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第2話
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「ウィラードが、浮気?」
「ええ。もうあれは絶対に浮気だわ」
ルーシャは机に突っ伏して、友人のノーランにそう言った。
宮廷の錬金術師であるノーランは、同じく錬金術師であるウィラードと古くから面識があり、同時にルーシャの友人でもあった。
ノーランの研究室には、ルーシャとノーラン以外、他に誰もいない。
婚約者のこんな話をするにはうってつけの場所であった。
「いやいや、そんなまさか。だってアイツ、君のことが好きすぎて……」
「ウィラードは絶対にシエンナさんの事が好きなのよ。そうじゃなかったらおかしいわ」
ノーランはまだもごもごと何か言っているか、ルーシャはお構い無しに話を続けた。
コールドウェル侯爵家の次期侯爵であるウィラードは、親同士が子供の頃に決めた婚約者だ。
しかし今、彼はシエンナ・ルズベラという男爵令嬢とかなり親しくしている。
「あの無愛想で素っ気なかったウィラードが、あんなに仲良くしてるのよ。私にはお茶会の時ですら笑顔を見せてくれなかったのに……」
彼が好みそうなお菓子や紅茶を一生懸命に考えて用意しても、ウィラードは表情一つ動かさない。
どんな話をしても笑わないし、ただ、「ああ」と頷くだけ。
それなのに、シエンナには笑顔を見せるし、社交界でもルーシャにしたような冷たい対応は見せなかった。
冷静で常に落ち着き、凛とした姿勢でいるが、あまり周囲に素顔を見せることの無いミステリアスでクールな貴公子のように評されているウィラードが、婚約者以外の女性に優しくしているのだ。
今まではあまりの美貌に恐れ多いと、ウィラードの周囲に女性が近寄ることはなく、ただ遠くから見つめているだけの令嬢たちばかりだっただけに、ルーシャにとっても青天の霹靂ではあった。
しかし、いざこのような事態になっても不思議としっくりくるのだ。
「そもそも、私とウィラードじゃ釣り合わないのよ。家柄がどうとかじゃなくて、単純に見た目が。ウィラードは美男子なのに、私なんて大した特徴もない平凡な見た目なんだもの」
シエンナはかなりの美人で、社交的な人物だ。
対してルーシャは、どこにでもいるような顔の平凡な娘で、伯爵令嬢の肩書きも似つかわしくないくらい。
清廉で高潔なウィラードに、どちらが相応しいかなんて言わずとも分かること。
「そうかい?僕はルーシャの方が可愛いと思うけどねぇ」
「ありがとう、ノーラン。でもウィラードにとっては、美人でスタイルも良くて性格も明るいシエンナさんの方が魅力的なのよ」
僻みのようなことを言ってしまうが、ノーランはそんなルーシャを窘めるように優しくしてくれる。
「略奪愛なんかする女が、性格良いと思うかい?」
「何言ってるのよ。私たちの間に元々愛なんてなかったわ。私が一方的に、好きになってもらおうと馬鹿みたいに必死だっただけよ」
「おやおや、ルーシャがすっかり落ち込んでしまったなぁ。僕の言うことなんて気休めにしかならないけど、そんなに不安にならなくても大丈夫だよ」
やれやれとノーランは呆れつつも慰めてくれた。
「大丈夫なんかじゃないわ……。こんなことならもっと早く婚約を破棄してしまうべきだったのよ。機会が無かったから言い出せないだけで、ウィラードもそう思っているはずだわ」
「ちょ、ダメダメ!そんなのダメだって!」
「え?」
途端にノーランが立ち上がって、慌てている。
確かに、ノーランからしたら婚約していた同僚と友人が破談になったとしたら、顔を合わせるのも少し気まずくなるかもしれない。
けれども、彼がそこまで慌てることだろうか?
