺は…)
クスクスと笑う目の前のシエラ皇女にひどく違和感を感じ、思わず上手く言葉が出てこない。
「あら私ったら、ごめんなさい。来てくださったのは本意ではないでしょう。用件を手短にお話します。」
(今日は夕食まで付き合わされると思ったのだが…)
ほっとしたような、スカを食らわされたような気持ちになったリヒトが思わず否定すると、「優しいのですね」と笑ったシエラはいつもよりも更に美しく見えた。
「優しくなどありません。」
「そう、ならそう言う事にしておきましょう。」
(なにか魂胆があると疑っているのね。)
どこか違う、違和感にリヒトは気付いた。
(皇女から私への好意を感じないんだ。)
何故だかほんの少しだけ、胸に針を刺されたような感覚がした。
「シエラ皇女、ご用件とは…?」
「そうでしたね……、私達の婚約を解消しましょう。」
「!!??」
(あんなに強引に、しがみついていたのに突然何を…何かの作戦か?)
「ずっと、私の我儘の所為でごめんなさい。突然で信じて貰えないかもしれないけれど…これは本心なの。」
「では、本心から婚約を解消したいと?」
(どうしたの?嬉々として快諾すると思ったのに…)
「ええ。マッケンゼン公爵を解放する事と、二度と貴方に私的な理由で近づかない事を誓うわ。」
リヒトは驚愕した。
別にシエラを愛していた訳ではないが、今の彼女はなぜかどこか危うく放っておいてはいけないような気さえする。
解放すると言うのならそれこそ好都合だが、何故かリヒトの口からは先程から思い描いていたものと違う言葉が出るのだ。
「…理由をお伺いしても?」
「理由が必要ですか?元々公爵にとっては願わぬ婚約でしょう。私も…仮にも皇女だと言うのに貴方の心を顧みない恥ずべき行動でした。」
「けれど、王命となれば簡単には…」
「大丈夫です。考えがあります。信じてさえ下されば決して貴方に損はさせずに自由にして差し上げます。」
「……。」
「マッケンゼン公爵?」
「…分かりました。では私はどうすれば?」
「すぐにとは行きませんが、陛下とお話が出来次第に手紙を送ります。」
(本気で言っているのか?)
何故だか理由がわからない焦燥感に駆られた。
「それでは、お茶はゆっくり召し上がって帰って下さい。」
そう言うと、優雅に席を立って立ち去ろうとするシエラ。
「シエラ皇女…!」
「…さようなら、マッケンゼン公爵。」
皇女の立ち去った扉を、立ったままぼーっと見つめるリヒトはあんなに望んでいたはずの婚約解消に得体の知れぬ喪失感を感じていた。
(そんな筈はない。これで…よかったんだ。)
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