守るべきモノ

神崎

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家族

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 病院をでると、春樹は少しため息を付いた。医師と少し話をしていたのが頭から離れなかったのだ。
「ここ最近は調子が良くない。このままだと年内に持つかといったところでしょう。」
 その言葉に春樹はまたため息を付いていた。このまま妻が意識を取り戻さなければいいと思うこともある。起きたところで待っているのは残酷な現実だ。
 何かしらの障害があるかもしれない。それを乗り越えるために長いリハビリをし、まともに生活が出来るのはどれくらいになるだろう。子供が欲しいなど夢のまた夢のように思えた。
 それに倫子のことをどう説明すればいいだろう。気持ちは無いという前提で体を重ねている。だが重ねれば重ねるほどはまっているのは、自分の方かもしれない。
「……。」
 今は考えるのをやめよう。起きても、そのまま死んでも、妻に顔向けが出来ないのは変えられないのだから。
 駅の方へ向かっていると、伊織が女性とカフェから出てくるのをみた。灰色のパンツスーツを着た背の高い女性だ。伊織は倫子のようにの高いような女性が好きなのだろうか。
 すると伊織は春樹の方を見て少し笑った。
「春樹さん。今帰り?」
「うん……えっと……仕事中だったんじゃないのか。」
「仕事じゃないよ。うちの姉。」
 姉だったのか。あまり似ていなくて驚いた。だがすぐに自分を取り戻すと、春樹は女性の前で頭を下げる。
「初めまして。同居している藤枝と言います。」
 そういって春樹は名刺を取り出すと、女性に差し出した。
「これはどうもご丁寧に。私はこういうモノです。」
 女性は名刺を受け取ると、自分の名刺を春樹に差し出す。法律事務所の名前と、富岡真理子と書いてあった。
「富岡?」
 伊織の話では姉が一人居て結婚して子供がいるという話だったが、どうして伊織と同じ名字なのだろう。
「あぁ、夫婦別姓を取ってるんです。うちは主人が検事で、私も弁護士ですし、都合が良くないのでそうしてるんです。」
「なるほど……。それはうちは考えませんでしたね。」
「え?」
「あ、俺も既婚者ですから。」
 最近、また春樹は指輪をしている。結婚指輪なのだ。そうしなければ本当に倫子に気持ちが流れそうになる。
「奥様がいらっしゃるのに、他人と同居を?」
「えぇ。ちょっと事情もありましてね。」
 詳しく話をする義理はない。それくらい大人なのだからわかるだろう。
「そうですか。人それぞれですしね。ん?「戸崎出版」ですか?」
「えぇ。」
「ここの顧問弁護士に今日からなったんです。」
 大きな出版社だから、おそらく数人いるうちの一人なのだろう。専門がなんなのかはわからないが、うまく連携できればいい。
「それはお世話になります。」
 自分がお世話になるかどうかはわからないが、とりあえずそう言っておいた。
「春樹さん。そろそろ帰ろう。雨が降り出した。」
 曇っていた空が本当に降り出してきたのだ。
「伊織。今度家にも行ってみるわ。お父さんたちも帰ってこないんでしょうし、挨拶くらいしておかないといけないでしょう?」
「来なくても良いよ。変な同居人ばかりじゃないし。」
 姉は少し肩をすくませて、駅とは逆方向へ行ってしまった。その後ろ姿を見て、伊織はため息を付く。
「パワフルそうだ。」
「口はたつよ。弁護士だしね。それで言い負かしているんだろう。」
 あまりいい印象はないようだ。辛口にそう言うと、伊織は降り出した雨を忌々しそうに見ていた。
「傘がいるかな。」
「すぐ止みそうにないね。でもこれくらいなら走って帰れるよ。」
「若いなぁ。」
 伊織が居たところはみんな傘など持っていなかった。雨が降ったら降ったでそれでいいのだ。濡れれば拭けばいい。寒ければ暖まればいい。そんなところだった。
「伊織君。君に話もあったんだ。」
「何?」
「仕事の話。駅に行きながら話そう。」
 伊織は倫子の本のデザインをして以来、本の依頼が多い。伊織にデザインをして欲しいと言ってきたのは、荒田夕だった。
「荒田先生の?」
「そう。詳しくは担当が話を会社に持って行くと思うけど、伊織君にして欲しいとね。」
「あんな有名人の表装なんて気合いが入るなぁ。どんな話なの?」
「短編集だ。過去作のモノでね。八作品あるけれど、どれも評価は悪くない。」
 荒田夕は写真を撮られて以来、春樹にも倫子にも近づいていなかった。後ろ暗いところがあるからだろう。
「依頼があったら内容を読ませてもらえるかな。」
「もちろん。担当者に言っておくよ。」
 電車に乗り込むと、社内はラッシュがもう終わった時間で割とすいていた。入り口近くのいすに並んで座り、春樹は携帯電話を取り出すと公開されている荒田夕の小説の一編を伊織に見せる。
「ふーん。親子愛だね。」
「マザコンの息子の話。」
 倫子は夕に「マザコンの話」だと悪態を付いていたのはこの話だからだろうか。夕の話はこれだけではないのだが。そう思いながら春樹は、携帯電話をしまう。
「今日も泉さんは遅いのかな。」
 泉の名前がでて、伊織は少しうつむいた。罪悪感があるからだ。
「……忙しそうだね。ほら、クリスマススイーツと一緒に、限定の飲み物も開発に入ったって言ってたし……。」
「顔を合わせたくないのか。」
 その言葉に伊織の顔がひきつる。泉が何を話したのだろう。内心穏やかではなかった。
「……春樹さんさ。」
「何?」
「倫子の担当だから、倫子のためには何でもしたいって言ってたじゃない?」
「正確には作品のためにはね。」
「そのために奥さんを裏切っていいの?」
 その言葉に春樹は首を横に振った。
「奥さんが何を言うかはわからない。ただ、倫子さんはこのまま小説家としてやっていこうと思うんだったら、このままではきっと飽きられる。そう思ったまでだ。」
「でも……。」
「倫子さんを小説家として大成させるのは、うちの奥さんの言葉でもあるんだ。何せ、倫子さんを見つけたのはうちの奥さんだったんだしね。」
 だから出来ることは何でもしたい。最初はそう思っていた。だが違う。体を重ねるごとにはまっている自分が怖いと思った。
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