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取材
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駅を降りて自転車置き場へ向かい、自分の自転車の鍵をはずす。そしてそれに乗ろうとしたときだった。
「泉。」
声をかけられて振り返った。そこには伊織の姿があったのだ。
「今帰り?遅くない?」
「今度の仕事先の人と打ち合わせが長くなってさ。」
やはりチョコレートを全面に押したデザートを作るらしい。その形や味を教えてもらってアイデアを固めていたのだ。正直、この会社とはあまりつきあいは持ちたくない。パティシエはともかくとして、その助手の女性が伊織にずっと近づいてくるのだ。
「へぇ。いいじゃない。誘いに乗っちゃえば?」
「イヤだよ。ぐいぐい来る女性は苦手なんだ。」
「追う方が良い?」
きっと泉は倫子のことが好きなのだろう。最近ずっとそう思ってやるせない。夏に電車の中で抱きしめられるかというくらい近くに来て以来、伊織を男として意識しているのに伊織はこちらを振り返らない。そして作品にわき目をふることもない倫子ばかりを追っているのだ。
「大人しく見えるからかな。そういう女性ばかりだった。」
「モテるってことよね。嫌みか。」
「そうじゃないよ。」
伊織は少し笑って、泉の隣を歩く。
「泉もモテるでしょ?」
「いいや。全然。この間、五歳くらいの男の子から結婚してって言われたけど、それくらいしかないわ。」
「子供に好かれるんだね。」
「子供は好きよ。正直だから。」
今日、本社へ行ってクリスマススイーツの案を、高柳鈴音と話をした。デザートのプロらしく、どうしたら見栄えが良いか、なにを加えたら美味しくなるのか、コーヒーにも紅茶にも合うように計算されたデザートは、きっと評判になるだろう。あんなデザートを考えた人と同一人物に見えない。
「この時間から食事を作るの面倒だな。何か買って帰ろうかな。」
「あぁ、今日は倫子が出掛ける前にカレーを仕込んでおいたって言ってたよ。」
「カレー?」
「倫子のカレー美味しいよ。あまり辛くないけど、だいたい牛すじ使っててさ。」
「そうなんだ。連絡してきたの?」
「ううん。うちの店で対談してた。作家のさ、荒田夕と。」
「チャラそうな人だよね。」
「高柳鈴音さんとは、大学の時からの友人だったんですって。たまたま一緒になって、なんだかんだ話をしてたわ。」
倫子がまっすぐに鈴音に言ってくれて良かった。怖いモノ知らずというのだろうか。きっと立場を考えると、礼二も泉も鈴音にたてつくことは出来なかっただろうから。
「それって春樹さんも一緒?」
「当たり前じゃない。担当編集者が二人いたよ。」
だったらそのあと、なんだかんだで会っているだろう。そのあと二人でどこかへ消えてもわからない。もやもやする。
「倫子はさ、春樹さんに相当頼っているよね。」
「まぁ、倫子を見つけたのは春樹さんの奥さんだし。」
「……それだけなのかな。」
「何で?」
きっと泉は想像もしていない。倫子と春樹がずっと寝ていること。それが小説のためだといいわけをして。
「作品のために春樹さんも倫子のために尽くしているみたいだから。もし、奥さんが元気な状態でもそれくらいするモノなのかな。」
「あのね、伊織。」
泉は少し足を止めていった。
「春樹さんと倫子が何かあるってのは、妙な勘ぐりだと思う。小説を生み出すって、超大変なんだよ。映画みたいに脚本家がいて、監督がいて、役者がいて、っていうのを全部一人でしないといけないの。だからアドバイスをしたり、時には自分のネタを提供することもあるんだって。」
「……。」
「作家と編集者は二人三脚でしないといけないの。だから親しすぎるって伊織は思うのかもしれないけれど、きっと春樹さんは担当している作家みんなにそうしてる。」
だったらネタのために、どの作家とも寝ているのだろうか。イヤ違う。倫子だから寝てるのだ。そう喉まで出かけて、伊織はそれをぐっとこらえて泉に言う。
「そうなんだね。ごめん。変なことを言って。」
「本当、変なことよ。それに……さ。」
泉はまた足を進めて少しうつむいた。
「倫子は不倫なんかしないよ。」
信じてる。倫子がそんなことをするわけがないと。していたとしたら、すぐにでもあの家を出たい。そんな人がいるところでのうのうと暮らせないから。
やっと風呂に入れて、倫子は部屋着に戻った。下着が苦手だ。どうしても締め付けられるような感覚になるし、窮屈だと思う。
居間に戻ると、やはり風呂に入った春樹がテレビのニュースを見ていた。政治家の汚職と、芸能人の不倫の話題が中心だ。
