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認識ズレてます1
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正義のヒーローが突入してきたのか、あちこちで爆発音が響き渡り、施設が大きく揺れる。天井からは埃がパラパラと舞い落ちてきて、思わず身をすくめた。
……今日は現場に出る予定じゃなかったはずなんだが。
先日、ただのスイーツ目的に出勤した俺は、なぜか偉そうな人の部屋を整理することになり、「意外と使える奴」と思われたのか、“整理要員”としてまた来てくれないかと打診された。
別に評価はどうでもいい。ただ、またあの快適な部屋で書類をいじってるだけでバイト代がもらえるなら、行ってもいいか──くらいには思ってた。
……思ってたんだけど。
「おっ、来た来た! 君もバイトでしょ?はい、これ着替えて!」
出勤した途端、現場はバタバタしていた。どう見てもこれから戦場に向かうような慌ただしさの中、反射的に受け取ったのは、真っ黒な戦闘スーツ。
「え、あー今日は資料整理を──」
「説明はあと! 今動いて! 本部の指示来てるから!」
「え、あ、はい」
「はい、あっちの部隊に合流して~!」
……完全に流された。
気づけば俺は、黒ずくめのスーツに身を包み、何もわからないまま走らされ、そして今、爆音の響く施設の奥で──
(……なんで俺、ここにいるんだ)
なるべく巻き込まれないようにと、人目につかない場所で壁にそっと背中を預け、ひっそりと身を潜めていた。
……そのはずだったのに。
「見つけましたよ、365番」
唐突に聞こえた声に、思わず顔を上げた。
目の前にいたのは、グリーン。──ヒーローのひとり。
緑のスーツを纏った彼は、薄暗い照明の中でもいやに鮮明に見えた。
一歩、踏み込むようにして距離を詰めてきたその動作に、壁際の俺は逃げ場を失う。
至近距離。
近い。というか、普通に近すぎる。
「こんな人目のつかないところに隠れてたら、襲われてもおかしくありませんよ?」
耳元に落ちる声は、妙に柔らかくて──ぞわりと背筋を撫でた。
……おいお前、楽しんでるだろ。
息をかすめるような囁き。
なのに、口元は微かににやけていた。
「なに笑ってんだよ…」
「ふふ、先日のデートがとても楽しかったので。……あの時間を思い出すたびに、自然と笑ってしまって」
グリーンは微笑を浮かべたまま、こちらを見つめる。その目に、隠しきれない熱が宿っていた。
「だから、今日もお会いできて嬉しいです」
…状況を見ろ。敵陣のど真ん中で何言ってんだコイツ。
グリーンはほんのわずかに顔を傾け、囁くように続ける。
「……ですが、今日は現場に出る予定ではなかったはずですよね?」
それは問いじゃなかった。確認だった。
まるで“知っていて当然”という顔で、グリーンは俺を見る。
──なんで知ってんだよ。
声には出せない。けれど、胸の奥でざわつく不安を抑えきれなかった。
グリーンは、その動揺さえも楽しむように、柔らかく笑った。
「来る予定のないあなたが、なぜここにいるのか。気になって、つい見に来てしまいました」
つい、のテンションじゃない。
というかお前、ヒーローだろ? なんで敵組織のバイトの出勤予定まで把握してんだよ。
完全に意味がわからない。普通に怖い。そしてなにより、近い。
「……とりあえず退けよ」
低く言って、一歩踏み出す。
だが、それより早く、壁と身体の間にグリーンの腕が差し込まれた。
逃げ道は──完全に塞がれた。
「退けと?」
静かな声だった。
けれど、その中に含まれていたのは、威圧感とも違う、異質な熱。
「……理性を総動員させて、この距離を保っているのに?」
意味のわからないことを、当然のように囁いてくる。
いや、わからないんじゃない。ただ、認めたくなかっただけだ。
「もっと近づきたいのを、ずっと我慢してるんですよ?」
息を呑む間もなく、その目が、俺を射抜いた。
笑ってるのに、目の奥は空腹そのもの。
長いこと我慢した末に、ようやく獲物を見つけたような、そんな顔。
やばい。
今さらながら、じわじわとそんな感覚が背筋を這い上がってくる。
この距離、この状況。
普通に考えて、かなり詰んでる。
(……ああもう、無理だこれ)
現実感がすり抜けそうになるのを、ギリギリで繋ぎ止めていた、ちょうどその時だった。
