守るべきモノ

神崎

文字の大きさ
58 / 384
逢引

58

しおりを挟む
 打ち合わせが少し長くなってしまった。そう思いながら、伊織は駅へ向かっている。今日は、倫子が取材へ行くと言っていた。そして春樹は休みで、おそらく奥さんのところへ言っていたのだろう。二人が一緒にいることはない。そう思っていたが、それは口だけかもしれない。
 作家のために何でもすると言っていたのだ。それは、体を重ねることも含まれるのだろうか。そう思うと、やるせない気分になる。自分だって倫子に出来ることがあればやりたい。だがキスが精一杯だ。どうしても昔のことを思い出してしまう。
 そう思いながら、伊織は改札口を通ろうとしていた。そのとき後ろから声をかけられる。
「伊織。」
 そこには泉の姿があった。泉の手には何かチラシのようなものが握られている。
「今帰り?」
「うん。珍しいね。伊織、今日遅かったの?」
「打ち合わせが長くなったんだ。」
 ケーキ屋のホームページを更新したいと、そのうち合わせを泉はしていたのだ。泉が手がけたホームページは評判が良くて、ネット注文も多くなったとクライアントは言う。
「「book cafe」のページも、変わるって言ってたな。あの男が作った奴を全面に出したいんだって。」
 口調が苦々しい。高柳鈴音のことだろう。まだ泉は根に持っているのだ。ずっと夜遅くまで頑張って開発していたのに、いきなり別の人にお株を取られたのだ。気持ちはわからないでもない。
「名前が売れている方がいいに決まってるけど、あまりにも露骨だよね。まぁ……いきなり仕事を受けた理由はわかるけど。」
「え?何で?」
 電車のホームで二人は電車を待っていると、伊織は少しため息をついた。
「高柳鈴音って、うちの同期の兄らしいよ。」
「えぇっ?そんな有名人がお兄さんなの?」
 明日菜の兄であるらしい。明日菜から、「book cafe」につとめている泉のことを聞いたのだろう。そしてその泉が倫子や伊織と同居していること。
 おそらくそれがきっかけだ。
「逆恨みかなぁ。」
「かもしれない。俺も、倫子と同居していることを同期に知られて、ひいきだって言われたし。」
「でも、伊織って家で仕事しているの見たことないと思ってたけど。」
「そういわれるのがイヤだから。」
 伊織にもプライドがある。そんなことで選ばれたくないと思っているのだろう。
「そっか……。偉いね。あたしなら、倫子にどんな話かって聞いちゃうな。」
 泉はそういって少し笑った。少し気が晴れたのかもしれない。
「今日は、春樹さんと倫子が食事を作ってくれているらしい。」
「魚よ。島に行くって言ってたもん。」
 倫子はあまり台所に立っているところを見たことがない。春樹も帰りが遅いことも多いのであまり見たことはないが、一人暮らしが長かった春樹はきっと何でも出来る。そしてその隣に倫子がいる。それだけで少しいらついてくるようだ。
「フライとかじゃなきゃいいんだけど。」
「確かに。この時間からは胃もたれするよね。」
 電車がやってきて、二人はその電車に乗る。空いている車内には、カップルなんかもいるようだ。手を繋ぎ合って見つめている。きっとこのあと、部屋に戻るかホテルにでも行くのだ。どちらにしてもセックスをする。
 泉たちもそう見えるのだろうか。そう思うと、泉の頬が少し赤くなる。
「あ、ねぇ。伊織。チョコレート食べない?」
「チョコ?」
「昼に食べようと思ったんだけど、食べそびれちゃって。」
 夏でも溶けないタイプのチョコレートだ。かるっているリュックから、チョコレートを取り出して伊織に手渡す。するとその様子を見ていた女同士の団体が、耳打ちして少し笑う。
「何?」
「……。」
 泉は男の子に見えないこともない。そして伊織も男らしさとは無縁だ。端から見るとゲイのカップルにでも見えたのだろう。それがわかって泉は少し暗い表情になる。
「気にしないで。」
 伊織はそういって泉を元気づけた。
「俺、泉は誰よりも女らしいと思うよ。倫子の方が男勝りだ。」
「倫子の方がおっぱいも大きいじゃん。」
「胸の大きさなんか気になるの?」
「当たり前じゃん。」
 口を尖らせて、泉はチョコレートを一粒口に入れた。
「無いよりはあった方がいいでしょ?」
「そうかな。俺はあまり気にしないけど。っていうか、泉が女らしいってのは外見の話じゃないよ。」
「え?」
「貞淑だと思う。そっちの方が俺にとっては重要だな。」
 その言葉に泉は少しうつむいた。そして窓の向こうの流れる景色を見ながら言う。
「お母さんがね。」
「うん?」
「女の子は、結婚するまで簡単に手を出されるものじゃないって言っていたの。」
「……そうだね。そういう考えもある。」
 食事のために体を売る人が多かった伊織にとっては、それは宗教上の制限だろうかということくらいしかわからない。
「でもお母さんは、不倫してたの。お母さんが言い出したことなのにね。」
「……許せない?」
「許せる、許せないってことじゃないの。もういないから。」
 そのとき泉の携帯電話にメッセージが届いた。それを見て、泉は少し笑う。
「どうしたの?」
「倫子から。食事は用意してあるから、食べてって。」
「どこかへ行ってるの?」
「えぇ。またどっかふらって出掛けたんだと思うわ。」
 すると今度は、泉の携帯電話にメッセージが入った。そこには春樹からのメッセージだった。
「こっちは春樹さんからだ。」
「どうしたの?」
「担当作家のところへ行ってくるから、帰っても誰もいないかもって。」
 二人は別々に行動している。なのにそれが計算の上での行動と思えて仕方がない。
「二人とも忙しいね。春樹さんなんて、昨日までずっと寝てなかったみたいなのに。」
 泉は何も感じていないのだろうか。または、こういうことがあっても見て見ぬ振りをしているのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。

会社員の青年と清掃員の老婆の超越した愛

MisakiNonagase
恋愛
二十六歳のレンが働くオフィスビルには、清掃員として七十歳のカズコも従事している。カズコは愛嬌のある笑顔と真面目な仕事ぶりで誰からも好かれていた。ある日の仕事帰りにレンがよく行く立ち飲み屋に入ると、カズコもいた。清掃員の青い作業服姿しか見たことのなかったレンは、ごく普通の装いだったがカズコの姿が輝いて見えた。それから少しづつ話すようになり、二人は年の差を越えて恋を育んでいくストーリーです。不倫は情事かもしれないが、この二人には情状という言葉がふさわしい。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

処理中です...