274 / 558
第八章 海の覇者
お披露目・キッチンカー!
しおりを挟むその後、身支度を調えた私たちは、朝の鍛錬用の服装に着替えたリュート様に導かれ、未だ足を踏み入れたことが無かった隣の部屋へ向かいました。
かなりの広さを誇る作業部屋は元々空き部屋だったらしく、好きに使ったらいいと言ったお父様が呆れるくらい原形をとどめることなく、魔改造を施されてしまったようです。
廊下から入る扉と、リュート様の部屋に繋がる扉があり、出入りしやすいようになっておりました。
商会の人だけでは無く、様々な方が来訪するのでしょう。
簡単ですが、シンプルだけれど見る人が見ればわかる程度に、さりげない高級感のある応接セットも装備されておりました。
しかし、それよりも私の目を引いたのは、広い作業スペースと、様々な術式が織り込まれているだろう周囲の壁や床です。
私の目に入ってくるだけでも、数十という数の術式が施されていて、妙に気になりました。
「ここの作業は、基本的にうるさいことが多いし、外に会話を漏らしたくは無いからな。音の遮断はもちろんだが、熱や氷や電流耐性だけではなく、まあ、母さんと実験がてら、いろいろ試してみた結果、こうなったって感じだな」
私が術式を気にしているようだと気づいたリュート様の言葉でしたが、親子して悪ノリした結果、どこの防衛施設かわからないくらい強固な部屋ができあがったということでしょうか。
ラングレイ家が外敵からの襲撃を受けた際には、ここに避難してくればいいのでは無いかと思えるくらい、すごいお部屋になっておりますもの。
さすがのチェリシュも、ぽかーんとした表情で周りを見渡しておりました。
「で、さっき話していたキッチンカーがこれだな」
ついたての奥、ひっそりと……というには大きすぎる物体は、ベオルフ様の夢の中で見た、綺麗な装飾が施されたキッチンカーでした。
車の中で不自由なく動き料理ができるようなスペースを確保しているので、かなり車高は高いですし、幅もそれなりにあります。
車体の色は、落ち着いたモスグリーンで、森の中でも悪目立ちはしないでしょう。
魔物の目を引く色だと、集中攻撃を受けそうですものね。
運転席は至って普通のように見えますが、それだって日本の車を知っているから、そう感じているだけなのかもしれません。
スライム車がある此方の世界でも、これはあり得ないくらい座り心地の良さそうな運転席だと考えられているかも……?
路線バスのような役割をしているスライム車を知っていたとしても、まさか、料理ができて宿泊もできる車なんて、誰も考えていなかったはずです。
その域に達するには、あと数年は必要だったでしょうが、リュート様が存在したことにより、一気に進んでしまいました。
恐るべし、リュート様。
恐るべし、日本の知識。
「車体のカラータイプは、3つ。森の中用のモスグリーン。通常用の白と天色。闇に溶け込む黒だな」
いろいろと場面にあわせてカラーリングできるようになっているのですか……す、すごいですね。
普通に目立つ色では危険な場合を想定して作っているということを考えても、このキッチンカーは、命を守る最後の砦と言ったところでしょうか。
チェリシュが狙われた場合は、この車の中に逃げ込みましょう。
それが、一番、リュート様のためになる行動になるはず……
本当は心配ですが、チェリシュにもしものことがあったら大変ですもの!
「チェリシュがルーをつれて、逃げ込むの!」
「いや、お前も逃げろよ? いいか? 神力を使わずに逃げるんだぞ?」
「……んー、んとぉ……あいっ!」
「本当にわかってんのかな……頼んだぞ、ルナ」
「お任せください」
チェリシュはやることがわかっちゃったの! と、目をキラキラさせて守ろうとしてくれるのは嬉しいのですが、この場合、チェリシュを守ることを最優先にした方が良さそうです。
小さくて軽いチェリシュなら、抱えて走ることもできますし、転けなければ大丈夫っ!……って、何故このタイミングで、ベオルフ様が呆れた様子で溜め息をついている様子が脳裏に浮かぶのでしょう。
走ったら転けるだけだと言われているようではありませんか。
お願いですから、変なフラグは立てないでくださいっ!
「バックドアを開けて逃げ込めば大丈夫だとは思うが……不安だったら、中の扉を開いて、部屋へ逃げ込んでいてくれ。そこなら、俺以外入れないだろうし、俺やルナの許しが無く他の誰かが入ってくることも無いだろう」
「そこが一番安心できますね」
「まあ、車体が壊される心配もないはずだ。そこに重点を置いて強化しておいた。大型の魔物が放つ魔法だって、ある程度弾いてくれるし、押しつぶされることも無い」
「……う、動く要塞ではありませんか」
「それくらいしないと、安心できねーだろ?」
ここで、リュート様の過保護っぷりが大爆発です。
みんなが危なくなったら、この車を盾にして戦えば良いのでは?
