彼の至宝

まめ

文字の大きさ
10 / 18

しおりを挟む
「どうした。エーリク。何をまた騒いでいる。アブドゥルマリク。お前も生まれ変わったエーリクの前では、まるで子供の様だな。精霊の威厳は何処に行ったのだ」

 二度目のラウとアブドゥルマリクの喧嘩は、またしてもディーデリックの一声によって収束した。アブドゥルマリクは子供の様だと言われたことが随分と不満だったのか、耳と尻尾を下げ小さな声でそれを主に訴えた。その姿はやはりどうあっても犬にしか見えなかった。

「さて、エーリク。今度の喧嘩の原因はなんだ」

 エーリク。そう呼ばれたことに胸がちくりと痛んだ。ラウは決してディーデリックに恋情を抱いている訳ではない。どちらかといえば一方的な友情の様なものならばあると言える。十五になってから、短い間とはいえエーリクの記憶を通してずっと彼を見て来たのだから。だから悲しいのだ。一方的にだけれども、親しく思っている相手に正しく自分の存在を認識してもらえないのが寂しい。
 それにエーリクだって本物は別にいる。確かにラウはエーリクの生まれ変わりなのだろうけれど。やはりラウはラウで、エーリクはエーリクだ。彼に正しくエーリクを認識してもらわなければいけない。

「――だって。ここに置いてあった馬車がなくなってるから驚いちゃって。それでアブドゥルマリクににおいを辿って探してよって言ったら嫌だって言うから。それで喧嘩になっちゃって」

 けれどラウは努めて普通を装った。今はまだ考えが纏まっていないので、どうディーデリックにそれを言い出せばいいのか分からなかったからだ。それにエーリクともう一度、話をしなければならない。ラウとエーリク。それにディーデリックの三人が、それぞれどうなれば落ち着くことが出来るのか。それを考えていかなければならない。このままでは、きっとまた誰かが不幸になってしまうから。

「馬車か。ああ、そういえばロブレヒトが何か言っていたような」

 ディーデリックは自分の背後に控えるロブレヒトを振り返り、主に視線を向けられた侍従は小さく溜息を吐き首を横に振ってそれに答えた。

「――旦那様。私の話を少しもお聞きになっていらっしゃらなかったようで。長年御側に仕えさせて頂いております身としましては、些か悲しゅうございます」

「ああ、そうだったか。すまんな。何と言っていたか」

 ディーデリックは幼い頃よりの付き合いである侍従の慇懃な嫌味に苦笑を浮かべ、それから素直に謝った。彼らには主人と侍従という間柄よりも、どこか親子を思わせる様なものがあった。

「エーリク様が乗っていらっしゃった馬車は、今世の御実家に返却しましたと。それから積み荷はこちらへ納品される予定で御座いましたので、食糧庫へと運ばせました」

「だそうだぞ。エーリク」

 ロブレヒトが状況を説明し終えるとディーデリックは再びラウへと向き直った。彼らはそれを何て事もないかのように言い放ったが、ラウは衝撃のあまりに口をぽかんと開けて呆然とした。
 何て事をしてくれたのだろうか。冗談ではない。

「え、ちょっと困る。馬車がなかったら俺、何で家まで帰ればいいの」

「帰る必要はない。ここがお前の帰る場所だ。違うか」

 違う。ラウの帰る場所はエンクラインだ。あの辺境の農村以外に帰る場所なんてあるだろうか。けれど自分の中のエーリクは、ラウの心と裏腹に歓喜している。嬉しい。嬉しい。帰る場所はここしかないと。
 ああ、このままではいけない。エーリクと早く折り合いを付けなければ、自分は壊れてしまうかもしれない。だってこうも自分とエーリクの心は喧嘩をしているのだから。何もしなければ、まるで水と油の様にお互いが混じり合う事はない。
 ねえ、ディーデリック。俺はラウだよ。エーリクじゃない。
 そう目の前に立つ男に言ってやろうかと喉まで言葉が出かかったが、結局ラウはそれを飲み込んだ。何も考えが纏まっていない今、それを口にしたって悪戯に彼らを傷付けるだ。ああ、自分の体が二つに分かれてしまえばいいのに。そうすればエーリクはここでディーデリックと暮らし、自分はエンクラインに戻れるのにとラウは密かに溜息を吐いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

