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プロローグ
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昇降口の前に人だかりができている。皆新しいクラス、新しい環境に興奮しているのか、嬉々として声を上げて喜びあっていたり、ひそかにガッツポーズをしていたり、はたまた興味がないのかすたすたと校舎に入っていくものもいる。俺もその中の一人だ。
俺は溝部樹。これといった特徴のない、普通の高校生だ。強いて言うなら……いや、なにもないよ? 勉強に運動、社交性に容姿すべてにおいて平々凡々。全くもって平均的。それが俺の自己評価だ。
「よお! 樹、もう自分のクラスは見たか?」
いきなり現れたこいつは渡会俊之。俺の家の隣に住んでいる幼馴染みだ。成績優秀、運動神経は抜群、コミュ力も高くておまけにイケメン。リア充の見本みたいだ。気さくないいやつで俺の唯一の親友といってもいい間柄だ。
「よお俊之。いや、まだだよ。混んでて見れなくてさ」
こういうときに最前列を陣取って誰がいる、誰が別のクラスだのと長い時間観ているやつは本当に邪魔だな。ちょっと確認したら離れればいいのに。
「そうかそうか~ふっふっふ……だったら教えてやろう、俺とお前は同じ3組だぞ! お前と同じクラスなんて中1以来だな~。よろしくな!」
「ああそっかよろしく。他には知り合いはいたか?」
「もっと喜べよ……他にも知り合いはたくさんいたがお前と共通の知り合いとなるとちょっとわかんねえな」
「まあそれもそうか。じゃあ俺もちょっくら見てくるわ。先行っといてくれ」
「あいよ~」
さて。おっ、ちょうどあそこら辺が空いたなチャンスだ行こう───ドンッ
「きゃっ」
しまった同じタイミングで踏み出した人にぶつかってしまった。
「あっ、すみません……っ!」
俺は謝りながら息を飲んだ
「いえ、こちらこそ……」
俺がぶつかった相手は、俺の知っている人だった。いや、学年中皆が彼女の事を知っているだろう。というのも彼女は学年1と言われる程の美少女だったからだ。
彼女は一言謝るとそのまま歩いていきクラス表を確認して校舎に入っていった。一瞬呆けていた俺もすぐにクラスを確認した。俊之のいった通り3組に俺の名前は存在していたが、俺の目は同じクラスの上の方にある一人の名前に釘付けになっていた。上野朱里。彼女の名前だった。
その日は始業式を終えたらすぐに放課だった。これからは部活動に励む者や図書室で勉強をする者達がそれぞれの青春を過ごす時間になる。俺? もちろん帰宅する。帰宅部だからな! 帰宅部は帰宅するのが活動だ。皆が汗を流しているなか颯爽と帰宅して一人家でだらだらする。最高に気持ちがいいことだ。
「お~い樹~。お前この後どうすんの?」
俊之が話しかけてきた。
「家に帰って気持ち良くゴロゴロしようと思ってたけど」
「ゴロゴロって、明日は休み明けテストだろ?大丈夫なのか?」
「そういえばそうだったな……まあなんとかなるさ!」
「お前はいつもそれだな。一応進学校だぞここ」
「そうはいってもな。課題やる気にならないし」
そう、うちの学校はやたらと課題が多いのだ。俺は生徒全員にアホみたいな量の課題を出す教師を絶対に許さない。確かに課題は必要だろう。俺もそう思う。しかしだ、これさえやってれば◯◯大学以上はいけるぞ。とか言われて出される課題よりそれぞれの目標にあった課題を自分で見つけてやる方が絶対に効率がいいはずだ。課題に時間をとられて自分のやりたい勉強が疎かになるものもいるだろう。そして極めつけには俺のように課題も勉強も共倒れするようなやつまで出てくる。課題やりたくない。
「お前ってやつは本当に……ま、いっか。じゃあ今からお前んちにいって勉強会しようぜ。教えてやるからさ」
「人がやる気ないっていったそばから……別にいいけど」
俊之が帰ってから晩御飯もお風呂も済ませた俺はさっさと寝ようと思い布団に入っていた。春になっても夜はまだ涼しく快適だ。急速に高まってくる眠気のなか、俺は今朝の彼女のことについて考えていた。上野朱里、同じ学年で彼女のことについて知らない人はいないだろう。彼女は有名だ。理由は簡単、とてもきれいだからだ。流れるような黒髪、整った顔立ち、折れてしまいそうな腰に凛とした目。その見目の麗しさは入学当初から学年全体に知れわたるほどだった。他の学年でも噂されているというのは俊之の言である。かくいう俺も様子を見にいったものだ。一方で彼女は人とあまり関わらないことでも有名だ。理由はわからないが必要最低限のこと以外は話そうとしないらしい。最初はそれこそ積極的に話しかけられていたが、その呼び掛けも無視されて何人の男子が心を折られたことか。女子ともあまり話さないらしく、あまりよく思ってない人もいるみたいだ。彼女には友達がいないのだろうか?あの見た目ならいくらでも友達を作れるだろう。それとも一人が好きなのかな?う~んまあ、俺が考えても意味のないことだな。まあいいや余計なことは考えずに寝てしまおう。
それから一週間が経ちクラスの雰囲気も大分落ち着いてきた。俺にもそれなりに友達と呼べるような他愛もないことを話す相手が数人できた。俊之と友達だというのが大きかったのだろうか、いつもよりも簡単に人と付き合うことができている気がする。まあ男子ばっかりなんだけどね。こういうときに素早く女子と友達になれるやつは本当に羨ましいと思う。これといった用事もないのに話しかけるとか絶対できないから。話したとしても授業中のペアワークがほとんどだ。俊之をみてみると普通に女子とも話している。イケメン恐るべし。それとも俺がおかしいのだろうか? ぐぬぬ
「おい樹~飯食おうぜ~」
昼休みに入ったところで俊之が話しかけてきた。他の皆もそれぞれ仲のいい人どうしで集まって弁当を食べたり学食に向かったりしている。
うちは地方の公立高校だが学食がある。周りの学校には学食がないところが多いからか、メニューも豊富で人気が高くそれなりに多くの人が毎日利用しているが、俺はあまり好きではない。俺のイメージとして学食とは安い! 多い! この二つが非常に重要だ。しかしだ! うちの学食は公立高校の悲しい現実か、それなりの値段で学食らしからぬ微妙な量のメニューの数々は確かに美味しいが違う、そうじゃないという感覚を俺に与えてくる。唐揚げが食べたくて注文した唐揚げ丼に唐揚げが3つしか乗っていなかったときには本当に驚いたものだ。
「いいよ。どこで食べる?」
「俺も弁当だしここでいいだろ。わざわざ食堂に行く必要もないし」
言って俊之は俺の前の席に腰を下ろした。椅子だけをこちらに向けて1つの机で二人で食べる。
「他のやつらは呼ばないのか?いつもいろんな人と食べてるだろ」
「まあまあたまにはいいじゃないの。幼馴染みと二人で食べるってのも」
俊之はニヤニヤしている
「そりゃいいけどさ」
なんかちょっと気持ち悪いなこいつ……
「お前いつも一人で食ってるからさ~」
俺はいつも一人でぱぱっと食事を済ませてから友達のところにいって喋って時間を潰すことが多い。なぜかと言われれば特に意味などないのだが、かつて食事に集中してどうしても口数が減ってしまい何とも言えない空気になることが多々あった。相手に不快な思いをさせないために配慮する俺。気が利くいいやつだろ?
「一人で食べる方が落ち着いて食べれるだろ」
「皆で一緒に食べた方がうまいぞ」
「そうか?俺はご飯はどんなときどういうふうにに食べてもうまいもんはうまいと思うんだがなぁ」
「そういえばお前は昔から一人でいても全然平気なタイプだったな……飯食う時間も有効に使った方が人とは仲良くなれるぜ?」
「お前が言うんならそうなんだろうな。とはいっても俺は食事に集中したいんだ他の人と話しながら食べるよりしっかり味わえる」
「はぁ~さいですか」
そうこう言ってるうちに俺はいつもの癖か、ぱぱっと食べ終えていた。
「お前食べるの早くないか?………太るぞ?」
「ほっとけ」
俺はそう言いながら辺りの席を見回す。ふと1つの席が気にかかった。
「なあ俊之。いつも不思議に思ってたんだが」
「どうした?」
「上野さんってどこでご飯食べてるんだろうな。いつもいないけど友達と一緒に食べてるって訳じゃなさそうだしさ」
「さあな~案外普通に友達とかいるんじゃね?」
「そうなのかな。まあいっか」
「なんだお前。もしかして上野さんのことが気になってんのか? やめとけやめとけ。何人の男が心を折られてきたと思ってるんだ? 相手にされないって。ああいうのは遠目にみてるくらいがちょうどいいんだよ」
「いや、そんなんじゃないって」
「ほんとかな~」
くっ、ムカつくにやけ顔だ。しかしここで熱くなってしまったら本当にそれっぽい。俺は冷静になった。話題を変えよう。
「そういえば次の英語課題があったなー。あの先生色々めんどくさいからやっとかないとなー」
俺は弁当を片付けてから英語の課題をやり始める。
「露骨に逃げやがったな。まあ俺も課題やってないし席に戻るわ~」
そう言うといつの間に食べ終わったのか、俊之も弁当を片して自分の席に戻っていった。
しばらく課題をやっていると上野さんが教室に戻ってきた。そのままスッと席に座って彼女も勉強を始める。誰も気にしてないみたいだけど、どこで食べてるんだろ? 俺もたまに教室以外の場所で昼食をとることがあるが校庭やそれなりに食事するスペースがあるような場所では彼女をみたことがない。本当に、どこで食べているんだろうか。
次の日の昼休み、俺は久々の校内探険をしていた。弁当をもって手頃な食事場所を探す。もちろん上野さんの行方も気になったが流石にあとをつけるのは不味いだろうと思いグッと堪えた。あわよくば見つけようという気もあるがな!
この時間帯には理科担当の教師しかいないであろう理科棟を散策する。物理教室や化学教室、生物教室や地学教室といったそれぞれの教室はもちろん1、2階ぶち抜きのサイエンスホールという講義室や各文化部の部室まで入っている。この理科棟は去年工事が終わったばかりの新築で設備も本当にいいものになっている。天文部には展望台まであって4階建ての一番上にぽんとのっかっている。ぱっとみUFOみたいだ。
屋上は基本立ち入り禁止となっているらしい。ただ階段は一番上までのぼれるのでためしに一番上までのぼってみた。うん。なにもないな。本当になにもなかった。あるのは階段、ただそれだけだったがよくよく考えると階段に座って飯を食える。なにもない場所で一人静かに飯を食える。そう考えたらここがとてもいい場所のように思えた。早速弁当を食べようとしたそのとき、下から鼻歌混じりの足音が聞こえてきたのだった。
「ふんふふんふふんカレードーナツに焼きそばパンが売れ残ってて今日はラッキーだったな~」
誰もいないはずの階段で、いや俺がいるんだけどさ。盛大に大きな独り言を発して階段をのぼって来るのは……
「早速味わって食べなきゃね~ふふふふふ」
……上野さんだよな? まるで別人だ。あっ目があった。向こうもようやくこちらに気付いたご様子。
「えっ?」
「えっえと、こ、こんにちは?」
「こ、コンニチワ……見た?」
「さてと、なんのことやら」
「そう、見たのね……まあいいわ。べ、別にみられて困ることじゃないし! 一人で寂しくご飯を食べてようとしてたわけじゃないし!」
「あっ、そうですか」
どうやらこの娘はあまり関わらない方が良さそうなタイプのようなのでそのまま階段を降りて去ろうとした
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「なんでしょうか?」
「その~……一緒にご飯食べない?」
急に何を言い出すんだこの娘は。その意図がつかめず思わず聞き返した。
「えーと、なんで?」
「うっ……いや、その、こんなところに弁当持って一人でいるくらいだからあなたはいつも一人寂しくご飯を食べてるんじゃないかなって。だから私が一緒にご飯を食べてあげようかなぁ~とか」
なんというか分かりやすい人だな。
「それ上野さんのことなんじゃ……」
「ち、違うわよ! 私は別に一人でも寂しくないしっ!」
「はあそうですか」
かわいそうになってきた。どうしたもんかな。
「と、とにかく一緒にご飯を食べましょ? ねっ?」
「は、はぁ」
こうしてなぜか学年1の美少女と食事を共にすることになったわけだが、
「………………」
なんなんだこの空気は!気まずいことこの上ない。
「あの~」
「………………」
「上野さんってあまり人と関わろうとしないという風に聞いてたんだけど、これはどういった風の吹き回しで?」
「……だと思って」
「はい?」
「その、仲間、だと思って」
「仲間って言うと、一人寂しくご飯を食べてる仲間、かな?」
「ええ」
「俺は普段教室でご飯食べてるけど他の人と一緒に食べたりすることもあるよ?」
嘘は言ってない。俊之とか俊之とか、あと俊之とかな。
「そうなの? じゃあどうしてこんなところに……まさか私をつけてきたのっ!?」
「いや違う」
少しはその気があったけどさ。
「実は食事するのにちょうどいい静かな場所を探しててさ。そんでもってここを見つけたときにちょうど上野さんが鼻歌を歌いながら階段を上がってきたってわけ」
「ほんとかしら?」
「逆にこっちから聞くけど、いつもここで食事を?」
「ええそうよ。なにか文句でも」
「文句はないけど、寂しいなら他の人と食べればいいのに」
「わっ、私は別に寂しくなんか……」
「じゃあどうして俺と一緒に?」
「いやそれはだから、その……」
「その?」
「人と話すのが苦手だからよ!」
ですよね。話しててちょっと思ったわ。だけどここで疑問がひとつ。
「俺と話すのは大丈夫なの?」
「あら? 確かにおかしいわね。いつもは人と話すと緊張しすぎて無表情になってなにも言えなくなるんだけど、あなたはなにかしら?そうね、多分あなたのその超普通オーラが緊張感をなくしてるのかしら」
普通で悪かったな普通で
「それと最初にぱっとみ、仲間だと思ってたからかしら?そんなに抵抗がないわ」
先から失礼なことこの上ないが親近感を覚えられているのは少し嬉しい。
「コミュ障っぽいところとか? 仲間かなと」
前言撤回。ちっとも嬉しくないぞこんなの。
「ほんとに失礼なやつだな……そんなんだから友達いないんじゃないか?」
「そ、そんなこと、友達ならいるわよ!」
「クラスに友達はできた?」
「くっ、ぐぬぬ」
「ははは。今まで高嶺の花だと思ってた人が実はただのコミュ症だったなんて驚いたよ。」
「高嶺の花ってなによ……皆には言わないでね! イメージってものがあるんだから」
「言っても誰も信じないと思うけどね。おもしろいからまた明日もここに来るよ。それじゃ教室で」
「えっ!ええ……」
本当におもしろいものを発見してしまった。まあ憧れの気持ちはなぜかすっ飛んでいったけどね。これからの昼休みは楽しい時間になりそうだ。
「おっ樹~どこ行ってたんだ?」
「ああちょっとな」
「? まあいいけどよ」
時間をおいて上野さんが戻ってきた。こちらの方を一瞬見た気がしたがすぐに目を逸らされてしまった。
翌朝。俺は昨日の言動を少し後悔していた。冷静に考えると普段の俺ならさすがにあそこまで強気に出ていくことはないと思うのだが、上野さんのほうが俺よりテンパっていたからだろうか?彼女の言っていたように話せないことはないがいつもの俺は積極的に女子と話すことなんてないし、ましてや高嶺の花だとかなんとかさらっと言ってしまうことなんか絶対にありえない。何言ってんだ昨日の俺! ばっかじゃねぇの! ばっかじゃねぇの! まあ彼女は特に気にしているような感じでもなかったけど、それはそれで悲しい!
