悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

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第九章 遠征討伐訓練

9-36 後方の被害

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 全体の状況を把握してきたらしいアクセン先生が、ロン兄様と交代して後方の状態を伝えてくれたのだが、1時間ほどは動けないだろうという判断であった。
 大幅に予定を変更してキャンプ地の見直しをしなければならないと、アクセン先生とリュート様は互いに地図のデータを共有しているのか、数字で位置確認をしている。
 私には単なる数字の羅列にしか聞こえないのだが、問題児トリオも「あの辺りか」と頷いているので一般的なやり取りなのだろう。

『その範囲で、キャンプが出来そうな場所を探してくれませんかねぇ。大幅に変更となりますが、あまり問題は無いでしょう』
「わかった。でもいいのか? 勝手に決めちまって」
『他の教員や指導官たちに、考えを巡らせる暇などありませんからねぇ。迅速な行動が求められますし、四の五の言わせません。日暮れにさしかかれば、命取りになると知っているはずですからねぇ』
「確かにな……日暮れから野営準備なんてベテランでもなきゃ無理だろ」

 薄暗い中、魔物も襲ってくるかもしれない状況での野営準備なんて、恐ろしくて仕方ありません。
 日が落ちれば視野が狭まり、索敵の性能も落ちる。
 何よりも、魔物は闇夜を好むものが多いと聞くので、彼らが活発に動き出す時間にやることではない。

『あー、リュートくん。出来るだけ海側でお願いするネ』

 イルカム同士の通信に神力を流して割って入ってきたのは、時空神様であった。
 その言葉に難色を示したリュート様は、不意に空を見上げ「なるほど」と呟く。
 おそらく、太陽と月の女神様がフォローしやすいように配慮して欲しいということなのだろうとリュート様は判断したようだ。
 しかし、ここ最近、時空神様と一緒にいることが多かったせいか、それだけではないように感じる。
 何か、他にある?
 おそらく、リュート様が考えている通りに月を意識しているのは確かだろう。
 だが……本当にそれだけなのだろうか。
 わずかな疑問を胸に、私はリュート様を見上げる。
 頭の上で真白が騒いでいるのか、それを指でつついてたしなめている彼を見上げながら、胸に迫る形容しがたい何かにモヤモヤしてしまった。

『ああ、そういえば、モノクルはうまく動いているカイ?』

 モノクル……って、アクセン先生の白衣の胸ポケットにある、全く使う気配が無かったアレですか?
 間近で見ないとわからないほど繊細な金と銀の細工が施された縁取りと、角度によって七色に輝くレンズのモノクルには、以前から奇妙に惹かれる物があった。
 おそらく、アレは神々の手で作られた物だと、今の私に理解することが出来る。
 しかも、それなりに力を持った神の品だ。

『ええ、おかげさまでスムーズに、召喚獣達の状態を確認することができました。しかし、さすがはオーディナル神の神力ですねぇ……錯乱状態にならなかったのは奇跡ですねぇ』
『ああ、それはルナちゃんのおかげカナ。俺が行くよりも前に、無意識だけど大幅に遮断していてくれたからネ』

 ……はい? 私……そんなことしましたか?
 キョトンとしている私に、リュート様たちの視線が集まる。
 い、いえ、私に聞かれても困りますよ? 知りませんよ? や、やり方もわかりませんよっ!?

『ルナちゃんとベオルフは、無意識に遮断するようにしているみたいダネ。本人達は全く影響がないから、どれくらいカットしたらいいのかわからずに、六、七割くらいを目処にカットしているみたいダヨ』
「そ、そう言われましても……意識してやっておりませんので……」
『そんなにカットしているのに、あの威力だったのですねぇ……恐ろしいかぎりですねぇ』
『そりゃ、父上が怒り状態で地上へ降臨したら、世界全土が包み込まれて、ほぼ壊滅状態になるからネ。今回は慌てて突っ込んできたみたいだけど、それでも聖都レイヴァリスにも届くんだから困ったものダヨ』

