守るべきモノ

神崎

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指輪

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 牧場に到着すると、思ったよりもたっぷり遊べるところで泉も満足そうだった。
 景色を見るだけではなく馬に乗ったり、ウサギやリスなんかとふれあったり、ソーセージを作れたり出来たのだ。そして泉の望み通り、ベンチに座ってソフトクリームを食べていたときだった。
 泉と伊織の目の前を二人組の男が馬を見に通り過ぎる。泉はそれを見て少しため息をついた。
「どうしたの?」
「んー。私たちもあぁいうふうに見えているのかなって思って。」
「え?」
「男同士って思われてないかなって。」
 その言葉に伊織は少し笑った。
「またそんなことを考えてる。」
「だってさ。」
「少なくともそのコートでは男には見えないよ。」
 スカートは履かなかったが、コートだけはあのデートの時に選んでもらったモノを着てきたのだ。少しでも女らしく見えればいいと思って。
「少なくともスカートじゃなくて良かったね。」
「スカートなら乗馬できなかったわ。」
 伊織はへっぴり腰だったが、泉は案外うまく乗れていた。初めてにしては馬も嫌がらなかったところを見ると、牧場の職員が泉に「少し練習したら、すぐに一人で乗れるよ。」と言ってくれたのが嬉しい。
「競馬の選手って、最近女性もいるのよね。」
「そうみたいだ。」
 そういう道もあったのかもしれないが、泉はまだバリスタの道の方が性に合っている気がする。
「ちょっと待ってて。」
 伊織はそういって携帯電話を手に、少し離れたところへ行ってしまった。今日、何度目だろう。伊織は最近売れっ子になってきたらしい。だから伊織に問い合わせる人が多いのだ。
 泉も本来こんなことをしているときではなかった。十二月に入って、クリスマススイーツだって忙しいのだ。それでなくてもチョコレートの商品を多く入れているのに、礼二はきっとてんてこ舞いだろう。そう思って泉は考えを払拭させた。
 急にキスをしてきたその理由は何も言わなかった。ただ次の日からいつも通りの態度に、少しいらっとしたが倫子に言わせると変に弁明されるよりはそっちがいいと言っていた。そんなモノなのかもしれない。
 礼二には奥さんも子供もいる。不倫なんかしたくない。自分の母のように、不倫の果てに命を絶つバカにもなりたくないのだ。