布団の中で悶えること数分。落ち着きを取り戻した俺はまたも思考を巡らせる。
彼女は俺のことをこうも言っていた。「コミュ障っぽいところとか」と。これはほかの人から見てもこういう風に見えているということなのではないか?
今までの自身の学校生活を振り返ると自分がコミュ障に見えているのではないかという不安がより広がっていく。例えば俺が女子と話すとき、相手のどこを見て話しているか。少なくとも男子と話すときのように相手の目を見て話していることはまずないといっていいだろう。他にもいろいろなことを思い浮かべてみる。去年の学校行事で俺は男子以外と何かをしていただろうか。今までの授業でのペアワーク、俺は授業に関すること以外の話をしたことがあっただろうか。
考えれば考えるほどにある一つの答えが頭に浮かんでくる。むしろここまで来て気づかないほうがおかしいだろう。
俺、コミュ障でした。
衝撃の新事実に驚愕しながらもともかく学校に行こうと朝食をすませ、俺はいつも通りに家を出た。隣の家に住む俊之も似たような時刻に同じく登校している。家から学校までは比較的近く、自転車置き場も限られているため俺たちは毎日歩いて登校している。
一緒に行く約束をしているわけではないが最近はクラスが一緒ということもあり、こうして肩を並べて歩くことが多い。
「さっきからどうしたんだ樹。今日はえらく難しい顔してんな」
「あ~いや、ちょっとな……」
どうしたもんか。こんなときには思い切って親友に相談してみるのもありかもしれないな。
「なあ俊之、一つ聞きたい事があるんだが」
「なんだよ」
「……俺ってコミュ障か?」
「何をいまさら言ってるんだ?お前昔から女子と話すときテンパってんじゃん。しかも自分から話しかけること絶対にないしな。どっからどう見てもコミュ障だろ」
「うっ、やっぱりそうなのか……そんな露骨にか?」
「う~んどうだろうな。俺は付き合いが長いから何とも言えないが、誰かになんか言われたのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、ははは」
「ふ~ん」
俊之がジトッとした目で俺を見てくる。やめて! そんな目で見ないで!
「別にいいけどよ、困ったことがあったら相談くらい乗るぜ?」
「いやいや! 何もないから!」
これくらいにしておこう。墓穴を掘りそうだ。
それにしても昨日あんなこと言った手前、昼休みにあの場所に行かないわけにもいかないよな。ああ、憂鬱だ。自業自得だけどね。
教室にチャイムが鳴り響いた。
「おっとチャイムが鳴ったな。それじゃあ今日はここまでだ。復習はちゃんとやっとけよーはい号令」
先生が授業の終わりを告げた。これで午前の授業はすべて終了したことになる。そう、とうとう昼休みが来てしまったのだ。昼食のことで気が気でなかったため授業の内容は全然頭に入ってない。ああどうしよう。ひとまず上野さんは……もう教室のどこにもいないじゃないか! いつの間に出て行ったんだ!
こうなったら腹をくくって昨日の場所へ行くしかない。俺は弁当を持って歩き出した。
ここは理科棟西側階段の一番上。屋上への扉には立ち入り禁止の文字があるがそのほかには何もなく、昨日と同じように静かでどこか同じ学校とは思えない空気を漂わせていた。
カツ、カツ、カツ、と階下から足音が近づいてくる。おそらく彼女だろう。ただ昨日のような鼻歌は一切聞こえてこない。無機質な音だけが響き俺はより一層緊張を高めた。
「あなた……本当に来たのね」
「い、いや~あはは……」
来た。来てしまった。彼女、上野朱里はどういうわけか昨日とは違いとても落ち着いていた。反対に俺は激しく動揺している。改めて見てもやはりというべきか、彼女はとてつもない美人さんだ。
「一緒に食べないかと誘ったのはそもそも私の方だけど、まさか溝部君があんなに饒舌に喋れるとは思わなかったわ。仲間だと思ってたのに何かものすごい敗北感を味わったのよね~」
「えっ、ああ~そのことなんだけど……」
「なに?今日の私がやたら喋るのがおかしいの?」
「いやそうじゃなくて……」
「あなたに負けないように今日は気合を入れてきたのよ!さあ早くご飯にしましょうよ。今日の私のご飯は購買のパンでも人気の三角チーズパンなの。このパンは―――」
どこかようすがおかしいぞ。全然こっちの話を聞こうとしない。
「あの!ちょっといいですか!」
「ひゃう!な、なによき、急に」
驚かせてしまったが今しかないだろう。
「いやーあの、その、昨日のことは間違いだったというか、事故だったというかですね、昨日の僕はちょっとおかしかったっていうか」
「?」
「上野さんを前にしてテンションが変になってたというか、その、とにかく違うんです!」
なんて言えばいいのか、さんざん考えていたがいざとなると俺の言葉は要領を得ない。
「ええっと、つまり昨日のあの饒舌さは急な展開に動揺が限界を振り切れてからハイになってたことによるコミュ障にたまに訪れるアレよね」
上野さんが説明してくれたので俺は全力で首を縦に振る。
「そう! そういうことなんです! だから昨日のことはぜひ忘れてくださいお願いします!あれ?てかなんでわかったの?」
聞いた途端彼女の顔に陰が差したような気がした。
「ふふふ......中学校の時に同じようなことをして周囲から一歩引かれ続けたからよ。それからというものクラスで何となく話す人すらいなくなったわ」
どうやら地雷だったようだ。経験者だからわかるって悲しすぎる。
「そういえばあなた、昨日おもしろい事言ってたじゃない。確か私が......」
「わー! わーわーわー! 忘れてください!」
「まあそれはいいんだけど、昨日の話。やっぱり私と一緒にご飯食べてみない?」
「え?」
「あの後考えてみたんだけど、前にも言った通り私はあなたが相手だとなぜかそんなに緊張しないのよね。その原因が同族の仲間意識なのか何なのかはよくわからないけど。それにあなた、女子と話すの苦手よね?」
「うっ」
なんでバレてんですかね......そんなにわかりやすいのかな? 俺。
「なら私と話すのはその改善につながるんじゃないかしら。私はあなたで人に慣れることができて互いに悪い話ではないと思うのだけれど」
確かに悪い話ではないな。俺が女子と話すことが苦手なのは異性ということを強く意識しているのが原因だろう。その点では学年最高の美少女である目の前の上野さんに慣れてしまえば問題はほぼ解決するといっていいはずだ。
「わ、わかった。一緒に食べることにするよ」
「ええ。よろしくね!」
俺はその時彼女の笑顔を始めてみた。
「とはいってみたものの……」
「……」
さっきの威勢が嘘のように上野さんは黙って食事を始めてしまった。そういえば気合い入れてきたとか言ってたもんなぁ。言いたいことは言ったけどあと何にも考えてなかったから話せなくなったんだろう。かくいう俺も何を話せばいいのか全く分からない。話題を提供できなくなると自分が普段どれだけ相手に話を振ってもらっているのかがよくわかる。
「「……あの」」
「な、何」
「いや、そっちこそ……」
「……」
どうしろと? 昼ごはんの話題でも出すか? 安直すぎる気がするが……
「えっと……上野さんっていっつも購買のパン買ってるの?」
「ええ。量がちょうどいいのよ。溝部君はいつもお弁当なの?」
「うん。母さんがいつも作ってくれてるよ」
「そう。大変ね」
「うん」
いや終っちゃったよ......。どうする? よく人と話すときは共通の話題を出すといいと聞くな。よし
「上野さんってコミュ障なんだよね。英語の時間のペアワークってどうしてる? 俺は相手が誰でも普通にするようにしてるけど」
「無視よ」
「えっ」
「無視するの。なんで英語のペアワークなんてあるのかしらね。なによ、例文を暗記して互いに日本語を言って英文を言うって、暗記するだけなら家で一人でやったほうがいいに決まってるじゃない。あんなことやって英語が喋れるわけじゃないのに、コミュ障への当てつけよ! そうに違いないわ! いっそのこと理科の実験も一人でやらせてくれないかしらね」
「う、うん。そうだね」
俺に対しては割と普通に話してるのに考えてることはこの上なくコミュ障だった。自称コミュ障って実際コミュ障じゃなかったりむしろコミュ力高かったりすることも多いけど、目の前にいる自称コミュ障はどうやら本物のようだ。
「ねえ、あなたは男子とは普通に話せるんでしょ? 渡会君とよく話してるものね」
今度は彼女が聞いてきた。
「まあ、そうだね。俊之は幼馴染だから当然だけど、他の男子とも普通の会話ならこなせるよ」
「はあ、ちょっと羨ましいわね。私なんかほとんどの人に緊張しちゃって無表情になっちゃうんだもの。入学直後なんてなぜか男子も女子もみんな話しかけてくるから毎日緊張しっぱなしだったわ。まあ今度は逆に誰も話しかけてこなくなって、いつの間にかぼっちになってたんだけどね……」
その容姿じゃそりゃあ注目されるでしょうよ。中身は残念な人だけど。
「せめて女子とは仲良くなっておけばよかったと今でも後悔してるわ。自分から話しかけられないのに向こうから来てくれたのよ! なんでそんなチャンスを逃しちゃうかなあ、もう。最近女子からはなんか避けられてる気がするし」
それはそうだろう。仲良くなろうと近づいたら無表情で無視されてしまうのだ。いくらきれいでもそんな奴には俺も近づきたくないし、女子からすれば嫌な奴という風に思われても仕方ない。
それにしても彼女、上野朱里はいつもの印象とは打って変わってとても感情表現が豊かな女の子のようだ。これが彼女の素なのだろうか。どうもまだ混乱している。
「上野さんってこうして話している所を見ると普通の女子みたいだね。」
「ちょっと、それどういう意味よ。私は普通の女の子よ。どっからどう見てもね」
普通じゃないですめっちゃ可愛いですハイ。
「自分でコミュ障とか言っといてそれはないでしょ。まあその割には滑舌もいいしよく喋ってるけど」
「当然よ。家に帰ったら自分の部屋で音楽流して熱唱したり、一人でカラオケに行ったりして鍛えてるから」
「ふ、ふ~ん」
なんかこの人一人でも楽しそうだな。
「上野さん、実は一人でもわりと平気だったりしない?」
「……平気なんかじゃないわよ。カラオケだって一緒に行く人がいないから一人で行ってるんだもん。ああ~こんなはずじゃなかったのに、私の高校生活~」
しょんぼりさせてしまった……。だが、そんな姿を見て思った。彼女はこんなにも感情表現が豊かでいじりがいがある。昨日感じたおもしろいものを見つけたという気持ちは多分これだったのだろう。もちろん率先していじるような勇気はないが。
「そうそう忘れてたわ。この食事会の目標を決めましょう」
「目標?」
食事会に目標ってどういうことだ? 疑問が顔に出ていたのか、すぐに彼女は答える。
「ええ、目標よ。というかもう決めたわ。私たちの目標はコミュ障脱却よ! いい?」
「え、あ、はい」
目標がコミュ障脱却に決まりました。はい。
そういえば最初にコミュ障どうし互いにWIN-WINとかなんとかいってたもんな。でもここまで話せててコミュ障といえるのか? よくわからなくなってきた。
「なによ、ノリが悪いわね」
「逆になんでそんなノリノリなんですかね……そろそろ予鈴もなるし、先に教室に戻るよ」
「ええ、また明日ね」
「ああ、また明日」
こうして最初の食事会は幕を閉じた。
午後の授業も何事もなく終わり、教室は喧騒に包まれる。それに紛れて俺もいつも通りまっすぐ家に帰ることにした。
「樹、一緒に帰ろうぜ~」
いつの間にやら俺の後ろに来ていた俊之が声をかけてくる。ちょっとびっくりした。
「いきなり背後に立たないでくれよ! びっくりすりだろ」
「すまんすまん」
俊之に反応したついでに教室を軽く見まわす。多くの人がまだ教室の中でだべっているが、上野さんの姿は教室にはなかった。もう下校したのだろうか? いくらなんでも早すぎるだろ……。
「どうしたんだ樹? 早く行こうぜ」
「あ、ああ。そうだな」
「なあ、俊之は一人でカラオケとか行ったことあるか?」
今日の上野さんとの話を思い出しながら話題を振ってみる。
「いや、ないけども、最近はヒトカラとか何とかいって一人で行く人も少なくないらしいぞ?歌の練習だったりストレス解消だったり」
「らしいな。いや今度俺も行ってみようかなって」
彼女は一緒に行く人がいないからとか言ってたけどな。
「マジか。俺からしたら一人のほうがハードル高い気がするんだけどな~」
俺もそう思う。カラオケの店に一人で入っていくのは結構きつそうだ。あんまり誘われないからそんなに行ったことないってのもあるけど。
