東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

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第七章 精霊

第49話

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「がはッ! ごほっ! はあ、はあ、はあ、」
「大丈夫ッ!?」

 地面に手を付き荒く呼吸を繰り返す怜奈の背を擦る。
 だが、どうやら無事みたいだ。息を整える中に力強さを感じ取れる。

 ――と、その時だ。遠くから「冬鷹!」と呼ぶ声がした。

「姉さん!」

〈パラーレ〉を足場にしてやって来た佐也加は、現場を見て眉間に深い皺を刻む。

「やはり事態は大きく変わっていたか。冬鷹、何があったか話せ」

 冬鷹は橋が崩れた経緯から、今に至るまでを素早く説明した。

「なるほど。つまり伊東怜奈、貴様は他の奴ら・・・・とは目的を異にしていた。奴らの目的は恐らく『研究』だろう。しかし、貴様の場合は『実用』――水の半精霊である雪海の身体を使った『兄の反魂』――魔法円内に『レメゲトン』のクローセル、ムルムル、ハアゲンティの紋章、それにサキエルの名がある事からも、ほぼ間違いないだろう」

 佐也加はその鋭い視線を、ウンディーネの足元から広がる魔法円から、怜奈へと移した。

「しかし、失敗し、現状に至る、と。伊東怜奈、貴様はこの事態を想定していたか?」
「するわけないじゃないッ! 兄さんをあんな姿にするなんて、私が、」
「だが、結果として貴様がこの事態を招いた。貴様が兄を破壊者に変えたのだ」

 佐也加の言葉が、兄を想う妹の顔から血の気を奪う。

「破壊者だなんて、そんな、私はそんなつもりじゃ、」
「…………まあ、よい。それより今は『どうするか』だ」

「どうする、って?」と、冬鷹は質問に不可解なモノを感じ尋ねる。

「これは〈暴走〉だ。雪海の半精霊の特徴上、学術的解釈である『異能者が自身の異能の制御を失い、過度の出力のもと異能を発現させ続ける』という意味とは少し違うかもしれんが、これは概ね間違ってはいないはずだ」

 暴走――。
 薄々判っていたがそれを認めたくはなかった。

〈暴走〉とは単純にしてとても危険な現象だ。超能力者の場合なら、自分の発現させた炎や雷電により身を焼きという事例もある。
 雪海の場合はより切迫する。異能によりその身体、その命を繋ぐ彼女にとって、〈暴走〉とは『死』に直結すると言っても過言ではない。

「街での急激な水害や〈水氣〉の乱れてはこれが原因とみて間違いない。おそらく現在ウンディーネは街中の『水』や〈水氣〉と共鳴している。通信に異常が起きたのも、街の通信が〈水氣〉を利用している故であろう。一つの精霊の身体に一つの魂でも特異中の特異だ。それが二つの魂となっては何が起きてもおかしくはない」

 佐也加の話の間にも、軍服の襟からはノイズ混じりの通信がしきり流れてくる。断片的な言葉だが、それでも街中で救助の応援が必要になっている事が窺い知れた。

『郡司――ザザッ――長! ご決断を!』

 一際はっきりと流れてきた声に、佐也加は一瞬気に留めた様に口を噤む。

「伊藤怜奈、貴様にこの事態を納める案はあるか?」
「そんなのッ、あったらとっくにやってッ――かはッ!?」

 言葉を荒げる怜奈は、佐也加の突然の当身により気絶した。

「……だな。愚問だったか」
「姉、さん?」

 佐也加の猛禽類を思わせる瞳が、戸惑う弟を捕らえた。

「伊藤怜奈からの情報が雪海を救うには必要になるやもと思ったが、有力なものはもうなさそうだ。何より時間がない」

 佐也加は普段通り凛々しく、そして淡々と言の葉を紡ぐ。

「このままでは、街の被害は拡大する。アイスゴーレムの件など非ではない。軍では水害を抑えきる事は不可能。最善の対処策は、この事態の原因を絶つ事だ」
「姉さん! 頼むからッ! まだなにか――、」
「隊を配備してある。目視により私の合図を確認すれば、狙撃にて対怪異弾や、反属性である火球、氷結からの粉砕など次々に試す。それらも効かなければ、〈神滅武装〉を使用する」

