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このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
第17話 もどかしく、つのる。
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(やはり、無理か――)
落胆という言葉が心を占める。
山越えができないか確認するため、馬を走らせるついでに出かけた先で見つけた黄色い花を咲かせた木。真っ白な世界に浮かび上がったその花の美しさに、思わず手折って贈り物にと持ち帰ったのだが、案の定、受け取ってはもらえなかった。
差し出した花を前に、ビクリと肩を震わせただけ。
受け取ってもらえないのなら、捨ててくれればいい。
雪の中、健気に咲いていた花には申し訳ないが、彼女に喜んでもらえないのなら意味がない。
足早に戻った部屋。何度目かのため息とともに、重い気持ちを吐き出す。
二年前。
突然、姿を消した彼女、リリー・フォレット。
彼女にもう一度だけ笑ってほしいと思ったのだが、それは無理なのかもしれない。
――エディル・ロードリック。リリー・フォレット。アナタたち二人に、夫婦となることを命じます。
ある日突然、王妃殿下から命じられた彼女との結婚。
私と彼女がお似合いだと妃殿下が判じられての命令だったが、お似合いかどうか、それは妃殿下の主観でしかない。
あの場で私も驚きはしたが、それ以上に、彼女は激しく動揺していた。
(当然……だろうな。彼女には、他に好いた相手がいたのだから)
――あのように、心優しく立派な騎士は他にいないと思ってます。
いつだったか。
彼女が他の侍女たちに混じって、誰かを評価していたのを聞いたことがある。
――『惚れる』というのか。人として尊敬、お慕いしております。
“心優しく立派な騎士”
誰を指して、そう言っていたのか。
顔を真っ赤にして恥じらう彼女の姿に、胸がチリチリと焼けついた。
彼女がそこまで慕う相手なのだから、自分では遠く及ばない、自分とは比較にならない立派な騎士なのだろう。
それが誰なのか。問いただしたい衝動にかられたが、問いただしたところで己が惨めになる気がして心の奥に封じた。
自分が未熟であることを、誰よりも自覚している。
王宮に出仕するようになって二年。王妃殿下付きの花師兼侍女として働いていた彼女。
国王陛下が妃殿下に贈られた花を世話する彼女の姿は、とても愛らしく優し気で、印象深かった。一生懸命花瓶を運び、水を入れ替え、手入れをする。そのたびに、花一輪一輪を大切に優しく扱い、時に花へと微笑みかける姿。
“花の妖精”などという、どこかの詩人が使いそうな甘い言葉が脳裏に浮かぶほど、その姿は美しく感じられた。
彼女に会いたい。一目見たい。
花を扱ってない時は、どんな顔をしているのか。
一度でいいから、花にではなく自分に微笑んでほしい。
一度でいいから、彼女に触れてみたい。
そんな邪な思いから、何かと用事を見つけては王妃殿下の元を訪れていた。国王陛下からの伝令はもちろん、妃殿下のもとを訪れる陛下の護衛任務という名目を同僚から譲ってもらってまでして、彼女に近づこうとした。
その結果、彼女と私がお似合いだと妃殿下が勘違いをなされて、とりあえずの結婚となったわけだが、そもそも私のような卑怯な者と彼女が釣り合うはずもない。
彼女は、妃殿下の命に従って、私の家で暮らすようなったが、それはあくまで命令に従っただけで、心から妻になりに来たわけではないことは明らかだった。彼女は近隣の家の者たちに、私を“兄”と称し、自分は“妹”であると説明した。想い人が他にいるから、かりそめの結婚だから。誤解されたくない彼女の精一杯の抵抗なのだろう。
だから、私も彼女との距離をとって、家で休まずに王宮でも宿直をくり返した。家で彼女が心細い思いをしてないか、確認という口実を作って食事は一緒に取るものの、それ以上は、彼女を怯えさせてしまうと思い王宮に戻った。
それでなくても、愛しいと思ってる相手との同居など。不埒な思いのままに、彼女を抱いてしまいそうで恐ろしかった。彼女は命じられたままに、私を受け入れてくれるかもしれないが、永遠に心を閉ざしてしまうだろう。