「やっぱりそうだよな~。一人で行って盛り上がりも何もないカラオケってのもなんか変な感じだし」
「だよな~何なら俺と一緒に行こうぜ?」
「いやいや二人もそれはそれでつらいから」
一度男二人で行ったことはあるがなんとなく時間いっぱい曲を入れ続けてしまい以上に疲れてしまったことを思い出す。なんかもったいない気がして入れまくってたけどあと20曲って表示されてた時は後悔したなあ。翌日は声の出し方が悪かったのか声が枯れて出なかったし。
「それにしても朝のコミュ障のことといい一人カラオケのことといいホントになんにもないのか?さすがにちょっと心配になるぞ」
「自覚してしまったら色々と気になってきてな……」
さすがに上野さんのことは言えないので適当に言葉を濁す
「なんだよ、好きな子でもできたのか?」
「いや、それはない」
確かに彼女はかわいいがそれはないだろう。俺は即答した。
「そ、そうか」
翌日、俺は昨日よりも軽い気持ちでまた昼食を食べにあの場所へと向かっていた。今日は飲み物を持ってきていないので購買の近くの自販機に寄っていくことにする。そういえば彼女が購買で毎日パンを買っているといっていたの思い出した。もしかしたら会うかもしれないがまあそのときはそのときだろう。
俺は自販機で安心と信頼のミルクコーヒーを購入する。コーヒーはブラックで飲めるが率先して飲みたいほどに好きではない。市販のミルクコーヒーやミルクティーの甘ったるい感じは本当にたまらない。
購買の方も大分静かになってきた。昼休みはじめの購買はいつも多くの生徒がパンを買うために押し寄せて大変なことになっているが、パンが売り切れるのも早いようだ。それにしてもあんな中に彼女も紛れているのだろうか、あまり想像がつかない。
「パンをいつもあの時間に買いに行ってるのかって?」
もう慣れ始めた階段での食事、先ほど気になったことを彼女に聞いてみる。
「うん。上野さんってあんなすごい人混みの中に毎日入っていってるのか気になって」
「そんなわけないじゃない。知らないの? あそこのパンって昼休みより早く置いてあるから先に行ってれば差し押さえみたいなことができるのよ。だから私はいつも二時間目の終わりの人がほとんどいないときに一度購買に行って予約してるってわけ。教室では食べないから飲み物を買うついでにとりにいけるようにしてるのよ」
「それは知らなかったな~というか普通の人はあんまり使わないよねそれ」
「確かにね。移動教室があるなら使う人もいるかもしれないけど、そうじゃないのにわざわざ行くなんて時間の無駄だものね」
「時間の無駄だと言いながら使ってるあなたは一体何なんですかね……」
「いいじゃない、みんなとは違って休み時間に話す人もいないから本当に予習ぐらいしかすることないもの」
まあ確かに休み時間の間にすることはそれといってないか。うちの学校では休み時間に予習やら復習やらやっている人のほうが少ないので基本みんな喋って過ごすことが多い。その相手もいないとなると休み時間が一番心休まらない状態なのかもしれない。
「そんなことより、ここはコミュ障脱却のための場なのよ! コミュ障を治すための話し合いをしましょう」
コミュ障は病気か何かのなのだろうか……。
「う~んそうだなあ~」
とりあえず俺もそれらしい話題を考えてみる。そういえばパンを予約するときって普通にパンを買う時より多く喋らなきゃならないよな。店の店員や目上の人と話すのはそんなに難しくないのかも。少し聞いてみよう。
「大人の人と話すときとかって特に緊張しなかったりしない?」
「あ、確かにそれはあるわね。先生と話をするときとか特に緊張することとかないわ」
「あれってなんでなんだろうか? 俺も大人の女性と話すときは緊張してない気がするんだよな」
「う~ん、友達とかになることがないからじゃない? 目上の人が相手だとどうしても事務的な話ばかりになるじゃない。先生にしたって教育相談とか授業の質問とか私たちの個人的なところっていうのかな、そういうところまでは踏み込んでこないでしょ」
「なるほど。そういえば俺が苦手な先生って生徒と友達感覚で話そうとする先生ばっかりだったな」
あういう教師って何なんだろうな。親しみを持たれたいんだろうけど、そういうのが苦手な生徒も少なからずいるだろうに。
「あ~いるわよねそういう先生。友達はできたかとか家では何してるのかとかこっちの趣味とかやたら聞いてくるやつ、余計なお世話だってのよまったく」
「あはは……」
「そういえばあなたの趣味って何?」
余計なお世話とか何とか言ってたのに自分で聞いてくるのかよ。それにしても趣味か……よく考えてみるとこれといって打ち込んでいることがないな。
「……ゲームとか?」
「なんで疑問形なのよ……何か他にはないの?」
「いや~とくにないっていうか、そっちは何が趣味なの?」
「私?そうね、歌うこととかかしら。特に練習とかしてるわけじゃないから別にうまいってわけじゃないけど、楽しいわよ」
「なるほど。それで一人カラオケに行ってるんだ」
「そうよ。本当は一人じゃなくて数人で行きたいんだけど、友達いないし……! そうだわ! ねえあなた、私と一緒にカラオケ行かない?」
「えっ」
「なあ俊之、女子と二人でカラオケに行ったことあるか?」
放課後、俺は俊之に話をしてみることにした。困ったときの俊之さんである。
「……いやないけどさ、最近お前そんなんばっかだな。しかも話が急進的というかなんというか」
さすがに怪しまれているな……。かといって俊之以外に頼れる人もいないしなぁ。いっそ上野さんのことを話してしまおうかとも思ったがこの話題でそのことを明かすのは非常に面倒なことになるのは明白だ。
「いやさ、女子と話すのが苦手なのを克服しようと思ってな。だから経験豊富そうな俊之さんのお話をいろいろ聞かせていただこうと、別にそんなにすぐに変わるような性格ではないと自分でもわかってるけどな」
「まあ何か変化があったことにはかわりないんだろ? 悪いことじゃないみたいだし、無理やり聞き出すようなことはしないけどな」
「……助かる」
なんてできたやつなんだ。俺が感動しているのを放置して俊之は話を進める。
「んでなんだっけ?そうそう女子と二人でカラオケだったな。二人で行くならそれはもうカップルぐらいだろうな。ぎりぎり仲のいい友達……う~ん、かなりの信頼がないと普通は二人きりで密室になんかはいらんだろ」
「やっぱりそれが普通だよな」
うん知ってた。
「まさかお前が誘ったり誘われたりしたわけでもないんだろ? そんなのはそういうことがあってから悩むもんだ。まずはそのコミュ障を矯正するんだろ?」
「あ、ああそうだな。ははは……」
誘われたんだけどな。それもおそらく、ただの思い付きで。
それから数日、上野さんと俺とで予定を話し合って一応カラオケの日程は決定した。
「それにしても私は何時間でもぶっ通しで歌えるけど、あなたは持ち歌どのくらいあるの?」
「持ち歌? う~ん流行りの曲ならそれなりに聴いてきてるから困ることはないと思うけど」
「流行りの曲ね……リア充でもないくせに」
どういう意味だろう。流行りの曲を聴くのにリア充も何もないと思うのだが。
「ま、いいわよ。ちょっと曲の趣味が合わないくらいなんともないでしょ」
それって結構問題じゃないですかね。男二人でもいろいろきつかったのにこの男女二人で持つのか? 不安が倍増してしまった。
「それじゃ日曜10時に駅の前のカラオケ屋ね」
「わかったよ」
翌日の土曜日、形の上では初のデートを明日に控え、俺は激しくそわそわしている。
そんな気持ちは露知らず、今日も俊之は俺の家に来ていた。前にも言ったかもしれないが、ここ最近クラスが一緒になったこともあり俺と俊之は以前よりも一緒にいることが多くなった。
「なあ樹~飲みもんとかある~?」
一体何しに来たんだこいつは……図々しいが昔からこんな感じなのであまり気にしない。
「お茶だすわ」
「サンキュー」
「ところで俊之、今日は一体何しに来たんだ。何のゲームも勉強道具も持ってきてないみたいだが」
「ああ、ちょっとお前のことが気になってな」
え、ちょっとやだ、こいつもしかして……俺はジトっとした目でみてあとずさる。
「ちっげーよ! 俺はノンケだ!」
「すぐノンケっていうやつってホモっぽいよな」
「はあ......人がせっかく心配してきてやったのに。あれからお前なんかずっとそわそわしてるだろ? やっぱりなんかあったんじゃないのかと思ってな」
「そんなに気になるか」
「そりゃそうだ。あの樹がコミュ障をなおそうだなんて言い出したんだぜ!? どういう風の吹き回しなんだよ」
俊之の俺に対する評価って一体……。
「この前聞き出さないって言ったじゃんか」
「気になるもんは気になる。そうだろ?」
「まあわからんでもないが、俺としてもあんまり人には言いたくないんだよな。後々面倒なことになりそうだから」
「けちー」
半分心配半分好奇心なのだろうが上野さんのことを知られるリスクを考えるといくら俊之でも話すわけにはいくまい。
結局俊之はうちの据え置きゲーム機で一緒に遊んだあと普通に帰っていった。友達も多いだろうに、暇な奴だな。
とうとうこの日が来てしまった……。今更どうしてこうなったとか、どうにかして阻止できなかったかとか、きっぱり断ればよかったとかいろんなことを考えてしまうがもう遅い。連絡先を交換してない以上キャンセルもできない。緊張してやたら早く目が覚めたので結構時間をかけて服を選んでしまった。別にワクワクしているわけではない。
上野さんと二人きりなのもそうだがそもそも女子と初めて遊ぶ俺にこれはちょっとおかしいんじゃないだろうか。夢なら早く覚めてほしい。
重い足を無理やり動かして駅前に到着した。十時を少し過ぎている。
ここから見えるカラオケ店ということだったが……お、あったあった。そしてそこには彼女の姿もあった。近づいていくと彼女もこちらに気づいたようだ。
「ごめん、待たせたかな」
「ええ少しだけどね」
お約束のあの言葉はいただけませんでした。
彼女はジャージで来ていた。そうジャージである。この時期にジャージって暑そうだし、いくら彼女がきれいだといってもさすがにこれは……。
「なによ、じろじろ見て」
なんだか俺が朝に服を選んでいたのがばかみたいだった。そうはいってもTシャツにジーンズだけなんだけどな。
「ずいぶんラフな格好だと思ってな」
「なに、私がおしゃれしてきたほうがよかったとか?」
「いやそういうわけじゃないけど……」
「あなたも楽そうな格好じゃない。歌いに来てるんだから別にいいでしょ」
なんか緊張も解けたしこれでいいのかもしれない。
「さ、入りましょ」
受付を終えて店員に部屋番号を伝えられる。その部屋まで言ってドアを開けると、
「せ、狭くね?」
俺が前男二人で来た時よりも狭い部屋だった。
「そうなの?いつもこんな部屋だけど」
それはあなたが一人で来てるからですよ上野さん……
この部屋、どう座っても俺が思ってたより彼女との距離がかなり近くなってしまう。近くに座るっていうのは確かに日ごろの昼食で慣れているが、この狭い部屋で二人となると勝手が違う。解けてきた緊張が一気に最高潮に達してしまう。
「どうしたのよ、座りましょう」
「あ、うん」
二人してマイクとリモコンを取ってから座る。
「「……」」
「とりあえず採点入れるわね」
「お、おう」
「「……」」
気まずい……そういえば男二人できたときにも最初にどっちが歌うか、結構決めるのに時間がかかったんだよなぁ。カラオケで最初に歌うのってなんか緊張するんだよ。大勢できたときは大抵そういうのが大丈夫なやつがいるけど今日は俺と上野さんしかいない。上野さんは初めての二人以上でのカラオケみたいだしここは俺が歌った方がいいのか?でもあまりうまくないから曲入れづらいし……
「ええい! どうにでもなれ俺が最初に入れるぞ!」
リモコンを操作して適当に曲を入れる。
歌いはじめてからは歌うのに集中しようと意識を切り替えた。テレビなんかでよく使われる採点システムで自分の音が外れているかいないかが一目でわかるようになっている。ただでさえ緊張しているのに音が所々はずれて地味に恥ずかしい。サビに入ってからは歌詞をよく覚えているし音もあまりはずすことがないのでちらっと彼女の方をみてみた。
彼女はリモコンに集中していた。そういえば先から画面の真ん中上あたりにピコピコ表示されてるな……ん? 7曲目が登録された!? 見間違いか? いや見間違えじゃないなこれ、それから俺が一曲歌い終わるまでには12曲くらい曲が入ってたわけだが、
「ちょっと入れすぎなんじゃないか?」
「え、そうかしら? いつもは1曲ずつ入れてたけどあなたが歌ってる間なら何曲でも入れられるじゃん! と思って入れてたんだけど」