「グリーン。お前、こんなところにいたのか」
空気を裂くように、凛とした声が響いた。
思わず顔を向ける。
通路の先、照明に照らされて静かに姿を現したのは──ブルーのヒーロースーツに身を包んだ男だった。
深く鮮やかな青が全身に走り、その輪郭を際立たせる。無駄のない動きで立ち止まり、低く落ち着いた声で言い放つ。
「一体こんなところで何をしてる。作戦の指示が出てるぞ」
静かで淡々とした口調。だが、その言葉には揺るぎない芯が通っていた。
その声はグリーンに向けられたもののはずなのに、なぜか俺の胸にも深く刺さる。
ブルーの視線が、一瞬だけグリーンと俺のあいだをかすめる。
そして再び、低く静かに言葉を重ねた。
「……お前、何をしている」
グリーンがゆっくりと振り返る。
口元には相変わらず微笑みを浮かべているが、その笑みの奥の空気が、ほんのわずかに冷たく揺れた。
「……それは、ブルーには関係のないことです。それに、そちらこそ──こんな場所にいていいのですか? あなたには、あなたの任務があるはずでしょう」
グリーンは穏やかな口調のまま、視線だけを俺へと戻す。
「私はもう、自分の役目は終えています。ですので──これ以上は邪魔しないでいただけますか」
言葉は丁寧で、態度も礼儀正しい。
けれどその奥に潜むものは、苛立ちと、触れれば切れそうなほど鋭い何かだった。
空気が、きしむ。
見えない緊張が、じわじわと場を締め上げていく。
それでも、ブルーはまったく怯まず、静かに応じた。
「そうはいかない。……必要以上の殺生はやめろ」
唐突すぎて、一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
「その子を離せ」
静かに落ちたブルーの言葉が、じわりと空気を変える。
その意味が、少しずつ、脳の奥へと染み込んでいく。
……殺生? 離せ?
言葉と状況がかみ合うまで、わずかに間が空いた。
──ああ、そうか。
ブルーには、グリーンが俺を始末しようとしてるように見えてるのか。
……いや、違う。違うはずなんだけど──でも、完全には否定できないのが怖い。
「……もう一度言う。その手を離せ」
抑えた声だった。
大きな声ではないのに、そのひと言に込められた圧と意思が、場の空気を静かに揺らす。
その瞬間、グリーンの口元に浮かんでいた笑みが、ほんのわずかに形を変えた。
正面からでは、たぶん誰も気づかない。
けれど、場の空気がピリリと張り詰めたのを肌で感じた。
……あ、これ、怒ってるな。
表情だけ見れば、相変わらず穏やかな笑みだ。
けど、目の奥が冷たい。まったく笑っていない。
怒っていると声高に示すでもなく、淡々と、だが確実に──空気の温度を下げていく。
「……なぜ、私が彼を離さなければならないのですか?」
口調は丁寧なまま。
けれど、声のトーンがわずかに低くなっていた。
言葉遣いは変わらないのに、声の“質”が違っている。
その声が空気を冷やすように、肌がひやりとした。
実際に気温が下がったのか、それともただ、何か危険なものが近づいてきた感覚なのか──自分でも判別がつかなかった。
「今ちょうど、365番の彼との大切な時間を過ごしていたところなんです。……これ以上、邪魔はご遠慮いただけますか?」
語尾まで丁寧で、敬語すら乱れない。
その礼儀正しさが、逆に怖い。
……それにしても、こうして並んでみると、俺の立ち位置がますますわからなくなる。
敵組織のスーツを着た俺と、正義のヒーロースーツを纏ったグリーン。
そして今は戦闘の真っ最中──この状況で、俺が「人質」か「排除対象」に見えるのは、まあ普通の反応だろう。
でも、実際のところは──
グリーンにその気はまったくない。むしろ俺を囲い込もうとしてるようにしか見えないし、独占欲みたいなものすら感じる。
ブルーのほうはというと、どうやら“敵”であっても、無闇に命を奪うのは正義に反する──そんな信念を持った真面目なヒーローらしい。
だから俺のことも、処分すべき対象ではなく、“守るべき命”として扱ってるように見える。
……いや、本来はヒーローに認識されるような大層なポジションではない。組織のモブ、雑魚そのもののはずなんだけど。
この二人、同じ場所にいながら、まったく違う目で俺を見ているようだ。
ひとりは「救う価値のある命」みたいに。
もうひとりは「誰にも触れさせたくない恋人」みたいに。
どっちの扱いにも心当たりなんてない。
