守るべきモノ

神崎

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家族

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 二十二時くらいだと伊織は自分の部屋にこもるし、倫子もいない。春樹は帰ってきているかどうかは微妙だが、これ以上引き延ばせない。泉はそう思いながら家に帰ってきた。
 居間のドアを開けると、倫子が煙草を吹かしながらノートに何か書いていた。その横にはネタのためのメモがある。きっとプロットをたてているのだ。ここでするのは珍しいと思う。
「お帰り。」
「ただいま。お腹空いた。今日のご飯何かな。」
「肉じゃが作ったよ。」
「倫子が作ったの?」
「ちょっと詰まっててね。」
 別会社に依頼されたショートストーリーを書いていたが、どうしても凝ってしまってどこを削ろうかと悩んでいたのだ。こういうときの自分はアイデアを削るようで、身を弾かれるようだ。
「珍しいね。詰まるなんて。」
「文字数に制限があるとどうしてもね。」
 だから連載にしておけば割とサクサクも字が書けるしあとで変更も利くが、ショートストーリーは短い文字で完結させないといけない。どうも苦手だ。
「場所を変えれば何とかなるかと思って。」
「春樹さんにアドバイスもらわないの?」
「春樹さんも帰ってまでそんなことをしたくないでしょ?」
 そう言って倫子はノートを閉じる。割と進んだと思った。
「肉じゃが温め直そうか?」
「自分でするわ。」
 そう言って泉は、台所の電気をつけて冷蔵庫にあった肉じゃがを取り出した。あとはお浸しや、天ぷらを焼いたモノがある。ガスレンジを見れば味噌汁もあった。それに火を入れると、ご飯をよそう。
 そして居間に戻ってくると、倫子は煙草を消した。
「泉。話があるのよ。」
「何?」
 温めた肉じゃがやお浸しをテーブルに置き、味噌汁を注いだ。そして箸を持ってくると、倫子の隣に座る。
「どっちと何かあったの?」
「どっち?」
「あなた、家に帰りたくないみたい。私とは喧嘩もするけれど、最近は心当たりはない。だとしたら春樹さんか伊織でしょう?」
 すると泉の顔が暗くなる。やはりどちらかに何かがあったのだ。
「何があったの?」
「……私ね、倫子がうらやましくて。」
「は?」
 驚いて倫子は泉をみる。
「小説家で家を買ったし、一人で生活できているだけじゃない。女らしくってさ、私が倫子みたいな格好をしても男の子と間違えられるもん。」
「運が良かっただけよ。春樹さんの奥さんに見てもらえなかったら、こんな生活が出来たかどうかもわからない。それに売れたかどうかもわからない。小説家をしながら、別に仕事をしている人もたくさんいるのよ。」
「わかってる。ヒット作に恵まれない人もいるでしょうね。」
 「月刊ミステリー」だけではない。純文学を載せた雑誌でも、この文章は良いと思っていても売れなかったり、逆にどうして売れているのかわからないモノもあるのだ。
「……でもさ、私、本当は本屋の方へ行きたかったの。」
「言ってたね。バリスタも、会社が取れって言うから取ったって。」
「うん。」
「でもそれに文句があるの?だったら会社に移動させて欲しいって言えばいいのに。」
「喫茶は別に不満がないの。だけど……女らしさっていったら全く違うの。伊織と居ても男の子が二人でいるって言われるくらいだもん。」
「言わせておきなさいよ。そんなこと。」
「倫子は強いね。」
 そう言われて倫子は言葉に詰まってしまった。コップを手にすると台所へ行き、麦茶を注いでまた居間に戻ってきた。
「ここを出たいの?私を見てコンプレックスになるから。」
「違うの。あの……。出たくはない。けど……。」
 泉はお茶碗をおいて、倫子の方をみる。
「私の家のこと覚えてる?」
「あぁ……同居したいって言いに行ったときに、ご家族に挨拶をしたわね。結構若いお母さんだったわ。」
「再婚だから。弟とは半分しか血が繋がっていないの。」
 そうだった。泉の母親は自殺をしたのだという。
「死んだ母は、宗教にはまってた。毎週日曜日に教会へ行って、私にも制限を強いたの。」
 肉は赤いもの、血が滴っているモノを口にしてはいけない。祈りを捧げて、神に仕えないといけない。髪を染めてはいけない。そんな中で、男女の交際はさらに制限が厳しかった。
「耐えきれなくて、私、大学でやっと自由になれたの。それでも男の子は怖かった。」
「嫌な訳じゃなくて怖かったの?」
「うん……好きなんだろうなって言う人は居たの。でも……怖かった。お母さんが言ってたの。男はいざとなったら女なんか力付くでどうにでもする。嫌らしい生き物だって。」
 それは同調するところはある。倫子もそう言う目に遭わなかったわけではない。
「だから……ずっと遠ざけてたの。でも……。」
 伊織から抱きしめられた。男として意識をしてしまったあとのことであったから本当は嬉しかったはずなのに、どうしても遠ざけてしまったのだ。
「抱きしめられた?」
 ぶっ飛ばしてやろうか。そう思うくらい腹が立つ。
「伊織のことは責めないで。私があんな相談をして、拒絶して、私が悪いのよ。」
「泉。無理しないの。」
「無理じゃないの。私……嬉しかったんだから。だけどお母さんの言葉が、ふっと蘇って過剰に拒絶してしまったのが悪いの。」
「泉……。」
「嬉しかったのよ。」
 その言葉を聞いて、やっと倫子はわかった。泉は伊織が好きなのだと。だったらどうして伊織はそんなことをしたのだろう。前、倫子が好きだとキスまでしてきたのに。
「軽薄な男ね。泉。あまり考え込まない方が良いわ。」
「倫子。」
「悪いけど、泉がそこまで思うような男じゃない。」
「伊織のことを悪く言わないで。」
 泉はそう言って隣に座っている倫子をにらむ。ここまで好きなのだろう。倫子は少しため息を付くと、泉に言った。
「だったら、お母さんのことなんか気にしないで。自分が何をしたいのかはっきりしなさいよ。」
「え……。」
「この家の中でつきあっただの、別れただので関係がぎくしゃくするくらいなら出た方が良いと思うけど、私は泉を離したくない。だから、出るのは伊織の方ね。」
「追い出さないで。私が悪いんだから。」
「泉はいつもそうね。私が悪いんだからっていつも言うけれど、あなたが悪いことなんか一つもなかったわ。」
 いつだってそうだ。泉が悪かったことなんか一度もない。悪いのは男だ。情があるからではない。それだけ泉が悪くないと信じているのだ。
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