「いや、それじゃあノンストップで12曲歌うことになるぞ?いいのか?」
「あっ……ま、まあ何かあれば途中で止められるじゃない」
一番の問題はその間俺が暇ってところなんだけどな。
そういえばドリンクバー頼んで入ったのに飲み物を取ってきてなかったな。
「じゃあ俺飲み物とってくるよ。何がいい?」
「えっ、ああそうね何があったかしら。覚えてないから任せるわ」
「それ一番困るんだけど……じゃあお茶取ってくるね」
そう言って俺はコップをもって個室から出る。女子と二人きりで部屋にいたことで緊張していた体からは変な汗が吹き出ていた。幸い脇汗はすごいことになっていないがしばらくしてから個室に戻った方がいいだろう。一呼吸してから俺はドリンクバーに向かっていった。
ここのドリンクバーは数種類の飲み物とスープやソフトクリームなどが用意されている。何気にここのコンソメスープは俺のお気に入りだったりするが、飲みすぎると塩分がやばいので注意が必要だ。
俺は先程いった通り二つのコップにお茶を入れる。お茶を入れてる間に後から人の気配がしたので少し慌ててコップをとって振り返ると、
「あれ?溝部じゃん。おっす」
そこにはクラスメイトの西村がいた。
「コップを二つ持ってるとはパシられてるのか?誰と来てるんだ?」
「いやー中学のときの同級生とな」
とっさに嘘をついてしまったがまあいいだろう。西村とはあまり話したことはないが、こいつはクラスで1、2を争うチャラ男みたいなやつだ。上野さんと二人で来てるのが知れたら間違いなく面倒なことになる。
「へえーそういやここら辺の中学校なんだっけか?俊之と一緒だったっけな」
「うん、そういうそっちは?」
「俺は彼女とな。俺もパシられ中ってところだ」
「なるほどな。じゃあ俺はこれで」
そう言って俺は西村から離れていく。ここは学校に一番近いカラオケ屋だからうちの生徒とも会う確率は高い。今更気付いたわけだが、会計の時間が一緒とかじゃない限りバレることはないだろう。
西村に会って逆に思考がクールになって戻ってくることができた。コップを二つもっていては開けにくい扉をなんとか開けると彼女の歌声が聞こえてきた。お茶を置いて座ると俺はいつのまにかその歌に聞き惚れていた。一人でよく熱唱するだとかカラオケで鍛えてるだとか言っていたが本当にいい歌声だった。そして彼女は本当に楽しそうに歌っていたのだ。教室での無表情とも、いつも俺と話すときの表情ともどこか違っていた。なぜだかわからないがこれが彼女の素なのだと俺は確信を持った。こんな顔をすることができるのにいつも無表情なのは本当に勿体ない。彼女のことをみんなにももっと知ってほしいと思ったのだ。
疲れた。
今日は本当にめちゃくちゃ疲れた。というのも、あのあと4時間俺と彼女はほぼぶっ通しで歌っていたのだ。俺はほとんど歌っていないんだけどさ。彼女の選ぶ曲はどれも聞いたことがあるようなないようなものばかりで俺はイマイチ乗りきれないし、彼女の邪魔をしてしまうような気がしてなかなか曲をいれることもできなかった。そんな中でずっと座っていたのだから疲れるのも当然だ。というか俺何しに来たんだ……。
一方彼女はカラオケボックスに入る前に比べてなんだか艶々している気がする。あんだけ歌ってたのに何で元気になってるんですかね……。
「いや~楽しかったわね」
いいことはあったけどこっちは全然楽しくなかったよ!
「……あれだけ歌ってたのに声は全然枯れてないんだな」
「なんでげんなりしてんのよ。それは声の出し方の問題。お腹から声を出せば喉を痛めることなんてそうそうないんだから」
「そうですか……まあいいか」
「そういえばあなたはあまり歌わなかったわね。結構上手かったのに」
「嫌みにしか聞こえないよ」
「私と二人で緊張でもしたのかしら?」
「そりゃ緊張もするよ!男女二人でカラオケなんて普通は恋人どうしでいくようなもんじゃないのか?」
「えっ! そうなの!?」
「そうだよ」
西村に会ってちょっとひやひやしたことも話す。
「ち、違うのよ! 別にあなたに気があって誘ったとかそんなんじゃなくて……」
「わかってるよ。上野さんは女子にも友達いないからわからなかっただけだろうし、俺に気があるなんて思ってないから」
気があったら上下ジャージでなんて来ませんもんね!
「うっ、そのっ、ご迷惑をお掛けしました……」
「だからいいって。その、上野さんの歌が聞けてちょっと嬉しかったしさ。すごい上手だった」
「そ、そう? ありがと」
言って彼女は歌っているときのような顔で笑った。俺は思わず見とれてしまう。
「ん? どうかした?」
「い、いや、なんでもないよ。それじゃあまた明日学校で」
「ええそうね」
悪くない一日だった。
彼女、上野朱里の魅力とはなんだろう。
俺は家に帰ってから特に意味もなくベッドに横たわりそのようなことを考えていた。
まずはやはりその容姿か。一年生の頃に話題になったように彼女の容姿はとにかく優れている。すれ違えば十人中十人の男が思わず振り返るだろうその流れるような黒髪と均整の取れたすらっとした体躯は清らかですっきりとした印象を否応なく与えてくる。
一方で、普段の学校での無機質な態度は彼女の容姿と合わさることによってどこか遠い場所で咲いている一輪の花のように思えてくる。故に俺たち男子は高嶺の花だとか言っているわけなんだが。
ここまでは学校のみんなが、つい先日までの俺が抱いていた彼女へのイメージだ。
では今の俺の中にある彼女への印象は一体どうなっているのか。
ここ最近のことをいろいろと思い返してみる。始業式の日にぶつかったこと。一人で屋上近くの階段を鼻歌交じりに上ってきたこと。自身はコミュ障だといい俺のことをコミュ障仲間だと言っていたこと。その後誘われて一緒に昼食をを何度かともにしたこと。最初は話題にも困っていたが、いつしか互いに慣れてきて他愛もないことを話していたこと。そしてどういった話の流れだったか、カラオケに一緒に行くことになったこと。俺の緊張は何だったのか、全身ジャージで現れ一人リサイタルをしていたこと。
短い期間とはいえここまで変な思い出がほとんどなのはどうしたものか。とはいえ俺が最近知った彼女の印象は自然とこの中から生み出されるわけで。
まず彼女がその第一印象とは違い、かなり残念な人であるというのは言うまでもないと思う。どこか近寄りがたいその雰囲気がただコミュ障から生み出されたものであったと言い換えればその残念さは筆舌に尽くしがたい。しかしそのことは俺の中の憧れを親近感へと変えた。
彼女は俺のことを女子と話すのが苦手だと見抜いていた。俺自身はそのことに気づいていなかったが彼女がそのことに気づいていたのは他人に興味を持っていることの現れだろう。そういえば食事会の目標もコミュ障からの脱却だとか言っていたっけ。女の子とあまり話したことのない俺が言うのはおかしいかもしれないが、彼女は人と話すのが苦手な普通の女の子なのではないか、そう思う。それが彼女の魅力ではないかと。
最初はぎこちなかった会話も今では普通になっていることから話すのが苦手でも決して嫌いではないということがわかるし、性格も少し抜けているとことはあるものの芯が通っているように感じる。きっかけさえあれば誰とでも、仲良くなることはそう難しくないだろう。
そう、きっかけさえあれば誰とでも仲良くなれる素質は持っているはずなのだ。俺である必要もなかった。女子が苦手な俺とでさえそれなりに仲良くできるのだ。今までは運が悪かった、ただそれだけなのではないか。
でも俺は彼女と友達になった。と、個人的には思っている。現行ただ一人の友達になれたと思っている。一方的な思い込みかもしれないが、彼女は俺の初めての女友達になった。
その彼女が目標に掲げているのはコミュ障からの脱却、ならば俺のすべきことは……
翌日、月曜日。週明けの気怠さに教室は包まれていた。そんな中で俺は一人そわそわしていた。
「おはよう樹。今日はやけに早く学校に来てたんだな珍しい」
「おはよう俊之。ああちょっとな、やる気が出てきたんだよ」
「お前の口からそんな言葉が出てくるなんて何年ぶりだろうなぁ~」
「うるせえよ」
俊之とそのまましばらく話していると上野さんが教室に入ってきた。俺は意を決して挨拶をしてみる。
「おはよう上野さん」
「!?っぉ、おはよう」
少し動揺したようだが思った通り普通に(?)返してくれた。
周囲が少しざわついて不思議そうに俺と上野さんを見ている当然だろう。自己紹介と授業中に当てられた時にしか話したりしない彼女が挨拶を返したのだから。突然あいさつするのは少し意地悪かもしれないと思ったが、本気でコミュ障を治すという意思表示をここで彼女にしておきたかったのだ。
「樹お前、もしかしてそういうことか……」
俊之が一人で何か納得しているがここで何か言う必要もないだろう。
「ちょっとどういうことよ溝部君! 今朝のあれは!」
時間は昼過ぎ、昼休みもちょうど中ごろといったところか。いつもの場所にやってきた上野さんは開口一番文句を言ってきた。
「何って、挨拶だけど」
「それはわかってるわよ……どうして急に挨拶なんてしたのよ。教室の空気がなんか変になってたじゃない」
「俺はもう上野さんとは友達になったと思ってる」
「そ、そう。と、友達か」
ちょっとにやけている。
「そう、友達だ。その友達が教室に入ってきたのに挨拶しないほうがおかしいだろ?」
「そ、そうなのかしら」
彼女はちょっと納得いかないような顔をしている。まあ友達いない風なこと言ってたしそうなるよね。
「それに、俺たちがここに集まるにあたって上野さんが立てた目標があるでじゃないか」
「コミュ障脱却よね? それがどうしたのよ」
「コミュ障を治すのにいつまでもここで二人だけで話してても意味ないでしょ」
「……よくよく考えれば確かにそうね。だから今朝は急にあいさつしたと?」
「コミュ障脱却への意思表示だね」
「別に普通に言ってくれればよかったのに、まあいいわ」
「よし、そうと決まれば今日からコミュ障脱却会は正式に活動を始めるということで!」
「なによ、それ。……ふふっあはははは!」
「ははははは!」
俺は溝部樹。これといった特徴のない、普通の高校生だ。強いて言うなら……いや、なにもないよ? 勉強に運動、社交性に容姿すべてにおいて平々凡々。全くもって平均的。それが俺の自己評価だ。
「よお! 樹、もう自分のクラスは見たか?」
いきなり現れたこいつは渡会俊之。俺の家の隣に住んでいる幼馴染みだ。成績優秀、運動神経は抜群、コミュ力も高くておまけにイケメン。リア充の見本みたいだ。気さくないいやつで俺の唯一の親友といってもいい間柄だ。
「よお俊之。いや、まだだよ。混んでて見れなくてさ」
こういうときに最前列を陣取って誰がいる、誰が別のクラスだのと長い時間観ているやつは本当に邪魔だな。ちょっと確認したら離れればいいのに。
「そうかそうか~ふっふっふ……だったら教えてやろう、俺とお前は同じ3組だぞ! お前と同じクラスなんて中1以来だな~。よろしくな!」
「ああそっかよろしく。他には知り合いはいたか?」
「もっと喜べよ……他にも知り合いはたくさんいたがお前と共通の知り合いとなるとちょっとわかんねえな」
「まあそれもそうか。じゃあ俺もちょっくら見てくるわ。先行っといてくれ」
「あいよ~」
さて。おっ、ちょうどあそこら辺が空いたなチャンスだ行こう───ドンッ
「きゃっ」
しまった同じタイミングで踏み出した人にぶつかってしまった。
「あっ、すみません……っ!」
俺は謝りながら息を飲んだ
「いえ、こちらこそ……」
俺がぶつかった相手は、俺の知っている人だった。いや、学年中皆が彼女の事を知っているだろう。というのも彼女は学年1と言われる程の美少女だったからだ。
彼女は一言謝るとそのまま歩いていきクラス表を確認して校舎に入っていった。一瞬呆けていた俺もすぐにクラスを確認した。俊之のいった通り3組に俺の名前は存在していたが、俺の目は同じクラスの上の方にある一人の名前に釘付けになっていた。上野朱里。彼女の名前だった。
その日は始業式を終えたらすぐに放課だった。これからは部活動に励む者や図書室で勉強をする者達がそれぞれの青春を過ごす時間になる。俺? もちろん帰宅する。帰宅部だからな! 帰宅部は帰宅するのが活動だ。皆が汗を流しているなか颯爽と帰宅して一人家でだらだらする。最高に気持ちがいいことだ。
「お~い樹~。お前この後どうすんの?」
俊之が話しかけてきた。
「家に帰って気持ち良くゴロゴロしようと思ってたけど」
「ゴロゴロって、明日は休み明けテストだろ?大丈夫なのか?」
