オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご

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2.とんでもないこと×とんでもないこと

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 (どうしよう……)

 今日のお昼。
 突然決まってしまった仕事。――課長の恋人役。

 専務のお嬢さんを断った手前。これがウソだとバレないように。
 「あたしとつき合ってるから」という理由で、お嬢さんの申し出を断った大神課長は、あたしを当分の間、恋人役にすることを決めた。勝手に。

 (まあ、わかるっちゃあわかるんだけど)

 だからって、一方的に決めなくてもいいんじゃない?
 そもそもあの場で、あたしを理由に断らなかったら起きなかった案件なのに。
 たまたま通りがかっただけで巻き込まれて。おかげで買ってきた新作フラッペは生ぬるマズマズだったし、午後の仕事前に、先輩からの「ウサギ、アンタ、ちょっとどうなってるのっ!?」攻撃を喰らいまくりだし。

 (あたしは、ただ平穏に過ごしたいだけなのにぃぃっ!)

 どんくさいのは自覚してるけど、それでも日々平穏に仕事をこなして、アパートに帰る。すごいことも特別なことも起きなくて。昨日と今日のルーティンを明日もくり返していく。
 たまに、自分へのご褒美として甘いものを食べたり飲んだりして。そこにちょっと幸せを感じるだけの日々。それでよかったのに。

 (うがあぁぁ~!)

 駅からアパートまでの間、暗い路地で、言えなかったモヤモヤを、ため息とともに空に吐き出す。
 大神課長の恋人のフリをするだなんて、しがないモブウサギには無理なんだって!
 ウサギは、ハムハム草喰んで暮らすのが性に合ってるんだって! 黙るとちょっと怖い印象の、イケメンオオカミとは不釣り合いなの!
 課長の肩にも届かない身長のあたしじゃ、誰もが「は? 恋人? マジで? 親子じゃないの?」になっちゃうわよ!

 自分、卯野うの真白ましろ
 短大卒後、入社した会社の経理で働く22歳。
 チビなことと、自覚あるどんくささと、名前と、春のコンペで「ウサ耳カチューシャ」を引き当てたことから、後輩にまで「ウサギちゃん」とあだ名される。
 一方の課長。大神おおがみ課長。
 噂だと、どっかの一流国立大卒で、社長の友だち。社長からその腕を買われての入社らしく、その実力を遺憾なく発揮し、二年前から経理課の課長に就任した29歳。
 長身で、スッゴいイケメンなんだけど、まったく笑う様子がないことと、その厳しすぎる仕事への姿勢から「オオカミ課長」とあだ名されてる。
 平凡ウサギと非凡オオカミ。
 どこをどうやったら「カップル」に見えるんだか。

 (明日から、もうちょっといい服、着てこうかな)

 今みたいな、無難に白ブラウスとフレアスカートじゃなくて。もうちょっと大人っぽい色のブラウスと、ちょっと短めタイトスカートみたいな。って、職場は制服支給されてるんし、そもそもそんな「デキる大人女服」なんて持ってないんだけど。

 ピルルルル。ピルルルル。

 カバンに入れっぱなしになってたスマホが鳴る。
 誰? お母さん? あ、アパートの管理会社。なんだろ。家賃なら問題なく引き落とされてたのに。

 「――はい、卯野です」

 名乗る必要ってあるのかな。
 そんなことを思いながら、ボタンを押して電話に出る。
 電話の向こう、中年リーマンっぽい男性の声。えらくあわててるというのか、焦ってるというのか。

 「――え?」

 その声を聞いていたあたしにも、パニックが伝染する。
 アパートの一階にある、あたしの部屋。その部屋が。

 「みっ、水浸しぃぃっ!?」

          *

 ――アパートの二階の住人が、水道の蛇口をひねったまま、外出してしまいまして。

 あわてて帰ったアパートで、管理会社の人から説明を受ける。

 ――二階はもちろんなのですが、溢れた水が床に染み込んで、おそらくですが、卯野さまのお部屋も……。

 言われ、確認のために玄関を開けたその向こう。
 今朝まで普通だったあたしの部屋は、「ホースで水撒きでもしたの?」もしくは、「水にザブンと浸かったの? 部屋ごと洗ったの?」ってぐらい、すべてがビッタビタ。天井から床まで、ベッドもテレビも机も、すべてがビショビショ。
 今も、ピッタンペッタンと天井から水が滴り落ちてくる。

 (マジか)

 想像以上のヒドさに、言葉も出ない。
 今日、どこで寝よう? あのリアルウォーターベッドで? いやいや、それはない。
 それに、明日の服! 「デキる大人女服」どころじゃないわよ。うわあ、クローゼットのなかもビタビタじゃん。服どころか、パンツ一枚まで全滅だよ。洗って乾かして。明日、間に合うかな。
 それと、この部屋の掃除もしなくちゃ。明日、仕事に行ってる暇ないな。明日行くべきは、掃除道具を買いにホームセンターだ。掃除して洗って、乾かしてって――ああ! 本までビショビショじゃん! これ、洗っても乾かしてもできないヤツ!
 なんで、なんで、どうして、なんで。
 どこから手をつける? どうやって直してく?
 走馬灯じゃないけど、一気に頭を駆け抜ける。けど。

 (――無理)

 ガックリ膝から崩れ落ちる。
 こんなの絶対修復できない。

 「それで、こちらの修復に関しましては、全面的にこちらが費用を出させていただくとして、今日のところはご用意したホテルに宿泊していただくことに――って、卯野さま? 卯野さま、シッカリしてください!」
 
 崩れたあたしに、あわてた管理会社の人。
 けど、今のあたしは、もういっぱいいっぱい。

 (とりあえず、明日は会社休ませてもらおう)

 なんでこんなことになっちゃったの?
 課長の恋人役にさせられたことだけでも、とんでもないハプニングなのに。こういうのって、どうしてこうも重なるの?

