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真実
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今でも夢に見る。あの小さな店に二人でいたこと。だが武生はそんな知加子の綺麗なところだけを見ていたのだ。
海外へ行ってその綺麗なものを仕入れたい。それをこの国の人に知って貰いたい。手にとって貰いたい。口ではそういっていたが、結局海外へ出る理由はそれだけではなかったのだ。
目を覚ますと現実が待っている。知加子の店はもう無くなり、下宿屋のようなアパートもいつも通りの日常を取り戻していた。武生を知っている住人たちは、武生を見ると気まずそうに視線を逸らす。武生もまた薬をしていたのではないかと疑惑をもたれていたのだ。
だが武生にはいっさいそんな痕跡がなかった。知らなかったのだから当然かもしれない。
そんな毎日でも武生は勉強をしていた。知加子に出会ったのは自分にとってマイナスではないと言い聞かせるように、目指す大学へ進学するために勉強を繰り返していたのだ。
学校の図書館は、冷房が効いている。そこで武生は辞書を片手にその問題を解いていた。
「……。」
図書館のドアが開く。そこに入ってきたのは、啓介だった。あと数日で啓介は子の学校を去る。引継のために学校へ来ていたのだ。
「村上。」
声をかけると、武生は啓介を見上げた。
「あぁ。先生。」
「もう先生じゃなくなるけどな。」
啓介は武生がしている英語の問題を見て、ふと笑った。
「ここが間違っている。」
「え?」
指さして、啓介はそれを指摘した。英語は範囲外だと思っていたのに、どうして教えてくれるのだろう。
「ここではtoではなくasだろう。」
「あぁ……そうか。」
消しゴムで消して、書き直した。
「……先生、学校辞めるって言ってたっけ。」
「あぁ。世間的にはどうしようもない教師だろう?」
教え子に手を出して、妻と離婚したどうしようもない教師だ。拾ってくれるところがあって良かった。」
「……そうかな。」
「村上はそう思わないのか。」
「不倫が良いとは思わないし、教え子に手を出しているのも良いとは思えない。だけど男と女だし、若い教師だったら俺らと五個くらいしか変わらないもん。一緒の部屋にいたらどうにもならないのが普通じゃないよ。」
梅子の場合は、その体を強調するようなところがある。惜しげもなく足をさらしたり、もう少しで下着が見えそうなくらいブラウスのボタンをはずしていることもあるのだ。男ならそれに触れたいと思うだろう。
「村上は手を出していなかっただろう。」
「興味なかった。俺、他に好きな人もいたし。」
「……。」
「好きな人の前では、そういうのってただの肉だよ。」
海へ行った。そのとき菊子と一緒に、水着の梅子をみた。だが本当に何も思わなかった。おそらくスクール水着でもそんなことを思わないだろう。
「だったら俺は節操ないか。」
「そうかもね。」
「はっきり言うな。」
「でも、梅子はまだ先生のこと好きだと思うよ。好きじゃないなら、多分誰とセックスしても同じと思ってる。また今は男を絶ってるみたいだし。」
すると啓介は少しため息を付いた。
好きなのだ。だからまた体を合わせた。くっついては離れて、またくっついて。それを繰り返した夏だった。
学校を出ると、啓介はその学校を見上げた。大きな学校ではなかったが、やっと三年生を担任できるようになった矢先のことだったからそのショックがないとは言い切れない。
だが後悔はなかった。
啓介自身も教師というやり方に少し疑問を持っていたところもある。私立ではないにしろ、子の学校にもやはり贔屓や偏見の目はあった。だから梅子が教師や生徒に好きにされても何も言われなかったところがある。
元AV女優の娘だから、だから誰とでもさせるんだ。
そんな噂が飛び交っていたのを、啓介も無力だと思いながらも見て見ぬ振りしかできなかった。
塾になれば話は違う。成績を伸ばすための場所であり、伸びなければ辞めていく。少し強引な手を使ってでも生徒をやる気にさせなければいけないのだ。
こっちの方が性に合っているかもしれない。啓介はそう思いながら、今度はアーケードの方へ足を運ぶ。
アーケードは塾へ行く高校生。買い物をするおばさん、仕事帰りのサラリーマンなどがいた。その中に啓介がいるのはごく自然だった。
だがスーパーの側に来て足を止める。その奥には、知加子の店があったはずだ。足を何度か運んだこともあったが、店先にある銅製の風見鶏が印象的だった。もちろん美香子が来たことはない。