――彼女と仲良くなる手段はないか。
そう思った私は、妃殿下に相談を持ちかけた。
事情を、彼女のことを知っている妃殿下なら、良き助言をしてくださるのではないか。
一縷の望みをかけて相談したところ、返ってきたのは、「一緒に街に出かけて、贈り物でもしたらいいんじゃない?」ということだった。
何かしら口実をつけて街に誘い出して、デートでもして、記念にとか何とか言い訳つけて贈り物でもすればいい。
その提案を実行する日は、意外と早くに訪れた。
彼女が亡き祖母君から教わったというミートパイ。そのパイに対する感謝と、祖父母の墓を詣でたいと願い出て、彼女を街に連れ出すことに成功した。
墓を詣でたいというのは、誘い出すための口上ではない。かりそめであっても彼女を妻としたことを、彼女の大切な人たちに報告したかった。この先、かりそめではなく、本気で彼女を妻として愛していきたいと伝えたかった。
――職場にまでつけてくるぐらいだもの、絶対気に入ってるわよ、あれ。
私が贈った髪留めを使ってくれた彼女。その彼女を妃殿下は、「ニッコニコの超ゴキゲン」と評していた。実際、足取り軽く嬉しそうに歩いているのを私も見かけている。
私の贈ったものでも彼女は喜んでくれるのか?
渡した時に見た彼女の笑顔が忘れられない。泣きそうなほど目をうるませて、頬を赤くして俯いた彼女。
――大事にしてあげなさいよ。あの子は、私のお気に入りなの。泣かせたりしたら、たとえ乳兄妹であっても、承知しないんだから。
そう妃殿下はおっしゃっていたが、言われなくても大事にするつもりだった。
今はまだ「エディルさま」「ミス・フォレット」と呼び合っているが、いつかは彼女と名を呼び合う関係になりたい。かりそめではなく、本当の妻として彼女を愛していきたい。
そう思ってた私は、妃殿下の部屋を辞した後、彼女がいるであろう井戸へと向かった。
私の贈った髪留めをつけた彼女をもう一度見ておきたい。そして、今夜は宿直ではなく、家で休もうと思ってる旨を伝えたい。当然、怖がらせないように寝台は別にするが、それでも一緒に過ごしたいと思っていた。
だが、私の浮かれた目論見は、彼女の泣きはらした顔の前に崩れ去る。
――泣いていた?
――どうして?
理由がわからない。
なにかをこらえるように作り出された笑顔で、足早に立ち去っていった彼女。
――この結婚を受け容れがたく思い、それで泣いていたのだとしたら?
想い人がいるのに、命令によって私の妻となった彼女。
己の境遇を嘆いての涙だとしたら? 答えを聞くのが恐ろしくて、私は問いかけることすらできなくなり、その痛々しい姿を見続けることとなってしまった。
彼女とはひとまず距離を置こう。
妃殿下の命令だから今すぐ別れることはできないが、できる限り距離を置いて彼女の負担を減らそう。
そう思っていたのだが、彼女の疲労は極致に達していたらしく、王宮で倒れたと知らされた。
――やはり、私が夫ではダメなのだろうか。
彼女には妃殿下から休暇をもらったと伝えたが、本当はこの結婚の解消を願い出ていた。
彼女の夫にふさわしいと評していただけたのは光栄だが、そのせいで彼女を追い詰めてしまったのなら本末転倒だと。
妃殿下からは、「一旦、落ち着きなさい、この真面目馬鹿」と言われてしまったが、彼女を一番に思うなら結婚を解消するのが最適ではなかったのだろうか。
私がその答えを出す前に。
彼女は一人、王都を離れてしまった。
王都を、妃殿下付きの花師という誇りを持って行っていた仕事すら放棄するぐらい、彼女はこの結婚に追い詰められてたのか。
落胆する私に、信じられない一報が届く。
「リリーは、王妃殿下とエディル卿との仲を疑っておりました」
「自分は、妃殿下との仲を偽装するための、見せかけの妻だと思っていたようです」
愕然とした。
そんな風に思われていたなんて。
たしかに、私は妃殿下が陛下と結婚なさる前に、その出奔に付き合って旅をしたことがある。だが、それはあくまで護衛のためであって、男女のそういう仲になっての結果ではない。その証拠に、出奔中、私は絶えず陛下と連絡を取り合っていた。妃殿下に対しても、妹のように大切にしたいとは思っているが、そういった不埒な感情を抱いたことは一度もない。そもそも、そんな感情を持っていたら、恋敵となる陛下付きの護衛など務まらないのではないか?
