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三
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「エーリク。またそのような場所で寝て。アブドゥルマリク。お前はエーリクに甘過ぎる。エーリクが風邪を引いたらどうするのだ」
芝生の上にエーリクは寝転がっていた。意識はあったが目は瞑ったまま、彼はディーデリックの小言を聞きながら穏やかな笑みを浮かべた。エーリクの側には、ディーデリックの契約精霊であるアブドゥルマリクがいた。アブドゥルマリクは大きな狼の様な獣の形をした精霊だ。この精霊は気難しく気に入った人間以外には近付きやしない。エーリクはアブドゥルマリクのお気に入りで、彼らは気が向けばこうして庭に出て、仲良く日向ぼっこをする間柄だった。
「そんなに怒るな。ディーデリック。怒ってばかりいては、お前の頭は真っ赤に茹ってしまい、折角の賢い頭も使い物にならなくなるぞ。なあアブドゥルマリク。お前もそう思わないか」
アブドゥルマリクはエーリクの言葉にそうだと答えるようにして、エーリクの頬に頭を何度か擦りつけた。
「ほら、アブドゥルマリクも私と同じ考えだそうだ」
ディーデリックが呆れた表情を浮かべるのを見たエーリクは、愉快で堪らないとばかりに笑い声を上げた。
「――旦那様。旦那様。そちらでお休みになられては、風邪を召されます。どうか寝室でお休みください」
仕える主人が机に頬杖を立て居眠りしているのを見た中年の侍従は、主人に声を掛け寝室に行くよう促した。けれども主人の意識は未だ夢の中にあるのか、虚ろな眼差しで遠くを見たまま放心していた。
「――旦那様。如何なされました。御体の調子が優れないのでは」
居眠りなど滅多にしない主人がそれをしたばかりか、起きてからも意識が朧げである様子から、侍従は主人の体調が悪いのではないかと心配をした。十五年前のあの日から心を閉ざしてしまった彼が、この様に隙を見せるだなんて有り得ない事だ。
「......ああ。懐かしい夢を見ていた。エーリクがアブドゥルマリクと庭で寝ていた。私が煩く小言を言うものだから、私の頭は茹って使い物にならなくなると笑っていたな」
侍従の主人。ディーデリックは夢心地のまま、穏やかな笑みを浮かべた。エーリクを亡くしてから十五年。その間にエーリクが出てくる夢といえば、決まってあの悪夢の瞬間ばかりだった。彼は幾度も幾度も夢の中でエーリクの最期を看取った。それは気が狂いそうになるほど正確な夢だ。エーリクの声も失われていく呼吸や体温もあの日と全く同様で、ディーデリックは夢だと分かっていても毎回毎回、嘆き悲しみ絶叫を上げた後に咽び泣いていたが、近頃は夢の中のエーリクが死ぬ度に彼の感情も徐々に死んでしまったのか、もはや涙も枯れ果てていた。
だからだろうか、こんなにも穏やかなエーリクの夢は初めてで。彼は歓喜の余りにずっとあの夢の中にいたいと思ってしまった。
「それはまた。懐かしゅう御座います。エーリク様は何時もそう仰って、旦那様を揶揄っていらっしゃいましたから」
ディーデリックが幼い頃より仕え、エーリクの事も知っている侍従は口角を上げた。つい十五年前までこの邸は笑い声で満ちていた。それを彼も懐かしく思ったのだろう。
「ああ。嘆くばかりの私を憐れに思ってか、側に戻って来たのかもしれんな」
そうであればいいとディーデリックは願望を口に出した。エーリクを失ってからというもの、彼の世界は色を失ってしまった。何を見ても以前のように心が沸き立つこともなく、喜びを覚えることもない。ただ領主としての義務感だけが彼を生かしていた。
「ええ。そうで御座いましょう。エーリク様は旦那様をとても大切にお思いでいらっしゃいましたから」
侍従は心中でエーリクに話しかけた。
エーリク様。もしも貴方がこの場にいらっしゃるのならば、どうか旦那様の御前にその麗しい御姿を御見せ下さい。そうして今度こそこの方と共に人生を歩んで頂けますよう。