そう考えてしまうくらい、強固な作りのキッチンカーに安心したら良いのか、それを作り上げてしまうリュート様とギムレットさんに感謝したらいいのかわかりません。
ガラスだって、特殊素材だと時空神様がおっしゃっておりましたし、きっと車体に使われている金属だって、普通ではないのでしょう。
これを作るのに、いったい……どれだけの費用がかかっているのか───
考えるだけで頭痛がしてきます。
「ほら、後ろの扉を開いて中に入ってみてくれ」
「は、はい」
大きな扉を開こうと力を入れましたが、意外と軽くてすんなり開き、中へ入ってみると、外から見るよりも開放感のある空間が広がっておりました。
もっと窮屈かとおもっていたのですが、意外です。
「創世神ルミナスラが、少し手を加えているようだ」
なるほど……外からは窮屈そうに動いているように見えるけれども、実際は違うということなのですね。
あまり、その辺りを気にする方はいらっしゃらないかもしれませんが、これは中で作業する者へ対する、優しい配慮です。
ただ、人の手では絶対にできないことですが……そこまで、考えてくださったことに、とても感謝したい気持ちでいっぱいになりました。
「ルナが料理をするときの動線を考えて設備を配置したけど……どうだろう。使いづらそうだと感じるなら、配置換えをするから教えて欲しい」
「兄が……リュート様は、本当に私のことを見てくれているのだと言っておりました。実家のキッチンと同じ配置で、とても使い勝手が良さそうです。リュート様、ありがとうございます」
私を……ちゃんと見ていてくれて───
言葉にならない言葉を感じてくれたのか、リュート様は嬉しそうに目を細め、にじむような笑みを浮かべながら「ああ」と返事をしてくださいました。
リュート様が私を見ていてくれるから、大丈夫だと思えます。
一人では無いと感じることができます。
だから、頑張ろうという活力が生まれ、たくさんの思いが私を突き動かします。
「私には勿体ないくらい、素敵なキッチンカーですね」
「何を言ってんだ。ルナのことを考えて作ったんだから、勿体ないなんてことはねーよ。ルナが持つに相応しい物に仕上がったかどうかのほうが心配だ」
「これ以上と無い代物ですよ」
「いや、ガラス部分のプロトクリスタルは良いとして、車体の強化はもう少し工夫できるんじゃねーかと……」
あ、これは後々、カスタマイズしていく予定な感じですね。
まあ、車でもカスタムする方はいらっしゃいますから……わからなくもないです。
ただ、それを黙認した結果、小さな要塞化が進みそうで怖いとは言えませんでした。
そ、そういえば、側面を開閉するボタンって、どこにあるのでしょう。
外に出てガラス面になるはずの左側を調べてみると、後ろにある扉のすぐそばに、月と桜を模した飾りがあり、それを押してみるとゆっくりと上下に開閉していきます。
「支えになる棒は、ここに入っているから」
そう言って、リュート様は後ろの扉に一番近い収納棚の側面にセットされていた棒を取り外しました。
なるほど、そこに車の備品が入っているのですね。
椅子なども空間を上手に使って収納されていることに感心しながら、あっという間にオープンカフェスタイルのキッチンカーが完成です。
「こうすれば、料理を提供できるだろうな。まあ、他のキッチンカーの実用はまだまだ先だろうけど、スライム車をベースにしたキャンピングカーを販売することは可能だ」
え?
そ、それは……どういう……
「スライム車の開発元と技術開発提携をしているから、この車体も動力部以外はすぐに完成したんだ。あちらの動力部分はフルールスライムだから、火を使わないキャンピングカーってことで落ち着いたけど、それだって野宿をすることが多い人には大助かりだろう」
他の商会の方々が出入りしていたのは、そういう理由があったのですか。
提携を結んでだと言いますが……本来は、簡単にできることではありません。
つまり、それだけリュート様の技術が買われているってことですよね。
いえ、リュート様だけではなく、ギムレットさんを中心としたフライハイト工房の技術力が高いからでしょう。
「装甲や備品関係はコスト的に難しいから、今のスライム車をベースとして改良していく感じだろうし、新たなスライム車の発展系が見えたとか言って、商会長がやる気を出していたから、近いうちに、できるだけローコストなキャンピングカーが販売されるかもな」
軽やかに笑うリュート様は、自分がどれほど貢献しているか気づいてもいない様子です。
リュート様にしてみれば、このキッチンカーの早期実用化を目指すための手段だったかもしれませんが、その行程で、どれだけの技術者や商会の方々を刺激しているか理解しておりません。
刺激された方々は、様々なインスピレーションを得て、更に開発をしていくのに、それをただ「凄いよな」って言えるリュート様が本当に凄いのです。
キュステさんやギムレットさんやサラ様は、そんなリュート様を支援しながらも守りたいのでしょう。
今のところ、そんなリュート様の技術力に惚れ込む方々ばかりのようですが、もしかしたら、よからぬことを考える者もいたかもしれません。
しかし、そういう手合いは、キュステさんが裏でキュッとしている可能性がありますし……黙っておきましょう。
そういうところは信頼しているのですよ?
シロさえ絡まなければ、実に有能ですもの。
ただ、不憫な役回りが多く、趣味がちょっと……
ま、まあ、それは人それぞれですものね!
ロリコンで、リュート様に殴られたり蹴られたりすることに悦びを見いだしていても、その実力は本物ですっ!
そう考えて頷いている私に、何故かくしゃみをしているキュステさんのイメージが浮かんでしまったのは謎でしたが、チェリシュが嬉しそうにリュート様の背中によじ登り、キャンピングカーをはしゃぎながら見ている可愛らしい父娘姿を眺めつつ、映像より実物のほうが何倍も凄かったことをベオルフ様に報告しなければっ! と思いました。
413
あなたにおすすめの小説
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。