弁明したくても、その相手がいない。
取り戻したくても、どこにいるのかわからない。
私は、陛下と妃殿下に事情を話し、彼女を探す旅に出る許可を頂いた。
何年かかっても彼女を見つけ出し、本当のことを話す。自分の気持ちを、想いをすべて伝える。その上で彼女が選んでくれるのなら――。
両親も亡く、祖父母も他界したと話していた彼女に、行くあてなどあるのだろうか。わからないままこの二年間、方々をさまよい探し続けた。
そして、ようやく雪深いこの村で彼女を見つけた――が。
水滴で曇ったガラス窓に近づき、外を見下ろす。
窓の外、冷たい空気のなか、連れ立って仲良さそうに歩く一組の男女の姿。彼女と、この宿屋の、たしかジェルドとか言った若い男。
買い物帰りだろうか。重い荷物を持ったジェルドと並んで歩く彼女。窓越しに聴こえてくるほど明るい彼女の笑い声が雪のなかに響く。
(笑えるんだな)
ここで彼女は。心の底からうれしそうに笑っている。
私が見たくて仕方なかった笑顔を、別の男にむけて見せている。
安堵とともに、寂しさと胸を締め付けるような焼き尽くされるような感情がこみ上げてくる。
(……帰ろう)
雪を理由に強引にこの宿に逗留したが、もう限界だ。そもそも、雪で往来できないほど旅に不慣れな身ではない。自分ひとりぐらいなら、雪山でも難なく越えることができる。
彼女の無事を、幸せそうな姿を確認したのだから、もう充分ではないか。
髪留めを贈った時に見ることが出来た笑顔。もう一度見たいと願ったが、それも叶わないようだ。
(リリー……)
もう、ここにいてはいけない。彼女の幸せを邪魔してはいけない。
彼女はここで、末永く幸せに暮らしていくことだろう。
落胆という言葉が心を占める。
山越えができないか確認するため、馬を走らせるついでに出かけた先で見つけた黄色い花を咲かせた木。真っ白な世界に浮かび上がったその花の美しさに、思わず手折って贈り物にと持ち帰ったのだが、案の定、受け取ってはもらえなかった。
差し出した花を前に、ビクリと肩を震わせただけ。
受け取ってもらえないのなら、捨ててくれればいい。
雪の中、健気に咲いていた花には申し訳ないが、彼女に喜んでもらえないのなら意味がない。
足早に戻った部屋。何度目かのため息とともに、重い気持ちを吐き出す。
二年前。
突然、姿を消した彼女、リリー・フォレット。
彼女にもう一度だけ笑ってほしいと思ったのだが、それは無理なのかもしれない。
――エディル・ロードリック。リリー・フォレット。アナタたち二人に、夫婦となることを命じます。
ある日突然、王妃殿下から命じられた彼女との結婚。
私と彼女がお似合いだと妃殿下が判じられての命令だったが、お似合いかどうか、それは妃殿下の主観でしかない。
あの場で私も驚きはしたが、それ以上に、彼女は激しく動揺していた。
(当然……だろうな。彼女には、他に好いた相手がいたのだから)
――あのように、心優しく立派な騎士は他にいないと思ってます。
いつだったか。
彼女が他の侍女たちに混じって、誰かを評価していたのを聞いたことがある。
――『惚れる』というのか。人として尊敬、お慕いしております。
“心優しく立派な騎士”
誰を指して、そう言っていたのか。
顔を真っ赤にして恥じらう彼女の姿に、胸がチリチリと焼けついた。
彼女がそこまで慕う相手なのだから、自分では遠く及ばない、自分とは比較にならない立派な騎士なのだろう。
それが誰なのか。問いただしたい衝動にかられたが、問いただしたところで己が惨めになる気がして心の奥に封じた。
自分が未熟であることを、誰よりも自覚している。
王宮に出仕するようになって二年。王妃殿下付きの花師兼侍女として働いていた彼女。
国王陛下が妃殿下に贈られた花を世話する彼女の姿は、とても愛らしく優し気で、印象深かった。一生懸命花瓶を運び、水を入れ替え、手入れをする。そのたびに、花一輪一輪を大切に優しく扱い、時に花へと微笑みかける姿。
