守るべきモノ

神崎

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銀色

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 おそらく伊織がいるであろう居酒屋の前を通り過ぎて、倫子と春樹はドラッグストアへ向かう。途中雪が強くなり、明日は積もるかもしれないと思う。そうすれば電車に遅延が出るだろう。車で通勤しているという礼二はきっと渋滞になる。雪になれていないところはそういうところが厳しい。
 そしてドラッグストアに着くと、倫子は入浴剤のコーナーへ向かう。肌がすべすべになるとか、よく汗が出るとか、そんなうたい文句には目をくれない。おそらく残り湯を洗濯に使えるかどうかを見ているのだろう。
「これで良いわ。」
 一回分の小袋を手にして、倫子はうなづいた。
「一回分でいいの?」
「そんなに毎日入浴剤を入れるかしら。」
「あっても別に言いと思うけどね。」
「どうせすぐ暖かくなるわ。」
 暖かくなればまた入れ墨を見せつけるような服装で、うろうろするのだろうか。それが相当目立つのはわかっている。そしてそのねらいも想像はついた。
「ハンドクリームか。」
 横にあるのはハンドクリームやボディミルクだ。感想の季節には必需品だろう。泉からクリスマスにもらったハンドクリームは、良い匂いがした。だがおそらくハンドクリームだけでは倫子の手荒れは治らない。
「倫子。これを買ってあげるよ。」
 そういって春樹は横にある綿の手袋を手に取った。
「何で?」
「ハンドクリームだけでは手荒れが治らないんだったら、手袋をして寝ると良い。綿は通気が良いし、邪魔にはならないよ。」
「暑いのよね。手袋とか靴下とか。」
 おそらく火傷のせいだろう。傷でもそうなのだが、皮膚の再生がうまくいっていないので暑さや寒さもそうだが感覚も少し鈍いのだろう。
 あかぎれがしてある倫子の手は、この季節はいつも手が荒れているのだと泉は言っていた。
「起きたら脱いでいても良いからしたらいいよ。あかぎれが切れて血がキーボードに付いたら、キーボードが駄目になるかもしれないし。」
「そんなに大量の血は流れないわよ。」
 しかし春樹の言うことも一理ある。買っていこうかと、倫子はそれを手にした。
「藤枝さん。」
 春樹は声をかけられて、ふと振り向いた。そこには芦刈真矢の姿があったのだ。
「芦刈さん。買い物?」
「えぇ。」
 夕方見た女性とは違う人だ。そしてその人を真矢は知っている。小泉倫子だった。
「どうも。お疲れさまです。」
「お買い物ですか。」
「えぇ。」
 顔見知りだというくらいの知り合いだ。そして春樹のことを知っている女性。年頃は同じくらいだろうか。どんな関係だったのかと気になる。だが聞けるような立場でもない。
「会計してくるわ。」
 倫子はそういって手袋と入浴剤を手にしてレジへ向かう。その間、春樹は真矢の方を見た。
「家はこの裏だったかな。」
「えぇ。便利ね。十二時まで開いていて、ちょっと無いものとかすぐに買いに行けるし。」
「あ……そうだ。俺も買い物があったんだ。これで失礼するね。」
「えぇ。ごゆっくり。」
 普段は結んでいる髪をほどいている。とても長い髪だが、あまり手入れはしていないのだろう。長い髪はただ放っておいたら、長くなっただけといった感じだ。
 春樹はそう思いながら、そのコーナーへ足を踏み入れた。そして一つは子を手にするとすぐにレジへ向かう。こういうモノを買うのは恥ずかしいものではないが、堂々と倫子の前では買えない。

