夏から始まる

神崎

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澱んだ青

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 雨が弱い間に、梅子は家から出て行った。さすがに今日は男を漁る気にもなれない。だが家にはいたくない。おそらく母親はもう梅子が何かしていることは気がついているだろうから、それを責められるのももう面倒になってきたのだ。
 だがどこに行くわけでもない。結局入ったのは、アーケードの中にあるチェーン化されたカフェだった。お客さんは少ない。甘いコーヒーを頼み、ぼんやりと外を眺めながらたまに携帯電話をみる。メッセージが届き、梅子はそれをしまった。しょっちゅうではないがたまに啓介からのメッセージが来ることもある。通知には心配しているような言葉が書き連ねているが、それが真実なのかはわからないし、話し合いたくもない。
 二学期になると啓介は学校を去る。そうすれば顔を合わせることもない。そうして自然消滅していけばいいのかもしれないが、どうしても誰に抱かれても心のどこかに啓介がいた。
 自分を呼ぶ声も、温かさも、匂いも、全てがまだリアルなのだ。
「……何してんだろう。」
 来年になり、大学生になるのかもしれない。だが状況はきっと変わらない。梅子の体だけを見て近づいてくる男たちを相手にして、女から陰口をたたかれる。羨ましいなら真似をすればいいのに、きっと産婦人科でピルをもらうこと事態も抵抗があるのだろう。
 そのとき携帯電話が鳴った。しまった携帯電話を取り出して、相手を見るとそれは母親だった。
「もしもし?」
 電話に出ると起き抜けの母親の声がした。少ししゃがれているのですぐわかる。
「あなた、今どこにいるの?」
「アーケードの中。」
「あぁ。男といる訳じゃないのね。まぁこんな天気だし、それもそうか。ねぇあなた、中本さんって覚えてる?」
「……あぁ。どっかの芸能事務所の人とか。」
「そう。この近くでなんかの雑誌のグラビアを取ってるらしいんだけど、一人女の子がこの天気で来れなくなったらしいのよ。」
「それが何の関係があるの?」
「近くにあんたがいた鳴って思い出して、良かったら撮影させてくれないかって。」
 その言葉に梅子は一瞬戸惑った。甘いとか、そんな根性ではやっていけないとか、さんざん厳しい言葉を言っていた中本がそんなことをいうのだろうか。
「でもいいの?中本さんって芸能事務所の人って言っても、AVとかイメージとかのタレントばかりでしょう?」
「それだけじゃないわ。ほら。おっさんが読むような週刊誌のグラビアなんかも撮っているのよ。あんた未成年だし、ヌードなんて撮らないわ。」
「母さん撮ってもらえば?」
「イヤよ。同じ撮られる人ってみんな二十代とか十代ばかりよ。肌の張りが全然違うもの。良いならあんたの番号教えておくわ。」
 前に同じようなことがあった。だがアレはヤクザと繋がって、梅子を売ろうとしていたのだ。だが今回は母親が絡んでいる。おそらくそんな真似はしないだろう。
「わかった。教えておいて良いよ。」
「中本さんから連絡がくるわ。ちゃんと挨拶するのよ。この世界礼儀がなってないとすぐに干されるんだから。」
 その世界に行くわけじゃないのに。そう思いながら梅子は電話を切った。相変わらずメッセージの通知はまだある。その大半は梅子の体目当てだ。
「……。」
 そして梅子はそのメッセージを無視して、携帯電話のメモリーを呼び起こす。念のためだった。
 通話ボタンを押したが、武生は出なかった。ため息をついて携帯電話をテーブルに置こうとしたときだった。また電話が鳴る。今度は知らない番号だった。

 武生はすぐに折り返しの電話をしてきた。そして事情を説明すると、笑いながらいう。
「いいんじゃない?その事務所ってたぶんうちとは関係ないところにあるし、うちの学校事後許可でもいけるから、乗れる話には乗っておいた方がいいよ。でも一応明日学校に説明しておいた方がいいかもしれないな。」
「どこに説明するの?」
「あまり進まないかもしれないけれど、吾川先生に言っておいた方がいい。」
 啓介の名前にまた胸が痛んだ。
「そうだね。明日、学校へ行ってみる。」
「……そうしなよ。」
 電話を切ると梅子はいすから立ち上がった。待ち合わせは駅前ではなく、繁華街の公園。駅の方が待ち合わせとしては正しいのかもしれないが、電車が運休していたり遅延していたりして人でごった返しているのだ。
 アーケードを出ると、傘をさして信号を待つ。青になってわたっていくと、チェーン化されている居酒屋とショットバーの間の路地から、数人の男女が出てきた。男の傘に女が入っている。その女に見覚えがあった。
「菊子……。」
 隣は蓮。そしてその後ろを男が二人ついてくるように歩いていく。おそらくバンドとか音楽のたぐいなのだろう。菊子は梅子に気がつかなかったが、幸せそうな顔をしていた。
 自分だって少し前まで幸せだった。目立たないように駅の駐車場で待ち合わせをして、啓介の運転する車の助手席に乗りキスをする。少し前までそうだったのに。
 公園についてしばらくすると、青いRV車が停まった。ナンバーも聞いたものだと思い、梅子はその車に近づいた。すると中で運転していた中本が、助手席を開けてくれる。
「乗りなよ。すごい雨だから。」
「はい。」
 煙草の匂いがする車だった。そして後ろには訳のわからない機材がぎっちりと乗っている。
「助かったよ。この天気じゃ、電車も飛行機も飛ばないし。」
「あの……母から聞いたんですけど、あたしでいいんですか?」
「良いよ。若いし、見栄えのする体をしているし。」
 信号で止まり中本は煙草を取り出した。
「蝶子から聞いてるよ。俺の話を聞いてなんか変わったって。いい傾向だね。あとは自分の気持ち次第だ。」
「気持ち?」
「そう。今日はたまたま君にお鉢が回ってきたけれど、そのチャンスを生かせるかどうか、それから、強い気持ちでいられるかが問われることになる。」
 啓介はいないのだ。そして自分には誰もいないのだ。母親は自分の店が可愛いし、菊子は自分の家の店のことやバンドで忙しいし、武生は女やバイト、そして家のことで色々あるのだろう。頼れるのは自分の体だけだ。
 必要以上に育った胸に感謝をしよう。
「良いよねぇ。ロリータフェイスなのに、エロい体してんだから。」
「昔から言われてました。」
「へぇ。でもまぁ……ごろごろいるからね。若くてエロい体した可愛い子。負けないでよ。」
 せっかくきたチャンスなのだ。きっと今までいた高校生とは全く違う。もっと陰険で、人の足を引っ張ろうとするのだろう。そうはいかない。
 梅子はぐっと膝の上で拳を握りしめた。
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