 そのころ、倫子はやっと官能小説の原稿を終えて、それを春樹に送っていた。これから数日後ほどに、修正個所を付け加えられて送り返される。そのやりとりが数回繰り返されて、ようやく本誌に載るのだ。だが今回は春樹の元へいったあとに夏川からの指摘もあるだろう。それは官能の部分についてつつかれるに決まっている。
 この作品の官能部分は、書いていて正直恥ずかしかった。自分と春樹を重ねたからだ。自分と春樹も絶対許されない関係なのだろう。なのに、辞められないのは春樹に好意を持ってしまったからだ。
 そう思いながら、倫子はカップを手にして部屋を出る。そしてお茶でも入れて、次の作品に取りかかろうかと思ったときだった。
「あっ……そうだった。」
 段ボールが部屋の先にある。それはサインをして欲しいという本の山だったのだ。仕方ない。こっちを先にしよう。そう思いながら倫子はコップをおくと、机の引き出しからペンを取り出す。そのときだった。携帯電話が鳴って、ペンを持ったまま机に置いている携帯電話に手を伸ばす。相手は春樹だろうと思っていたが、違う人物に思わず訝しげな顔になる。
「もしもし。」
 その相手は倫子の兄である忍だった。平日の今日が、教師が休みの訳がないのだが休み時間にでもかけてきたのだろう。緊急の用事なのかと、思わず電話をとったのだ。
「は?泉と伊織に会ったの?何で?」
 母が入院していたのなんか初めて知った。骨折だったがあまり大したものではなかったのだと、連絡をしなかったのだという。
「ふーん。何で奥さんか父さんが行かないの?」
 奥さんは子供の世話で忙しいし、父親も定年後に勤めだした仕事が忙しいのだという。本当だろうか。そう思いながら話を聞いていた。
「伊織は確かに男よ。でもそんなの関係ないわ。男とか女とか関係無しにつき合える相手よ。それに泉の恋人なんだから。」
 同居人の恋人まで同居させているその神経に忍はいらついているらしい。ずいぶん口調が荒い。だが倫子も負けていないのだ。
「口を出さないで。こっちはこっちで勝手にやってるんだから。保証人の欄に判も押さなかったくせに、今更偉そうな口を利かないで。……まだ居るわ。でも紹介しなくても良いでしょ?四人で住んで、ちょうど良いくらいの家なのよ。」
 不機嫌そうに倫子は電話を切る。口出しをするのも大概にして欲しいものだ。小説を書くのは家の恥。体の火傷も女だてらに出しゃばったからだ。それになにも庇ってくれなかった。そう言い放ち倫子を閉じこめた。そんな家族が家族面を今更されたくない。
 そう思いながらまたペンを握ると、また電話がかかってきた。その相手に、今度は笑みを浮かべる。
「もしもし。あぁ、どうですか?」
 何よりも優先して倫子の書いたモノを読んでくれる。春樹に感謝した。だがその言葉は厳しい。
「はい……そうですね。えっと……三ページ目ですか。わっ。ちょっと待ってください。」
 プリントアウトしている原稿に、印を付けようとしてサインペンで書いてしまったのだ。思わずペンをボールペンに変えて、チェックしていく。
「OKです。修正して、夕方には……えぇ……。えっ?」
 食事を用意しようと思っていたのだが、春樹は遠慮がちに言う。
「手の込んだモノはいらない。でも君が作ったシチューが食べたいな。」
 夕食のリクエストをされるとは思ってなかった。しかしそうしてくれた方が何を作ろうと悩まなくて済むので助かる。
「わかりました。用意しますね。」
 倫子の声を聞いて、春樹は電話を切る。電話をしたときは少し不機嫌そうだったが、夕食のリクエストをしただけで少し声が明るくなった。割と単純だな。そう思いながら、春樹は煙草を灰皿に捨てる。
 そして喫煙所をあとにしようとしたとき、そこに入ってきたのは官能小説の雑誌の編集長である夏川英吾だった。
「藤枝編集長。お疲れさまです。」
「お疲れさまです。」
「小泉先生のショート、出来ました?」
「さっき送られてきましたよ。いいと思います。細かい修正をさっき伝えました。」
「それは良かった。本編にはあまり関係のない話ですか?」
「無いとは言えませんね。先輩女郎が男と命を絶つきっかけになった話ですし。」
「それがきっかけでそちらの殺人事件が起きるわけですか。」
「えぇ。」
 ミステリーの話ではなく官能の部分に重点を置いた作品は、読者がどう受け取るかわからない。ただその濡れ場のシーンでは、手入れをされていない柳の下で行為をする。帯を手に巻かれ後ろから入れ込まれるのは、自分と倫子を想像させて思わず赤くなりそうで周りに誤魔化すのが大変だった。
「青姦だっていってましたね。」
「えぇ。そうでした。」
「したことがあるんですか?」
 夏川は倫子との関係を知っている。だから聞くのだろう。
「いいえ。したことはありませんね。」
「相手が違っても?」
「無いです。そちらの方が詳しいでしょう?そういうところですれば、どれだけリスクが高いかなんて。」
 夏川は煙草に火をつけて、少し笑う。
「まぁ……あまり今は進めませんね。噂も立っているみたいですし。」
「噂?」
「小泉先生といい関係ではないかって。」
「はぁ……。」
 あくまで噂程度のことだ。だが火のないところに煙は立たない。ホテルにでも行くところを見られれば、いいわけは出来ないのだから。
「しばらく大人しくした方が良いですよ。」
「……そうですね。でも前から少し考えていたこともあったし、ちょうど良いかもしれません。」
「え?」
 住所などを調べられれば、同居をしているのはすぐにわかるだろう。だったら、どうすればいいか春樹はずっと考えていたことがあった。
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