 え……と、全員が固まった。
 前半はものの例えだろうかと冷や汗をかきながら聞いていたが、後半部分は「そうなんですねー」なんて悠長なことは言っていられなかった。
 聖都には一般人も多いのだから、それこそ死者が出てもおかしくはない。
 思わず血の気が引いていく私たちの耳に、時空神様の暢気な声が響いた。

『大丈夫、俺の可愛い奥さんがガードしてくれたカラ、聖都には全く影響は出てないヨ。アレンとキュステが驚いて出てきたくらいだネ。さすがは竜人族の中でもトップクラスの二人だよネ』

 この時間は忙しいはずのアレン様とキュステさんに、申し訳ないことをしてしまった。
 しかし、二人が飛び出して来た程度で済んでいるのなら安心だ。
 あとで、アーゼンラーナ様の好きな物でも作って、時空神様にデリバリーでもして貰おうかという考えすら浮かぶ。

「とりあえず被害がなくて助かった。そっちは、時空神とアクセンに任せて、俺は指定された地点の探索にあたる。おそらく、1時間もしないうちに現場へ到着して周辺探索も終了するはずだ」
『此方は、それまでに動けるよう全力を尽くしますねぇ』
『まあ、1時間……半は、欲しいところカナ。無理はよくないからネ』
「了解。じゃあ、周辺の厄介な魔物も退治しておく」
『君ばかりに負担をかけて、申し訳ありませんねぇ……』
「そう思うなら、食事の許可を出してくれよ……魔力が枯渇しちまう」
『そうですねぇ……やはり、ルールはルールですから、見ていたら止めてしまいますねぇ』

 おや? 『見ていたら』に妙な力が入っていたような?
 それは、リュート様も感じたようで、おや? と目を大きく見開いている。
 その後ろでは、問題児トリオがにんまり笑って、ハイタッチをしはじめた。――つまり、これは見ていないところであればOKということでしょうか?

『そうダネ……見ていたら……ダネ?』
『そういうことですねぇ』
「悪先の……そういうところが助かる」
『それくらいの働きをしてくれていますし、万全でいた方が良いと思いますねぇ……なんだか奇妙な胸騒ぎがずっとしているのですよ』

 一段低くなった真剣な声を聞き、リュート様は形の良い右眉をピクリと動かしてから頷く。
 その場にいる誰もが、何か予感めいた物を感じたのか無言になり、リュート様の反応を待った。

「悪先が言うなら気をつけた方が良さそうだ。十分注意して探索をするようにする」
『ええ、そうしてください。……あと、色々とすみませんねぇ』
「立場もあるし、しょーがねーよ……それに、特別扱いしてくれって駄々こねているみたいなもんだし」
『これだけ働いているのに文句を言うほうがおかしいと思うヨ? 同じだけ働いてから文句を言えって感じダネ。むしろ、学生がやる仕事じゃないよネ』

 フンッと面白くなさそうに鼻を鳴らす時空神様は、かなり気分を害しているようである。
 おそらく、此方の状況を見てきた後だから、余計にそう思うのだろう。
 現在進行形で、リュート様に文句を言っている者がいるのかもしれない。
 時空神様は、普段は人の良い近所のお兄ちゃんみたいな神だが、そういう陰湿さを極端に嫌う。
 神族はもともとそういう陰の気を嫌うから……と、考えてから、おや? と首を傾げた。
 そんなこと……いつ知ったのだろうと考えていたら、リュート様が気にしていない風に笑った。

「良いんだよ。俺が適任だからさ……あー、そうだ。アーゼンラーナにもお礼を言っておいてくれねーかな。あと、チェリシュのほうも任せたいんだが……」
『お安いご用ダヨ。リュートくんはもっと怒っていいと思うんだけどネ……まあ、それがリュートくんか……だから、ルナちゃんも好きなんだよネ?』

 え、えっと……? わ、私にどうしてそういう問いかけを……と、戸惑っていたら強い視線を感じて視線を上に上げる。すると、綺麗なアースアイが私を凝視していた。
 太陽に煌めく青に、金とオレンジから黄色のグラデーションがわずかに見えて、とても綺麗だな……と考えながらも微笑む。