美香子は潔癖で、泥や砂にまみれた雑貨を手に取ろうと思ったことはなかったのだ。
ふとそのとき、その店の前にトラックが止まっていた。もう誰かが入るのかと思っていたが、そこには美香子の姿があった。
「美香子。」
思わず声をかけてしまった。すると美香子も驚いたように啓介を見ていた。
「啓介。どうしたの?こんなところで。」
「こっちのせりふだ。子供はどうしたんだ。」
「お父さんたちが面倒見てる。あ、書類ってこれで良いですか?」
トラックの運転手にボードに挟んだ紙を手渡すと、三枚目の書類を美香子に手渡す。
「これで結構ですよ。どうも、ありがとうございました。」
そういってトラックの運転手はそれに乗り込むと、行ってしまった。
「何だ?」
「知加子の店の解約書。サインが欲しいって言うから、足を運んだのよ。」
「あぁ……。そういうことか。」
「……もうあなたには関係ないことでしょ?」
美香子はそういって鞄を持ち直した。
「がらくたが多くて、処分に困ったわ。」
「……がらくた?」
「あたしピアスとか装飾品は嫌いだし、お香の匂いも苦手。麻の衣類をよく知加子は着てたみたいだけど、ごわごわするじゃない。」
「……お前らしいよ。でも、子供たちはその国からやってきた男の子供だろう。」
「気の迷いでしょ。あいつ離婚を迫られたって言ったら、さっさの国に帰ったもの。自分の婚約者と結婚する気なのよ。」
「美香子。」
「この国のことはなかったことにして、自分の国で堅実な男を演じるのかしら。あなただってそう思ってたのに。」
男を見る目がない。美香子は啓介から離婚を切り出されたときからずっとそう思っていた。だが啓介に言わせればそれは違う。
「美香子。それは見る目がないんじゃない。自分が駄目にしているんだ。」
「あたしが?」
「お前は実際にその国を見ようともしないで、テレビやインターネットの情報だけで「汚い」とか「臭い」とか言っている。それを聞いたらあっちも良い気持ちはしないだろう。彼にとって育ったところはそこなんだから。」
「……。」
「一度行ってみたらどうだろうか。どっちにしても、そっちの子供をあっちの家族に会わせた方がいいだろう。」
「いやよ。」
「美香子。」
「あたし一人で育てるって決意したのよ。それが崩れそうになるような真似したくない。」
美香子もまた意地になっている。それが知加子によく似ていた。
海外へ行ってその綺麗なものを仕入れたい。それをこの国の人に知って貰いたい。手にとって貰いたい。口ではそういっていたが、結局海外へ出る理由はそれだけではなかったのだ。
目を覚ますと現実が待っている。知加子の店はもう無くなり、下宿屋のようなアパートもいつも通りの日常を取り戻していた。武生を知っている住人たちは、武生を見ると気まずそうに視線を逸らす。武生もまた薬をしていたのではないかと疑惑をもたれていたのだ。
だが武生にはいっさいそんな痕跡がなかった。知らなかったのだから当然かもしれない。
そんな毎日でも武生は勉強をしていた。知加子に出会ったのは自分にとってマイナスではないと言い聞かせるように、目指す大学へ進学するために勉強を繰り返していたのだ。
学校の図書館は、冷房が効いている。そこで武生は辞書を片手にその問題を解いていた。
「……。」
図書館のドアが開く。そこに入ってきたのは、啓介だった。あと数日で啓介は子の学校を去る。引継のために学校へ来ていたのだ。
「村上。」
声をかけると、武生は啓介を見上げた。
「あぁ。先生。」
「もう先生じゃなくなるけどな。」
啓介は武生がしている英語の問題を見て、ふと笑った。
「ここが間違っている。」
「え?」
指さして、啓介はそれを指摘した。英語は範囲外だと思っていたのに、どうして教えてくれるのだろう。
「ここではtoではなくasだろう。」
「あぁ……そうか。」
消しゴムで消して、書き直した。
「……先生、学校辞めるって言ってたっけ。」
「あぁ。世間的にはどうしようもない教師だろう?」
教え子に手を出して、妻と離婚したどうしようもない教師だ。拾ってくれるところがあって良かった。」
「……そうかな。」
「村上はそう思わないのか。」
「不倫が良いとは思わないし、教え子に手を出しているのも良いとは思えない。だけど男と女だし、若い教師だったら俺らと五個くらいしか変わらないもん。一緒の部屋にいたらどうにもならないのが普通じゃないよ。」
梅子の場合は、その体を強調するようなところがある。惜しげもなく足をさらしたり、もう少しで下着が見えそうなくらいブラウスのボタンをはずしていることもあるのだ。男ならそれに触れたいと思うだろう。
