東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

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序章 闘っていた理由

プロローグ

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 地獄とはどんなところなのか。今よりもひどい場所なのだろうか。

 ふと考える少年の眼前には、獅子のような『なにか』がいる。

 燃える四肢と左目、黒い靄を纏う身体、背中から生えた枝のような触手を生やした『なにか』は、もはや動物とは言い難い。

「これより、実験体〈アドバンスト・ルリュウ〉の能力テスト第一七回目を開始する」

 窓の向こうに白衣の誰かが告げる。だがその言葉は少年に向けられたものではない。

 少年はくすんだ眼で剣を構える。恐怖がないわけではない。だが、とうに慣れてしまっていた。何より、そうする以外の選択肢など少年には用意されては無い。

 目の前の現実は少年にとって間違いなく終わらない地獄だった。ならば、本当の地獄はどれほど苦しく辛く恐ろしい状況なのだろうか。少年には想像する事ができなかった。

 首にチクリと痛みが走る。瞬く間に身体が熱くなった。
 心臓は早く、強く鼓動を重ねる――時同じく、目の前の獣が咆哮を上げた。
 低く大きな響きが少年を身構えさせる。

 獅子が襲いかかってきた。大きくな牙が覗く口からは瘴気のような黒い靄が漏れている。
 少年は剣に力を込める――次の瞬間、異形の獣は八等分の肉塊へと変わった。頭から尾にかけて綺麗に三刀入れたかのように分離し、皮の中のモノがそこらにぶちまけられる。

 すごい! と興奮した声がスピーカーから流れる。

「まさか、〈キマイラ――FD04〉までも一瞬で屠るとは! とんだ副産物だ! よし、次は同時にいくつの異能にリンクできるかを調べる。異能具いのうぐを二、三装備させろ」
「ですが、実験体は増心剤を投与したばかりで、」
「なら耐久実験も兼ねれば良い! 少し無理させても壊れはしない! 仮に壊れたとて、少しくらいならまた改造して動くようにすればいい! さっさと、準備しろ!」

 まるで道具の事を話しているようだ――しかし、それも当然だ。彼ら、白衣の人間たちにとって少年はデータを取る為だけの『道具』に過ぎないのだ。

「この前の〈火車〉と〈コシュタ・バワー〉の配合実験でできたアレはもう廃棄したのか? してないなら的としてそれも使――ッ!?」

 突然、警報が鳴り、灯りが赤く点滅し始めた。
『レベル5侵入者警報。レベル5侵入者警報。署員ハ直チニでーたヲ末梢シテクダサイ』

「な!? 侵入者!? そんな、まさ――ッ!」

 物々しい音が男の言葉を遮った。悲鳴、叫び声、断続的な乾いた銃声、爆発音、得体の知れない大きな衝撃の響き。そして――大きな音と共に扉が開かれた。

 白衣の者たちは慌てふためく。そんななか、帝國軍服のようなものを身に纏った者たちが数人、モニタールームに流れ込んできた。

 軍服たちは鋭い目で、刀剣や銃器を白衣たちに向ける。
 白衣たちは、只々狼狽える者、助けてくれと喚き散らす者、素直に両手を上げる者、と様々な反応を見せるも、皆一様に「もうだめだ」という事を察しているようだ。
 しかし、この研究を仕切っていた男だけは諦めが悪かった。

 突然、また少年の首に痛みが走った。

「やれ、実験体ッ! いつもの倍の薬を投与した! 貴様ならこいつらを一瞬で八つ裂きにできるはずだッ!」
「助、け……ッ!」と、言葉にしきる前に少年は膝から崩れた。

 心臓が強烈な鼓動を立てる。痛い。苦しい。そんな事で倒れてはいけないのに、身体はいう事をきかず、自然と助けを求めてしまう。

「実験体、貴様それでいいのかッ!? どうなっても――ええい、貴様は何も考えるなッ!」

 突如、少年の身体が意思に関わらず、勝手に動き始めた。
 左胸を抑えていた手は剣を拾い上げ、足腰は自然と重心を低く据える。

 観測窓を破り、軍服の一人が飛び降りてきた。
 猛禽類を思わせる鋭い眼光。猛々しさを感じるセミディヘア。そして幼い顔と少年と同じくらいの背格好――――『少女』だった。

「佐也加」と、観測室の軍服の一人が問うように呼びかけた。
「お任せください、郡司ぐんじ胤蔵たねくら最高司令官」

 凛然とした声と共に佐也加と呼ばれた少女は、少年に向かい飛び出した。
 ――次の瞬間には、少女は目の前に迫り、刀を振り上げていた。
 だが勝手に動いた少年の身体は、反応し、受け太刀をする。
 そして、少年の身体の〈生命子せいめいし〉がその手に握る剣に吸われたかと思うと、『なにか』に向けた鎌鼬かまいたちのような〈異能〉を少女に向け放った。
 だが鎌鼬を放つその直前、「〈パラーレ〉」と少女が口にすると、少年の剣と少女の間の宙に『壁』が生まれ、無傷のまま少女は間合いを取った。

「佐也加、首輪だ。その少年の首にあるそれが、少年を操り、縛っている。それと、少年の異能は『他の異能とリンクする』というもののようだ。リンクした異能は少年の心拍数に応じて威力を増幅する――それで間違いないんだな?」

『ひゃい、まちがいありまひぇん』と、つい先程まで部下に威張り散らしていた男の、歯抜けた声が聞こえてきた。

「ほう。それはまた稀有けう奇怪な異能だな――だがつまりは、」

 少女は再び飛び出す。少年の身体は迎え撃つべく反応した。
 ――だが、いつの間にか『壁』が少年の前腕の上にあり、腕を上げる事ができない。

「『他の異能』が無ければいい。見たところ貴様に〈身体強化〉の類はない。危険なのはその刀剣だけだ。となれば、首輪は壊すなど造作もない」

 たったの一合で見抜いた少女は、再び放たれる鎌鼬をさっと横に避けると、刀峰で少年の右手の骨を砕く。少年が剣を落とすと同時に首輪にも一撃を入れ、破壊した。

滝本たきもと冬鷹ふゆたか少年だな。君を助けに来た。指の件は許せ。被害を最小限に抑えるため、」
「助けて……」と痛みに倒れながら、少年は絞り出した。
「問題無い。治療ができる者も来ている。それに帰れば万全の、」
「違う」

 少年の必死な言葉に少女は口を噤み、耳を傾けた。

「いも、うとを……妹をたすけ、て」
「……それも問題無い。我々はその為に来たのだ。だから後の事は任せろ」

 少女は重く頷く。
 少年はその言葉を信じ、そっと目を閉じた。
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