 (あ、そうだ。休むこと課長に連絡しなくちゃ)

 帰り際に、かりにも恋人なのだからと、強引に交換させられた課長の連絡先。ヨロヨロと、その番号プッシュする。

 「――はい?」

 数回コールのあと、スマホから聞こえた、課長の低い声。

 「夜分遅くにすみません。卯野です」

 「知ってる」

 そうですか。
 とてもじゃないけど、あたしを恋人に選んだ人の話し方じゃないよね。

 「あのですね。あたしのアパートが水浸しになるってハプニングがありまして。それで、掃除とかしなくちゃいけなくて。明日は仕事を休ませて――」
 「どこのアパートだ」

 説明を遮られた。

 「えっと……」

 言われるままに、自分の住所をペラペラ話す。

 「わかった。すぐ行く。管理会社の者といっしょに待ってろ」

 へ? 待ってろ?
 待ってろって、ナニ? なにを待つわけ?

 課長の言うことが飲み込めないまま、待つこと10分。

 「――待たせたな」

 キュッと止まった黒い車。そこから降りてきたのは――

 「か、課長っ!?」

 まさかの御本人の登場。
 あたしも管理会社の人も。そして、ちょっと前に現れた二階の住人も。
 みんなそろって、ビックリ、口あんぐり。

 「無事か?」

 大股で近づいてきた課長。

 「あ、えっと。無事……です」

 帰ってきたらこの惨状ってだけですから。

 「部屋は?」

 ご覧の通りです。
 身をよじって、課長をウォッシャブルされたお部屋にご案内。

 「――これは、ヒドいな」

 そうだよね。ウンウン、課長に激しく同意。

 「それで? この部屋の修繕の費用や、彼女の生活への保障はどうなる?」

 「あっ! それはこちらでご用意させていただきます!」

 「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません!」

 シャキン!
 管理会社の人と、二階の若い男性住人。二人が揃って、ピャッと背筋を伸ばした。
 うん。まあ、わかるよ。今の課長、まさしく「オオカミ」だもん。目つき、怖い。

 「今日は、とりあえず、卯野さまにお泊りいただくホテルなど手配いたしまして――」
 「必要ない」

 課長が、管理会社の人の説明を遮った。

 「彼女は、俺の家に泊まらせる」

 は?
 あたしを?

 「うえええええっ!?」

 「恋人が困ってるのなら、助けるのが普通だろう。この部屋の修繕が終わるまで、真白は俺の部屋に泊まったらいい」

 あたしの素っ頓狂な声に、課長が顔をしかめて言うけど。

 (いや、だって、あたし、恋人って!)
 
 それは、あくまで「フリ」であって! こんなプライベートな部分じゃ、ただの上司と部下ですよねっ!?
 それをナニっ!? あたし、課長の家に泊まるわけっ!? ってか、「真白」呼びってなんなのっ!

 あたしの抗議は、口に出して言ってないから、当然、無視。
 それどころか。

 「それで? 彼女の部屋の修理、修繕は、すべてそちらで補償してもらえるんだろうな」

 あたしの肩を抱き寄せ、課長が二人を睨む。

 「そ、それは……」

 「彼女に非はない。なのに、こんな不幸に見舞われた。そちらで全額補償するのは、当然だろう?」

 「そ、それはそうなんですが……」

 「彼女がこれ以上不利益を被らないよう、彼女の恋人として、監視させていただく。また、彼女が納得いかない、理不尽な結果になるのであれば、こちらも弁護士を用意させていただく。それでよろしいか?」

 「はっ、はひぃっ!」

 管理会社の人、二階の住人、並んで直立不動。

 「じゃあ行こうか、真白。とりあえず、貴重品などあったら、それだけ持っておいで」

 あのぉ、課長。
 さっきの「吠えるオオカミ」から、その柔和な仏スマイル。ギャップありすぎなんですが?
 男二人を震え上がらせる眼光が、どこまでも甘く優しいものに変化。ちょっとついてけない。
 ――って。

 「あのぉ。まさか、本当にあたしを、ご自宅へ?」

 荷物をまとめたあたしを、車にエスコートする課長に尋ねる。見せかけ、仮の恋人にここまでする?

 「野宿したいのなら拒否してもいいぞ」

 いいえ。あたしの野宿の趣味はございません。
 不敵に(なぜ不敵に?)笑う課長。その手に従って車に乗り込むしかないあたし。
 なんか、「オオカミの巣穴に誘い込まれるウサギ」の気分。 
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