「そうですね。リュート様のそういうところが、とても好きです」
「……そ、そうか……そっか」

 一瞬目を丸くしていた彼は、次の瞬間には滲むような幸せを感じさせる笑みを浮かべていた。
 うわぁ……そ、その笑顔も好きです!
 さすがに言葉にすることは出来ないので、心の中で叫んでしまった。

「真白も、そういうお人好しなリュートが好きだよー」
「サンキューな。お前は破天荒だけど、素直なところは素直だよな」
「真白ちゃんは、全てが素直だよ!」
「どこがだ」

 ひょいっと掴まれ、ムニムニされるのかと思いきや、くすぐりだした彼とケタケタ笑い転げる真白の様子を見て、思わず此方も笑ってしまった。
 ひとしきり真白を構い倒したリュート様は、アクセン先生や時空神様と暫く真面目な打ち合わせをした後、通話を切る。
 笑いすぎてぐったりとしている真白を頭の上に戻したリュート様は、広げた地図を問題児トリオに見せて、これからの動きを説明しはじめた。
 まずは、海岸線に沿って北上し、地図にある、海岸線と湿地帯が交わり、森へ続くポッカリと開けた場所に、キャンプ地を構えることにしたようだ。
 当初の目的地より狭いが、ほぼ何もない小高い丘のようになっている場所らしい。
 本来なら、湿地帯の主の住み処に近いのだが、幸いというべきなのだろうか、湿地帯の主はリュート様のアイテムボックスの中で食材として収納されている。
 おそらく、襲われる心配は無いだろう。

「湿地帯の主がやられているから、キャンプ地にするにはもってこいの場所っすね」
「こっち方面だったら、モスキトも少ないですし……」
「あの先にいるはずの、ベールゼブフォと戦闘にならずに済んで良かったですね」

 はて? どこかで聞いた名だ――兄が遊んでいたゲームだっただろうかと首を傾げていると、私の様子に気づいたリュート様が「後期白亜紀のカエル」と小さな声で教えてくれた。
 え? は、白亜紀って……恐竜が居た頃の話ですか?
 恐竜と魔物というイメージがなかなか結びつかなかったのだが、よく考えたら、どちらも人には脅威なので、似たようなものかも知れないと納得してしまう。
 当時は酸素濃度が高く、大量に存在すると毒にもなり得る酸素の毒性リスクを減らすため、巨大化するという進化を遂げたらしく、昆虫も生物も植物ですら大きな物が多かった。
 全体的に大きな物が多いこの世界は、地球に比べたら酸素濃度が少し高め……とか?
 そんな、とりとめもない事を考えているうちに、リュート様と問題児トリオの打ち合わせは終わったらしく、4人同時に走り出す。
 結局、魔物なのか恐竜なのかという結論は出なかったが、そんなことは些細な問題だと思えるほどに美しい光景が高速で流れていく。
 湿地帯の澄んだ水と、生い茂る木々の葉の美しさを左に見て、右には太陽の光を反射して青く煌めく海を見る。
 こんな奇跡的な光景を、一番安全な場所で楽しめるなんて、何て贅沢なのだろう。
 警戒していたが、オーディナル様が降臨したことにより、魔物達も身を潜めているのか、全く気配が感じられない。

「もしかしたら、オーディナルの力に警戒しているのかもな。さすがに、半端ないプレッシャーだっただろうし……」
「そうだねー。さすがは管理者の中でも規格外なオーディナルだよー」

 まあ、ユグドラシルの補佐をするだけはあるということなのだろうが、反対に怯えて暴れ出すタイプもいるだろうから、今後はもう少し考えて欲しい。
 大きな力の反動は恐ろしいのだから……
 とりあえず、オーディナル様にはもう少し周囲に配慮することを覚えていただかなくては――
 この件は、ベオルフ様と一緒に説明および説得をさせていただこうと心に誓った。
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