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終章 水都に湧く想い
第51話
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多数のアイスゴーレムが出現する事に始まり、街全体の危機にまで発展した一連の騒動。
運河が張り巡らされた特徴上、街全体で浸水被害が多数出ており、復興にはしばらくの時間が必要と思われる。
町民の負傷者、重軽傷者――多数。
しかし、障害が残る、または死亡してしまうような被害者は、幸運と、帝都北方自警軍の迅速な対応により「0」だと公表される。
一方、犯行グループ総勢三十二名の内、逮捕者二十七名、死亡者五名。
帝都北方自警軍は『希少な異能を有する者を狙った誘拐目的によるテロ事件』と発表する。だが、新聞やニュースなどに郡司冬鷹と郡司雪海の名が出る事はなった。
しかし、軍内部の一部の関係者達には詳細が開示された。
そのなかでも重要だったのは、『郡司冬鷹・郡司雪海の情報の出所』についてだ。
犯行動機の原因とも言えるそれは、何処から犯人たちにもたらされたのか。それが明らかになったのは事件の二日後、『研究所の人間』に部類される犯人の一人の証言によるものだった。
曰く、ある日彼らの所属する研究所に一人の男が入所してきた。その男が入所の手土産に情報をもたらした、と。
帝都北方自警軍は至急、特別強襲部隊を編成し、犯人グループの施設に乗り込んだ。
しかし、新たに捕らえた者の中に、その情報をもたらしたという男の姿はなかった。
四年前、郡司冬鷹・郡司雪海(当時「滝本」姓)を攫った違法研究組織の残党の可能性も視野に入れ、現在捜査中とのこと。
事件から数日。
帝都北方自警軍は連日、大忙しだった。町民や情報機関への説明、復興支援の配備、インフラ修理の手配、取り調べや尋問、軍本部の修繕。
「英吉、アンタ新人なのに大変そうね」
杏樹が心配そうに声をかけると、英吉は微笑みながら首を横に振った。その目元にはクマが出来かけている。
「そんな事はないさ。杏樹こそ、壊れた設備の修理であちこち飛び回ってるんだろ?」
「私の場合、それが商売だから。不謹慎な話だけど、書き入れ時なのよ」
「そんな事言ってるけど、実質タダに近い額で引き受けてるんだろ?」
「まあ、それが師匠――っていうかおじいちゃんの方針だからね。『困ってる時はお互い様』ってね。そのせいか、明らかにウチに回ってくる仕事が多いのよね」
杏樹は困り顔を見せる――が、一瞬でそれは頼もしげな笑顔に変わった。
「ま、修業にもなるし、それで感謝されるんだから悪い気もしないけど」
「それなら僕も一緒さ。こっちは仕事で復興の手伝いしてるのに、『ありがとう』って感謝される。僕一人じゃ大した事できてないのに。身に余る言葉だ」
「一人ひとりがやれば『大した事』になる。それが『復興』ってもんでしょう。――なんだからさあッ!」
「ウオおッ! ……あ……あが……」
杏樹に突然叩かれ、ベッドに横たわる少年は悶える。叩かれたのは右もも――氷の矢が刺さった場所だ。
「ッテェなッ! 何すんだッ!」
「街の皆が一人ひとり頑張ってる時に、ベッドで何日も休んでいる奴がいたら、そりゃ叩きたくもなるでしょ、普通」
「普通はベッドで休んでる怪我人を叩かねえよッ! それに、こっちだってこう見えて、早く仕事に戻れるように頑張ってんだッ! 入院が伸びたらどうすんだッ!」
『入院』と言うが、実際にはここは病院ではない。
軍本部施設内にある特別医務室。事件の日から冬鷹はこの部屋にいる。
――というよりも、特別医務室から一歩も出ていない、どころかベッドからも降りてない。つい五、六時間程前に目に目覚めたばかりだからだ。
「伸びるわけないでしょ。足も肩も治ってるって、さっき軍医の人が言ってたし」
「それでもイテぇもんはイテぇんだよッ!」
「はいはい。それじゃあ、そろそろ歩く練習始めるわよー」
「くそぉ。さっきはあんなに心配してくれたのによ」
〇
杏樹は、冬鷹が目覚めて一時間するかしないかの頃に駆けつけてくれた。
ちょうど軍医からの説明を終え、佐也加や母と会話をしていた頃だった。
血相を変え、息を切らせた作業着姿の杏樹が、勢いよく扉を開け入ってきたのだ。
いつもと違う様子の杏樹に、冬鷹はなんて声をかければ良いのか咄嗟には言葉が出てこなかった。
だが杏樹は、冬鷹が戸惑っている間にも、佐也加や母に目もくれずにぐんぐんと近付いてきた。
――そして、ガバッと抱き付いてきた。
よかった……よかった……。
〇
肩越しに聞こえてきた、鼻をすすりながらの涙声は、今も鮮明に耳に残っている。
「普通の女子高生は、何日も目を覚まさない幼馴染が目を覚ましたら泣くもんなの。あんなの自然現象よ」
杏樹はなんともあっさりと言い除ける。恥ずかしがる素振一つ見せない。
「ほら、歩けるようになって雪海に会いに行くんでしょ」