「そういえばそうだったな……まあなんとかなるさ!」
「お前はいつもそれだな。一応進学校だぞここ」
「そうはいってもな。課題やる気にならないし」
そう、うちの学校はやたらと課題が多いのだ。俺は生徒全員にアホみたいな量の課題を出す教師を絶対に許さない。確かに課題は必要だろう。俺もそう思う。しかしだ、これさえやってれば◯◯大学以上はいけるぞ。とか言われて出される課題よりそれぞれの目標にあった課題を自分で見つけてやる方が絶対に効率がいいはずだ。課題に時間をとられて自分のやりたい勉強が疎かになるものもいるだろう。そして極めつけには俺のように課題も勉強も共倒れするようなやつまで出てくる。課題やりたくない。
「お前ってやつは本当に……ま、いっか。じゃあ今からお前んちにいって勉強会しようぜ。教えてやるからさ」
「人がやる気ないっていったそばから……別にいいけど」
俊之が帰ってから晩御飯もお風呂も済ませた俺はさっさと寝ようと思い布団に入っていた。春になっても夜はまだ涼しく快適だ。急速に高まってくる眠気のなか、俺は今朝の彼女のことについて考えていた。上野朱里、同じ学年で彼女のことについて知らない人はいないだろう。彼女は有名だ。理由は簡単、とてもきれいだからだ。流れるような黒髪、整った顔立ち、折れてしまいそうな腰に凛とした目。その見目の麗しさは入学当初から学年全体に知れわたるほどだった。他の学年でも噂されているというのは俊之の言である。かくいう俺も様子を見にいったものだ。一方で彼女は人とあまり関わらないことでも有名だ。理由はわからないが必要最低限のこと以外は話そうとしないらしい。最初はそれこそ積極的に話しかけられていたが、その呼び掛けも無視されて何人の男子が心を折られたことか。女子ともあまり話さないらしく、あまりよく思ってない人もいるみたいだ。彼女には友達がいないのだろうか?あの見た目ならいくらでも友達を作れるだろう。それとも一人が好きなのかな?う~んまあ、俺が考えても意味のないことだな。まあいいや余計なことは考えずに寝てしまおう。
それから一週間が経ちクラスの雰囲気も大分落ち着いてきた。俺にもそれなりに友達と呼べるような他愛もないことを話す相手が数人できた。俊之と友達だというのが大きかったのだろうか、いつもよりも簡単に人と付き合うことができている気がする。まあ男子ばっかりなんだけどね。こういうときに素早く女子と友達になれるやつは本当に羨ましいと思う。これといった用事もないのに話しかけるとか絶対できないから。話したとしても授業中のペアワークがほとんどだ。俊之をみてみると普通に女子とも話している。イケメン恐るべし。それとも俺がおかしいのだろうか? ぐぬぬ
「おい樹~飯食おうぜ~」
昼休みに入ったところで俊之が話しかけてきた。他の皆もそれぞれ仲のいい人どうしで集まって弁当を食べたり学食に向かったりしている。
うちは地方の公立高校だが学食がある。周りの学校には学食がないところが多いからか、メニューも豊富で人気が高くそれなりに多くの人が毎日利用しているが、俺はあまり好きではない。俺のイメージとして学食とは安い! 多い! この二つが非常に重要だ。しかしだ! うちの学食は公立高校の悲しい現実か、それなりの値段で学食らしからぬ微妙な量のメニューの数々は確かに美味しいが違う、そうじゃないという感覚を俺に与えてくる。唐揚げが食べたくて注文した唐揚げ丼に唐揚げが3つしか乗っていなかったときには本当に驚いたものだ。
「いいよ。どこで食べる?」
「俺も弁当だしここでいいだろ。わざわざ食堂に行く必要もないし」
言って俊之は俺の前の席に腰を下ろした。椅子だけをこちらに向けて1つの机で二人で食べる。
「他のやつらは呼ばないのか?いつもいろんな人と食べてるだろ」
「まあまあたまにはいいじゃないの。幼馴染みと二人で食べるってのも」
俊之はニヤニヤしている
「そりゃいいけどさ」
なんかちょっと気持ち悪いなこいつ……
「お前いつも一人で食ってるからさ~」
俺はいつも一人でぱぱっと食事を済ませてから友達のところにいって喋って時間を潰すことが多い。なぜかと言われれば特に意味などないのだが、かつて食事に集中してどうしても口数が減ってしまい何とも言えない空気になることが多々あった。相手に不快な思いをさせないために配慮する俺。気が利くいいやつだろ?
「一人で食べる方が落ち着いて食べれるだろ」
「皆で一緒に食べた方がうまいぞ」
「そうか?俺はご飯はどんなときどういうふうにに食べてもうまいもんはうまいと思うんだがなぁ」
「そういえばお前は昔から一人でいても全然平気なタイプだったな……飯食う時間も有効に使った方が人とは仲良くなれるぜ?」
「お前が言うんならそうなんだろうな。とはいっても俺は食事に集中したいんだ他の人と話しながら食べるよりしっかり味わえる」
「はぁ~さいですか」
そうこう言ってるうちに俺はいつもの癖か、ぱぱっと食べ終えていた。
「お前食べるの早くないか?………太るぞ?」
「ほっとけ」
俺はそう言いながら辺りの席を見回す。ふと1つの席が気にかかった。
「なあ俊之。いつも不思議に思ってたんだが」
「どうした?」
「上野さんってどこでご飯食べてるんだろうな。いつもいないけど友達と一緒に食べてるって訳じゃなさそうだしさ」
「さあな~案外普通に友達とかいるんじゃね?」
「そうなのかな。まあいっか」
「なんだお前。もしかして上野さんのことが気になってんのか? やめとけやめとけ。何人の男が心を折られてきたと思ってるんだ? 相手にされないって。ああいうのは遠目にみてるくらいがちょうどいいんだよ」
「いや、そんなんじゃないって」
「ほんとかな~」
くっ、ムカつくにやけ顔だ。しかしここで熱くなってしまったら本当にそれっぽい。俺は冷静になった。話題を変えよう。
「そういえば次の英語課題があったなー。あの先生色々めんどくさいからやっとかないとなー」
俺は弁当を片付けてから英語の課題をやり始める。
「露骨に逃げやがったな。まあ俺も課題やってないし席に戻るわ~」
そう言うといつの間に食べ終わったのか、俊之も弁当を片して自分の席に戻っていった。
しばらく課題をやっていると上野さんが教室に戻ってきた。そのままスッと席に座って彼女も勉強を始める。誰も気にしてないみたいだけど、どこで食べてるんだろ? 俺もたまに教室以外の場所で昼食をとることがあるが校庭やそれなりに食事するスペースがあるような場所では彼女をみたことがない。本当に、どこで食べているんだろうか。
次の日の昼休み、俺は久々の校内探険をしていた。弁当をもって手頃な食事場所を探す。もちろん上野さんの行方も気になったが流石にあとをつけるのは不味いだろうと思いグッと堪えた。あわよくば見つけようという気もあるがな!
この時間帯には理科担当の教師しかいないであろう理科棟を散策する。物理教室や化学教室、生物教室や地学教室といったそれぞれの教室はもちろん1、2階ぶち抜きのサイエンスホールという講義室や各文化部の部室まで入っている。この理科棟は去年工事が終わったばかりの新築で設備も本当にいいものになっている。天文部には展望台まであって4階建ての一番上にぽんとのっかっている。ぱっとみUFOみたいだ。
屋上は基本立ち入り禁止となっているらしい。ただ階段は一番上までのぼれるのでためしに一番上までのぼってみた。うん。なにもないな。本当になにもなかった。あるのは階段、ただそれだけだったがよくよく考えると階段に座って飯を食える。なにもない場所で一人静かに飯を食える。そう考えたらここがとてもいい場所のように思えた。早速弁当を食べようとしたそのとき、下から鼻歌混じりの足音が聞こえてきたのだった。
「ふんふふんふふんカレードーナツに焼きそばパンが売れ残ってて今日はラッキーだったな~」
誰もいないはずの階段で、いや俺がいるんだけどさ。盛大に大きな独り言を発して階段をのぼって来るのは……
「早速味わって食べなきゃね~ふふふふふ」
……上野さんだよな? まるで別人だ。あっ目があった。向こうもようやくこちらに気付いたご様子。
「えっ?」
「えっえと、こ、こんにちは?」
「こ、コンニチワ……見た?」
「さてと、なんのことやら」
「そう、見たのね……まあいいわ。べ、別にみられて困ることじゃないし! 一人で寂しくご飯を食べてようとしてたわけじゃないし!」
「あっ、そうですか」
どうやらこの娘はあまり関わらない方が良さそうなタイプのようなのでそのまま階段を降りて去ろうとした
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「なんでしょうか?」
「その~……一緒にご飯食べない?」
急に何を言い出すんだこの娘は。その意図がつかめず思わず聞き返した。
「えーと、なんで?」
「うっ……いや、その、こんなところに弁当持って一人でいるくらいだからあなたはいつも一人寂しくご飯を食べてるんじゃないかなって。だから私が一緒にご飯を食べてあげようかなぁ~とか」
なんというか分かりやすい人だな。
「それ上野さんのことなんじゃ……」
「ち、違うわよ! 私は別に一人でも寂しくないしっ!」
「はあそうですか」
かわいそうになってきた。どうしたもんかな。
「と、とにかく一緒にご飯を食べましょ? ねっ?」
「は、はぁ」
こうしてなぜか学年1の美少女と食事を共にすることになったわけだが、
「………………」
なんなんだこの空気は!気まずいことこの上ない。
「あの~」
「………………」
「上野さんってあまり人と関わろうとしないという風に聞いてたんだけど、これはどういった風の吹き回しで?」
「……だと思って」
「はい?」
「その、仲間、だと思って」
「仲間って言うと、一人寂しくご飯を食べてる仲間、かな?」
「ええ」
「俺は普段教室でご飯食べてるけど他の人と一緒に食べたりすることもあるよ?」
嘘は言ってない。俊之とか俊之とか、あと俊之とかな。
「そうなの? じゃあどうしてこんなところに……まさか私をつけてきたのっ!?」
「いや違う」
少しはその気があったけどさ。
「実は食事するのにちょうどいい静かな場所を探しててさ。そんでもってここを見つけたときにちょうど上野さんが鼻歌を歌いながら階段を上がってきたってわけ」
「ほんとかしら?」
「逆にこっちから聞くけど、いつもここで食事を?」
「ええそうよ。なにか文句でも」
「文句はないけど、寂しいなら他の人と食べればいいのに」
「わっ、私は別に寂しくなんか……」
「じゃあどうして俺と一緒に?」
「いやそれはだから、その……」
「その?」
「人と話すのが苦手だからよ!」
ですよね。話しててちょっと思ったわ。だけどここで疑問がひとつ。
「俺と話すのは大丈夫なの?」
「あら? 確かにおかしいわね。いつもは人と話すと緊張しすぎて無表情になってなにも言えなくなるんだけど、あなたはなにかしら?そうね、多分あなたのその超普通オーラが緊張感をなくしてるのかしら」
普通で悪かったな普通で
「それと最初にぱっとみ、仲間だと思ってたからかしら?そんなに抵抗がないわ」
先から失礼なことこの上ないが親近感を覚えられているのは少し嬉しい。
「コミュ障っぽいところとか? 仲間かなと」
前言撤回。ちっとも嬉しくないぞこんなの。
「ほんとに失礼なやつだな……そんなんだから友達いないんじゃないか?」
「そ、そんなこと、友達ならいるわよ!」
「クラスに友達はできた?」
「くっ、ぐぬぬ」
「ははは。今まで高嶺の花だと思ってた人が実はただのコミュ症だったなんて驚いたよ。」
「高嶺の花ってなによ……皆には言わないでね! イメージってものがあるんだから」
「言っても誰も信じないと思うけどね。おもしろいからまた明日もここに来るよ。それじゃ教室で」
「えっ!ええ……」
本当におもしろいものを発見してしまった。まあ憧れの気持ちはなぜかすっ飛んでいったけどね。これからの昼休みは楽しい時間になりそうだ。
「おっ樹~どこ行ってたんだ?」
「ああちょっとな」
「? まあいいけどよ」
時間をおいて上野さんが戻ってきた。こちらの方を一瞬見た気がしたがすぐに目を逸らされてしまった。
翌朝。俺は昨日の言動を少し後悔していた。冷静に考えると普段の俺ならさすがにあそこまで強気に出ていくことはないと思うのだが、上野さんのほうが俺よりテンパっていたからだろうか?彼女の言っていたように話せないことはないがいつもの俺は積極的に女子と話すことなんてないし、ましてや高嶺の花だとかなんとかさらっと言ってしまうことなんか絶対にありえない。何言ってんだ昨日の俺! ばっかじゃねぇの! ばっかじゃねぇの! まあ彼女は特に気にしているような感じでもなかったけど、それはそれで悲しい!
