夏から始まる

神崎

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秘密

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 夜が明けて、菊子は店の表の掃除をしていた。大将と皐月は港へ行き、市場に顔を出す。波は少し時化っているが魚は穫れるだろう。他の野菜や肉も昨日が休みだっただけに何かあるかもしれないと、行ってしまったのだ。
 葵はその間厨房の掃除をする。一日経てばほこりが立つからだ。女将は中の掃除をしている。
 ゴミ袋が足りそうにない。菊子はそう思いながら、飛んできたゴミ焼きの枝をゴミ袋に詰めていた。まだ駐車場にも手が届いていないのに、ずいぶん飛んできたものだ。
 そこへ一台の車が菊子の隣に停まる。真っ赤な車であまり見たことのない車だ。おそらく外国のモノだろう。だがあまり手入れをされていないらしく、ドアの部分が所々へこんでいた。
「よう。」
 それは棗だった。
「棗さん。おはようございます。」
 車なんて持っていたのか。そう思いながら、菊子はそれを見ていた。
「昨日は世話になったな。」
「いいえ。こちらこそ。今日はこんなに朝早くからどうしました?」
「大将はいる?」
「大将はまだ仕入れから帰ってきていません……。あ……。」
 見覚えのある軽トラックが向こうから走ってきた。運転しているのは皐月だ。軽トラックは駐車場に停まると、皐月が仕入れたモノを店の裏口の横にある直接厨房には行る入り口から、食材を入れだした。
「お帰りなさい。」
「うん。ただいま。」
 大将の表情は浮かない。やはりあまり海の状態は良くなかったらしく、大したモノがなかったようだ。
「海が一掃されたようだったな。おや。君は……。」
 その赤い車から降りてきた棗に、大将も目が止まったらしい。
「お久しぶりです。」
「どうした。今日はこんな朝早くから。」
「知り合いが、アナゴを送ってきたんですよ。アナゴは足が早いから、うちの店でも今日は出すけど余るなと思って。」
「わざわざ持ってきてくれたのか。」
 赤い車のトランクから、発泡スチロールを取り出して中身を見せる。すると大将は驚いたように棗をみた。
「こんなにあるのか。」
「えぇ。これでも半分です。あまりすすまないけど冷凍するしかないかなと思ってて。」
「確かに味は落ちるが、煮穴子にも出来る。あぁ。今日のメインが決まった。嵐の後でろくな食材がなかったので助かったな。いくら払えばいい?」
「入り値で良いですよ。」
「しかしそれではあんまりだろう。女将を呼んでくるからちょっと待っていろ。」
 さっきとは打って変わって上機嫌になった。そしてその発泡スチロールを抱えて店の中に入っていく。
「……本当に知り合いが?」
 すると棗は笑いながら菊子をみる。
「俺を何だって思ってんだ。俺も顔が広いからな。」
「……そうなんですか。わざわざどうも。」
 そう言ってまたゴミを袋に入れ始めた。すると棗はかがんでいる菊子の後ろに立ち、耳元で囁く。
「朝の仕事が終わったらどっか行こうぜ。」
 本当はそれが目的に違いない。だが菊子は首を横に振る。
「いやです。」
「せっかく車で来てんだからさ、店が始まるまでには帰すし。」
「棗さんのどっかは一つしかないからいやです。」
「わかってるな。」
 頭をくしゃっと撫でられた。その行動が蓮に似ていて、とてもいやだった。
「棗さん。」
 店から女将が出てきた。今日はいつもの和服ではなく、動きやすいようにズボンとシャツを身につけている。
「朝御飯は食べました?」
「いいや。この後こっちの市場に行って、何か食おうかと思ってて。」
「今日は時化ってて、あまり良い魚もいなかったみたいですよ。よろしかったらうちで食べませんか。」
「いいんですか?」
「えぇ。一人増えても一緒ですし、たまには蓮さんも食べることもありますからね。」
 蓮の名前をわざと出した気がする。女将はまだ棗に良い気持ちを持っていないらしい。出来れば繋がりを持ちたくないと思っているのだ。
 だが棗はそんなことを気にしていない。嬉しそうに車に乗り込むと駐車場に車を停めた。その様子にやはり女将は呆れたように棗を見ていた。そして菊子にまた視線を落とす。
「菊子さん。」
「はい。」
「あまり流されてはいけませんよ。心に決めた人がいるんだったら、しっかりと断りなさい。」
「断ってるんですけどね。はっきりと。」
「……。」
「でも良い機会になりました。少し考えていることもあるし、はっきりと言います。」
「その調子ですよ。夫になる人の迷惑をあまりかけてはいけませんから。」
 夫という言葉に、菊子は少し顔を赤らめた。女将の頭の中では毛根ヤクでもしているような口調なのだろうか。
 まだ知り合って二ヶ月も経っていない。高校を卒業するまで半年もあるのに、こんなに早くすべてが決まって良いのだろうか。

 食事を終えると、夕方まで自由な時間になる。菊子はその間、本でも読もうかと部屋に戻ろうとした。そのあとを棗が継いてくる。
「なぁ。菊子。ちょっと出ようぜ。」
「何でですか?」
「見せたいモノがあるんだよ。」
 いぶかしげに棗をみる。
「……車ならさっきみましたけど。」
「じゃねぇよ。お前のためになると思うぜ。」
 その言葉は少し気になった。だが二人っきりになれば、絶対この男は何かしてくる。そう思えて、首を横に振った。
「いやです。課題が残ってるし。」
「何?手伝ってやろうか?」
「読書感想文だけ。」
「んなもん。ぱっぱって書いてしまえよ。なぁ。行こうぜ。」
 菊子が嫌がっている様子に、思わず皐月が声をかける。
「どこに行こうと思ってるんですか?」
「おー。あんた、そう言えば元ホストって言ってたっけ。」
「はい。」
「だったらさ、西川辰雄って知ってる?」
「あ……知ってるって言うか……有名な人じゃないですか。」
 その言葉に皐月は驚いたように棗をみる。
「誰ですか?」
「元ホストで、帝王って言われてた人ですよ。でも三十の誕生日に引退して、今は田舎に引きこもってるとか。」
「そう。久しぶりに車出したしさ、ここからそう遠くねぇし、こいつを連れていってもいいんじゃないかって思って。」
「田舎に引きこもった元ホストが珍しいですか?」
 いぶかしげに菊子が聞くと、棗は少し笑いながら言った。
「辰雄さんは今、鶏しているみたいですよね。」
「そう。卵と、鶏肉。それももらいに行きたい。」
「……悪くないですよね。うちも仕入れられたらいいかもしれないし……大将に相談してみましょうか。」
 もう行くことが前提らしい。皐月はリビングの方へ行くと、大将に話をしに行った。
「そんなに美味しいんですか?」
「都会じゃ、普通の鶏肉の倍の価格だって言ってるし、卵は一つ百円らしい。」
「一パック百円じゃなくて?」
「一つ。」
 高級品だ。それは確かに気になる。だが棗と一緒なのか。それだけが少しいやだと思っていた。
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