夏から始まる

神崎

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夏休み

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 今日のライブはジャズだった。ジャンルにこだわりたくないと百合がテーブルを出して、座って聴けるジャズのライブを作ったのだ。
 この街の東側にもジャズバーはある。それでも思うようにライブが出来ないジャズバンドに声をかけた。蓮はそれを聴きながら、少しため息をついた。あまり出来は良くない。リハーサルを見て、アドバイスはしたがあまり頭に入っていないようだ。
「金返せだな。」
「そう言わないでよ。一生懸命しているのよ。」
「一生懸命しているから良いってもんじゃない。」
 菊子はあの店で、食事を運んでいるのだろう。和服を着て、セクハラまがいのことをされてもにこにこと笑っているのだという。イヤな仕事だ。
 そう思えば、多少音がずれていてもリズムがばらっとしても文句は言うまい。
「仕方ないか。それで良いって客もいるし。」
 客に呼ばれ、蓮は注文を取りに行く。その後ろ姿を見て、百合は少し驚いていた。あれこれ口出しをして、バンドに逆ギレされたこともあり、そのたびに本社にクレームが来て誤りに行くのは百合だったのに、今回はそんなことはない。
 それに最近蓮は柔らかくなった。笑顔を見せることもあるし、上機嫌だ。それはきっと菊子の影響だろう。
 早くくっついてしまえばいい。そう思っていた。

 終業式が終わり、明日から夏休みだ。
 菊子はまた連絡するねと友達に言って、教室を出ていった。早くかえって着替えて蓮のところへ行こう。最低でも今日、曲を決めてしまいたい。決められた枠は二十分。おそらく四曲ぐらいだろうと、蓮は言っていた。
 靴箱で靴を脱いで、帰ろうとした菊子に武生が声をかける。
「菊子。」
 振り返ると、彼は少し思い詰めたような表情だった。
「何?どうしたの?」
「話があるんだけど。」
「帰りながらで良いかしら。私、今日は用事があって。」
 用事というのは蓮のことだろうか。そう思うと拳をぎゅっと握られる。
「そうだね。帰りながらでも良いけど。」
 並んで帰っていると、菊子の横顔がよく見える。背は確かに高いが、美人だと思う。そう言うのが好きなのに、彼の周りには着飾った女性しか集まってこない。意思とは反するらしい。
「梅子、最近男を絶ってるみたいだ。」
「え?」
「この間、知り合いがグチってたよ。頼めばOKって言ってすぐ股を開いてたみたいだけど、最近は忙しいからって言ってしないらしい。」
「彼氏でも出来たのかしら。」
「居ても続かないよ。それに……。」
 言えない恋人なのだ。既婚者で担任の教師だと言うこと。ばれれば、あの教師もクビが怪しくなってくるだろう。
 少し暗い表情になった武生に、菊子は少しうなづいた。
「武生。もしかして……。」
「え?」
「梅子が好きなの?」
 驚いて彼女をみる。だが彼女の頭の中には、武生と梅子が並んでいるのが思い浮かび、自分が並ぶよりも絵になるような気がして納得した。
「でも彼氏がいるんなら、難しいよね。それに大学も違うから、離れちゃうだろうし。」
「菊子。違うんだ。」
「ううん。隠さなくて良いから。そうだね。私がちょっと聞いてみようか。彼氏出来たのって。誤魔化されるかもしれないけど。」
 弁解しようとした。しかし彼女は鞄のポケットを探る。
「あ、やばい。そう言えばスーパー行って帰らないといけなかった。」
 このあと蓮のところへ行く。蓮の家には食材と言えるモノがあまりなかった。だから何か買っていこうと思っていたのだ。
「ちょっとそこのスーパー行って帰るよ。じゃあね。」
 そう言って菊子は小走りくらいで、スーパーへ行ってしまった。弁解も出来ないまま。何も言えないまま。
 武生は最悪のパターンに、ため息をついた。

 食材を買って帰ると菊子は冷蔵庫にその食材を袋ごと入れて、自分の部屋に戻っていった。そして制服からジーパンとシャツに着替えると、部屋の外に出た。
 そしてキッチンの袋を取り出すと、出かけようとした。そのとき階段を上がってきたのは、皐月だった。もう帰ってきていたと、少し驚きながら彼は彼女を見ていた。
「休憩ですか?」
「そうですね。あらかたのしゴミが終わりましたし、女将さんと大将は、そこの外れに出来たパン屋に行くと行ってましたよ。」
「あぁ。人気ですよね。」
 繁華街のはずれにあるパン屋は、最近行列もできているらしい。それを耳にして二人は行ってこようと思ったのだろう。
「菊子さんは興味がないですか?」
「気になれば行きますけど、今はそんなに。」
 手に持っているのはスーパーのレジ袋。それを手にどこかへ行くというのは、誰かに料理を振る舞うのかもしれない。そしてそれはきっと蓮なのだ。そう思うと嫉妬しそうになる。やばい。
 ホストをしていたとき、ヘルプからあがることは出来なかったが、それでも皐月が良いと指名してくれる人もいた。もちろんそれをとられたこともある。その感覚に似ていた。
 無理矢理とりたい。パッと出てきたであろうあの男にとられたくなかった。
「すいません。皐月さん。私、今日急いで行かないと……。」
「蓮さんのところですか?」
「今日中に曲を決めたいんです。練習もしないと。」
 前を通り過ぎようとした彼女の手をつかむ。すると彼女は驚いて彼をみた。
「何?」
「だったら早くすませましょうか。」
 そう言って彼はその掴んだ手を素早く引き寄せる。すると白衣が彼女の目の前に飛び込んできた。そして体に暖かな腕の感触がした。
「……辞めて下さい。こんなこと……。」
 彼女はそれを拒否するように、彼を引き離した。
「本当はしてるんでしょ?」
「え?」
「男のところに行って何もない訳ないじゃないんですか。ただ音楽のことだけを話すなんて、あり得ない。」
「あり得るんです。」
「だったら奴が不能なんだ。」
 その言葉にさすがにかちんときた。
「バカにして!」
 彼女はそう言って彼を突き飛ばした。そして走るように階段を下りていく。
 駆け足で公園までやってきた。もう少しで蓮の家につく。だが頬が赤くなり、頭の中でぐるぐると皐月の言葉が回る。
「男のところに……。」
 確かに男のところに行った。迫られそうになって拒否したこともある。だがそれは誤解だった。わかったとたん彼はすっと手を引いたのだ。紳士と言えば、紳士かもしれない。だがそれだけ自分に魅力がないとも言えた。
 サンダルと、色あせたジーパン。白いだけが取り柄のシャツ。一つにくくっただけの髪。
 色気のかけらもない。
 こんな女に欲情するわけがない。蓮には恋人がずっといないと言っていたが、最後の恋人がどんな人だったのか聞いたこともない。彼は過去のことをはぐらかすからだ。
「……遊ばれてるのかもしれない。」
 そう思うと、胸が痛くなってきた。
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