「これって誰に謝ってるのかしら。」
台所から戻ってきた倫子の手には、コップに入った麦茶がある。それを一口飲んで、テレビの画面を見た。
「世間様ってことかな。テレビに出るような人ってのは、国民の見本であるべきだ。だからそれに反していることをしたから謝ってる。」
「くだらない。バラエティで、人を小馬鹿にするような人が見本なんて思いたくないわ。」
すると春樹は少し笑って、そのニュースを見ていた。黒いスーツを着た男が真剣な面もちで、カメラのフラッシュを浴びながら頭を下げている。
「俺も謝らないといけないから。」
「奥様に?」
「うん。」
「後悔してる?」
後悔しているならもうしない方が良い。どちらにしても人道に反していることだ。
「してないよ。言っただろう?君の作品の幅が広がるのは、妻も望んでいることだ。」
「……。」
「同僚も言っていたよ。君の作風が少し変わった。今の作品は、これまでとは違うファン層を獲得するんじゃないかって。」
あくまで作品のためだ。そこに感情はない。そう思って倫子は拳を握りしめる。
「そうね。そういってくれればありがたいわ。やった甲斐があった。」
自分もそういって誤魔化した。心の中にぽつんと違和感を感じながら。
「二人はまだ帰ってこないかな。」
「どうかしら。遅いわね。カレー食べるかしら。あまり遅いと軽く食べてくるだろうし……。」
そういって倫子はコップを置くと、立ち上がろうとした。そのとき、春樹が手を伸ばして倫子の手首を握る。
「春樹?」
「……ごめん。いいわけをした。」
「え?」
「そう言わないと、本当に不倫になってしまうから。」
倫子の手を引き寄せる。すると倫子は簡単に春樹の体に倒れ込んできた。
「今日、嫉妬したのは事実。」
「うん……。」
本当に好きになっているのかもしれない。だがその一言が言えない。そのかわり、春樹は倫子の顔を持ち上げる。そして唇を重ねた。
「抱きたくなるな。」
「うん……。でも二人が帰ってくるから、今日はやめておきましょう。」
「こんなの見せられて、手を出せないのは生殺しだよ。」
そう言って春樹は倫子のシャツの襟刳りを引く。するとそこから入れ墨とともに白い胸の谷間が見えた。
「や……なにを言ってるの?」
思わず春樹から離れて、倫子は頬を膨らませた。そのとき玄関の方から声が聞こえた。
「ただいまぁ。」
泉の声だ。倫子はさっと体を離すと、コップを持って台所の方へ向かった。その頬が赤くなっていることを悟られないように。
「泉。」
声をかけられて振り返った。そこには伊織の姿があったのだ。
「今帰り?遅くない?」
「今度の仕事先の人と打ち合わせが長くなってさ。」
やはりチョコレートを全面に押したデザートを作るらしい。その形や味を教えてもらってアイデアを固めていたのだ。正直、この会社とはあまりつきあいは持ちたくない。パティシエはともかくとして、その助手の女性が伊織にずっと近づいてくるのだ。
「へぇ。いいじゃない。誘いに乗っちゃえば?」
「イヤだよ。ぐいぐい来る女性は苦手なんだ。」
「追う方が良い?」
きっと泉は倫子のことが好きなのだろう。最近ずっとそう思ってやるせない。夏に電車の中で抱きしめられるかというくらい近くに来て以来、伊織を男として意識しているのに伊織はこちらを振り返らない。そして作品にわき目をふることもない倫子ばかりを追っているのだ。
「大人しく見えるからかな。そういう女性ばかりだった。」
「モテるってことよね。嫌みか。」
「そうじゃないよ。」
伊織は少し笑って、泉の隣を歩く。
「泉もモテるでしょ?」
「いいや。全然。この間、五歳くらいの男の子から結婚してって言われたけど、それくらいしかないわ。」
「子供に好かれるんだね。」
「子供は好きよ。正直だから。」
今日、本社へ行ってクリスマススイーツの案を、高柳鈴音と話をした。デザートのプロらしく、どうしたら見栄えが良いか、なにを加えたら美味しくなるのか、コーヒーにも紅茶にも合うように計算されたデザートは、きっと評判になるだろう。あんなデザートを考えた人と同一人物に見えない。
「この時間から食事を作るの面倒だな。何か買って帰ろうかな。」
「あぁ、今日は倫子が出掛ける前にカレーを仕込んでおいたって言ってたよ。」
「カレー?」
「倫子のカレー美味しいよ。あまり辛くないけど、だいたい牛すじ使っててさ。」
「そうなんだ。連絡してきたの?」
「ううん。うちの店で対談してた。作家のさ、荒田夕と。」
「チャラそうな人だよね。」
「高柳鈴音さんとは、大学の時からの友人だったんですって。たまたま一緒になって、なんだかんだ話をしてたわ。」