「村上は手を出していなかっただろう。」
「興味なかった。俺、他に好きな人もいたし。」
「……。」
「好きな人の前では、そういうのってただの肉だよ。」
海へ行った。そのとき菊子と一緒に、水着の梅子をみた。だが本当に何も思わなかった。おそらくスクール水着でもそんなことを思わないだろう。
「だったら俺は節操ないか。」
「そうかもね。」
「はっきり言うな。」
「でも、梅子はまだ先生のこと好きだと思うよ。好きじゃないなら、多分誰とセックスしても同じと思ってる。また今は男を絶ってるみたいだし。」
すると啓介は少しため息を付いた。
好きなのだ。だからまた体を合わせた。くっついては離れて、またくっついて。それを繰り返した夏だった。
学校を出ると、啓介はその学校を見上げた。大きな学校ではなかったが、やっと三年生を担任できるようになった矢先のことだったからそのショックがないとは言い切れない。
だが後悔はなかった。
啓介自身も教師というやり方に少し疑問を持っていたところもある。私立ではないにしろ、子の学校にもやはり贔屓や偏見の目はあった。だから梅子が教師や生徒に好きにされても何も言われなかったところがある。
元AV女優の娘だから、だから誰とでもさせるんだ。
そんな噂が飛び交っていたのを、啓介も無力だと思いながらも見て見ぬ振りしかできなかった。
塾になれば話は違う。成績を伸ばすための場所であり、伸びなければ辞めていく。少し強引な手を使ってでも生徒をやる気にさせなければいけないのだ。
こっちの方が性に合っているかもしれない。啓介はそう思いながら、今度はアーケードの方へ足を運ぶ。
アーケードは塾へ行く高校生。買い物をするおばさん、仕事帰りのサラリーマンなどがいた。その中に啓介がいるのはごく自然だった。
だがスーパーの側に来て足を止める。その奥には、知加子の店があったはずだ。足を何度か運んだこともあったが、店先にある銅製の風見鶏が印象的だった。もちろん美香子が来たことはない。
美香子は潔癖で、泥や砂にまみれた雑貨を手に取ろうと思ったことはなかったのだ。
ふとそのとき、その店の前にトラックが止まっていた。もう誰かが入るのかと思っていたが、そこには美香子の姿があった。
「美香子。」
思わず声をかけてしまった。すると美香子も驚いたように啓介を見ていた。
「啓介。どうしたの?こんなところで。」
「こっちのせりふだ。子供はどうしたんだ。」
「お父さんたちが面倒見てる。あ、書類ってこれで良いですか?」
トラックの運転手にボードに挟んだ紙を手渡すと、三枚目の書類を美香子に手渡す。
「これで結構ですよ。どうも、ありがとうございました。」
そういってトラックの運転手はそれに乗り込むと、行ってしまった。
「何だ?」
「知加子の店の解約書。サインが欲しいって言うから、足を運んだのよ。」
「あぁ……。そういうことか。」
「……もうあなたには関係ないことでしょ?」
美香子はそういって鞄を持ち直した。
「がらくたが多くて、処分に困ったわ。」
「……がらくた?」
「あたしピアスとか装飾品は嫌いだし、お香の匂いも苦手。麻の衣類をよく知加子は着てたみたいだけど、ごわごわするじゃない。」
「……お前らしいよ。でも、子供たちはその国からやってきた男の子供だろう。」
「気の迷いでしょ。あいつ離婚を迫られたって言ったら、さっさの国に帰ったもの。自分の婚約者と結婚する気なのよ。」
「美香子。」
「この国のことはなかったことにして、自分の国で堅実な男を演じるのかしら。あなただってそう思ってたのに。」
男を見る目がない。美香子は啓介から離婚を切り出されたときからずっとそう思っていた。だが啓介に言わせればそれは違う。
「美香子。それは見る目がないんじゃない。自分が駄目にしているんだ。」
「あたしが?」
「お前は実際にその国を見ようともしないで、テレビやインターネットの情報だけで「汚い」とか「臭い」とか言っている。それを聞いたらあっちも良い気持ちはしないだろう。彼にとって育ったところはそこなんだから。」
「……。」
「一度行ってみたらどうだろうか。どっちにしても、そっちの子供をあっちの家族に会わせた方がいいだろう。」
「いやよ。」
「美香子。」
「あたし一人で育てるって決意したのよ。それが崩れそうになるような真似したくない。」
美香子もまた意地になっている。それが知加子によく似ていた。
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