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物語
11話 積み上げたものの重さ
しおりを挟む朝の空気は冷えていた。
本拠点の仮設整備区画で、セツナが黙々と外装板の交換作業を続けている。昨日の戦闘で受けた擦過傷は軽微だが、放置すれば後に響く。悠真はその様子を見ながら、端末に表示された資材残量の数字を眺めていた。
予備弾薬、想定より消費が早い。
アリアの落ち着いた声が背後から届く。
「現在の補給速度では、同規模戦闘三回で在庫が危険域に到達します」
「三回か……思ったより余裕ないな」
レイナが視線を上げる。整備中の機体を一瞥し、淡々と告げた。
「戦術的勝利は維持可能です。しかし、継戦能力は低下傾向にあります」
勝てる。だが、削れている。
それが今の現実だった。
◇
昼前、ギルドから新たな依頼が届いた。
北方街道沿いの小規模集落で、夜間の魔物襲撃が頻発しているという。規模は小さいが、放置すれば交易路に影響が出る。
悠真は短く息を吐いた。
「放置はできない。街道が止まれば、こっちも詰む」
レイナが即座に応じる。
「局地制圧で十分です。主力投入は不要」
アリアが補足する。
「敵は群れ単位。統率個体の存在確率三十七パーセント」
「いる前提で動くか」
「合理的です」
迷いは一瞬だけだった。
だが悠真の胸の奥には、別の計算がある。
また消耗する。
それでも、行くしかない。
◇
日没直前、街道脇の林に展開。
魔物は予想より早く現れた。
低い唸り声と共に、複数の影が林から躍り出る。
セツナが前に出る。射撃音が短く連続し、先頭の個体が崩れた。だが後続が止まらない。
レイナが冷静に指示を飛ばす。
「左翼三体、射線重複。統率個体を探知」
アリアが応じる。
「後方高所、確認。指揮挙動あり」
「了解」
悠真は一瞬で判断した。
「統率個体を落とす。レイナ、右から迂回。セツナは抑えろ」
応答は簡潔だった。
「了解しました」
レイナが木立を縫うように移動する。敵の視線を引きつけるため、セツナが敢えて発砲頻度を上げた。弾薬消費が跳ね上がる。
悠真は歯を食いしばる。
ここで躊躇すれば被害が出る。
レイナが高所へ到達。短い銃声。
統率個体が崩れ落ちた瞬間、群れの動きが鈍る。
「今だ」
一斉射。
数分後、林は静まり返った。
◇
勝利は明確だった。
集落の被害は最小限。負傷者も出ていない。
だが、帰還後の整備区画は忙しなかった。
セツナの左腕装甲に亀裂。レイナの脚部駆動系に微細な歪み。弾薬在庫はさらに減少。
アリアが静かに報告する。
「消耗率、想定上限の一・二倍。原因は抑制射撃の増加」
「俺の判断だな」
「最適化余地はありますが、戦術成功率は向上しました」
慰めではない。事実だけだ。
悠真は整備台に手を置く。
「勝っても、減るな」
レイナがわずかに視線を向ける。
「継続的勝利には基盤強化が必要です」
「基盤、か」
その言葉が胸に残る。
◇
夜。
本拠点の灯りは最小限に落とされている。
悠真は一人、簡易机に向かっていた。
今日の報酬は悪くない。だが、整備費と弾薬補充でほぼ消える。増えているのは経験値ではなく、責任だ。
外から足音がする。
ミリアだった。
「噂、広がってるわよ」
「悪い方か」
「どっちとも言えない。街道を守る勢力がいるって」
彼女は肩をすくめる。
「便利だけど、目立つ」
その一言で、空気が変わる。
守れば守るほど、視線が集まる。
悠真は小さく笑った。
「勝ち続けるのも楽じゃないな」
「今さら何言ってるの」
ミリアは呆れたように言い、しかし少しだけ真剣な目を向ける。
「あなたたち、もう“偶然勝った冒険者”じゃないわ」
それは誇りではなく、重みだった。
◇
翌朝。
アリアが静かに告げる。
「次期予測。現在の活動強度を維持した場合、三週間以内に補給線再設計が必要です」
「再設計?」
「はい。本拠点集中型運用は、限界が近づいています」
その言葉に、悠真は視線を落とす。
まだ足りない。
勝てる構造はできた。
だが、持続する構造はできていない。
レイナが問いかける。
「次の依頼を受けますか」
迷いはある。
それでも悠真は顔を上げた。
「受ける。ただし、無理はしない。削れすぎる前に止める」
「了解しました」
勝つ。
だが、壊れない範囲で。
その線引きは、誰も代わってくれない。
静かな朝日が拠点を照らす。
積み上げたものは確かに増えている。
だが同時に、見えない亀裂も広がっていた。
このまま続ければ、いつか限界が来る。
その予感だけが、はっきりと形を持ち始めていた。
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