守るべきモノ

神崎

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素直

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 自転車を引きながら、二人で家へ帰っていた。恋人ではなくても、男女の組み合わせの二人をナンパしようという人は居ない。それだけでも春樹が居て良かったと思う。
「いつもよりも荷物が多いね。」
 春樹の荷物は仕事の道具と妻の洗濯物が詰まったバッグだが、倫子はいつもよりも大きなバッグを持っていた。家出でもするような荷物だと思う。
「カフェで仕事をしていたわ。」
「作家によっては自宅よりもカフェなんかの方がはかどるって人もいるけどね。君はそういう風に見えなかったんだけど。」
「雑音があると気が散るわ。かといって音楽には興味がないし。」
「格好だけでいうとハードロックとか、パンクが好きそうに見えるけどね。」
「そういえば政近も同じことを言われたって言ってたわね。でも彼の場合、音楽を全く聴かないってわけじゃないみたい。」
 政近とは気が合う感じがした。だがもう家に呼ぶことはないだろう。打ち合わせにしてもカフェを選択しよう。
「田島先生はもう家に呼ばないで欲しい。」
 春樹は倫子の頭の中がわかっているかのようにそういった。
「私もそう思っていたわ。二人きりの状況は良くないみたい。一緒の布団にいても何もないから油断したのが悪かったのね。」
「それも嫉妬したよ。」
 一緒の布団で寝ることはほとんどなかった。何度かセックスをしたがそれは隠れながらの行為で、表だって堂々と出来ることではなかった。泉にも伊織にも内緒にしないといけないのだ。
 布団で寝るくらいなら、倫子も何も思わなかったはずだ。だが不意にキスをされたのだという。それがきっかけで、おそらく政近は倫子の性癖に気がついた。だからカフェで仕事をしていた倫子に声をかけてきたのだ。
「政近は家に来いって言っていたけれど、もう二人きりにはならないわ。」
「家に?」
 のこのこ襲われに行くようなものだ。そんなことをしたくない。
「漫画は、小説と違って制約が多すぎるわね。だからチェックして欲しいとは思ったけど……。」
「詳しいことは浜田君に聞いた方がいいかもしれないな。」
「あの人も嫌よ。」
「悪い人じゃないよ。強引だけどね。」
「思い出したのよ。あの人。」
 大学の時、倫子はほとんどの時間を講義、サークル、バイト、残った時間を執筆と、図書館で過ごしていた。サークルの中でも執筆しかしていなかった倫子は浮いていたのだろう。
 大学の学食で定食を食べていた倫子の隣に座ってきた浜田は、自分が入っていたサークルのメンツと、漫画の話をしていた。
「漫研だったのよ。」
 そこでの会話を倫子は覚えている。小説よりも漫画の方が優れているとずっと言っていたのだ。それに倫子は腹を立てて、食べ終わった定食のトレーを手に返却口へ行こうとした。そのときだった。
「小泉さん。漫研のホープが居るんです。ほらあなた、この間、小説のデビューが決まったって聞いたし、原作を書いてもらえませんか。」
 これだけ小説をバカにしていたのに、その原作を書けと言う浜田の図々しさに倫子は少し呆れていた。
「やです。さようなら。」
 そういって倫子はもう二度と浜田に近づこうとはしなかった。あの男が持ってきた話であれば、プロになって売れっ子になったとしても受けることはないだろうと思っていたのだ。
「なのに、結局は受けた。」
「そうね。浜田さんよりも、政近のあの絵には少し注目するところがあったから。」
 絵は綺麗だと思った。まるで絵画のようだと思う。それにキャラクターが魅力的であれば、売れるかもしれないと思ったのだ。
「こだわりは強そうな人だ。まだアシスタントをしないといけないくらいみたいだけど、一本いい作品が出版されればそれもしなくて済むんだけどね。だから君と組むって聞いたときは、あぁ売れるだろうなと俺も思った。だけど……正直、複雑だよ。」
「え?」
「君が俺の手を放れていくようでね。」
 デビューの時からずっと面倒を見ていた。しかし今度の話は、春樹は全く手を出していない。もしこの作品が売れるようであれば、本格的に春樹の手から離れるだろう。
「……離れないわ。」
 倫子は足を止めて春樹を見上げる。
「もし、担当を離れても、あなたとの繋がりはずっと持っていたいと思うの。……一番大事なところを教わったと思うから。」
 セックスだけではない。嘘でも愛していると口にしたのだ。倫子が意地でも口にしなかった言葉。それを春樹は言わせた。それはすなわち、本心からの言葉なのだ。
「そんなことを言われたら、帰したくなくなるな。」
 コンビニの裏手にラブホテルがある。いつか泉や伊織に隠れるようにしていったところ。
「今の時間なら休憩できるよ。」
「嫌よ。泉が心配なの。」
「泉さんには伊織君がついているよ。」
 確かにそうだ。倫子は言葉に詰まった。だが泉の顔色が相当悪かったのに、のこのこ春樹とラブホテルへ行ってセックスなど出来るはずがない。
「気もそぞろになるわ。集中できない。」
「させないよ。」
「すごい自信ね。」
 呆れたように倫子は言うと、春樹はそのサドルを握る手に手を重ねた。
「自転車を置いてくる?それから泉さんの様子を見てきてここに戻って来るとか。」
「……。」
 政近にキスをされた。それが嫌で、そしてそれを上書きして欲しいと思う。
「倫子が欲しい。」
 迷っていた。泉が伊織を選んだように、倫子も春樹を選ぶべきなのかもしれない。奥さんのことは気にならないわけではないが、自分が何を求めているかと考えれば、答えはすぐに出る。春樹が欲しいと思ったのだ。
「自転車を置いて、泉の様子を見るわ。それからどうするか決めてもいい?」
 いつもなら嫌よ、と言って素直にならないのに今日は妙に素直なのは酒の影響だけではないだろう。政近とのキスが本当に嫌だったのだ。
 そのときだった。コンビニの裏手から、三人の男が出てきた。その男の一人を見て、倫子は驚いたように視線をはずせなかった。
「栄輝。」
 倫子の弟である小泉栄輝。金色の髪で、どこかのアイドルのような容姿だった。そしてその横にいるのもタイプは違って髭でがたいのいい男ともう一人はあまりその二人には合っていないような太ったスーツ姿の男だった。
 その男を見て、春樹も驚いたようにみる。
「鈴木編集長ですか?」
 するとその鈴木と言われた男は、春樹を見てさっと視線をそらせた。
 倫子も春樹も栄輝のバイトのことは知っていた。つまり、三人でするようなプレイをしたあとのことなのだろう。倫子は深くため息をつくと、足を家の方へ向けた。
「人違いね。藤枝さん。すいません。足を止めてしまって。」
「いいえ。俺も似たような人だと思っただけですから。」
 そういって二人はその場をあとにした。見なかったことにしようと倫子は震える手を押さえて家へ向かっていく。
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