ただし、二次元に限る

まめ

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ただし、二次元に限る

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 ヤンデレとは、(精神的に)病んでいるとデレデレしているという二つの言葉をくっつけた造語である。つまり相手のことを愛し過ぎるあまり、常軌を逸した行動をとる状態のキャラクターを表現した言葉のことであり、ボーイズラブの世界ではお馴染みと言っても差し支えがない。受け、または攻めを病んでしまうほど好きになるだなんて、こんなに素敵なことはない。滾る。ただし創作物の中に限るのだが。現実世界では、絶対に勘弁してもらいたいところである。

「——え、それオメガのアンタが言っちゃうわけ?」

 堤野つつみのミチ子は、呆れた表情で頬杖をついた。なんだか女王様と言いたくなるような、きつめの美貌を持つ彼女にその様な顔を向けられると、なにも悪いことを言っていなくともなんだか申し訳ない気持ちになるのだから不思議である。彼女の向かいに座る藤丸ふじまるあたるも例外なくそう感じてしまい、なぜだか分からないが萎縮をしてしまった。

「だ、だって嫌だろ普通。病んでるのはキャラだけで十分だし。オメガとか関係ない。そもそも発情期とか来たことないから、多分ベータの間違いだと思う。将来は可愛いベータの女の子お嫁さんにするもん」

 中はいわゆる腐男子である。美麗な絵で描かれる男同士の恋愛模様が大好物だ。ただ本人の性的嗜好はいたって標準で好きになるのは決まって女の子であり、男を好きになったことなど一度もない。

「マジで? これが噂のおまいう案件か」

 ミチ子の隣に座る青年。彼女の恋人である形屋かたや一光かずみつもまた、何度もマジかと言いながら呆れた表情で天井を仰いだ。
 彼は体格の良い美形だけれど強面という。それだけでもう威圧感があるというのに、プラチナシルバーに髪を染め、緩くパーマをかけたツーブロックという髪型と生まれつきの浅黒い肌がやから感を強めており、彼が元々持つ威圧感はそのせいで二乗されている。更に恋人の女王様も格好が随分と派手なものであるから、彼女が横にいると一光の威圧感は、二乗どころか三乗にパワーアップする。これは恐ろしい。
 そういうわけで彼等が同じ趣味を持つ友人だということを知らない人がこの状況を見れば、あたるは半グレの男とその女にいいように嬲られている可哀想な男に見えることだろう。

「良いですか中君。君ね、そういう寝言はまず彼女を作ってから言いなさい。ミチ子という彼女がいる俺が言ったら説得力あるけど。お前がそれを言っちゃう? マジで言っちゃう? お前ちょお自分の状況、俺に説明してみ?」

 一光は父親が関東人で母親が関西人であるからか、たまに関西弁が混じる標準語を話す。そこが更に輩を感じさせる要因になっており、そのせいなのか特殊な趣味を隠さないせいなのかは分からないが、女受けが極端に良くない。しかし彼女であるミチ子からすれば、イケメンなのに浮気の心配が少ないのは大変ありがたいことであり、夏冬のイベントに参加することに理解があるどころか一緒に参戦し、なんなら自分達も一回くらい記念に売っちゃおうぜとか言ってくれる彼氏は最高最強であり、もはや神でしかない。仮に神との解釈違いがあったとして、そのくらい可愛いものだ。

「俺の状況って言われても、普通に食堂の椅子に座ってるけど」

 そう。中は今、通っている高校の食堂に友人二人ともう一人と一緒にいる。もう一人は生まれた時から、ずっと一緒にいる幼馴染だ。
 
「——へえ。お前の椅子は人で出来てんのな」

 頭痛くなってきたわと言いながら、一光は左のこめかみを親指で押した。何故中はこの状況をおかしいと欠片も思わないのかが、彼には不思議で仕方がなかった。
 中の幼馴染みである竹鶴たけつる万里ばんりは、授業中と歩いている時以外は必ずと言って良いほど、べったりと中にくっついて離れない。今も万里と中は一つの同じ椅子に座っている。つまり万里が深く椅子に腰掛け、その広げた足の間に中がちょこんと座り、彼は後ろから万里に抱き込まれている状態だ。

「だってしょうがないだろ。万里はなに言っても離れないんだもん」

 もう幼い頃からこれが当たり前であり、両家の親も兄弟も家にどちらかが入り浸っていても何も言わない。ああ、今日はこっちに来るのかくらいなものである。

「だもんとか言ったって可愛くないの。イケメンアルファ製の椅子にもたれて何も思わないって末期じゃない? アンタ洗脳されまくりでしょ」

「なにその接着剤みたいな名前の椅子。あ、万里それ食べたい」

 中がそれと示したトマトクリームパスタを、万里は器用に適量をフォークに巻きつけ中の口元へ運んだ。それから彼は、中が咀嚼し飲み込むタイミングを見計らい、ちょうど良いところで一口大にちぎったガーリックトーストを中の口に入れた。まさに餌付けである。親が幼子にするのならば微笑ましいものであるし、恋人がたまにする分には、お熱いのねで済むかもしれない。しかしこれが毎食となると異様だ。
 これを何も思わないというのだから、中という少年はどこか頭の螺子が跳んでいる。いや、病んでいるのだ。そして、その原因である万里は更に病んでいるのである。
 正に彼は二次元から飛び出してきたかのような、生けるヤンデレ攻めそのものだ。
 とにかく万里は、中を無意識に自身へ依存させるように仕向けている。最初は何をして遊ぶ方が中にとって楽しいよ、というようなどうでもよいものだったのだが、そこから段々とエスカレートしていき、気付けば中の全てを万里が決めるようになっていた。それこそ下着を含めた服装から、髪型や進学先に友人まで。依存が進んだ今では、万里の手助けがないと彼は外食すら出来ない。もう万里に依存しきっていて、中は自分が外で何を食べたらいいのかすら決められないのだ。万里が食事の内容を決めると、ようやくその中からこれを食べたい、あれが食べたいと言うことが出来るという有り様である。

「万里。来年の授業選択、決めてくれた? 二年から文系か理系か選ばなくちゃいけないけどさ、俺はどっちが良い?」

 彼等が通う高校はそこそこの進学校であるので、二年生から早々と文系か理系のどちらを選択するかを迫られる。したがって進級前の一年生三学期に来年の授業を選択する必要があるのだ。普通は行きたい進学先の受験に必要かそうでないか。または自分がどちらがより得意か苦手かで決めるのだが、いかんせん万里に依存しきった中は、当然のようにそれを決めることが出来ない。

「——そうだね。中は数学的な考えはあまり得意じゃないから、文系が良いんじゃないかな」

 あまり合理的な考えを持たれては厄介だからね。

「怖ええよ、怖すぎだろ。おい、ミチ子見てみろよ。俺、さぶイボ立ってんだけど! お前聞こえた? 言外のあの部分、俺なんか聞こえた気がするわ!」

 一光は学ランの袖をまくり、鳥肌が立つ腕をミチ子に見せた後、一生懸命に手のひらで腕を摩った。寒気がして体の震えが止まらない。

「もちろん聞こえたっていうか、感じたに決まってんでしょうが! ああ、やだやだ! ヤンデレなんて二次元に限んのよ」

 ああ、あたしの彼氏まともで良かったと、ミチ子は震える一光を抱きしめ、背を摩ってやりながら安堵の息を漏らしたのだった。
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