夏から始まる

神崎

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夏休み

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 梅子は毎日薬を飲む。それはピルだった。母が梅子が乱交騒ぎを起こしたと信じて、きっとセックスをしないと保てない体になってしまったのだと信じ、ピルを飲むことを進めたのだ。
 誰ともわからない男の子供を妊娠して欲しくないと思ったのだろう。だが今、妊娠すればきっとその子供は啓介の子供だ。だが彼には家族がある。身重の妻と幼い子供がいるのだ。今、妊娠するわけにはいかない。
 だから梅子はピルを飲む。
 当初はきっちりコンドームを付けていたが、最近はしていないし中で出すこともある。今日もそうだ。
 何度も中に出されて、梅子の性器からはどろりとした精液が流れる。それでも梅子は幸せだった。
「梅子。」
 啓介は手を伸ばし、梅子を抱きしめる。すると梅子も薄く微笑んで、啓介を抱きしめた。
 啓介の部屋でセックスをするのは、何度目だろう。そして梅子の中に出すのは何度目なのかわからない。だが抱けば抱くほど愛しさが溢れてくる。もう妻は抱かないかもしれない。抱いたとしても梅子を重ねてデキないかもしれない。そう思えてくる。
 梅子も同じ気持ちだった。同じ相手とこんなに何度もすることはないし、こんなに感じることもない。それは啓介が大事に彼女を抱くからだ。触れられる度に、気持ちが高ぶる。
 ずっとこうしていたい。そう思っていたときだった。

 ピンポーン。

 家のチャイムが鳴った。その音に啓介の動きが止まる。誰が来たのだろうか。いいやこの際誰だろうと、この状態を見られるのはまずい。
 梅子を離しベッドから降りると、啓介は脱ぎ散らかされた下着や服を身につけた。そして梅子を見ると、軽くキスをする。不安そうな顔をしていたからだ。
「すぐ戻るから。」
 ベッドルームのドアを閉めて、ならされ続けるチャイムに答えるように玄関のドアを開けた。そこには女性がいる。
「知加子さん。」
 妻の妹だった。妻にはあまり似ていない妹で、三十近いがまだ独身で、恋人もいないのだという。だが本人はそれを周りほど気にしていなかった。
 いつも笑っている知加子だったが、今日は表情が険しい。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないですよ。何で電話でないんですか?」
「電話?あぁ……ごめん。サイレントにしてて。」
「子供がもうすぐ産まれるって時に……。そんなに仕事が大事なの?」
「悪かったって。そっか……もうすぐ生まれそうなんだね。すぐ行くよ。」
「……。」
 ふと知加子は玄関を見る。そこには姉の趣味ではないようなサンダルがあった。しかも安っぽいスパンコールのついたサンダルは、姉の足のサイズとは違う小さなものに見える。
「誰か来てるんですか?」
 その言葉に啓介の表情が少し固まる。そして知加子の視線の先を追うと、そこには梅子のサンダルがあった。まずい。隠しておけば良かった。
「……。」
 うまいいいわけが出来ない。戸惑っていると、知加子の表情がさらに怒りに染まる。
「もしかして、誰かって女?妻が陣痛で苦しんでるときに、部屋に女を連れてくるなんて、そんな非常識だったんですか?」
「知加子さん。誤解だって。」
「じゃあ誰なんですか?そんなサンダルお姉ちゃんは履かないでしょ?」
 怒鳴り声が聞こえる。梅子は服を身につけると、そっと玄関をのぞいた。女性が啓介を何か責めているらしい。たぶん自分のことだ。
 荷物を梅子は手にすると、言い合いをしている二人の側に歩いていく。
「先生。ごめんね。」
 その声に啓介も知加子も驚いた。啓介は出てくるとは思っていなかったし、知加子は出てきたのが高校生っぽいが少し派手な女で驚いていたのだ。
「あたし、家が少しごたごたしてて、先生の所しか行くところがなかったから。迷惑かけたよね。」
「……う……イヤ。高宮。もう落ち着いたのか?」
「うん。帰ってまた母さんに話してみる。奥さんにも誤解させちゃったね。」
「俺のことは良いよ。」
 すると知加子の表情が少し和らいだ気がする。この高宮という女子生徒は何か事情があって、啓介の所に身を寄せていたのだろう。そんな解釈をしたのだ。
「すいません。奥さん。勝手に押し掛けてしまって……。」
「あ、ごめん。あたし奥さんじゃなくて、啓介……イヤ、吾川先生の奥さんの妹なの。」
「あぁ……そうだったんですか。それでも私の事情で、家庭がごたごたしてしまってたんじゃないんですか?」
「……。」
「あたし、母とあまり折り合いが良くなくて、それで先生に相談していたんです。」
「……そうだったの。教師ってそんなこともしないといけないのね。」
「一番近い大人だと思うから。先生はいつも目線に立って話してくれるし。嬉しかった。」
「……。」
「じゃあ、ごめんね。先生。」
「あぁ。また学校で。」
 梅子はそう言って団地の外廊下を歩いて行ってしまった。
「ずいぶん大人びた生徒ですね。」
「あぁ……。だから問題なんだろう。」
 知加子はバッグから携帯電話を取り出すと、父親に連絡をした。仕事で出られなかったと言ってくれていて、今すぐに連れて行くことを伝えてくれた。
 これで良かったんだ。啓介はそう思いながら、部屋に戻りバッグの中に携帯電話や財布を入れる。そしてベッドルームをのぞいた。
 ここをのぞかれなくて良かった。濡れたシーツは乱れているし、少し精液の臭いもする。覗けば一瞬で何があったかわかってしまうだろうから。
 ベッドルームを閉めて、啓介は電気を消すと知加子に促されるように部屋を出ていった。そして駐車場に停めてある車に、知加子を乗せてエンジンを入れる。
「……病院って前と一緒ですか?」
 その言葉に知加子はあきれたように彼に言った。
「えぇ。総合病院です。」
 そんなこともわかっていないし、関心がないのかもしれない。
 セックスは子供を作るときだけで良いと言っていた姉が夫のことをただの種だと言っていたように、この男も袋くらいにしか思っていないのだろう。
 幼なじみだった二人はよく互いのことを知っていて、そのまま結婚したのがとても羨ましいと思っていたのに、お互いがお互いを思いやることはないのだろう。
 だから二人の子供は、どこか寂しそうな表情をしていると知加子は思っていた。今度産まれてくる子供も、そうなのかもしれない。
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