布団の中で悶えること数分。落ち着きを取り戻した俺はまたも思考を巡らせる。
彼女は俺のことをこうも言っていた。「コミュ障っぽいところとか」と。これはほかの人から見てもこういう風に見えているということなのではないか?
今までの自身の学校生活を振り返ると自分がコミュ障に見えているのではないかという不安がより広がっていく。例えば俺が女子と話すとき、相手のどこを見て話しているか。少なくとも男子と話すときのように相手の目を見て話していることはまずないといっていいだろう。他にもいろいろなことを思い浮かべてみる。去年の学校行事で俺は男子以外と何かをしていただろうか。今までの授業でのペアワーク、俺は授業に関すること以外の話をしたことがあっただろうか。
考えれば考えるほどにある一つの答えが頭に浮かんでくる。むしろここまで来て気づかないほうがおかしいだろう。
俺、コミュ障でした。
衝撃の新事実に驚愕しながらもともかく学校に行こうと朝食をすませ、俺はいつも通りに家を出た。隣の家に住む俊之も似たような時刻に同じく登校している。家から学校までは比較的近く、自転車置き場も限られているため俺たちは毎日歩いて登校している。
一緒に行く約束をしているわけではないが最近はクラスが一緒ということもあり、こうして肩を並べて歩くことが多い。
「さっきからどうしたんだ樹。今日はえらく難しい顔してんな」
「あ~いや、ちょっとな……」
どうしたもんか。こんなときには思い切って親友に相談してみるのもありかもしれないな。
「なあ俊之、一つ聞きたい事があるんだが」
「なんだよ」
「……俺ってコミュ障か?」
「何をいまさら言ってるんだ?お前昔から女子と話すときテンパってんじゃん。しかも自分から話しかけること絶対にないしな。どっからどう見てもコミュ障だろ」
「うっ、やっぱりそうなのか……そんな露骨にか?」
「う~んどうだろうな。俺は付き合いが長いから何とも言えないが、誰かになんか言われたのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、ははは」
「ふ~ん」
俊之がジトッとした目で俺を見てくる。やめて! そんな目で見ないで!
「別にいいけどよ、困ったことがあったら相談くらい乗るぜ?」
「いやいや! 何もないから!」
これくらいにしておこう。墓穴を掘りそうだ。
それにしても昨日あんなこと言った手前、昼休みにあの場所に行かないわけにもいかないよな。ああ、憂鬱だ。自業自得だけどね。
教室にチャイムが鳴り響いた。
「おっとチャイムが鳴ったな。それじゃあ今日はここまでだ。復習はちゃんとやっとけよーはい号令」
先生が授業の終わりを告げた。これで午前の授業はすべて終了したことになる。そう、とうとう昼休みが来てしまったのだ。昼食のことで気が気でなかったため授業の内容は全然頭に入ってない。ああどうしよう。ひとまず上野さんは……もう教室のどこにもいないじゃないか! いつの間に出て行ったんだ!
こうなったら腹をくくって昨日の場所へ行くしかない。俺は弁当を持って歩き出した。
ここは理科棟西側階段の一番上。屋上への扉には立ち入り禁止の文字があるがそのほかには何もなく、昨日と同じように静かでどこか同じ学校とは思えない空気を漂わせていた。
カツ、カツ、カツ、と階下から足音が近づいてくる。おそらく彼女だろう。ただ昨日のような鼻歌は一切聞こえてこない。無機質な音だけが響き俺はより一層緊張を高めた。
「あなた……本当に来たのね」
「い、いや~あはは……」
来た。来てしまった。彼女、上野朱里はどういうわけか昨日とは違いとても落ち着いていた。反対に俺は激しく動揺している。改めて見てもやはりというべきか、彼女はとてつもない美人さんだ。
「一緒に食べないかと誘ったのはそもそも私の方だけど、まさか溝部君があんなに饒舌に喋れるとは思わなかったわ。仲間だと思ってたのに何かものすごい敗北感を味わったのよね~」
「えっ、ああ~そのことなんだけど……」
「なに?今日の私がやたら喋るのがおかしいの?」
「いやそうじゃなくて……」
「あなたに負けないように今日は気合を入れてきたのよ!さあ早くご飯にしましょうよ。今日の私のご飯は購買のパンでも人気の三角チーズパンなの。このパンは―――」
どこかようすがおかしいぞ。全然こっちの話を聞こうとしない。
「あの!ちょっといいですか!」
「ひゃう!な、なによき、急に」
驚かせてしまったが今しかないだろう。
「いやーあの、その、昨日のことは間違いだったというか、事故だったというかですね、昨日の僕はちょっとおかしかったっていうか」
「?」
「上野さんを前にしてテンションが変になってたというか、その、とにかく違うんです!」
なんて言えばいいのか、さんざん考えていたがいざとなると俺の言葉は要領を得ない。
「ええっと、つまり昨日のあの饒舌さは急な展開に動揺が限界を振り切れてからハイになってたことによるコミュ障にたまに訪れるアレよね」
上野さんが説明してくれたので俺は全力で首を縦に振る。
「そう! そういうことなんです! だから昨日のことはぜひ忘れてくださいお願いします!あれ?てかなんでわかったの?」
聞いた途端彼女の顔に陰が差したような気がした。
「ふふふ......中学校の時に同じようなことをして周囲から一歩引かれ続けたからよ。それからというものクラスで何となく話す人すらいなくなったわ」
どうやら地雷だったようだ。経験者だからわかるって悲しすぎる。
「そういえばあなた、昨日おもしろい事言ってたじゃない。確か私が......」
「わー! わーわーわー! 忘れてください!」
「まあそれはいいんだけど、昨日の話。やっぱり私と一緒にご飯食べてみない?」
「え?」
「あの後考えてみたんだけど、前にも言った通り私はあなたが相手だとなぜかそんなに緊張しないのよね。その原因が同族の仲間意識なのか何なのかはよくわからないけど。それにあなた、女子と話すの苦手よね?」
「うっ」
なんでバレてんですかね......そんなにわかりやすいのかな? 俺。
「なら私と話すのはその改善につながるんじゃないかしら。私はあなたで人に慣れることができて互いに悪い話ではないと思うのだけれど」
確かに悪い話ではないな。俺が女子と話すことが苦手なのは異性ということを強く意識しているのが原因だろう。その点では学年最高の美少女である目の前の上野さんに慣れてしまえば問題はほぼ解決するといっていいはずだ。
「わ、わかった。一緒に食べることにするよ」
「ええ。よろしくね!」
俺はその時彼女の笑顔を始めてみた。
「とはいってみたものの……」
「……」
さっきの威勢が嘘のように上野さんは黙って食事を始めてしまった。そういえば気合い入れてきたとか言ってたもんなぁ。言いたいことは言ったけどあと何にも考えてなかったから話せなくなったんだろう。かくいう俺も何を話せばいいのか全く分からない。話題を提供できなくなると自分が普段どれだけ相手に話を振ってもらっているのかがよくわかる。
「「……あの」」
「な、何」
「いや、そっちこそ……」
「……」
どうしろと? 昼ごはんの話題でも出すか? 安直すぎる気がするが……
「えっと……上野さんっていっつも購買のパン買ってるの?」
「ええ。量がちょうどいいのよ。溝部君はいつもお弁当なの?」
「うん。母さんがいつも作ってくれてるよ」
「そう。大変ね」
「うん」
いや終っちゃったよ......。どうする? よく人と話すときは共通の話題を出すといいと聞くな。よし
「上野さんってコミュ障なんだよね。英語の時間のペアワークってどうしてる? 俺は相手が誰でも普通にするようにしてるけど」
「無視よ」
「えっ」
「無視するの。なんで英語のペアワークなんてあるのかしらね。なによ、例文を暗記して互いに日本語を言って英文を言うって、暗記するだけなら家で一人でやったほうがいいに決まってるじゃない。あんなことやって英語が喋れるわけじゃないのに、コミュ障への当てつけよ! そうに違いないわ! いっそのこと理科の実験も一人でやらせてくれないかしらね」
「う、うん。そうだね」
俺に対しては割と普通に話してるのに考えてることはこの上なくコミュ障だった。自称コミュ障って実際コミュ障じゃなかったりむしろコミュ力高かったりすることも多いけど、目の前にいる自称コミュ障はどうやら本物のようだ。
「ねえ、あなたは男子とは普通に話せるんでしょ? 渡会君とよく話してるものね」
今度は彼女が聞いてきた。
「まあ、そうだね。俊之は幼馴染だから当然だけど、他の男子とも普通の会話ならこなせるよ」
「はあ、ちょっと羨ましいわね。私なんかほとんどの人に緊張しちゃって無表情になっちゃうんだもの。入学直後なんてなぜか男子も女子もみんな話しかけてくるから毎日緊張しっぱなしだったわ。まあ今度は逆に誰も話しかけてこなくなって、いつの間にかぼっちになってたんだけどね……」
その容姿じゃそりゃあ注目されるでしょうよ。中身は残念な人だけど。
「せめて女子とは仲良くなっておけばよかったと今でも後悔してるわ。自分から話しかけられないのに向こうから来てくれたのよ! なんでそんなチャンスを逃しちゃうかなあ、もう。最近女子からはなんか避けられてる気がするし」
それはそうだろう。仲良くなろうと近づいたら無表情で無視されてしまうのだ。いくらきれいでもそんな奴には俺も近づきたくないし、女子からすれば嫌な奴という風に思われても仕方ない。
それにしても彼女、上野朱里はいつもの印象とは打って変わってとても感情表現が豊かな女の子のようだ。これが彼女の素なのだろうか。どうもまだ混乱している。
「上野さんってこうして話している所を見ると普通の女子みたいだね。」
「ちょっと、それどういう意味よ。私は普通の女の子よ。どっからどう見てもね」
普通じゃないですめっちゃ可愛いですハイ。
「自分でコミュ障とか言っといてそれはないでしょ。まあその割には滑舌もいいしよく喋ってるけど」
「当然よ。家に帰ったら自分の部屋で音楽流して熱唱したり、一人でカラオケに行ったりして鍛えてるから」
「ふ、ふ~ん」
なんかこの人一人でも楽しそうだな。
「上野さん、実は一人でもわりと平気だったりしない?」
「……平気なんかじゃないわよ。カラオケだって一緒に行く人がいないから一人で行ってるんだもん。ああ~こんなはずじゃなかったのに、私の高校生活~」
しょんぼりさせてしまった……。だが、そんな姿を見て思った。彼女はこんなにも感情表現が豊かでいじりがいがある。昨日感じたおもしろいものを見つけたという気持ちは多分これだったのだろう。もちろん率先していじるような勇気はないが。
「そうそう忘れてたわ。この食事会の目標を決めましょう」
「目標?」
食事会に目標ってどういうことだ? 疑問が顔に出ていたのか、すぐに彼女は答える。
「ええ、目標よ。というかもう決めたわ。私たちの目標はコミュ障脱却よ! いい?」
「え、あ、はい」
目標がコミュ障脱却に決まりました。はい。
そういえば最初にコミュ障どうし互いにWIN-WINとかなんとかいってたもんな。でもここまで話せててコミュ障といえるのか? よくわからなくなってきた。
「なによ、ノリが悪いわね」
「逆になんでそんなノリノリなんですかね……そろそろ予鈴もなるし、先に教室に戻るよ」
「ええ、また明日ね」
「ああ、また明日」
こうして最初の食事会は幕を閉じた。
午後の授業も何事もなく終わり、教室は喧騒に包まれる。それに紛れて俺もいつも通りまっすぐ家に帰ることにした。
「樹、一緒に帰ろうぜ~」
いつの間にやら俺の後ろに来ていた俊之が声をかけてくる。ちょっとびっくりした。
「いきなり背後に立たないでくれよ! びっくりすりだろ」
「すまんすまん」
俊之に反応したついでに教室を軽く見まわす。多くの人がまだ教室の中でだべっているが、上野さんの姿は教室にはなかった。もう下校したのだろうか? いくらなんでも早すぎるだろ……。
「どうしたんだ樹? 早く行こうぜ」
「あ、ああ。そうだな」
「なあ、俊之は一人でカラオケとか行ったことあるか?」
今日の上野さんとの話を思い出しながら話題を振ってみる。
「いや、ないけども、最近はヒトカラとか何とかいって一人で行く人も少なくないらしいぞ?歌の練習だったりストレス解消だったり」
「らしいな。いや今度俺も行ってみようかなって」
彼女は一緒に行く人がいないからとか言ってたけどな。
「マジか。俺からしたら一人のほうがハードル高い気がするんだけどな~」