雪海は現在、自室内に緊急設置された〈特呪功陣〉というものの中にいるとの事だ。
一刻も早く妹に会いたかった。
しかし――。
「ああ、そうなんだけど……その前にすぐにでも会っときたい奴がいるんだ」
運河が張り巡らされた特徴上、街全体で浸水被害が多数出ており、復興にはしばらくの時間が必要と思われる。
町民の負傷者、重軽傷者――多数。
しかし、障害が残る、または死亡してしまうような被害者は、幸運と、帝都北方自警軍の迅速な対応により「0」だと公表される。
一方、犯行グループ総勢三十二名の内、逮捕者二十七名、死亡者五名。
帝都北方自警軍は『希少な異能を有する者を狙った誘拐目的によるテロ事件』と発表する。だが、新聞やニュースなどに郡司冬鷹と郡司雪海の名が出る事はなった。
しかし、軍内部の一部の関係者達には詳細が開示された。
そのなかでも重要だったのは、『郡司冬鷹・郡司雪海の情報の出所』についてだ。
犯行動機の原因とも言えるそれは、何処から犯人たちにもたらされたのか。それが明らかになったのは事件の二日後、『研究所の人間』に部類される犯人の一人の証言によるものだった。
曰く、ある日彼らの所属する研究所に一人の男が入所してきた。その男が入所の手土産に情報をもたらした、と。
帝都北方自警軍は至急、特別強襲部隊を編成し、犯人グループの施設に乗り込んだ。
しかし、新たに捕らえた者の中に、その情報をもたらしたという男の姿はなかった。
四年前、郡司冬鷹・郡司雪海(当時「滝本」姓)を攫った違法研究組織の残党の可能性も視野に入れ、現在捜査中とのこと。
事件から数日。
帝都北方自警軍は連日、大忙しだった。町民や情報機関への説明、復興支援の配備、インフラ修理の手配、取り調べや尋問、軍本部の修繕。
「英吉、アンタ新人なのに大変そうね」
杏樹が心配そうに声をかけると、英吉は微笑みながら首を横に振った。その目元にはクマが出来かけている。
「そんな事はないさ。杏樹こそ、壊れた設備の修理であちこち飛び回ってるんだろ?」
「私の場合、それが商売だから。不謹慎な話だけど、書き入れ時なのよ」
「そんな事言ってるけど、実質タダに近い額で引き受けてるんだろ?」
「まあ、それが師匠――っていうかおじいちゃんの方針だからね。『困ってる時はお互い様』ってね。そのせいか、明らかにウチに回ってくる仕事が多いのよね」
杏樹は困り顔を見せる――が、一瞬でそれは頼もしげな笑顔に変わった。
「ま、修業にもなるし、それで感謝されるんだから悪い気もしないけど」
「それなら僕も一緒さ。こっちは仕事で復興の手伝いしてるのに、『ありがとう』って感謝される。僕一人じゃ大した事できてないのに。身に余る言葉だ」
「一人ひとりがやれば『大した事』になる。それが『復興』ってもんでしょう。――なんだからさあッ!」
「ウオおッ! ……あ……あが……」
杏樹に突然叩かれ、ベッドに横たわる少年は悶える。叩かれたのは右もも――氷の矢が刺さった場所だ。
「ッテェなッ! 何すんだッ!」
「街の皆が一人ひとり頑張ってる時に、ベッドで何日も休んでいる奴がいたら、そりゃ叩きたくもなるでしょ、普通」
「普通はベッドで休んでる怪我人を叩かねえよッ! それに、こっちだってこう見えて、早く仕事に戻れるように頑張ってんだッ! 入院が伸びたらどうすんだッ!」
『入院』と言うが、実際にはここは病院ではない。
軍本部施設内にある特別医務室。事件の日から冬鷹はこの部屋にいる。
――というよりも、特別医務室から一歩も出ていない、どころかベッドからも降りてない。つい五、六時間程前に目に目覚めたばかりだからだ。
「伸びるわけないでしょ。足も肩も治ってるって、さっき軍医の人が言ってたし」
「それでもイテぇもんはイテぇんだよッ!」
「はいはい。それじゃあ、そろそろ歩く練習始めるわよー」
「くそぉ。さっきはあんなに心配してくれたのによ」
〇
杏樹は、冬鷹が目覚めて一時間するかしないかの頃に駆けつけてくれた。
ちょうど軍医からの説明を終え、佐也加や母と会話をしていた頃だった。
血相を変え、息を切らせた作業着姿の杏樹が、勢いよく扉を開け入ってきたのだ。
いつもと違う様子の杏樹に、冬鷹はなんて声をかければ良いのか咄嗟には言葉が出てこなかった。
だが杏樹は、冬鷹が戸惑っている間にも、佐也加や母に目もくれずにぐんぐんと近付いてきた。
――そして、ガバッと抱き付いてきた。
よかった……よかった……。
〇
肩越しに聞こえてきた、鼻をすすりながらの涙声は、今も鮮明に耳に残っている。
「普通の女子高生は、何日も目を覚まさない幼馴染が目を覚ましたら泣くもんなの。あんなの自然現象よ」
杏樹はなんともあっさりと言い除ける。恥ずかしがる素振一つ見せない。
「ほら、歩けるようになって雪海に会いに行くんでしょ」
雪海は現在、自室内に緊急設置された〈特呪功陣〉というものの中にいるとの事だ。
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