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秘密
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武生のアドバイスがあって良かったと思う。正直、母から連絡があり、中本の仕事の手伝いをしてくれと言われたとき迷ったのは本音だった。
母が信頼しているのはわかるが、梅子にとって一度しか会ったことのない人で、しかも厳しい言葉を投げかけた人だ。のこのこついて行って、変な薬を飲まされたり、売られたりすることもないとは言えないのだから。だから武生に聞いてみたのだ。
武生も詳しい話はわからなかったが、圭吾や省吾、父親の話からしてその会社名は出たことがない。だからおそらくヤクザとは繋がりがないのだろうと思ったのだ。または、別の組が関わっているのかもしれないが。
「撮影、楽しかったよ。でも厳しかったな。スタイル良くて可愛い子ばっかりだったし。」
「おっさんが見るような雑誌っていってたね。でも十八禁じゃないんでしょ?俺でも見れるかな。」
「やめてよ。恥ずかしい。」
笑いながら梅子は武生と話をしている。その様子を見て、蓮は煙草を消してそろそろ帰ろうかと思っていた。だが知加子の様子が少しおかしい。
「どうした。あんた。」
「何であの子とあんなに仲が良いの?」
やばい。昔の自分と同じ誤解をしている。蓮も学校帰りの武生と菊子が並んで歩いているのを見て嫉妬したのだ。それを知加子もしているのだろう。
「知加子さん。あんた誤解しているのか?」
「誤解?」
「あの二人は幼なじみだそうだ。菊子も含めてな。この界隈は子供が確かに多いが、同じくらいの歳といったらその三人くらいしかいなかったんだろう。」
確かに近い年頃の人はまだいる。だが仲が特別良いわけでもない。何となく気があって、何となくいつも一緒にいるのはこの三人なのだ。
「幼なじみ……。」
「不思議なものだな。男と女が兄弟のように一緒にいるからといっても、恋愛に発展することはないらしい。圭吾、あんたもそうか?」
圭吾も煙草に火をつけかけて、手を止めた。
「そうだな。兄は昔から顔をつきあわせていた傘下の娘を嫁にしたようだが、俺もそれは進められた。だがその気にはなれない。あまりにも近いと妹とか姉のように思えるんだろう。」
だが菊子は久しぶりに会ったとき、大人になったと思った。目の前で武生と梅子が話しているのを見ると、ずいぶん大人びて綺麗になったと思う。
その理由はきっと隣にいる蓮のせいだろう。
「と言うことだ。あまり気にするな。」
「気にするわ。あの子……。」
「お、おい。」
蓮が止めるのを聞かないで、知加子は梅子たちのそばへ足を進めた。
「今晩は。梅子ちゃんっていうの?」
「あ、はい。初めまして。」
忘れているのだろうか。奥歯がぎりっと音を立てた。
「初めましてじゃないわ。」
頭を少し下げた梅子に嫌みを一つ。知加子の様子に武生は少し驚いたように見ていた。いつもと全く違う。笑顔の一つもない。
「え……。」
一番戸惑っているのは梅子だろう。じっと知加子を見る。そして思い出したように、梅子も顔色が悪くなった。
「……あのときの……。」
「そう。あなた、啓介さんをうちの姉からとったんでしょ?」
知加子の姉の美香子は、夏休みに入ったはじめ子供を産んだ。それは奇しくも啓介の娘ではないことは証明されたのだが。
それでも妻が子供が産まれるかもしれない陣痛で苦しんでいるとき、啓介は教え子とセックスをしていたのだ。あのとき啓介を呼びにいったのは知加子。そして梅子は誤魔化すように、生徒と教師を演じていた。
それを知加子が知ったのは、ごく最近。啓介が離婚調停をしたいと封書で美香子に弁護士事務所から資料を送られてきたときにわかったことだった。
「泥棒猫。うちがどうなっているか知らないで、ヘラヘラ笑ってるなんて最低ね。」
「知加子。」
知加子の言葉に梅子は何もいわなかった。それは事実なのだから。確かに美香子がそんな状態だったのに、セックスをしていたのは事実。しかもその場所は気を緩めてしまったのか、啓介夫婦のベッドルームだったのだから、無神経にもほどがある。
「知加子。言い過ぎだよ。」
「言い過ぎ?言い足りないわ。あたしには。武生。あんた黙っておいてよ。関係ないじゃない。」
その言葉にさすがの武生もむっとしたように知加子にいう。
「吾川先生がそんな状態になっているのにも事情があるんだろう?」