俺もそう思う。カラオケの店に一人で入っていくのは結構きつそうだ。あんまり誘われないからそんなに行ったことないってのもあるけど。
「やっぱりそうだよな~。一人で行って盛り上がりも何もないカラオケってのもなんか変な感じだし」
「だよな~何なら俺と一緒に行こうぜ?」
「いやいや二人もそれはそれでつらいから」
一度男二人で行ったことはあるがなんとなく時間いっぱい曲を入れ続けてしまい以上に疲れてしまったことを思い出す。なんかもったいない気がして入れまくってたけどあと20曲って表示されてた時は後悔したなあ。翌日は声の出し方が悪かったのか声が枯れて出なかったし。
「それにしても朝のコミュ障のことといい一人カラオケのことといいホントになんにもないのか?さすがにちょっと心配になるぞ」
「自覚してしまったら色々と気になってきてな……」
さすがに上野さんのことは言えないので適当に言葉を濁す
「なんだよ、好きな子でもできたのか?」
「いや、それはない」
確かに彼女はかわいいがそれはないだろう。俺は即答した。
「そ、そうか」
翌日、俺は昨日よりも軽い気持ちでまた昼食を食べにあの場所へと向かっていた。今日は飲み物を持ってきていないので購買の近くの自販機に寄っていくことにする。そういえば彼女が購買で毎日パンを買っているといっていたの思い出した。もしかしたら会うかもしれないがまあそのときはそのときだろう。
俺は自販機で安心と信頼のミルクコーヒーを購入する。コーヒーはブラックで飲めるが率先して飲みたいほどに好きではない。市販のミルクコーヒーやミルクティーの甘ったるい感じは本当にたまらない。
購買の方も大分静かになってきた。昼休みはじめの購買はいつも多くの生徒がパンを買うために押し寄せて大変なことになっているが、パンが売り切れるのも早いようだ。それにしてもあんな中に彼女も紛れているのだろうか、あまり想像がつかない。
「パンをいつもあの時間に買いに行ってるのかって?」
もう慣れ始めた階段での食事、先ほど気になったことを彼女に聞いてみる。
「うん。上野さんってあんなすごい人混みの中に毎日入っていってるのか気になって」
「そんなわけないじゃない。知らないの? あそこのパンって昼休みより早く置いてあるから先に行ってれば差し押さえみたいなことができるのよ。だから私はいつも二時間目の終わりの人がほとんどいないときに一度購買に行って予約してるってわけ。教室では食べないから飲み物を買うついでにとりにいけるようにしてるのよ」
「それは知らなかったな~というか普通の人はあんまり使わないよねそれ」
「確かにね。移動教室があるなら使う人もいるかもしれないけど、そうじゃないのにわざわざ行くなんて時間の無駄だものね」
「時間の無駄だと言いながら使ってるあなたは一体何なんですかね……」
「いいじゃない、みんなとは違って休み時間に話す人もいないから本当に予習ぐらいしかすることないもの」
まあ確かに休み時間の間にすることはそれといってないか。うちの学校では休み時間に予習やら復習やらやっている人のほうが少ないので基本みんな喋って過ごすことが多い。その相手もいないとなると休み時間が一番心休まらない状態なのかもしれない。
「そんなことより、ここはコミュ障脱却のための場なのよ! コミュ障を治すための話し合いをしましょう」
コミュ障は病気か何かのなのだろうか……。
「う~んそうだなあ~」
とりあえず俺もそれらしい話題を考えてみる。そういえばパンを予約するときって普通にパンを買う時より多く喋らなきゃならないよな。店の店員や目上の人と話すのはそんなに難しくないのかも。少し聞いてみよう。
「大人の人と話すときとかって特に緊張しなかったりしない?」
「あ、確かにそれはあるわね。先生と話をするときとか特に緊張することとかないわ」
「あれってなんでなんだろうか? 俺も大人の女性と話すときは緊張してない気がするんだよな」
「う~ん、友達とかになることがないからじゃない? 目上の人が相手だとどうしても事務的な話ばかりになるじゃない。先生にしたって教育相談とか授業の質問とか私たちの個人的なところっていうのかな、そういうところまでは踏み込んでこないでしょ」
「なるほど。そういえば俺が苦手な先生って生徒と友達感覚で話そうとする先生ばっかりだったな」
あういう教師って何なんだろうな。親しみを持たれたいんだろうけど、そういうのが苦手な生徒も少なからずいるだろうに。
「あ~いるわよねそういう先生。友達はできたかとか家では何してるのかとかこっちの趣味とかやたら聞いてくるやつ、余計なお世話だってのよまったく」
「あはは……」
「そういえばあなたの趣味って何?」
余計なお世話とか何とか言ってたのに自分で聞いてくるのかよ。それにしても趣味か……よく考えてみるとこれといって打ち込んでいることがないな。
「……ゲームとか?」
「なんで疑問形なのよ……何か他にはないの?」
「いや~とくにないっていうか、そっちは何が趣味なの?」
「私?そうね、歌うこととかかしら。特に練習とかしてるわけじゃないから別にうまいってわけじゃないけど、楽しいわよ」
「なるほど。それで一人カラオケに行ってるんだ」
「そうよ。本当は一人じゃなくて数人で行きたいんだけど、友達いないし……! そうだわ! ねえあなた、私と一緒にカラオケ行かない?」
「えっ」
「なあ俊之、女子と二人でカラオケに行ったことあるか?」
放課後、俺は俊之に話をしてみることにした。困ったときの俊之さんである。
「……いやないけどさ、最近お前そんなんばっかだな。しかも話が急進的というかなんというか」
さすがに怪しまれているな……。かといって俊之以外に頼れる人もいないしなぁ。いっそ上野さんのことを話してしまおうかとも思ったがこの話題でそのことを明かすのは非常に面倒なことになるのは明白だ。
「いやさ、女子と話すのが苦手なのを克服しようと思ってな。だから経験豊富そうな俊之さんのお話をいろいろ聞かせていただこうと、別にそんなにすぐに変わるような性格ではないと自分でもわかってるけどな」
「まあ何か変化があったことにはかわりないんだろ? 悪いことじゃないみたいだし、無理やり聞き出すようなことはしないけどな」
「……助かる」
なんてできたやつなんだ。俺が感動しているのを放置して俊之は話を進める。
「んでなんだっけ?そうそう女子と二人でカラオケだったな。二人で行くならそれはもうカップルぐらいだろうな。ぎりぎり仲のいい友達……う~ん、かなりの信頼がないと普通は二人きりで密室になんかはいらんだろ」
「やっぱりそれが普通だよな」
うん知ってた。
「まさかお前が誘ったり誘われたりしたわけでもないんだろ? そんなのはそういうことがあってから悩むもんだ。まずはそのコミュ障を矯正するんだろ?」
「あ、ああそうだな。ははは……」
誘われたんだけどな。それもおそらく、ただの思い付きで。
それから数日、上野さんと俺とで予定を話し合って一応カラオケの日程は決定した。
「それにしても私は何時間でもぶっ通しで歌えるけど、あなたは持ち歌どのくらいあるの?」
「持ち歌? う~ん流行りの曲ならそれなりに聴いてきてるから困ることはないと思うけど」
「流行りの曲ね……リア充でもないくせに」
どういう意味だろう。流行りの曲を聴くのにリア充も何もないと思うのだが。
「ま、いいわよ。ちょっと曲の趣味が合わないくらいなんともないでしょ」
それって結構問題じゃないですかね。男二人でもいろいろきつかったのにこの男女二人で持つのか? 不安が倍増してしまった。
「それじゃ日曜10時に駅の前のカラオケ屋ね」
「わかったよ」
翌日の土曜日、形の上では初のデートを明日に控え、俺は激しくそわそわしている。
そんな気持ちは露知らず、今日も俊之は俺の家に来ていた。前にも言ったかもしれないが、ここ最近クラスが一緒になったこともあり俺と俊之は以前よりも一緒にいることが多くなった。
「なあ樹~飲みもんとかある~?」
一体何しに来たんだこいつは……図々しいが昔からこんな感じなのであまり気にしない。
「お茶だすわ」
「サンキュー」
「ところで俊之、今日は一体何しに来たんだ。何のゲームも勉強道具も持ってきてないみたいだが」
「ああ、ちょっとお前のことが気になってな」
え、ちょっとやだ、こいつもしかして……俺はジトっとした目でみてあとずさる。
「ちっげーよ! 俺はノンケだ!」
「すぐノンケっていうやつってホモっぽいよな」
「はあ......人がせっかく心配してきてやったのに。あれからお前なんかずっとそわそわしてるだろ? やっぱりなんかあったんじゃないのかと思ってな」
「そんなに気になるか」
「そりゃそうだ。あの樹がコミュ障をなおそうだなんて言い出したんだぜ!? どういう風の吹き回しなんだよ」
俊之の俺に対する評価って一体……。
「この前聞き出さないって言ったじゃんか」
「気になるもんは気になる。そうだろ?」
「まあわからんでもないが、俺としてもあんまり人には言いたくないんだよな。後々面倒なことになりそうだから」
「けちー」
半分心配半分好奇心なのだろうが上野さんのことを知られるリスクを考えるといくら俊之でも話すわけにはいくまい。
結局俊之はうちの据え置きゲーム機で一緒に遊んだあと普通に帰っていった。友達も多いだろうに、暇な奴だな。
とうとうこの日が来てしまった……。今更どうしてこうなったとか、どうにかして阻止できなかったかとか、きっぱり断ればよかったとかいろんなことを考えてしまうがもう遅い。連絡先を交換してない以上キャンセルもできない。緊張してやたら早く目が覚めたので結構時間をかけて服を選んでしまった。別にワクワクしているわけではない。
上野さんと二人きりなのもそうだがそもそも女子と初めて遊ぶ俺にこれはちょっとおかしいんじゃないだろうか。夢なら早く覚めてほしい。
重い足を無理やり動かして駅前に到着した。十時を少し過ぎている。
ここから見えるカラオケ店ということだったが……お、あったあった。そしてそこには彼女の姿もあった。近づいていくと彼女もこちらに気づいたようだ。
「ごめん、待たせたかな」
「ええ少しだけどね」
お約束のあの言葉はいただけませんでした。
彼女はジャージで来ていた。そうジャージである。この時期にジャージって暑そうだし、いくら彼女がきれいだといってもさすがにこれは……。
「なによ、じろじろ見て」
なんだか俺が朝に服を選んでいたのがばかみたいだった。そうはいってもTシャツにジーンズだけなんだけどな。
「ずいぶんラフな格好だと思ってな」
「なに、私がおしゃれしてきたほうがよかったとか?」
「いやそういうわけじゃないけど……」
「あなたも楽そうな格好じゃない。歌いに来てるんだから別にいいでしょ」
なんか緊張も解けたしこれでいいのかもしれない。
「さ、入りましょ」
受付を終えて店員に部屋番号を伝えられる。その部屋まで言ってドアを開けると、
「せ、狭くね?」
俺が前男二人で来た時よりも狭い部屋だった。
「そうなの?いつもこんな部屋だけど」
それはあなたが一人で来てるからですよ上野さん……
この部屋、どう座っても俺が思ってたより彼女との距離がかなり近くなってしまう。近くに座るっていうのは確かに日ごろの昼食で慣れているが、この狭い部屋で二人となると勝手が違う。解けてきた緊張が一気に最高潮に達してしまう。
「どうしたのよ、座りましょう」
「あ、うん」
二人してマイクとリモコンを取ってから座る。
「「……」」
「とりあえず採点入れるわね」
「お、おう」
「「……」」
気まずい……そういえば男二人できたときにも最初にどっちが歌うか、結構決めるのに時間がかかったんだよなぁ。カラオケで最初に歌うのってなんか緊張するんだよ。大勢できたときは大抵そういうのが大丈夫なやつがいるけど今日は俺と上野さんしかいない。上野さんは初めての二人以上でのカラオケみたいだしここは俺が歌った方がいいのか?でもあまりうまくないから曲入れづらいし……
「ええい! どうにでもなれ俺が最初に入れるぞ!」
リモコンを操作して適当に曲を入れる。
歌いはじめてからは歌うのに集中しようと意識を切り替えた。テレビなんかでよく使われる採点システムで自分の音が外れているかいないかが一目でわかるようになっている。ただでさえ緊張しているのに音が所々はずれて地味に恥ずかしい。サビに入ってからは歌詞をよく覚えているし音もあまりはずすことがないのでちらっと彼女の方をみてみた。