“花の妖精”などという、どこかの詩人が使いそうな甘い言葉が脳裏に浮かぶほど、その姿は美しく感じられた。
彼女に会いたい。一目見たい。
花を扱ってない時は、どんな顔をしているのか。
一度でいいから、花にではなく自分に微笑んでほしい。
一度でいいから、彼女に触れてみたい。
そんな邪な思いから、何かと用事を見つけては王妃殿下の元を訪れていた。国王陛下からの伝令はもちろん、妃殿下のもとを訪れる陛下の護衛任務という名目を同僚から譲ってもらってまでして、彼女に近づこうとした。
その結果、彼女と私がお似合いだと妃殿下が勘違いをなされて、とりあえずの結婚となったわけだが、そもそも私のような卑怯な者と彼女が釣り合うはずもない。
彼女は、妃殿下の命に従って、私の家で暮らすようなったが、それはあくまで命令に従っただけで、心から妻になりに来たわけではないことは明らかだった。彼女は近隣の家の者たちに、私を“兄”と称し、自分は“妹”であると説明した。想い人が他にいるから、かりそめの結婚だから。誤解されたくない彼女の精一杯の抵抗なのだろう。
だから、私も彼女との距離をとって、家で休まずに王宮でも宿直をくり返した。家で彼女が心細い思いをしてないか、確認という口実を作って食事は一緒に取るものの、それ以上は、彼女を怯えさせてしまうと思い王宮に戻った。
それでなくても、愛しいと思ってる相手との同居など。不埒な思いのままに、彼女を抱いてしまいそうで恐ろしかった。彼女は命じられたままに、私を受け入れてくれるかもしれないが、永遠に心を閉ざしてしまうだろう。
――彼女と仲良くなる手段はないか。
そう思った私は、妃殿下に相談を持ちかけた。
事情を、彼女のことを知っている妃殿下なら、良き助言をしてくださるのではないか。
一縷の望みをかけて相談したところ、返ってきたのは、「一緒に街に出かけて、贈り物でもしたらいいんじゃない?」ということだった。
何かしら口実をつけて街に誘い出して、デートでもして、記念にとか何とか言い訳つけて贈り物でもすればいい。
その提案を実行する日は、意外と早くに訪れた。
彼女が亡き祖母君から教わったというミートパイ。そのパイに対する感謝と、祖父母の墓を詣でたいと願い出て、彼女を街に連れ出すことに成功した。
墓を詣でたいというのは、誘い出すための口上ではない。かりそめであっても彼女を妻としたことを、彼女の大切な人たちに報告したかった。この先、かりそめではなく、本気で彼女を妻として愛していきたいと伝えたかった。
――職場にまでつけてくるぐらいだもの、絶対気に入ってるわよ、あれ。
私が贈った髪留めを使ってくれた彼女。その彼女を妃殿下は、「ニッコニコの超ゴキゲン」と評していた。実際、足取り軽く嬉しそうに歩いているのを私も見かけている。
私の贈ったものでも彼女は喜んでくれるのか?
渡した時に見た彼女の笑顔が忘れられない。泣きそうなほど目をうるませて、頬を赤くして俯いた彼女。
――大事にしてあげなさいよ。あの子は、私のお気に入りなの。泣かせたりしたら、たとえ乳兄妹であっても、承知しないんだから。
そう妃殿下はおっしゃっていたが、言われなくても大事にするつもりだった。
今はまだ「エディルさま」「ミス・フォレット」と呼び合っているが、いつかは彼女と名を呼び合う関係になりたい。かりそめではなく、本当の妻として彼女を愛していきたい。
そう思ってた私は、妃殿下の部屋を辞した後、彼女がいるであろう井戸へと向かった。
私の贈った髪留めをつけた彼女をもう一度見ておきたい。そして、今夜は宿直ではなく、家で休もうと思ってる旨を伝えたい。当然、怖がらせないように寝台は別にするが、それでも一緒に過ごしたいと思っていた。
だが、私の浮かれた目論見は、彼女の泣きはらした顔の前に崩れ去る。
――泣いていた?
