悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

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第十一章 命を背負う覚悟

11-27 覚悟の違い

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 目の前の光景に理解が追いつかずにフリーズしていた私の意識を覚醒させたのは、「ぶぴょっ」という聞き慣れない悲鳴であった。
 頭の中は混乱しているが、無意識に音の発生源を目で追う。
 磨かれた石造りの床を、白い毛玉がコロコロと転がっている。

「……真白?」
「ルナ酷いよ! 何も鍋蓋で、はたき落とさなくてもいいじゃないー!」
「はい?」

 氷の塊を足で捕まえながら、此方へ文句を言ってくる真白を見下ろす。
 これ以上膨らむのは無理では無いかと思えるくらい膨らんでいる真白に謝罪をするのだけれども、頭の中は疑問符で一杯だ。
 えっと……私が真白を鍋蓋ではたき落としたのですか?
 とりあえず、詳しい話を聞こうと真白を拾い上げるべく手を伸ばす。
 その時になって、ようやく自分の左手が鍋蓋を掴んでいたことに気がついた。
 ……え?
 全く覚えが無い。
 いつの間に……?
 左手に持つ鍋蓋を慌てて鍋へ戻し、再び真白を拾い上げようとしたのだが、まだ怒っているのか真白は警戒したように飛び退いた。

「ま、真白。ごめんなさい。怪我は無かった? でも、わざとではないの。どうして鍋蓋なんて持っていたのか……怒っていますよね。本当に、ごめんなさい」
「真白ちゃんは怒ってないよー」

 そうは言っても、真白は器用に私の手を避けている。
 軽やかなフットワークに、此方が翻弄されてしまう。
 飛行能力以外は全く問題が無い……いや、どちらかというと高い身体能力を持つ真白が羨ましい。
 私もこれくらい機敏に動けたら良いのに!

「コレはリュートの魔法で凍らされているけど、まだ分析中だから待って! 危険かも知れないから、あまり近づいちゃ駄目ー!」

 コレと指し示されたモノは、真白が足でシッカリと掴んでいる氷の塊だ。
 氷からはリュート様の魔力を感じる。
 つまり、リュート様が凍らせた物を真白がキャッチしたのだろうか。

「真白、そっちは任せる!」
「任されたー! ふむふむ、さすがはリュート! 動けないみたいだよー!」
「当たり前だ」

 リュート様に返答した真白は、自分の足で取り押さえている氷の塊をジッと見つめ、両翼を激しく動かし始める。
 分析をしているようだと察し、真白が足でシッカリ掴んでいる物を一定の距離を保ちながら凝視した。
 氷の中央に黒い影が見える。
 禍々しい気配を放つソレは、氷の中に封じ込められて身動きが出来ない。
 本来なら氷漬けにされてしまっているので死んでいるはずだが、ソレはまだ生きていた。
 だから、真白が警戒して私を遠ざけたのだろうと納得する。

「小さな……蛇ですか?」
「コレが悪さの原因みたいだよー。分析に時間がかかるから待ってね」

 ようやく原因らしいモノを見つけてテンションが高くなった真白は、にゅふふ……と、神獣とは思えないような邪悪な笑みを浮かべていた。
 大丈夫だろうかと心配にはなるが、これで皆の不調を治せるかも知れないという希望が持てた。
 真白がもたらした朗報に、皆が期待に胸を膨らませている中、弱々しい男の声が耳に届いた。

「出血が……血が……あんなにたくさん……俺……死ぬの……か……」

 ヤトロスは死の恐怖に震え、自分を斬ったリュート様を信じられない者でも見るような目で見つめている。
 混乱しているのだろう、まともに会話も出来ないような様子であったが、リュート様は彼を床に押さえつけた状態で首を振る。

「これくらいじゃ、人は死なねーよ」

 ヤトロスの小さな震える声がハッキリ聞こえるくらい静寂に包まれた一帯に、リュート様の力強い声が響いた。

「大げさに出血しただけだ。傷口も氷魔法で塞いでいる。すぐにマリアベルに連絡が行くから、お前は死なない」
「でも……あ、あんな変な物が……俺の体から……」

 彼の言わんとすることも判る。
 体から小さな蛇が飛び出して来たのだから、驚いて当然だ。
 しかも、問答無用でリュート様に斬られたのだから混乱もしているだろう。
 うわごとのように聞き取れない言葉を呟き、虚空を見る目はうつろだ。
 このままでは精神の方が持たないのでは無いだろうか……そんな不安にかられた瞬間、リュート様が強い口調で怒鳴った。