侍従は有り得ない事だと分かっていながら、そう願わずにはいられなかった。
芝生の上にエーリクは寝転がっていた。意識はあったが目は瞑ったまま、彼はディーデリックの小言を聞きながら穏やかな笑みを浮かべた。エーリクの側には、ディーデリックの契約精霊であるアブドゥルマリクがいた。アブドゥルマリクは大きな狼の様な獣の形をした精霊だ。この精霊は気難しく気に入った人間以外には近付きやしない。エーリクはアブドゥルマリクのお気に入りで、彼らは気が向けばこうして庭に出て、仲良く日向ぼっこをする間柄だった。
「そんなに怒るな。ディーデリック。怒ってばかりいては、お前の頭は真っ赤に茹ってしまい、折角の賢い頭も使い物にならなくなるぞ。なあアブドゥルマリク。お前もそう思わないか」
アブドゥルマリクはエーリクの言葉にそうだと答えるようにして、エーリクの頬に頭を何度か擦りつけた。
「ほら、アブドゥルマリクも私と同じ考えだそうだ」
ディーデリックが呆れた表情を浮かべるのを見たエーリクは、愉快で堪らないとばかりに笑い声を上げた。
「――旦那様。旦那様。そちらでお休みになられては、風邪を召されます。どうか寝室でお休みください」
仕える主人が机に頬杖を立て居眠りしているのを見た中年の侍従は、主人に声を掛け寝室に行くよう促した。けれども主人の意識は未だ夢の中にあるのか、虚ろな眼差しで遠くを見たまま放心していた。
「――旦那様。如何なされました。御体の調子が優れないのでは」
居眠りなど滅多にしない主人がそれをしたばかりか、起きてからも意識が朧げである様子から、侍従は主人の体調が悪いのではないかと心配をした。十五年前のあの日から心を閉ざしてしまった彼が、この様に隙を見せるだなんて有り得ない事だ。
「......ああ。懐かしい夢を見ていた。エーリクがアブドゥルマリクと庭で寝ていた。私が煩く小言を言うものだから、私の頭は茹って使い物にならなくなると笑っていたな」
侍従の主人。ディーデリックは夢心地のまま、穏やかな笑みを浮かべた。エーリクを亡くしてから十五年。その間にエーリクが出てくる夢といえば、決まってあの悪夢の瞬間ばかりだった。彼は幾度も幾度も夢の中でエーリクの最期を看取った。それは気が狂いそうになるほど正確な夢だ。エーリクの声も失われていく呼吸や体温もあの日と全く同様で、ディーデリックは夢だと分かっていても毎回毎回、嘆き悲しみ絶叫を上げた後に咽び泣いていたが、近頃は夢の中のエーリクが死ぬ度に彼の感情も徐々に死んでしまったのか、もはや涙も枯れ果てていた。
だからだろうか、こんなにも穏やかなエーリクの夢は初めてで。彼は歓喜の余りにずっとあの夢の中にいたいと思ってしまった。
「それはまた。懐かしゅう御座います。エーリク様は何時もそう仰って、旦那様を揶揄っていらっしゃいましたから」
ディーデリックが幼い頃より仕え、エーリクの事も知っている侍従は口角を上げた。つい十五年前までこの邸は笑い声で満ちていた。それを彼も懐かしく思ったのだろう。
「ああ。嘆くばかりの私を憐れに思ってか、側に戻って来たのかもしれんな」
そうであればいいとディーデリックは願望を口に出した。エーリクを失ってからというもの、彼の世界は色を失ってしまった。何を見ても以前のように心が沸き立つこともなく、喜びを覚えることもない。ただ領主としての義務感だけが彼を生かしていた。
「ええ。そうで御座いましょう。エーリク様は旦那様をとても大切にお思いでいらっしゃいましたから」
侍従は心中でエーリクに話しかけた。
エーリク様。もしも貴方がこの場にいらっしゃるのならば、どうか旦那様の御前にその麗しい御姿を御見せ下さい。そうして今度こそこの方と共に人生を歩んで頂けますよう。
侍従は有り得ない事だと分かっていながら、そう願わずにはいられなかった。
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