東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

文字の大きさ
55 / 58
終章 水都に湧く想い

第54話

しおりを挟む
「これでよかったんですか?」

 面会室を出て廊下を進みながら冬鷹は一人呟く。

『ああ、ありがとう』

 周りを見ても誰もいない。しかし確かに冬鷹の頭に――心にその声は響いていた。

『君には色々と面倒をかけてしまって、妹さんにも……本当に申し訳ない』
「いえ、別に…………あの、やっぱり俺納得できません。本当に良かったんですか? ここにいる、って教えるくらい、今からでも――、」
『いいんだ』

 怜奈の兄――美堂俊助しゅんすけはそっとした声で遮った。

『僕の霊魂は妹が魔術で現世に留めていたにすぎない。ただその効果も、もう長くはなさそうだった。だから怜奈は今回のような手段に出てしまったんだ。
 僕がまだいると知ったら、怜奈はまた凶行に出てしまうかもしれない。また君たちや多くの人々に迷惑をかけるかもしれない。だから良いんだ。怜奈が僕のために頑張ってくれた、その気持ちだけで僕は十分だ』
「生き返りたい――生きたいとは思わないんですか?」

 酷く冷静な俊助の言葉に、冬鷹は訊かずにはいられなかった。

『人は死んだら生き返らない。それはごくごく自然の事だ。受け入れなければいけないし、怜奈もいずれ受け入れられるさ』
「……そういう事じゃなくて。もっと……何て言うか…………自分の気持ち、みたいな話です」
『妹が成長する姿を見守りたくない兄などいるかい? って君には愚問だね』

 穏やかな俊助の雰囲気が、却って物悲しくあった。

『勉強や部活に励み、職に就き、パートナーを見付け、結婚し、いずれは母になる。妹が大人になる過程を、どんな大人になるのかを、近くでもっと見ていたかったさ。でもこればかりは仕方が無いんだ』
「……そう、ですか」

 俊助は研究者らしく整然と応える。しかし妹を遺す兄の哀しい響きは隠せていない。
『生きたい』と思う願い。それは、『生きられない』という現実と、『生きていてはいけない』という倫理観に押され、『生きたかった』という思い出に変わる。

 ただ、それすらも俊介は口にはしなかったが。

『……それじゃあ、ありがとう。僕はもう逝くよ』
「はい……その、お元気で、っておかしいですかね?」
『どうだろう? 魂や死後の分野は異能界でもまだまだ未熟だからね、よくわからないよ。ただ、手向けなら、そんな言葉よりも僕は現実的な安心の方がずっと嬉しいね』
「現実的な安心? ――ってなんですか?」
『こんな事を言えた義理じゃないのは充分に理解している。だけど、僕の代わりに妹をよろしく頼みたいんだ。ほんの短い付き合いだったけど、怜奈のリボンにいた時から君を見てきた。君なら信用できる――もっとも、今の僕には君ぐらいしか頼める相手がいないんだけどね』
「ええ、わかりました。任せてください」

 冬鷹は二つ返事で力強く応えた。

『君ならそう言ってくれると思っていたよ。君たち兄妹を傷付けたのに、君は僕たち兄妹にずっと優しかった。……本当に、ありがとう』

 それを最後に頭の中の声は消えた。
 いくら呼びかけても、それは冬鷹の独り言になってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...