その言葉に知加子も言葉を詰まらせた。確かに美香子は啓介の妻でありながら、他の男の子供を二人も産んだ。離婚調停の資料に、医師の見解も同封されていたのを見ると、どうやら啓介の子供である可能性は限りなくゼロに近い。
そして夫婦は表面上良い夫婦を演じながらも、夫婦関係はない。主導権はずっと美香子にあったのだから。それで息が詰まるのも当然だ。
「知加子さん。ごめんなさい。あたし……謝って許されるようなことをしたと思ってないんです。」
「……。」
「あのときは止められなかったし、本気で啓介が好きだったから。」
その言葉に武生も少し違和感を感じた。「だった」というのは過去形だ。まさかこれだけのことをしていて、別れたとでもいうのだろうか。
「梅子さん。まさか啓介さんともう別れたの?」
すると梅子の頬につっと涙がこぼれた。
公園のベンチで梅子は座り、隣には知加子がいた。何かあったら押さえようと武生もその隣に座る。そして少し離れて話が聞こえる程度の所の、灰皿のそばで圭吾と蓮が立っていた。
「ますます怒られるな。」
圭吾はそういってため息をつく。だがそんなことはどうでも良い。あの色欲魔に色目を使われる方も疲れるからだ。いっそ父親にすべて暴露してやろうかとも思う。
「……アレだな。」
蓮は煙草を灰皿に入れて、ため息をつく。
「何だ。」
「誤解が誤解を生んでいる。まぁ……あの梅子って奴もなかなか言葉が足りないし、その男も言葉が足りない。不器用だな。」
「お前は足りているような口調だな。」
「……人のことは言えない。俺だって美咲の話を聞いてやれればもっと上手くやれたかもしれないし、今考えると愛情があったのかもわからないから、傷つかないうちに別れることもできたかもしれない。」
「すべては可能性だ。どっちにしても美咲はまだあと数年は塀の向こうだし、あっちはあっちで上手くやっている。」
「……どういうことだ?」
「あいつはバイセクシャルだからな。女にしてみたら、花園みたいな所なんだろう。」
「……。」
それでも紅子からつたないギターを習い、それからそれを丁寧に教えてくれたのは美咲だった。その辺は恩を感じる。出会わなければ、バンドで音楽を奏でようとは思わなかっただろう。
「何ですって?」
急に知加子の声が大きくなった。その様子に酔っぱらっていた男たちも、なんだなんだと振り返る。
「すいませーん、何でもないでーす。」
武生はそういうと、また行き交う人たちは元の道に戻る。
「他に女がいるっていうの?」
「はい。母さんが見たって。」
その言葉に啓介は心の中で笑った。まだあの話が生きているとは思わなかったからだ。
母が信頼しているのはわかるが、梅子にとって一度しか会ったことのない人で、しかも厳しい言葉を投げかけた人だ。のこのこついて行って、変な薬を飲まされたり、売られたりすることもないとは言えないのだから。だから武生に聞いてみたのだ。
武生も詳しい話はわからなかったが、圭吾や省吾、父親の話からしてその会社名は出たことがない。だからおそらくヤクザとは繋がりがないのだろうと思ったのだ。または、別の組が関わっているのかもしれないが。
「撮影、楽しかったよ。でも厳しかったな。スタイル良くて可愛い子ばっかりだったし。」
「おっさんが見るような雑誌っていってたね。でも十八禁じゃないんでしょ?俺でも見れるかな。」
「やめてよ。恥ずかしい。」
笑いながら梅子は武生と話をしている。その様子を見て、蓮は煙草を消してそろそろ帰ろうかと思っていた。だが知加子の様子が少しおかしい。
「どうした。あんた。」
「何であの子とあんなに仲が良いの?」
やばい。昔の自分と同じ誤解をしている。蓮も学校帰りの武生と菊子が並んで歩いているのを見て嫉妬したのだ。それを知加子もしているのだろう。
「知加子さん。あんた誤解しているのか?」
「誤解?」
「あの二人は幼なじみだそうだ。菊子も含めてな。この界隈は子供が確かに多いが、同じくらいの歳といったらその三人くらいしかいなかったんだろう。」
確かに近い年頃の人はまだいる。だが仲が特別良いわけでもない。何となく気があって、何となくいつも一緒にいるのはこの三人なのだ。
「幼なじみ……。」
「不思議なものだな。男と女が兄弟のように一緒にいるからといっても、恋愛に発展することはないらしい。圭吾、あんたもそうか?」
圭吾も煙草に火をつけかけて、手を止めた。
「そうだな。兄は昔から顔をつきあわせていた傘下の娘を嫁にしたようだが、俺もそれは進められた。だがその気にはなれない。あまりにも近いと妹とか姉のように思えるんだろう。」
だが菊子は久しぶりに会ったとき、大人になったと思った。目の前で武生と梅子が話しているのを見ると、ずいぶん大人びて綺麗になったと思う。