彼女はリモコンに集中していた。そういえば先から画面の真ん中上あたりにピコピコ表示されてるな……ん? 7曲目が登録された!? 見間違いか? いや見間違えじゃないなこれ、それから俺が一曲歌い終わるまでには12曲くらい曲が入ってたわけだが、
「ちょっと入れすぎなんじゃないか?」
「え、そうかしら? いつもは1曲ずつ入れてたけどあなたが歌ってる間なら何曲でも入れられるじゃん! と思って入れてたんだけど」
「いや、それじゃあノンストップで12曲歌うことになるぞ?いいのか?」
「あっ……ま、まあ何かあれば途中で止められるじゃない」
一番の問題はその間俺が暇ってところなんだけどな。
そういえばドリンクバー頼んで入ったのに飲み物を取ってきてなかったな。
「じゃあ俺飲み物とってくるよ。何がいい?」
「えっ、ああそうね何があったかしら。覚えてないから任せるわ」
「それ一番困るんだけど……じゃあお茶取ってくるね」
そう言って俺はコップをもって個室から出る。女子と二人きりで部屋にいたことで緊張していた体からは変な汗が吹き出ていた。幸い脇汗はすごいことになっていないがしばらくしてから個室に戻った方がいいだろう。一呼吸してから俺はドリンクバーに向かっていった。
ここのドリンクバーは数種類の飲み物とスープやソフトクリームなどが用意されている。何気にここのコンソメスープは俺のお気に入りだったりするが、飲みすぎると塩分がやばいので注意が必要だ。
俺は先程いった通り二つのコップにお茶を入れる。お茶を入れてる間に後から人の気配がしたので少し慌ててコップをとって振り返ると、
「あれ?溝部じゃん。おっす」
そこにはクラスメイトの西村がいた。
「コップを二つ持ってるとはパシられてるのか?誰と来てるんだ?」
「いやー中学のときの同級生とな」
とっさに嘘をついてしまったがまあいいだろう。西村とはあまり話したことはないが、こいつはクラスで1、2を争うチャラ男みたいなやつだ。上野さんと二人で来てるのが知れたら間違いなく面倒なことになる。
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「なるほどな。じゃあ俺はこれで」
そう言って俺は西村から離れていく。ここは学校に一番近いカラオケ屋だからうちの生徒とも会う確率は高い。今更気付いたわけだが、会計の時間が一緒とかじゃない限りバレることはないだろう。
西村に会って逆に思考がクールになって戻ってくることができた。コップを二つもっていては開けにくい扉をなんとか開けると彼女の歌声が聞こえてきた。お茶を置いて座ると俺はいつのまにかその歌に聞き惚れていた。一人でよく熱唱するだとかカラオケで鍛えてるだとか言っていたが本当にいい歌声だった。そして彼女は本当に楽しそうに歌っていたのだ。教室での無表情とも、いつも俺と話すときの表情ともどこか違っていた。なぜだかわからないがこれが彼女の素なのだと俺は確信を持った。こんな顔をすることができるのにいつも無表情なのは本当に勿体ない。彼女のことをみんなにももっと知ってほしいと思ったのだ。
疲れた。
今日は本当にめちゃくちゃ疲れた。というのも、あのあと4時間俺と彼女はほぼぶっ通しで歌っていたのだ。俺はほとんど歌っていないんだけどさ。彼女の選ぶ曲はどれも聞いたことがあるようなないようなものばかりで俺はイマイチ乗りきれないし、彼女の邪魔をしてしまうような気がしてなかなか曲をいれることもできなかった。そんな中でずっと座っていたのだから疲れるのも当然だ。というか俺何しに来たんだ……。
一方彼女はカラオケボックスに入る前に比べてなんだか艶々している気がする。あんだけ歌ってたのに何で元気になってるんですかね……。
「いや~楽しかったわね」
いいことはあったけどこっちは全然楽しくなかったよ!
「……あれだけ歌ってたのに声は全然枯れてないんだな」
「なんでげんなりしてんのよ。それは声の出し方の問題。お腹から声を出せば喉を痛めることなんてそうそうないんだから」
「そうですか……まあいいか」
「そういえばあなたはあまり歌わなかったわね。結構上手かったのに」
「嫌みにしか聞こえないよ」
「私と二人で緊張でもしたのかしら?」
「そりゃ緊張もするよ!男女二人でカラオケなんて普通は恋人どうしでいくようなもんじゃないのか?」
「えっ! そうなの!?」
「そうだよ」
西村に会ってちょっとひやひやしたことも話す。
「ち、違うのよ! 別にあなたに気があって誘ったとかそんなんじゃなくて……」
「わかってるよ。上野さんは女子にも友達いないからわからなかっただけだろうし、俺に気があるなんて思ってないから」
気があったら上下ジャージでなんて来ませんもんね!
「うっ、そのっ、ご迷惑をお掛けしました……」
「だからいいって。その、上野さんの歌が聞けてちょっと嬉しかったしさ。すごい上手だった」
「そ、そう? ありがと」
言って彼女は歌っているときのような顔で笑った。俺は思わず見とれてしまう。
「ん? どうかした?」
「い、いや、なんでもないよ。それじゃあまた明日学校で」
「ええそうね」
悪くない一日だった。
彼女、上野朱里の魅力とはなんだろう。
俺は家に帰ってから特に意味もなくベッドに横たわりそのようなことを考えていた。
まずはやはりその容姿か。一年生の頃に話題になったように彼女の容姿はとにかく優れている。すれ違えば十人中十人の男が思わず振り返るだろうその流れるような黒髪と均整の取れたすらっとした体躯は清らかですっきりとした印象を否応なく与えてくる。
一方で、普段の学校での無機質な態度は彼女の容姿と合わさることによってどこか遠い場所で咲いている一輪の花のように思えてくる。故に俺たち男子は高嶺の花だとか言っているわけなんだが。
ここまでは学校のみんなが、つい先日までの俺が抱いていた彼女へのイメージだ。
では今の俺の中にある彼女への印象は一体どうなっているのか。
ここ最近のことをいろいろと思い返してみる。始業式の日にぶつかったこと。一人で屋上近くの階段を鼻歌交じりに上ってきたこと。自身はコミュ障だといい俺のことをコミュ障仲間だと言っていたこと。その後誘われて一緒に昼食をを何度かともにしたこと。最初は話題にも困っていたが、いつしか互いに慣れてきて他愛もないことを話していたこと。そしてどういった話の流れだったか、カラオケに一緒に行くことになったこと。俺の緊張は何だったのか、全身ジャージで現れ一人リサイタルをしていたこと。
短い期間とはいえここまで変な思い出がほとんどなのはどうしたものか。とはいえ俺が最近知った彼女の印象は自然とこの中から生み出されるわけで。
まず彼女がその第一印象とは違い、かなり残念な人であるというのは言うまでもないと思う。どこか近寄りがたいその雰囲気がただコミュ障から生み出されたものであったと言い換えればその残念さは筆舌に尽くしがたい。しかしそのことは俺の中の憧れを親近感へと変えた。
彼女は俺のことを女子と話すのが苦手だと見抜いていた。俺自身はそのことに気づいていなかったが彼女がそのことに気づいていたのは他人に興味を持っていることの現れだろう。そういえば食事会の目標もコミュ障からの脱却だとか言っていたっけ。女の子とあまり話したことのない俺が言うのはおかしいかもしれないが、彼女は人と話すのが苦手な普通の女の子なのではないか、そう思う。それが彼女の魅力ではないかと。
最初はぎこちなかった会話も今では普通になっていることから話すのが苦手でも決して嫌いではないということがわかるし、性格も少し抜けているとことはあるものの芯が通っているように感じる。きっかけさえあれば誰とでも、仲良くなることはそう難しくないだろう。
そう、きっかけさえあれば誰とでも仲良くなれる素質は持っているはずなのだ。俺である必要もなかった。女子が苦手な俺とでさえそれなりに仲良くできるのだ。今までは運が悪かった、ただそれだけなのではないか。
でも俺は彼女と友達になった。と、個人的には思っている。現行ただ一人の友達になれたと思っている。一方的な思い込みかもしれないが、彼女は俺の初めての女友達になった。
その彼女が目標に掲げているのはコミュ障からの脱却、ならば俺のすべきことは……
翌日、月曜日。週明けの気怠さに教室は包まれていた。そんな中で俺は一人そわそわしていた。
「おはよう樹。今日はやけに早く学校に来てたんだな珍しい」
「おはよう俊之。ああちょっとな、やる気が出てきたんだよ」
「お前の口からそんな言葉が出てくるなんて何年ぶりだろうなぁ~」
「うるせえよ」
俊之とそのまましばらく話していると上野さんが教室に入ってきた。俺は意を決して挨拶をしてみる。
「おはよう上野さん」
「!?っぉ、おはよう」
少し動揺したようだが思った通り普通に(?)返してくれた。
周囲が少しざわついて不思議そうに俺と上野さんを見ている当然だろう。自己紹介と授業中に当てられた時にしか話したりしない彼女が挨拶を返したのだから。突然あいさつするのは少し意地悪かもしれないと思ったが、本気でコミュ障を治すという意思表示をここで彼女にしておきたかったのだ。
「樹お前、もしかしてそういうことか……」
俊之が一人で何か納得しているがここで何か言う必要もないだろう。
「ちょっとどういうことよ溝部君! 今朝のあれは!」
時間は昼過ぎ、昼休みもちょうど中ごろといったところか。いつもの場所にやってきた上野さんは開口一番文句を言ってきた。
「何って、挨拶だけど」
「それはわかってるわよ……どうして急に挨拶なんてしたのよ。教室の空気がなんか変になってたじゃない」
「俺はもう上野さんとは友達になったと思ってる」
「そ、そう。と、友達か」
ちょっとにやけている。
「そう、友達だ。その友達が教室に入ってきたのに挨拶しないほうがおかしいだろ?」
「そ、そうなのかしら」
彼女はちょっと納得いかないような顔をしている。まあ友達いない風なこと言ってたしそうなるよね。
「それに、俺たちがここに集まるにあたって上野さんが立てた目標があるでじゃないか」
「コミュ障脱却よね? それがどうしたのよ」
「コミュ障を治すのにいつまでもここで二人だけで話してても意味ないでしょ」
「……よくよく考えれば確かにそうね。だから今朝は急にあいさつしたと?」
「コミュ障脱却への意思表示だね」
「別に普通に言ってくれればよかったのに、まあいいわ」
「よし、そうと決まれば今日からコミュ障脱却会は正式に活動を始めるということで!」
「なによ、それ。……ふふっあはははは!」
「ははははは!」
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彼女達はそう、彼のことが好きすぎて、身体が勝手に『俺アレルギー』の抗体を作ってしまったのだ!
先輩から恋人のふりをして欲しいと頼まれた件 ~明らかにふりではないけど毎日が最高に楽しい~
桜井正宗
青春
“恋人のふり”をして欲しい。
高校二年の愁(しゅう)は、先輩の『柚』からそう頼まれた。
見知らずの後輩である自分になぜと思った。
でも、ふりならいいかと快諾する。
すると、明らかに恋人のような毎日が始まっていった。
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
【完結】メインヒロインとの恋愛フラグを全部ブチ壊した俺、サブヒロインと付き合うことにする
エース皇命
青春
《将来ヤンデレになるメインヒロインより、サブヒロインの方が良くね?》
16歳で自分が前世にハマっていた学園ドラマの主人公の人生を送っていることに気付いた風野白狼。しかしそこで、今ちょうどいい感じのメインヒロインが付き合ったらヤンデレであることを思い出す。
告白されて付き合うのは2か月後。
それまでに起こる体育祭イベント、文化祭イベントでの恋愛フラグを全てぶち壊し、3人の脈ありサブヒロインと付き合うために攻略を始めていく。
3人のサブヒロインもまた曲者揃い。
猫系ふわふわガールの火波 猫音子に、ツンデレ義姉の風野 犬織、アニオタボーイッシュガールの空賀 栗涼。
この3人の中から、最終的に誰を選び、付き合うことになるのか。てかそもそも彼女たちを落とせるのか!?
もちろん、メインヒロインも黙ってはいない!
5人の癖強キャラたちが爆走する、イレギュラーなラブコメ、ここに誕生!
※カクヨム、小説家になろうでも連載中!
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
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