倫子がまっすぐに鈴音に言ってくれて良かった。怖いモノ知らずというのだろうか。きっと立場を考えると、礼二も泉も鈴音にたてつくことは出来なかっただろうから。
「それって春樹さんも一緒?」
「当たり前じゃない。担当編集者が二人いたよ。」
だったらそのあと、なんだかんだで会っているだろう。そのあと二人でどこかへ消えてもわからない。もやもやする。
「倫子はさ、春樹さんに相当頼っているよね。」
「まぁ、倫子を見つけたのは春樹さんの奥さんだし。」
「……それだけなのかな。」
「何で?」
きっと泉は想像もしていない。倫子と春樹がずっと寝ていること。それが小説のためだといいわけをして。
「作品のために春樹さんも倫子のために尽くしているみたいだから。もし、奥さんが元気な状態でもそれくらいするモノなのかな。」
「あのね、伊織。」
泉は少し足を止めていった。
「春樹さんと倫子が何かあるってのは、妙な勘ぐりだと思う。小説を生み出すって、超大変なんだよ。映画みたいに脚本家がいて、監督がいて、役者がいて、っていうのを全部一人でしないといけないの。だからアドバイスをしたり、時には自分のネタを提供することもあるんだって。」
「……。」
「作家と編集者は二人三脚でしないといけないの。だから親しすぎるって伊織は思うのかもしれないけれど、きっと春樹さんは担当している作家みんなにそうしてる。」
だったらネタのために、どの作家とも寝ているのだろうか。イヤ違う。倫子だから寝てるのだ。そう喉まで出かけて、伊織はそれをぐっとこらえて泉に言う。
「そうなんだね。ごめん。変なことを言って。」
「本当、変なことよ。それに……さ。」
泉はまた足を進めて少しうつむいた。
「倫子は不倫なんかしないよ。」
信じてる。倫子がそんなことをするわけがないと。していたとしたら、すぐにでもあの家を出たい。そんな人がいるところでのうのうと暮らせないから。
やっと風呂に入れて、倫子は部屋着に戻った。下着が苦手だ。どうしても締め付けられるような感覚になるし、窮屈だと思う。
居間に戻ると、やはり風呂に入った春樹がテレビのニュースを見ていた。政治家の汚職と、芸能人の不倫の話題が中心だ。
「これって誰に謝ってるのかしら。」
台所から戻ってきた倫子の手には、コップに入った麦茶がある。それを一口飲んで、テレビの画面を見た。
「世間様ってことかな。テレビに出るような人ってのは、国民の見本であるべきだ。だからそれに反していることをしたから謝ってる。」
「くだらない。バラエティで、人を小馬鹿にするような人が見本なんて思いたくないわ。」
すると春樹は少し笑って、そのニュースを見ていた。黒いスーツを着た男が真剣な面もちで、カメラのフラッシュを浴びながら頭を下げている。
「俺も謝らないといけないから。」
「奥様に?」
「うん。」
「後悔してる?」
後悔しているならもうしない方が良い。どちらにしても人道に反していることだ。
「してないよ。言っただろう?君の作品の幅が広がるのは、妻も望んでいることだ。」
「……。」
「同僚も言っていたよ。君の作風が少し変わった。今の作品は、これまでとは違うファン層を獲得するんじゃないかって。」
あくまで作品のためだ。そこに感情はない。そう思って倫子は拳を握りしめる。
「そうね。そういってくれればありがたいわ。やった甲斐があった。」
自分もそういって誤魔化した。心の中にぽつんと違和感を感じながら。
「二人はまだ帰ってこないかな。」
「どうかしら。遅いわね。カレー食べるかしら。あまり遅いと軽く食べてくるだろうし……。」
そういって倫子はコップを置くと、立ち上がろうとした。そのとき、春樹が手を伸ばして倫子の手首を握る。
「春樹?」
「……ごめん。いいわけをした。」
「え?」
「そう言わないと、本当に不倫になってしまうから。」
倫子の手を引き寄せる。すると倫子は簡単に春樹の体に倒れ込んできた。
「今日、嫉妬したのは事実。」
「うん……。」
本当に好きになっているのかもしれない。だがその一言が言えない。そのかわり、春樹は倫子の顔を持ち上げる。そして唇を重ねた。
「抱きたくなるな。」
「うん……。でも二人が帰ってくるから、今日はやめておきましょう。」
「こんなの見せられて、手を出せないのは生殺しだよ。」
そう言って春樹は倫子のシャツの襟刳りを引く。するとそこから入れ墨とともに白い胸の谷間が見えた。
「や……なにを言ってるの?」
思わず春樹から離れて、倫子は頬を膨らませた。そのとき玄関の方から声が聞こえた。
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