その理由はきっと隣にいる蓮のせいだろう。
「と言うことだ。あまり気にするな。」
「気にするわ。あの子……。」
「お、おい。」
蓮が止めるのを聞かないで、知加子は梅子たちのそばへ足を進めた。
「今晩は。梅子ちゃんっていうの?」
「あ、はい。初めまして。」
忘れているのだろうか。奥歯がぎりっと音を立てた。
「初めましてじゃないわ。」
頭を少し下げた梅子に嫌みを一つ。知加子の様子に武生は少し驚いたように見ていた。いつもと全く違う。笑顔の一つもない。
「え……。」
一番戸惑っているのは梅子だろう。じっと知加子を見る。そして思い出したように、梅子も顔色が悪くなった。
「……あのときの……。」
「そう。あなた、啓介さんをうちの姉からとったんでしょ?」
知加子の姉の美香子は、夏休みに入ったはじめ子供を産んだ。それは奇しくも啓介の娘ではないことは証明されたのだが。
それでも妻が子供が産まれるかもしれない陣痛で苦しんでいるとき、啓介は教え子とセックスをしていたのだ。あのとき啓介を呼びにいったのは知加子。そして梅子は誤魔化すように、生徒と教師を演じていた。
それを知加子が知ったのは、ごく最近。啓介が離婚調停をしたいと封書で美香子に弁護士事務所から資料を送られてきたときにわかったことだった。
「泥棒猫。うちがどうなっているか知らないで、ヘラヘラ笑ってるなんて最低ね。」
「知加子。」
知加子の言葉に梅子は何もいわなかった。それは事実なのだから。確かに美香子がそんな状態だったのに、セックスをしていたのは事実。しかもその場所は気を緩めてしまったのか、啓介夫婦のベッドルームだったのだから、無神経にもほどがある。
「知加子。言い過ぎだよ。」
「言い過ぎ?言い足りないわ。あたしには。武生。あんた黙っておいてよ。関係ないじゃない。」
その言葉にさすがの武生もむっとしたように知加子にいう。
「吾川先生がそんな状態になっているのにも事情があるんだろう?」
その言葉に知加子も言葉を詰まらせた。確かに美香子は啓介の妻でありながら、他の男の子供を二人も産んだ。離婚調停の資料に、医師の見解も同封されていたのを見ると、どうやら啓介の子供である可能性は限りなくゼロに近い。
そして夫婦は表面上良い夫婦を演じながらも、夫婦関係はない。主導権はずっと美香子にあったのだから。それで息が詰まるのも当然だ。
「知加子さん。ごめんなさい。あたし……謝って許されるようなことをしたと思ってないんです。」
「……。」
「あのときは止められなかったし、本気で啓介が好きだったから。」
その言葉に武生も少し違和感を感じた。「だった」というのは過去形だ。まさかこれだけのことをしていて、別れたとでもいうのだろうか。
「梅子さん。まさか啓介さんともう別れたの?」
すると梅子の頬につっと涙がこぼれた。
公園のベンチで梅子は座り、隣には知加子がいた。何かあったら押さえようと武生もその隣に座る。そして少し離れて話が聞こえる程度の所の、灰皿のそばで圭吾と蓮が立っていた。
「ますます怒られるな。」
圭吾はそういってため息をつく。だがそんなことはどうでも良い。あの色欲魔に色目を使われる方も疲れるからだ。いっそ父親にすべて暴露してやろうかとも思う。
「……アレだな。」
蓮は煙草を灰皿に入れて、ため息をつく。
「何だ。」
「誤解が誤解を生んでいる。まぁ……あの梅子って奴もなかなか言葉が足りないし、その男も言葉が足りない。不器用だな。」
「お前は足りているような口調だな。」
「……人のことは言えない。俺だって美咲の話を聞いてやれればもっと上手くやれたかもしれないし、今考えると愛情があったのかもわからないから、傷つかないうちに別れることもできたかもしれない。」
「すべては可能性だ。どっちにしても美咲はまだあと数年は塀の向こうだし、あっちはあっちで上手くやっている。」
「……どういうことだ?」
「あいつはバイセクシャルだからな。女にしてみたら、花園みたいな所なんだろう。」
「……。」
それでも紅子からつたないギターを習い、それからそれを丁寧に教えてくれたのは美咲だった。その辺は恩を感じる。出会わなければ、バンドで音楽を奏でようとは思わなかっただろう。
「何ですって?」
急に知加子の声が大きくなった。その様子に酔っぱらっていた男たちも、なんだなんだと振り返る。
「すいませーん、何でもないでーす。」
武生はそういうと、また行き交う人たちは元の道に戻る。
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