それなのに、どちらも本気で俺をそう見ているのが──心底、厄介だった。
(……俺、今どんな立場にされてんだ)
答えは求めていない。
ただ、状況が混沌としすぎて、頭の処理能力が完全に追いついてなかった。
……今日は現場に出る予定じゃなかったはずなんだが。
先日、ただのスイーツ目的に出勤した俺は、なぜか偉そうな人の部屋を整理することになり、「意外と使える奴」と思われたのか、“整理要員”としてまた来てくれないかと打診された。
別に評価はどうでもいい。ただ、またあの快適な部屋で書類をいじってるだけでバイト代がもらえるなら、行ってもいいか──くらいには思ってた。
……思ってたんだけど。
「おっ、来た来た! 君もバイトでしょ?はい、これ着替えて!」
出勤した途端、現場はバタバタしていた。どう見てもこれから戦場に向かうような慌ただしさの中、反射的に受け取ったのは、真っ黒な戦闘スーツ。
「え、あー今日は資料整理を──」
「説明はあと! 今動いて! 本部の指示来てるから!」
「え、あ、はい」
「はい、あっちの部隊に合流して~!」
……完全に流された。
気づけば俺は、黒ずくめのスーツに身を包み、何もわからないまま走らされ、そして今、爆音の響く施設の奥で──
(……なんで俺、ここにいるんだ)
なるべく巻き込まれないようにと、人目につかない場所で壁にそっと背中を預け、ひっそりと身を潜めていた。
……そのはずだったのに。
「見つけましたよ、365番」
唐突に聞こえた声に、思わず顔を上げた。
目の前にいたのは、グリーン。──ヒーローのひとり。
緑のスーツを纏った彼は、薄暗い照明の中でもいやに鮮明に見えた。
一歩、踏み込むようにして距離を詰めてきたその動作に、壁際の俺は逃げ場を失う。
至近距離。
近い。というか、普通に近すぎる。
「こんな人目のつかないところに隠れてたら、襲われてもおかしくありませんよ?」
耳元に落ちる声は、妙に柔らかくて──ぞわりと背筋を撫でた。
……おいお前、楽しんでるだろ。
息をかすめるような囁き。
なのに、口元は微かににやけていた。
「なに笑ってんだよ…」
「ふふ、先日のデートがとても楽しかったので。……あの時間を思い出すたびに、自然と笑ってしまって」
グリーンは微笑を浮かべたまま、こちらを見つめる。その目に、隠しきれない熱が宿っていた。
「だから、今日もお会いできて嬉しいです」
…状況を見ろ。敵陣のど真ん中で何言ってんだコイツ。
グリーンはほんのわずかに顔を傾け、囁くように続ける。
「……ですが、今日は現場に出る予定ではなかったはずですよね?」
それは問いじゃなかった。確認だった。
まるで“知っていて当然”という顔で、グリーンは俺を見る。
──なんで知ってんだよ。
声には出せない。けれど、胸の奥でざわつく不安を抑えきれなかった。
グリーンは、その動揺さえも楽しむように、柔らかく笑った。
「来る予定のないあなたが、なぜここにいるのか。気になって、つい見に来てしまいました」
つい、のテンションじゃない。
というかお前、ヒーローだろ? なんで敵組織のバイトの出勤予定まで把握してんだよ。
完全に意味がわからない。普通に怖い。そしてなにより、近い。
「……とりあえず退けよ」
低く言って、一歩踏み出す。
だが、それより早く、壁と身体の間にグリーンの腕が差し込まれた。
逃げ道は──完全に塞がれた。
「退けと?」
静かな声だった。
けれど、その中に含まれていたのは、威圧感とも違う、異質な熱。
「……理性を総動員させて、この距離を保っているのに?」
意味のわからないことを、当然のように囁いてくる。
いや、わからないんじゃない。ただ、認めたくなかっただけだ。
「もっと近づきたいのを、ずっと我慢してるんですよ?」
息を呑む間もなく、その目が、俺を射抜いた。
笑ってるのに、目の奥は空腹そのもの。
長いこと我慢した末に、ようやく獲物を見つけたような、そんな顔。
やばい。
今さらながら、じわじわとそんな感覚が背筋を這い上がってくる。
この距離、この状況。
普通に考えて、かなり詰んでる。
(……ああもう、無理だこれ)
現実感がすり抜けそうになるのを、ギリギリで繋ぎ止めていた、ちょうどその時だった。
「グリーン。お前、こんなところにいたのか」
空気を裂くように、凛とした声が響いた。
思わず顔を向ける。
通路の先、照明に照らされて静かに姿を現したのは──ブルーのヒーロースーツに身を包んだ男だった。