「死なねーって言ってんだろ! 気をシッカリ持て! 同じ状況だった小さな子供でも、泣きわめいたりしなかったぞ! エイリークの教え子はその程度か!」
「な……何を! 先生は素晴らしい方だ! お前なんかに何がわかる! 先生より魔力があるから……素質があるからっていい気になりやがって!」

 虚ろだった瞳に光が宿り、憎々しげにリュート様を睨み付ける。
 それを見た彼は、フッと笑った。

「お前は死なない。俺がいるのに死なせるはずが無い。マリアベルもすぐに到着する。死ぬ要因が無い」
「毒があるかもしれないだろ!」
「それについては真白が調べている。言っておくが真白はああ見えて、とても優秀だ。これくらい調べが付く」
「お前が斬ったから……痛い……痛すぎるっ!」
「痛みを感じている内は死なねーよ。しかも、氷魔法で凍らせているから、そこまで痛みも感じてねーだろ? 痛覚を麻痺させてんだから」
「痛いものは痛いんだよ!」
「あのまま体の中を這いずり回られたら、いずれ心臓を食われて死ぬだけだったんだから、仕方ねーだろ」
「怖いこと言うなよ!」

 リュート様はヤトロスが暴れないように馬乗りになり、左肩から手を放さず押さえ込んでいる。
 凍らせていても暴れたら出血が増えることを考慮しての行動だ。
 この状態でマリアベルと交代するのがベストと考えているのだろう。
 あの一瞬で、よくここまで判断できたものだと感心してしまう。
 どこまでも冷静な人である。

「斬ったのがリュート様だから、あれだけ元気でいられるんっすよ」
「俺たちだったら、神経か太い血管……いや、骨まで切断する恐れがあるし……」
「ピンポイントですよね……傷口も小さいみたいですし。血の気が多かったから、出血も多かったのでしょうね」

 問題児トリオの話を聞きながら、改めてヤトロスを見た。
 確かに、刀で斬られた割には元気である。
 切れ味が良かったからか、それともリュート様の氷魔法が即座に発動したからか、彼の出血も言うほど酷くは無いようだ。
 つまり、あの一瞬で彼は全てを理解して対処してくれたということになる。

「だいたい、お前はズルイんだよ! 何だよ……聖騎士のくせに、魔法も上位魔法が使えて魔力保有量が随一って……それだけ強かったら、何も怖くねーだろうな! 面白いくらいに何でもできちまうんだから!」

 ヤトロスの言葉にリュート様は反論しない。
 ただ静かに彼の傷口を確認しているだけだ。
 そんな二人に近づいていったのは、険しい表情のロン兄様であった。

「もう少ししたらマリアベルも到着すると思うよ。本館に居なかったから人をやったし」
「ありがとう、ロン兄」
「あのさ……ヤトロスだっけ? 傷口、痛いよね」
「当たり前だろ!」
「俺たちだってそうだよ。黒の騎士団だから痛みを感じないわけじゃない。怖く無いわけじゃない。リュートだってそうだ。今回、誰よりも傷が深かったけど、誰よりも動いていた。それは痛みを感じていないからじゃない。君を含めた皆を守りたいという強い信念があったからだよ」
「ロン兄、その辺で……」
「リュートは黙っていなさい。俺は出来た人間では無いからね。ここへ仕事で来ているのは判っているけど、可愛い弟へ向けられた暴言を無視するなんてことは出来ないよ」

 ロン兄様の言葉を聞いたリュート様は押し黙ってしまった。
 それくらい今の彼には迫力がある。
 普段は見せない、厳しくも圧のあるロン兄様に、かける言葉が見つからない。
 背後から訴えかけるような視線をいくつも感じるが、私だって彼の発言には怒りを感じているのだから、ロン兄様を止める気は無かった。

「リュートはね、どんなに傷ついても……おそらく、体の一部を切り落とされても、生きている内は魔物と戦うよ。痛いなんて言っている暇は無いって、凄まじい精神力で痛みや恐怖をねじ伏せて、誰よりも前へ出る。だからこそ誤解されるんだ。痛みなど感じていないのでは無いか、怖くは無いのではないかって……そんなこと、あるわけないのにね」