〈神滅武装〉は神をも傷つける事ができると言われる異能具で、[S]ランクに該当する。軍では本部にて厳重に保管されているという噂だが、実戦に投入された話は聞いた事がなかった。

 それを使われれば雪海は確実に……。

 事態を治める為には、どうやってでも殺す――という事だ。
 つまりは「心の準備をしろ」――そう言っているだろうと思った。

 そんなの受け入れられるはずがない――ッ!

 冬鷹は静かに拳を握り込んだ。

 …………だけど、どうすればいい?

 抵抗したところで佐也加に勝てるはずもない。
 仮に勝ったとて狙撃隊がいる。
 それもどうにかできたとして、〈暴走〉が止まる訳ではない。

「決断の時だ、冬鷹」
 佐也加はおもむろに軍服を脱ぎ捨てた。

「姉、さん?」
「我ら特別編成部隊が雪海を殺すか。それとも貴様自身の手で終わらせるか。貴様が選べ。他の者には邪魔をさせない」

 一瞬、佐也加が何を言っているのか理解できなかった。
 軍属である彼女ならば迷わず、雪海ごとウンディーネを殺す事を選ぶと思っていた。

 だが、どちらにしろ死刑宣告と変わらない。
 雪海に罪は無いはずだ。そんなもの受け入れられるはずがない。

「姉さん! 待ってくれ、どうにか雪海をッ!」
「貴様の手で殺すというのなら、私が手を貸そう。これで動きを封じる」

 佐也加は懐から取り出したのは、敵が持っていた水晶型の異能具だった。

「別れを言う時間くらいなら用意してやれる。この判断は、町民の命を預かる身として最低の行為だ。それは解っている。だが……これは私の独断でもある。貴様が如何なる選択をしようとも、その責は私が負おう」

 慈悲……なのだろう。
 一瞬口を噤む。その佐也加らしくない様は、それ以上打つ手がない事を匂わせる。

 だが、冬鷹には返す言葉が無い。どちらも選べなかった。

 本当にどうする事もできないのかッ? 本当に……。

 絶望的な状況。今も尚、街は被害に見舞われている。一刻も早く対処しなければいけない。――そんな事は解っていた。

 しかし、どうしても諦める事ができない。 

〈暴走〉、雪海、ウンディーネ、半精霊、水の身体、二つの魂、氷、儀式……。
 ――違う、それだけじゃないッ! もっと視野を広げろッ!

 重陽町、〈神滅武装〉、姉さん、特別編成部隊、怜奈ちゃん……。
 ――後はなんだ。他には……そうだ、俺だ。俺自身。

 俺、〈黒川〉、〈金剛〉、〈パラーレ〉、〈ゲイル〉、〈力天甲〉、〈アドバンスト流柳〉……リンクして威力を上げる、心拍数に応じて…………ん?
 ――そうか。もしかして。

 光が微かに見えたかと思った。

 いや、だけど……。

 それは身を焼く、獄炎の光だった。
 
 恐怖が湧いた。
 ――しかし、冬鷹はそれを一瞬で退ける。

「姉さん、助けはいらない。俺一人でやるよ」
「……ああ、わかった」
「その代わりさ……もし、俺がダメだったら……その時は俺も、雪海と一緒に……」
「……ああ、姉である私が責任を持って、貴様を妹の下に送り届けてやる」

 佐也加は詳しくは訊かなかった。
 ただ、ほんの一瞬、悲しげな表情をしたかのように見えた。

「ごめん……ありがとう、姉さん」

 そう言うと冬鷹はウンディーネ――雪海の下へ歩み出した。
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