深く鮮やかな青が全身に走り、その輪郭を際立たせる。無駄のない動きで立ち止まり、低く落ち着いた声で言い放つ。
「一体こんなところで何をしてる。作戦の指示が出てるぞ」
静かで淡々とした口調。だが、その言葉には揺るぎない芯が通っていた。
その声はグリーンに向けられたもののはずなのに、なぜか俺の胸にも深く刺さる。
ブルーの視線が、一瞬だけグリーンと俺のあいだをかすめる。
そして再び、低く静かに言葉を重ねた。
「……お前、何をしている」
グリーンがゆっくりと振り返る。
口元には相変わらず微笑みを浮かべているが、その笑みの奥の空気が、ほんのわずかに冷たく揺れた。
「……それは、ブルーには関係のないことです。それに、そちらこそ──こんな場所にいていいのですか? あなたには、あなたの任務があるはずでしょう」
グリーンは穏やかな口調のまま、視線だけを俺へと戻す。
「私はもう、自分の役目は終えています。ですので──これ以上は邪魔しないでいただけますか」
言葉は丁寧で、態度も礼儀正しい。
けれどその奥に潜むものは、苛立ちと、触れれば切れそうなほど鋭い何かだった。
空気が、きしむ。
見えない緊張が、じわじわと場を締め上げていく。
それでも、ブルーはまったく怯まず、静かに応じた。
「そうはいかない。……必要以上の殺生はやめろ」
唐突すぎて、一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
「その子を離せ」
静かに落ちたブルーの言葉が、じわりと空気を変える。
その意味が、少しずつ、脳の奥へと染み込んでいく。
……殺生? 離せ?
言葉と状況がかみ合うまで、わずかに間が空いた。
──ああ、そうか。
ブルーには、グリーンが俺を始末しようとしてるように見えてるのか。
……いや、違う。違うはずなんだけど──でも、完全には否定できないのが怖い。
「……もう一度言う。その手を離せ」
抑えた声だった。
大きな声ではないのに、そのひと言に込められた圧と意思が、場の空気を静かに揺らす。
その瞬間、グリーンの口元に浮かんでいた笑みが、ほんのわずかに形を変えた。
正面からでは、たぶん誰も気づかない。
けれど、場の空気がピリリと張り詰めたのを肌で感じた。
……あ、これ、怒ってるな。
表情だけ見れば、相変わらず穏やかな笑みだ。
けど、目の奥が冷たい。まったく笑っていない。
怒っていると声高に示すでもなく、淡々と、だが確実に──空気の温度を下げていく。
「……なぜ、私が彼を離さなければならないのですか?」
口調は丁寧なまま。
けれど、声のトーンがわずかに低くなっていた。
言葉遣いは変わらないのに、声の“質”が違っている。
その声が空気を冷やすように、肌がひやりとした。
実際に気温が下がったのか、それともただ、何か危険なものが近づいてきた感覚なのか──自分でも判別がつかなかった。
「今ちょうど、365番の彼との大切な時間を過ごしていたところなんです。……これ以上、邪魔はご遠慮いただけますか?」
語尾まで丁寧で、敬語すら乱れない。
その礼儀正しさが、逆に怖い。
……それにしても、こうして並んでみると、俺の立ち位置がますますわからなくなる。
敵組織のスーツを着た俺と、正義のヒーロースーツを纏ったグリーン。
そして今は戦闘の真っ最中──この状況で、俺が「人質」か「排除対象」に見えるのは、まあ普通の反応だろう。
でも、実際のところは──
グリーンにその気はまったくない。むしろ俺を囲い込もうとしてるようにしか見えないし、独占欲みたいなものすら感じる。
ブルーのほうはというと、どうやら“敵”であっても、無闇に命を奪うのは正義に反する──そんな信念を持った真面目なヒーローらしい。
だから俺のことも、処分すべき対象ではなく、“守るべき命”として扱ってるように見える。
……いや、本来はヒーローに認識されるような大層なポジションではない。組織のモブ、雑魚そのもののはずなんだけど。
この二人、同じ場所にいながら、まったく違う目で俺を見ているようだ。
ひとりは「救う価値のある命」みたいに。
もうひとりは「誰にも触れさせたくない恋人」みたいに。
どっちの扱いにも心当たりなんてない。
それなのに、どちらも本気で俺をそう見ているのが──心底、厄介だった。
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