オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご

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12.やさしい甘さ

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 「――これで荷物は最後か?」

 「はい。後は、倉庫に持っていってもらう物だけです」

 あたしのアパート。
 その玄関口に置いた段ボールたち。
 あたしの仕分けたそれを、車に積み込んでくれてた課長が戻ってきた。

 〝部屋の補修工事を、24日より始めたいと思います〟

 そんな連絡が、なぜか、課長のスマホに届いた。(なぜ?)
 補修の時、使い物にならない家財も処理してくれるけど、それまでに必要なものを持ち出しておいて欲しい。そういう連絡だった。
 アパートの管理会社は、貸倉庫も提案してくれたけど、課長が、「荷物も家に置いておいたらいい」と言ってくれたので、その言葉に甘えることにした。まあ、あたしの荷物なんてそんなに多くないし。そして課長のマンション、とっても広いし。
 運ぶ車だって、管理会社はレンタカー(運転手付き)を提案してくれたけど、これも、課長が代行してくれることになった。

 ――その分の代金は、これからの資金として残しておけ。

 部屋が元通りになったら、何かとお金がいるだろうから。

 (資金……ね)

 最後の段ボールが持ち出され、少しカビ臭くてガランとした部屋を見る。
 漏水は、キッチンから始まり、ワンルームすべてに水が行き渡った。修繕前の下工事として、乾燥を施されてるけど、それでも床はブカブカするし、ダメになった家電もいくつかある。安さ一番で利用しまくってたカラーボックスは、乾燥したことでミワミワに波打ってる。ベッドだって、布団を丸洗いしたところで、キレイな上水を吸い込んだわけじゃないから、臭いとか使い物にならない。

 (これで終わりなんだ)

 寂寞、寂寥?
 よくわからないけど、胸が詰まる。

 「真白?」

 「なんでもありません」

 ちょっと頬が熱くなったから、ゴシゴシと手の甲でこすっておく。

 「それにしても。社長も太っ腹ですよね~。親戚料金で、まさかのQUARTETTO!モデルの家具を用意してくれるなんて」

 以前、QUARTETTO!が大鳥家具とコラボしてやってたテレビ企画。「好きなカノジョを招く部屋」。
 QUARTETTO!の四人をそれぞれイメージした家具とか小物を展開するって企画で。修繕工事を終えた部屋に、そこで限定販売してたものを、用意してくれると言ってくれた。それも、かなりお値打ちに!
 そういうチートってどうなの? とは思うけど。でも価格を抑えられるのなら、素直にありがたい。それに、用意してもらえるのは、あたしの最推し、柊深雪くんのお部屋モデルだし。

 「いやあ、作ってみたかったんですよね~。深雪くんのお部屋。彼の部屋に招かれたみたいで、テンションバク上がりですよ! 楽しみだなあ」

 テレビと同じように、壁紙をスモーキーブルーにチェンジして? 推しがデザインしたクッションなんかを抱きしめて? 推しのグッズに囲まれながら、推しのコンサートなんか観て? 推しが寝てるかもしれない同じベッドで寝るのよ! それもDVDの予約特典CD、「柊深雪くんの、おやすみピロートーク」なんて聴きながら!
 
 「うきゃうっ!」

 妄想だけでモダモダしちゃう。
 いや、もうそれ、眠れませんってば。今夜はキミを眠らせないよ――?
 うきゃあ♡ どどど、どうしようっ♡

 「さすがにテレビとおんなじ部屋じゃないですから。家具の配置は変わっちゃいますけど。それでも限りなく彼のお部屋に近づきますよね」

 ブカブカの床の上、色々想像しながら歩いてく。

 「こんなカラーボックスとか、布団も合わせたお得セットベッドじゃなくて。もっといいセンスの家具が並ぶんですよ。白い冷蔵庫の上に黒い電子レンジみたいなチグハグ配置じゃなくて。お洋服だって、課長のみせかけ恋人らしい、ステキな大人服を買うんです。そしたら、誰もあたしを『ウサギちゃん』扱いしませんよね。部屋といっしょに、大変身です」