 傘を差すと距離が出来る。だが二人で一つの傘にはいるようなことはない。その間倫子は黙ったままだった。真矢のことを気にしているのだろう。
「倫子。彼女は芦刈さんと言ってね、地元の同級生だ。」
「同級生だったら年が一緒ね。」
「あぁ。中学までだな。俺はちょっと離れた高校へ通っていたしね。彼女らは、地元の高校へ行ったし。」
「彼女ら?」
「双子でね。芦刈さんはお姉さんがいるんだ。」
「そうなの。」
 そんなことを聞きたいのではないのだ。だが聞けるような立場ではない。倫子はビニールの袋を持ち直した。
「この間の正月に帰ったら、妻の仏壇に手を合わせにきてくれた。帰るときも一緒の電車になってね。図書館にいるだけ日本に造詣が深かった。」
 その言葉に倫子は不機嫌そうにいった。
「良いじゃない。歳も近いし、趣味が合うとやりやすいでしょう?」
「倫子。」
「私は地元に帰ってもそういう相手はいないから羨ましいわ。」
 嫉妬している。だがそれは春樹も一緒だった。あの十字架のネックレスは誰からもらったモノなのか、未だに聞けていない。
 そして今がチャンスなのだ。
「倫子。これ。」
 春樹はそういってポケットからネックレスを取り出した。それを見て倫子は驚いたように春樹を見上げる。
「どこにあったの?探していたのよ。付けっぱなしで帰って来ちゃってて。返さないといけないのに。」
「誰に?」
「それは……。」
 今度は倫子が言葉に詰まった。政近とデートのような取材をして、ゴシックロリータ・ファッションに身を包んだなど春樹に言えるわけがない。
「……取材。」
「取材?」
「「美咲」のキャラクターを作るのに、ゴシックロリータ・ファッションを調べていたの。こういうシルバーアクセサリーを付けることもあるんだって。」
「……倫子が付けていたの?」
「どんなものかと思って。」
 本当はあの洋服を着たときに、一緒に付けていたものだ。たまたま取り忘れていて、パソコンの前に座ったときに違和感があってすぐに取ったのだが、そんなことを春樹に言えるわけがない。
「凝った作りだよね。それにモチーフが大きい。これを忘れていたの?」
「誰かに送られたとか、そういうことを疑っているの?」
 倫子はもう我慢が出来ないように春樹にくってかかる。
「何も他意はないの。信じてくれないならそれで良いけれど。」
「倫子。」
「疑うんだったら、私も春樹を疑うわ。芦刈さんとのこと。」
 その言葉に春樹は持っていたビニール袋を手に持ち直して、倫子の手を握る。
「何?」
「何もないよ。彼女とは。本当に何もない。図書委員をずっとしていたんだ。それで顔を合わせただけ。芦刈さんの実家はスーパーをしていて、それで家族ともどもお世話になった。だから妻の仏壇に挨拶をしにきた。」
「じゃあ、中学を卒業してからは会っていないの?」
「あぁ。一緒の電車に乗っていたから、顔見知りになった。司書だし、それに……彼女は倫子のファンなんだ。」
「知っているわ。」
「え……。」
「最初に会ったとき、サインを求められた。持っていたメモ紙にサインをして欲しいって言われたわ。そんな人、初めて見た。」
 きっとあぁいう人なら、春樹に合っているのだろう。わざわざ入れ墨を入れた火傷の跡がある自分に転ぶことはない。
「そんなことを言ったんだね。芦刈さんは。」
「良い人だわ。」
「それでも俺は、倫子が良いよ。」
「え?」
 握られた手に雪が当たる。薄く積もってきた雪が、路面を白くしてきた。
「俺は、倫子が好きだから。」
「……うん……。」
「だから俺は倫子を信じるよ。倫子も俺を信じて欲しい。」
「わかった……。もうこれ以上は聞かないわ。」
 倫子は一度手を離して、傘を閉じる。そして春樹の傘に入ってきた。
「お風呂に入りましょう。温まりたいわ。」
「そうだね。それから……。」
「仕事しなきゃ。」
 間髪入れずに倫子がそういった。
「倫子、今日くらい。」
「いつも今日くらいって言うじゃない。仕事させてよ。」
「誰もいないのに?」
 チャンスは今日しかない。春樹はそう思いながら倫子をみる。
「俺、来週から校了にはいるよ。そしたらこうしていられない。だから、今日抱きたい。そのために買ったんだし。」
 春樹は持っているビニール袋を倫子に見せる。ビニールに包まれているのに紙袋にも入っていた。大きさから何を買ったのかわかる。
 倫子の頬が少し赤くなった。
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