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番外編1
エマ・ネイリー28
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エマが案内された部屋は二人部屋で、既に女性がおり、分からないことがあったら彼女に聞きなさいと言われた。
「新しい人?」
「エマと申します」
エマよりも若い女性であったが、よろしくお願いしますと頭を下げた。
「監獄だって聞いて来たんでしょう?」
「はい、でも特に変わったところはなかったようですが…」
「他の修道院にもいたの?」
「はい、東の修道院に」
「ああ、東の修道院と比べたら、辛いだろうけど、そんな恐ろしいところじゃないのよ、監獄って言われるのは、裏一帯が墓地なのと、医院の手伝いをするの、監獄ではなく看護ね。でもここを追い出されたら、行くところはないのは確かね。隔離施設か、それこそ監獄」
修道院を受け入れられず、暴れる者もおり、そう言った場合は独房のような部屋に入れられて、改心しなければ隔離施設や、罪によっては監獄に入れられることになる。逃げても手配されて、生きていれば、同じこととなる。
「北の修道院は?」
「ああ、北の方が実際は死ぬ可能性が高いのよ」
「寒いからですか?」
「寒さもあるんでしょうね。でも実際、ここよりも死者の数は多いらしいわ」
「ここの方がいいということなのですか」
「少なくとも私はそう思うわ。出られる人もいるのよ?監獄と言われたままなのは、誰も話さないだけ。私はマリンよ、一年前にお姉様の婚約者を寝取って、ここに入れられたの。馬鹿なことをしたと思ってる」
「私は爵位の高い方を侮辱したことで入れられました」
「そう、まともそうで良かったわ。罪を認められず、奇声を上げる人もいるのよ」
夜中にマリンの言った通り、女性の叫び声が聞こえた。
翌日から、再び修道院生活が始まり、それに加え、逃げ出したり、罪を受け入れられない者以外は、少し離れた場所にある医院の掃除や洗濯、シーツを変えたり、食事の手伝いなどを行う。そして、少しばかりのお金も支払われる。
医院にはここで最期を迎える平民ばかりだが、とても清潔にされており、静かな場所であった。エマにありがとうと声を掛けてくれる人も多かったが、長くは生きられない人たちで、退院することはない。
ゆえにエマは人の死に向き合うことになる、最初は辛く、慣れることもなかったが、最期にいい旅立ちをしてもらいたい一心で、働き続けた。
時が経ち、エマもマリンもベテランになっていた。
ある朝、修道院では全員が集められ、院長が発した言葉にエマは崩れ落ちた。
「サリー王太子妃殿下が崩御された、黙祷を捧げます―黙祷!」
驚き叫び声を上げた者もいたが、皆、下を向き黙祷を捧げたが、エマは崩れ落ちたまま、立てずに下を向いた。妃殿下はエマの同い年で、孫が産まれたと聞いていた。それなのに、どうして私ではなく、妃殿下が亡くなったのだと瞬間的に思い、胸が苦しくなった。
殿下のことも、勿論セイルのことも考えることはなかったが、妃殿下のことだけは時折、思い出しては後悔し続けていた。
「エマ、大丈夫?」
「ごめんなさい、驚いてしまって」
「無理もないわよ、妃殿下は医院の救世主だもの」
「救世主?」
「知らなかったの?あの医院ってあまり予算がなかったの、でも妃殿下が王太子妃の予算とか、翻訳の印税とかを寄付してくだっているの」
「そうだったの…実は、同級生だったの」
「ええ!話したことがあるとか?」
「いいえ…私は話せるような立場ではないわ」
エマは嘘を付いた、何度も話したが、あれは会話ではない。私の一人芝居に妃殿下が付き合ってくださっただけだ。あのような無駄な時間を、私は妃殿下の時間を奪っていい存在ではなかった。
あの時間があれば、妃殿下はお孫様ともう少し一緒にいれたかもしれない。
「そうよね、一度ね、来られたこともあるらしいの。お忍びだったらしいけど。綺麗になって良かったと喜んでらしたそうよ」
今の姿を見て欲しいなどと烏滸がましいことは言わない、でもきちんと謝罪したかった。いえ、それも烏滸がましいことだ。
その後、エマはますます精力的に働いた。両親の最期にも会えなかったが、弟から亡くなったという連絡だけは貰い、その時だけは手紙の許可が出たため、それぞれに手紙と花代に貯めていたお金を送った。
そして、エマは丈夫なことだけが取り柄だったが、脳の病で倒れて、そのまま亡くなった。享年六十二歳だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お読みいただきありがとうございます。
これにてエマ編、終了です。
結局長くなって申し訳ありません。