【完結済】夏だ!海だ!けど、僕の夏休みは異世界に奪われました。

キノア9g
BL
「海パンのまま異世界に召喚されたんですけど!?」 最高の夏を過ごすはずだった高校生・凛人は、海で友達と遊んでいた最中、突如異世界へと召喚されてしまう。 待っていたのは、“救世主”として期待される役割と、使命感の塊みたいな王子・ゼイドとの最悪の出会い。 「僕にあるのは、帰りたい気持ちだけ」 責任も使命も興味ない。ただ、元の世界で“普通の夏休み”を過ごしたかっただけなのに。 理不尽な展開に反発しながらも、王子とのぶつかり合いの中で少しずつ心が揺れていく。 ひねくれた自己否定系男子と理想主義王子のすれ違いから始まる、感情も魂も震える異世界BLファンタジー。 これは、本当は認められたい少年の、ひと夏の物語。 全8話。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

生贄が美味しく頂きました

SEKISUI
BL
迷子は生贄にされたが一目惚れする 最初老人と若者しか出てこないが ジジイ×青年ではない

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

悪役令嬢は見る専です

小森 輝
BL
 異世界に転生した私、「藤潮弥生」は婚約破棄された悪役令嬢でしたが、見事ざまあを果たし、そして、勇者パーティーから追放されてしまいましたが、自力で魔王を討伐しました。  その結果、私はウェラベルグ国を治める女王となり、名前を「藤潮弥生」から「ヤヨイ・ウェラベルグ」へと改名しました。  そんな私は、今、4人のイケメンと生活を共にしています。  庭師のルーデン  料理人のザック  門番のベート  そして、執事のセバス。  悪役令嬢として苦労をし、さらに、魔王を討伐して女王にまでなったんだから、これからは私の好きなようにしてもいいよね?  ただ、私がやりたいことは逆ハーレムを作り上げることではありません。  私の欲望。それは…………イケメン同士が組んず解れつし合っている薔薇の園を作り上げること!  お気に入り登録も多いし、毎日ポイントをいただいていて、ご好評なようで嬉しいです。本来なら、新しい話といきたいのですが、他のBL小説を執筆するため、新しい話を書くことはしません。その代わりに絵を描く練習ということで、第8回BL小説大賞の期間中1に表紙絵、そして挿絵の追加をしたいと思います。大賞の投票数によっては絵に力を入れたりしますので、応援のほど、よろしくお願いします。

『君を幸せにする』と毎日プロポーズしてくるチート宮廷魔術師に、飽きられるためにOKしたら、なぜか溺愛が止まらない。

春凪アラシ
BL
「君を一生幸せにする」――その言葉が、これほど厄介だなんて思わなかった。 チート宮廷魔術師×うさぎ獣人の道具屋。
毎朝押しかけてプロポーズしてくる天才宮廷魔術師・シグに、うんざりしながらも返事をしてしまったうさぎ獣人の道具屋である俺・トア。 
でもこれは恋人になるためじゃない、“一目惚れの幻想を崩し、幻滅させて諦めさせる作戦”のはずだった。 ……なのに、なんでコイツ、飽きることなく俺の元に来るんだよ? 
“うさぎ獣人らしくない俺”に、どうしてそんな真っ直ぐな目を向けるんだ――? 見た目も性格も不釣り合いなふたりが織りなす、ちょっと不器用な異種族BL。 同じ世界観の「「世界一美しい僕が、初恋の一目惚れ軍人に振られました」僕の辞書に諦めはないので全力で振り向かせます」を投稿してます!トアも出てくるので良かったらご覧ください✨

沢田くんはおしゃべり

ゆづ
青春
第13回ドリーム大賞奨励賞受賞✨ありがとうございました!! 【あらすじ】 空気を読む力が高まりすぎて、他人の心の声が聞こえるようになってしまった普通の女の子、佐藤景子。 友達から地味だのモブだの心の中で言いたい放題言われているのに言い返せない悔しさの日々の中、景子の唯一の癒しは隣の席の男子、沢田空の心の声だった。 【佐藤さん、マジ天使】(心の声) 無口でほとんどしゃべらない沢田くんの心の声が、まさかの愛と笑いを巻き起こす! めちゃコミ女性向け漫画原作賞の優秀作品にノミネートされました✨ エブリスタでコメディートレンドランキング年間1位(ただし完結作品に限るッ!) エブリスタ→https://estar.jp/novels/25774848

処理中です...