ノーランはルーシャの疑問を他所に、部屋の棚から何かを取り出して持ってくる。
「ルーシャ、どうしてもウィラードの事が信じられないなら、これを使ってみて。一滴……いや、三滴ぐらい、アイツの飲み物に入れてみるといいよ。飲んだ人の本心が引き出せる薬なんだ。まあ要は軽い自白剤のようなものだけれど、人体に害はないから安心して使ってやってくれ。きっと君の悩みは解決できるから」
ノーランが持ってきたのは、半透明な赤い液体の入った小瓶だった。
錬金術で作ったものなのだろう。
彼はよく、惚れ薬や声を変える薬など不思議な薬を精製しているのだ。
「本当!?ありがとうノーラン!これで私たちの婚約は解消されて、新しい一歩が踏み出せるわ!」
「ああ……うん、そうだね……」
この色ならば、ワインに入れるのがちょうど良いだろう。
偶然にも、2週間後には舞踏会がある。
そこでウィラードはルーシャをエスコートする予定だが、シエンナも会場にいるはずだ。
二人が揃っているなら、ちょうど良い機会になる。
ルーシャは喜んで研究室から帰っていった。
残されたノーランはただ一人、ため息を吐いて苦笑いをする。
「ま、これはアイツの責任だからねぇ。そろそろ解らせてあげたほうがいいってことだよ」
ノーランが渡した薬が、心の声を暴いてしまう薬だということも知らず、ルーシャはウキウキで二週間後の舞踏会を迎えたのだった。
「ええ。もうあれは絶対に浮気だわ」
ルーシャは机に突っ伏して、友人のノーランにそう言った。
宮廷の錬金術師であるノーランは、同じく錬金術師であるウィラードと古くから面識があり、同時にルーシャの友人でもあった。
ノーランの研究室には、ルーシャとノーラン以外、他に誰もいない。
婚約者のこんな話をするにはうってつけの場所であった。
「いやいや、そんなまさか。だってアイツ、君のことが好きすぎて……」
「ウィラードは絶対にシエンナさんの事が好きなのよ。そうじゃなかったらおかしいわ」
ノーランはまだもごもごと何か言っているか、ルーシャはお構い無しに話を続けた。
コールドウェル侯爵家の次期侯爵であるウィラードは、親同士が子供の頃に決めた婚約者だ。
しかし今、彼はシエンナ・ルズベラという男爵令嬢とかなり親しくしている。
「あの無愛想で素っ気なかったウィラードが、あんなに仲良くしてるのよ。私にはお茶会の時ですら笑顔を見せてくれなかったのに……」
彼が好みそうなお菓子や紅茶を一生懸命に考えて用意しても、ウィラードは表情一つ動かさない。
どんな話をしても笑わないし、ただ、「ああ」と頷くだけ。
それなのに、シエンナには笑顔を見せるし、社交界でもルーシャにしたような冷たい対応は見せなかった。
冷静で常に落ち着き、凛とした姿勢でいるが、あまり周囲に素顔を見せることの無いミステリアスでクールな貴公子のように評されているウィラードが、婚約者以外の女性に優しくしているのだ。
今まではあまりの美貌に恐れ多いと、ウィラードの周囲に女性が近寄ることはなく、ただ遠くから見つめているだけの令嬢たちばかりだっただけに、ルーシャにとっても青天の霹靂ではあった。
しかし、いざこのような事態になっても不思議としっくりくるのだ。
「そもそも、私とウィラードじゃ釣り合わないのよ。家柄がどうとかじゃなくて、単純に見た目が。ウィラードは美男子なのに、私なんて大した特徴もない平凡な見た目なんだもの」
シエンナはかなりの美人で、社交的な人物だ。
対してルーシャは、どこにでもいるような顔の平凡な娘で、伯爵令嬢の肩書きも似つかわしくないくらい。
清廉で高潔なウィラードに、どちらが相応しいかなんて言わずとも分かること。
「そうかい?僕はルーシャの方が可愛いと思うけどねぇ」
「ありがとう、ノーラン。でもウィラードにとっては、美人でスタイルも良くて性格も明るいシエンナさんの方が魅力的なのよ」
僻みのようなことを言ってしまうが、ノーランはそんなルーシャを窘めるように優しくしてくれる。
「略奪愛なんかする女が、性格良いと思うかい?」
「何言ってるのよ。私たちの間に元々愛なんてなかったわ。私が一方的に、好きになってもらおうと馬鹿みたいに必死だっただけよ」
「おやおや、ルーシャがすっかり落ち込んでしまったなぁ。僕の言うことなんて気休めにしかならないけど、そんなに不安にならなくても大丈夫だよ」
やれやれとノーランは呆れつつも慰めてくれた。
「大丈夫なんかじゃないわ……。こんなことならもっと早く婚約を破棄してしまうべきだったのよ。機会が無かったから言い出せないだけで、ウィラードもそう思っているはずだわ」
「ちょ、ダメダメ!そんなのダメだって!」
「え?」
途端にノーランが立ち上がって、慌てている。
確かに、ノーランからしたら婚約していた同僚と友人が破談になったとしたら、顔を合わせるのも少し気まずくなるかもしれない。
けれども、彼がそこまで慌てることだろうか?
ノーランはルーシャの疑問を他所に、部屋の棚から何かを取り出して持ってくる。
「ルーシャ、どうしてもウィラードの事が信じられないなら、これを使ってみて。一滴……いや、三滴ぐらい、アイツの飲み物に入れてみるといいよ。飲んだ人の本心が引き出せる薬なんだ。まあ要は軽い自白剤のようなものだけれど、人体に害はないから安心して使ってやってくれ。きっと君の悩みは解決できるから」
ノーランが持ってきたのは、半透明な赤い液体の入った小瓶だった。
錬金術で作ったものなのだろう。
彼はよく、惚れ薬や声を変える薬など不思議な薬を精製しているのだ。
「本当!?ありがとうノーラン!これで私たちの婚約は解消されて、新しい一歩が踏み出せるわ!」
「ああ……うん、そうだね……」
この色ならば、ワインに入れるのがちょうど良いだろう。
偶然にも、2週間後には舞踏会がある。
そこでウィラードはルーシャをエスコートする予定だが、シエンナも会場にいるはずだ。
二人が揃っているなら、ちょうど良い機会になる。
ルーシャは喜んで研究室から帰っていった。
残されたノーランはただ一人、ため息を吐いて苦笑いをする。
「ま、これはアイツの責任だからねぇ。そろそろ解らせてあげたほうがいいってことだよ」
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