東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

文字の大きさ
44 / 58
第六章 氷を繰る敵対者

第43話

しおりを挟む
 迫る景色は冬鷹たちを避ける様に次々と左右へ別れ流れてゆく。スピードが上がるにつれ、視界は先細り、耳は風音をばかりを拾う。
 だが、外河川に近付いてくると激しい衝撃が風の膜を越え確かに届いてきた。

「あの角を曲がればもうすぐだ! 冬鷹、俺の動きに合わせて体を傾けろ!」

 英吉は全く速度を落とさない。正面のビルの外壁に激突するかの勢いでT字路に入る。
 ――その瞬間、英吉の身体がグッと外河川の方へと傾く。刹那、英吉を信じ、冬鷹もそれに倣う。

 バイクのテールがギュッと流れ、一気に向きが変わる。
 一瞬失った速度を急加速によって取り戻すと、バイクの傾きも正常に戻された。

「おいッ、英吉! なんだ今のはッ!?」
「多角形コーナリング。兄貴にやり方教えてもらったんだ。成功して良かった」
「はッ!? お前、まさか初めてやったのかッ!?」
「タンデムでは、ね」

 頼もしげにそう応えるドライバーに思わず二、三文句を言いたくなった。
 しかし、それどころではない。
 英吉の言葉が、冬鷹の思考を目的へとクリアにした。

「それより、ほら、見えてきた」

 まず目に付くのが二メートル強程度のアイスゴーレムが五、六……九体。それを隊員一人で相手にしている。
 もう一人の隊員は、敵の一人と対峙中だ。相手はフードローブの両袖口から氷柱のような氷剣を出している。
 残り四人いるとされる敵は、外河川にかかる橋に今まさにさしかかろうとしていた。その中には氷漬けになった雪海をアイスゴーレムに担がせた伊東怜奈の姿もあった。

「おおいッ! 聞こえるかアアアッ!」

 怒気を孕み、冬鷹は力一杯に叫ぶ。

「俺がアアッ! 郡司冬鷹だアアアアアッ!」

 その声に、橋を渡ろうとしていたローブたちの足が止まった。

 よし、狙い通り――。

 ローブたち三人は一瞬頷き合った。すると、アイスゴーレムの内三体が冬鷹たちを目掛け走り出してきた。

「冬鷹、突っ切るぞ」
 英吉は速度を上げる。冬鷹は〈黒川〉を抜き、リンクした。

 バイクは右に膨れるように前へと進む。つられる様に向かってくるゴーレム達も進路が逸れる。英吉はそれを多角形コーナリングの要領で咄嗟に左へと切り替えし、二体をまとめて躱す。三体目は僅かに軌道を戻し、腕を伸ばしてきた。だが冬鷹の〈黒川〉が、魔の手が届く前にその巨大な手首を切り落とす。

 橋の前には新たに三体のアイスゴーレムが現れる。隊員と闘っている内の一体を合わせ、今度は四体で向かってきた。

 だがそれで余裕ができたのか、隊員は残る五体のアイスゴーレムの内、一体を斬り伏せる。そして更に素早くもう一体も。

 敵は動揺したのか、アイスゴーレムが引き返す素振を見せる。だが時遅く、手の空き始めた隊員は、もう一方の隊員に加勢する形で一気に氷剣を振るう敵を無力化した。

 ――と、その時だった。

 橋の入り口辺りの上空。何も無かったはずの中空に、突如、氷塊が現れた。
 はじめは然程大きくはなかった。恐らく中学生一人をすっぽりと覆える程度だっただろう。
 だが、なんだ? ――と疑問を抱く間に、それは見る見ると巨大になっていった。

 数秒後には、氷塊は二車線の橋を優に二倍は越える大きさまで成長を遂げる。

 ――と、突然の事だ。
 吊っていた糸を失ったかのように、巨氷は真下へと落下した。

 重く、鈍く、巨大な音をたて、橋へと激突。
 バイクに乗っていても判る程、地面が大きく揺れた。
 巨氷が落ち、大く上がる水しぶき。波の一部は堤を越える。

 一瞬の事だった。高く押し寄せる水が橋の前の戦況を大きく変えた。

 無に還すかのように、アイスゴーレムも、フードたちも、隊員も、全てを押し流す。 
 だが、冬鷹たちが乗るバイクに届く頃には波は、ただの薄い水の膜となっていた。

 これで、阻む敵はもういない。あとは雪海を連れる伊東怜奈ただ一人のはず。
 ――だった。しかし、新たな障害が生まれていた。

 橋の入口部分が完全に崩落したのだ。
 そして、怜奈は橋の向こうにいる。雪海も、アイスゴーレムに抱えられる形で一緒だ。遠くて表情までは解らないが無事なようだ。

 どうする――。

 入り口がごっそりと無くなった橋の先へは、例え身体強化の異能を使用したとて、とても渡る事ができそうにない。

 姉さんなら――。

〈パラーレ〉を足場にした中空での跳躍。

 達人でも難儀な技を、新人の冬鷹にできるはずがない。それは解っている。
 だが、試さなければ意味がない。

「冬鷹、捕まってろ」

 意を汲んでくれたのか、英吉はアクセルを最大まで開いた。濡れる地面を恐れず、速度はぐんぐんと上がる。

 冬鷹は〈パラーレ〉にリンクをはかる。

 大丈夫だ。やれる。やるんだ――その想いが冬鷹の心拍数を上げた。

 だが、おかしい。
 いくらなんでもスピードを上げ過ぎだ。これでは止まれない。川へ落ちてしまう。

 しかしそんな心配をよそに、英吉はハンドルギアをイジった。
 すると、今までとは比べ物にならない程、強烈な加速が始まった。
 全身を襲う急激なGに堪えながら、冬鷹は杏樹の言っていた事を思い出す。

 さすが軍用。それに〈瞬間加速〉の異能具まで載せて――。

「英吉ッ、お前まさかッ、」

 それ以上は口にできなかった。
 言葉を紡ぐ前にバイクは、崩れた橋のアーチ部をジャンプ台にし、勢いよく空へ飛びだす。

「飛べッ、冬鷹ッ!」

 考えている暇はない。
 徐々に失ってゆく上昇感のなか、冬鷹はリア座席を踏み台にして跳躍。それをきっかけに英吉を乗せたバイクは下へ、冬鷹の身体は上へと別れる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...