 ロン兄様の最後の呟きには、深い悲しみがこめられていた。
 誰も理解しようとしない――と、怒りよりも哀しみを感じているのだろう。

「俺たちと……同じ?」

 当然のことであるというのに、彼には不思議な言葉であったのか、心底判らないというように問いかける。

「当たり前でしょ? ただ違う点があるとすれば……リュートは君のように自分が傷つく事を恐れない。大切な人たちが傷つくことを恐れる。だからこそ、前へ出るんだ。我が弟ながらお人好しだと思うよ。こんな悪態をつく連中なんて放っておけば良いのに……生きていても、リュートの利益にならないだろう? 君もそう思わないかい?」

 ゾッとするほど冷たい声でロン兄様は言い放った。
 底知れない怒りが、その声には込められていた。
 直接、彼の怒りを感じたヤトロスが、先ほどとは違う意味で震え出す。
 魔物よりも恐ろしい相手を目の前にしたように、顔から血の気が引いていく。
 相手が悪かったとしか言いようがない。

「ロン兄、そこまでにしておいてくれ。ヘタすると錯乱して死んじまう」
「暫く病院でお世話になった方が、少しはマシになるんじゃないかな」

 ニッコリ笑うロン兄様に呆れた溜め息をついたリュート様は、改めてヤトロスを見た。

「お前らは俺が完璧な人間か何かと勘違いしているが、俺は……それほど強く無い。本当に強いのなら……どうして助けられない命があるんだろうな」

 静かな声だった。
 感情のこもらない……いや、抑えきれない哀しみがわずかに滲む声だ。

「沢山の命が目の前で散っていった。生まれたばかりの赤ん坊も、母親と喧嘩した子供も、今度結婚するといっていた商人も、聖都から離れた場所にある小さな村や集落。数多の命が喪われた。そのたびに思うんだ、俺はなんて無力なんだって……最強なんて言われていても、所詮はこの程度だ。俺一人の力なんて、たかが知れてる」

 私の知らない彼の、悲壮なる過去を垣間見たような気がした。
 彼は過去について多くを語らない。
 それは、こういった経験がたくさんあるからだろう。

「俺がもう少し早ければ……もっと力があれば……そう思ったことは何度もある」

 わずかに震える右手の拳。
 色が白くなるほど握り込まれた拳には、どんな想いが込められていたのだろうか。
 彼は私が想像する以上に辛い道を歩いてきた。
 力があるからこそ周囲から多くを求められて、それが足りないと嘆くのだ。
 彼のせいではない。
 彼だけのせいではない。
 それをわからない人が……あまりにも多すぎる。

「死ってのはな、とても理不尽で、残酷で……唐突なものだ。後悔しても、どれほど願い、望んでも……二度と戻れない。そこで終わりなんだ……何の前触れも無く、何もかもが終わるんだ」

 その言葉には、様々な感情が詰め込まれていた。
 今まで犠牲になった人たちや、前世の記憶で置いてきた家族への想いも込められている。
 彼だから言える言葉であると、私とロン兄様は感じていたと思う。

「沢山の死を見てきた俺だから断言してやる。お前は死なない。それに……今回は良い経験になったんじゃないか?」
「何が……」
「死ぬって思った時、考えたろ? 今までのこと、やりたかったこと、閉ざされてしまうかもしれない未来に何を思い描いた? 人を羨む暇があったら、それに向かって頑張れよ」
「……お前は決まってるからいいよな」
「俺は、『聖騎士』だから黒の騎士団に入るんじゃ無い。俺がそう望んだから、黒の騎士団に入るんだ。魔物に大切な人を奪われる哀しみは……もう沢山だからな」

 リュート様の脳裏に浮かんだ相手に心当たりがあった。
 おそらく、ヴォルフ様だろう。
 リュート様たちの幼なじみで、命をかけて守ってくれたという彼の存在は、未だリュート様の中に刻み込まれている。
 魔物により大切な人を喪う哀しみを知るリュート様だからこそ、強くなれるのだと思う。
 死の絶望。
 喪う恐怖。
 背負う覚悟。
 乗り越える勇気。
 道を切り開く厳しさと力強さ――
 全てを知り、内包しているからこそ、彼は迷うこと無く『黒の騎士団へ入る』と言えるのだ。
 覚悟が違う……違い過ぎる。
 ヤトロスや周囲の人たちもそれを感じたのか、誰もが黙して語らずに、ただ見守っていた。
 いつの間にか集まってきた人々の様子を見ながら、問題児トリオや元クラスメイト達はニヤニヤ笑っている。
 彼らからは「今になってリュート様の凄さに気づいたのか?」とでも言っているような雰囲気を感じ、おそらくリュート様の辛い戦いをずっとそばで見ていただろう彼らに微笑んだ。

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