夏から始まる

神崎

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出会い

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 やれやれ。奔放な祖母にも困ったものだが、食べさせて、住まわせてもらっているからには文句は言えない。菊子は、そう思いながら公園を突っ切るように歩いていく。だがふと足を止めて後ろを振り返った。
 後ろには吾川酒店がある。そしてその隣にはビルがあって、その一階に「rose」がある。看板をよく見ると「CAFE、BAR、music」と書いてある。よく見ると昼からの営業で、中を覗くこともあるが、蓮の姿は見かけた事は無い。もしかしてあの時だけで、普段はいないのかもしれないと思うと、急激に寂しくなる。
 一度しか会っていない男にどうしてこんなに心を奪われるのだろう。菊子はそう思いながら、また学校の方へ足を進めた。すると南口を前にして左手から、梅子がやってきた。
「おはよう。菊子。」
「おはよう。」
「どうしたの?こんな所でぼんやりして。」
「今日も暑いなぁって思って。」
「今日プール無いしね。あつーい。」
 梅子の首もとには常に赤い字がある。消えかけたと思ったら、また新しいモノがついているのだ。その意味は何の経験もない菊子でもわかる。
「武生、昨日も後輩に告白されてたよ。」
「本当に?でも武生、彼女いるでしょう?」
「うん……。」
 僅かに寂しそうな顔になる。だがまた明るい梅子に戻った。
「でもさ、遠距離だし、連絡あんまりとってないって言ってたし。秒読みだよ。」
「そんなモノなのかな。」
「えー?菊子は遠距離とか大丈夫なの?」
「わかんないな。男の人とつき合ったこともないし。」
「そうだったね。紹介してあげようか?」
「いい。興味ないし。」
 武生はずっと菊子しか見ていないのを知っている。一年前に武生が一つ上の先輩という人とつき合ったのも、菊子の気を引くためだった。それだけ菊子しか見ていない。それが悔しかった。
 どうして武生は梅子しか見ていないのだろう。自分では駄目なのかと、いつも思う。
「きっと駄目なんだろうな。」
 ぽつりと呟いた声が、菊子の耳に届いた。
「何?」
「ううん。何でもない。」
 梅子の母親は元AV女優だった。グラビアにも出たりするほどの売れっ子だったが、梅子の妊娠を期に引退したのだ。今はクラブを経営するホステスのママをしているが、未だに彼女の作品を知っている男がやってくるのだという。
 所詮そんな女の子供なのだ。父親はピアニスト、母親はオペラ歌手で世界を飛び回り、父親の実家の割烹のお嬢様の彼女とは全く違うのだ。
「おはよう。」
 公園を出ようとしたとき、武生に声をかけられた。
「おはよう。武生。」
 夏の日差しの下、爽やかに汗をかく。それが武生という人だった。
「武生。クマ出来てる。」
 梅子がそれに気がついているのに、武生はそれを少し気にしただけだった。
「あー。マジで?」
 そしてすぐに梅子から視線を避けて、菊子の方を向く。
「あ、菊子。夕べ、父がそっちの店行っただろう?」
 その言葉に菊子は笑顔で答える。武生の父はあまり嫌な客ではないからだ。
「うん。ご利用ありがとうございましたって言っておいて。」
「父は随分、君のことを気に入ってたみたいだよ。」
「え?何で?」
「気の利くお嬢さんだって。うちは男兄弟しかいないし、新鮮だったのかもね。」
「仕事なら誰でも出来るわ。でも、言われて悪い気はしない。ありがとう。」
 おもしろくない。信号で足止めをされながら、梅子は口を尖らせた。

 学校が終わり、菊子はバッグを持って帰ろうとしていた。そういえば、吾川酒店へ行ってスポーツドリンクを箱で頼まないといけない。それを思い出して、彼女は椅子から立ち上がった。
 委員会があって、武生は今日は一緒に帰れない。梅子はいつも通りどこかの男のところへ行くのだろう。
 久しぶりに一人で帰路につくのだ。彼女らがいれば背が高い彼女もあまり目立たないのに、今日はたいていすれ違う人から振り向かれる。その好奇の目がイヤだった。
「うわっ。あの女でけぇな。」
「今あれくらい普通だろ?でも手足長くて、モデルか?」
「それにしちゃ、色気ねぇよ。」
 悪態をつく男の雑音に慣れないといけない。今から何を言われるかわからないのだ。そのたびに気にしていては仕方ないのだから。
 大通りに出て信号で待っていると、煙草の匂いがした。歩き煙草だと彼女は少しいらついて、その匂いの主をちらりと横目でみる。
 するとそこにはくわえ煙草をした背の高い男がいた。白いTシャツとぼろぼろのジーパンをはいた男。その姿に彼女は思わずのけぞってしまった。
「え?」
 彼も驚いたように菊子を見ていた。
「んだよ。あんた、本当に高校生だったのか。」
「……お久しぶりです。」
 その言葉に蓮は少し笑う。
「お久しぶりって行っても二、三日ぶりくらいだろ?ははっ。おもしろい奴だな。」
 頬が赤くなりそうだ。こんなにときめくことがあっただろうか。緊張して、うまく言葉が出ない。
「蓮さんは今から仕事ですか?」
「うん。仕事にゃ、ちょっと早いけどバンドの練習もあるし。」
「バンドですか?パンクとか?」
「まぁ、こんななりしているからパンクって思われがちだけど、本当は何でも弾く。」
「弾く?」
 弾くと言ったら父のピアノくらいしか思い浮かばなかった。だが彼の背負っている楽器を見て納得する。
「ベースですか?」
「そう。よくわかったな。音楽好きか?」
「音楽……そうですね。」
 両親は自分を置いて音楽をとった。だからあまり音楽にいいイメージはない。カラオケにもなるべく行きたくなかった。
「……難しく考えるなよ。今時の高校生は何を聴くんだ。」
 信号が青になって、二人は並んで足を進めた。まるでデートをしているようだ。そう思えてどきどきしてくる。
「アイドルとかはあまり興味がなくて、でも周りの人は好きですよ。」
「ふーん。」
 興味ながなさそうなのに、楽器はわかる。だいたいベースをしょっていても身長とか体格でギターと間違われやすいのに、彼女はみただけでベースと答えたのだ。
 きっとただの女じゃない。
「菊子。」
 公園の真ん中あたりにきたとき、彼は少し微笑んで彼女にいう。
「今度「rose」に遊びに来ればいい。」
「でも……未成年ですから。」
「昼はカフェだから。昼に来ればいい。あんたの家も休みはあるんだろう?」
「日曜日です。」
「だったら日曜日の昼に入るようにしておいてやるから。」
「え?」
「知ってる奴がいた方が、お前も安心して入りやすいだろ?」
 「rose」の前について、蓮は菊子の頭に軽く触れた。
「じゃあ、待ってるから。」
「はい。」
 するとその隣の店から、若旦那が顔を覗かせて口を出す。
「蓮。何、高校生を口説いてんだよ。」
「ばーか。そんなんじゃねぇよ。」
 軽口をたたき、蓮は「rose」の中にはいっていった。そして菊子は吾川避け店に近づく。
「すいません。うちの店に後で出いいので、スポーツドリンクを二ケース届けてもらえますか。」
「あいよ。それにしてもあれだな。」
「どうしました?」
「蓮があんなスキンシップするの、初めて見たわ。女作るの嫌がってたのに。」
「……子供だからじゃないんですか?」
「だからだよ。気に入られてんな。菊子さん。」
 その言葉に彼女は僅かに頬を染めた。
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