――どうして?
理由がわからない。
なにかをこらえるように作り出された笑顔で、足早に立ち去っていった彼女。
――この結婚を受け容れがたく思い、それで泣いていたのだとしたら?
想い人がいるのに、命令によって私の妻となった彼女。
己の境遇を嘆いての涙だとしたら? 答えを聞くのが恐ろしくて、私は問いかけることすらできなくなり、その痛々しい姿を見続けることとなってしまった。
彼女とはひとまず距離を置こう。
妃殿下の命令だから今すぐ別れることはできないが、できる限り距離を置いて彼女の負担を減らそう。
そう思っていたのだが、彼女の疲労は極致に達していたらしく、王宮で倒れたと知らされた。
――やはり、私が夫ではダメなのだろうか。
彼女には妃殿下から休暇をもらったと伝えたが、本当はこの結婚の解消を願い出ていた。
彼女の夫にふさわしいと評していただけたのは光栄だが、そのせいで彼女を追い詰めてしまったのなら本末転倒だと。
妃殿下からは、「一旦、落ち着きなさい、この真面目馬鹿」と言われてしまったが、彼女を一番に思うなら結婚を解消するのが最適ではなかったのだろうか。
私がその答えを出す前に。
彼女は一人、王都を離れてしまった。
王都を、妃殿下付きの花師という誇りを持って行っていた仕事すら放棄するぐらい、彼女はこの結婚に追い詰められてたのか。
落胆する私に、信じられない一報が届く。
「リリーは、王妃殿下とエディル卿との仲を疑っておりました」
「自分は、妃殿下との仲を偽装するための、見せかけの妻だと思っていたようです」
愕然とした。
そんな風に思われていたなんて。
たしかに、私は妃殿下が陛下と結婚なさる前に、その出奔に付き合って旅をしたことがある。だが、それはあくまで護衛のためであって、男女のそういう仲になっての結果ではない。その証拠に、出奔中、私は絶えず陛下と連絡を取り合っていた。妃殿下に対しても、妹のように大切にしたいとは思っているが、そういった不埒な感情を抱いたことは一度もない。そもそも、そんな感情を持っていたら、恋敵となる陛下付きの護衛など務まらないのではないか?
弁明したくても、その相手がいない。
取り戻したくても、どこにいるのかわからない。
私は、陛下と妃殿下に事情を話し、彼女を探す旅に出る許可を頂いた。
何年かかっても彼女を見つけ出し、本当のことを話す。自分の気持ちを、想いをすべて伝える。その上で彼女が選んでくれるのなら――。
両親も亡く、祖父母も他界したと話していた彼女に、行くあてなどあるのだろうか。わからないままこの二年間、方々をさまよい探し続けた。
そして、ようやく雪深いこの村で彼女を見つけた――が。
水滴で曇ったガラス窓に近づき、外を見下ろす。
窓の外、冷たい空気のなか、連れ立って仲良さそうに歩く一組の男女の姿。彼女と、この宿屋の、たしかジェルドとか言った若い男。
買い物帰りだろうか。重い荷物を持ったジェルドと並んで歩く彼女。窓越しに聴こえてくるほど明るい彼女の笑い声が雪のなかに響く。
(笑えるんだな)
ここで彼女は。心の底からうれしそうに笑っている。
私が見たくて仕方なかった笑顔を、別の男にむけて見せている。
安堵とともに、寂しさと胸を締め付けるような焼き尽くされるような感情がこみ上げてくる。
(……帰ろう)
雪を理由に強引にこの宿に逗留したが、もう限界だ。そもそも、雪で往来できないほど旅に不慣れな身ではない。自分ひとりぐらいなら、雪山でも難なく越えることができる。
彼女の無事を、幸せそうな姿を確認したのだから、もう充分ではないか。
髪留めを贈った時に見ることが出来た笑顔。もう一度見たいと願ったが、それも叶わないようだ。
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彼女はここで、末永く幸せに暮らしていくことだろう。
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