 災い転じて福となす? 人間万事塞翁が馬? 怪我の功名、結果オーライ?
 こうして水浸しになるハプニングもあったけど、課長や社長とか、人の優しさに触れることもあったし、部屋はランクアップするんだから、そう悪いことじゃないですよね。悪いことじゃ――。

 「――真白」

 あれ? ダメだな。
 ちょっとウキウキ感を出したくて、クルッと一回転まわって見せたかったのに。こんな床じゃ、上手く回れないや。
 回れないどころか、さっき拭ったはずの熱さが顔に戻ってくる。そのせいで視界までゆがんで……。

 「この部屋のもの。あたしが上京する時に、お父さんたちが用意してくれたものなんです」

 水を吸ってヨレヨレのカラーボックスに視線を落とす。
 短大入学時。
 お父さんお母さんが頑張って用意してくれた家具、家電。
 ウチはそんなに裕福じゃなくて。でも大事な娘の使うものだからって、お父さんたちがなけなしのお金で用意してくれたもの。
 就職しても愛用していこうって思ってたのに。まさかたった四年で、それもこんな事態に巻き込まれて、サヨナラすることになるとは。

 「真白……」

 課長が近づいてきて、あたしをグッとその腕に抱きしめた。

 「辛いよな」

 「うっ。うわっ、うわあぁあんっ!」

 その一言に、涙腺崩壊。
 本当はあたし、深雪くんモデルの部屋にしてもらっても、全然うれしくない!
 あたしは、カラーボックスと、お得なセットベッドのある部屋で、グッズを眺めてるだけでよかった! 推し色じゃなくても、普通の部屋で、お父さんたちが用意してくれた家具に囲まれていたかった! 全然映えない部屋だったけど、それでもよかった!

 「真白」

 「ご、ごべんなざいっ……、ヒック、な、なぎやみまずがら……」

 ズビビン。
 涙といっしょに、鼻水も止めますから。

 「いや、いい。泣きたいだけ泣け」

 「な゛。な゛んでずがあ゛ぞれ゛」

 オオカミのくせに優しいなんて反則ですぅ。
 でも、そのやさしさ、すっごくうれしい。流れてく涙(と鼻水)の代わりに、あたしのなかに染み込んでいく。

          *

 「――落ち着いたか」

 「は、はび……」

 ヒック。ヒック。ズビ。
 まだしゃくりあげるのは止まらないけど、とりあえず心と涙は落ち着いた。
 暗くなってきた部屋。その濡れてない壁にもたれ、二人並んで座り込む。
 いっぱい泣いた。いっぱい泣いて、あの日から溜まってた気持ちを吐き出した。
 泣きすぎて、目はシパシパハレハレだけど。泣きすぎちゃったなあって、ちょっと気恥ずかしいけど。
 でも、気持ちは落ち着いた。

 「真白」

 ん?

 「冷めてしまったが。これでも食べろ」

 ホイと渡された茶色いもの。

 「――大判焼き?」

 渡されたあたしの手に一つ。そして、課長の手にも一つ。

 「足りないなら、こっちも食べるか?」

 ホレと、課長が持ってるもう一個を差し出してくるけど。

 「大丈夫です。ありがとう……ございます」

 言って、もらった大判焼きを頬張る。

 (冷たい……)

 さっき、課長が往復してる時にでも買ってきてくれたんだろうか。
 包み紙が水分を吸って、中のアンコまで冷たくなってる。
 でも。

 「美味しい……」

 もしかしてだけど、あたしを励まそうと買ってきてくれてたのかな。あたしがアンコを好きだって言ったから。
 だとしたら、その優しさがとても美味しい。収まったはずの涙が再発しそう。

 「そうか」

 あたしのつぶやきに短く答えると、課長が、同じように冷めた大判焼きを頬張った。
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