エマで女性陣を全て書き終えましたので、
次はサリー側を書いていきたいと思っています。
よろしくお願いいたします。
「新しい人?」
「エマと申します」
エマよりも若い女性であったが、よろしくお願いしますと頭を下げた。
「監獄だって聞いて来たんでしょう?」
「はい、でも特に変わったところはなかったようですが…」
「他の修道院にもいたの?」
「はい、東の修道院に」
「ああ、東の修道院と比べたら、辛いだろうけど、そんな恐ろしいところじゃないのよ、監獄って言われるのは、裏一帯が墓地なのと、医院の手伝いをするの、監獄ではなく看護ね。でもここを追い出されたら、行くところはないのは確かね。隔離施設か、それこそ監獄」
修道院を受け入れられず、暴れる者もおり、そう言った場合は独房のような部屋に入れられて、改心しなければ隔離施設や、罪によっては監獄に入れられることになる。逃げても手配されて、生きていれば、同じこととなる。
「北の修道院は?」
「ああ、北の方が実際は死ぬ可能性が高いのよ」
「寒いからですか?」
「寒さもあるんでしょうね。でも実際、ここよりも死者の数は多いらしいわ」
「ここの方がいいということなのですか」
「少なくとも私はそう思うわ。出られる人もいるのよ?監獄と言われたままなのは、誰も話さないだけ。私はマリンよ、一年前にお姉様の婚約者を寝取って、ここに入れられたの。馬鹿なことをしたと思ってる」
「私は爵位の高い方を侮辱したことで入れられました」
「そう、まともそうで良かったわ。罪を認められず、奇声を上げる人もいるのよ」
夜中にマリンの言った通り、女性の叫び声が聞こえた。
翌日から、再び修道院生活が始まり、それに加え、逃げ出したり、罪を受け入れられない者以外は、少し離れた場所にある医院の掃除や洗濯、シーツを変えたり、食事の手伝いなどを行う。そして、少しばかりのお金も支払われる。
医院にはここで最期を迎える平民ばかりだが、とても清潔にされており、静かな場所であった。エマにありがとうと声を掛けてくれる人も多かったが、長くは生きられない人たちで、退院することはない。
ゆえにエマは人の死に向き合うことになる、最初は辛く、慣れることもなかったが、最期にいい旅立ちをしてもらいたい一心で、働き続けた。
時が経ち、エマもマリンもベテランになっていた。
ある朝、修道院では全員が集められ、院長が発した言葉にエマは崩れ落ちた。
「サリー王太子妃殿下が崩御された、黙祷を捧げます―黙祷!」
驚き叫び声を上げた者もいたが、皆、下を向き黙祷を捧げたが、エマは崩れ落ちたまま、立てずに下を向いた。妃殿下はエマの同い年で、孫が産まれたと聞いていた。それなのに、どうして私ではなく、妃殿下が亡くなったのだと瞬間的に思い、胸が苦しくなった。
殿下のことも、勿論セイルのことも考えることはなかったが、妃殿下のことだけは時折、思い出しては後悔し続けていた。
「エマ、大丈夫?」
「ごめんなさい、驚いてしまって」
「無理もないわよ、妃殿下は医院の救世主だもの」
「救世主?」
「知らなかったの?あの医院ってあまり予算がなかったの、でも妃殿下が王太子妃の予算とか、翻訳の印税とかを寄付してくだっているの」
「そうだったの…実は、同級生だったの」
「ええ!話したことがあるとか?」
「いいえ…私は話せるような立場ではないわ」
エマは嘘を付いた、何度も話したが、あれは会話ではない。私の一人芝居に妃殿下が付き合ってくださっただけだ。あのような無駄な時間を、私は妃殿下の時間を奪っていい存在ではなかった。
あの時間があれば、妃殿下はお孫様ともう少し一緒にいれたかもしれない。
「そうよね、一度ね、来られたこともあるらしいの。お忍びだったらしいけど。綺麗になって良かったと喜んでらしたそうよ」
今の姿を見て欲しいなどと烏滸がましいことは言わない、でもきちんと謝罪したかった。いえ、それも烏滸がましいことだ。
その後、エマはますます精力的に働いた。両親の最期にも会えなかったが、弟から亡くなったという連絡だけは貰い、その時だけは手紙の許可が出たため、それぞれに手紙と花代に貯めていたお金を送った。
そして、エマは丈夫なことだけが取り柄だったが、脳の病で倒れて、そのまま亡くなった。享年六十二歳だった。
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お読みいただきありがとうございます。
これにてエマ編、終了です。
結局長くなって申し訳ありません。
エマで女性陣を全て書き終えましたので、
次はサリー側を書いていきたいと思っています。
よろしくお願いいたします。
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