203 / 203
番外編2
フィラビ・ロエン5
しおりを挟む
自分が動けなくなるかもしれないと、薄々分かっていたからこそ、止められてしまう前に、走り切りたかったのだろう。サリー様はそういう人だ。分かっている、そんな人だからこそ仕えて来た、だが失う恐怖は日に日に高まっていた。
そして、あの日、サリー様に呼ばれた。
お互い欲しいと思うようなものは、この世に大してなかった。他愛ないお喋りと、翻訳や絵を描く楽しさ、たったそれだけだった。
サリーが亡くなった朝、フィラビは本当にすべてを失ったと感じた。
誰にも見付からないままサリーを看取り、葬儀が終わると、また誰にも知られることもなく姿を消した。
この世にフィラビと呼ぶ者はもういなくなってしまった。
それからフィラビはフィーナと暮らした家を、クレア王妃陛下から買い上げて貰っていたので、そこでサリーを忘れない様に絵を描くことにした。
サリー様がお好きだった方も、忘れないで欲しいという願いを込めて、ミーラ殿下、ペルガメント侯爵、ルアース・ベルア様、そして財団にも、『ミミとビビ』の発売日に届けることにした。
大事に飾られるだろうことは分かっていたが、新聞までにも取り上げられるとは思わなかった。
それぞれをサリー様が見つめる姿を描いた。サリー様のような記憶力を持っていない、私の記憶から消えてしまうことが怖かったからでもあった。
トール殿下には贈らなかったのも、許すことが出来なかったからだ。夫であるのに自分だけには届かない、それがフィラビの意地悪な報復だった。
それでもサリー様は私のことを一切洩らすことはなかったので、フィラビ・ロエンを探しているという噂を聞いたこともあったが、辿り着くこともなかった。
偽物が現れたりもしたそうだが、本物にはキャンバスの裏に、簡単なラビットの絵とサリー・オールソンのサインが描かれていることを秘匿していたために、簡単に偽物だと判断することが出来た。
絵もサインも、キャンバスを贈ってくれたサリー様が、上手く描けますようにと願いを込めて、描かれたものである。見た者もサリーがフィラビ・ロエンを支援していたのだと思ったという。
そして二十四ヶ国が発売されて出版社に、『コルボリット』の完結にルアース・ベルア様に贈った。
サリーの二十四ヶ国語に、フィラビは六を足すために、六枚の絵を描いたのだ。
そして、サリーがいなくなって、ほぼ十年後にフィラビもこの世を去った。
サリー様の叶えられなかった旅行をしたりしながら、絵も沢山描いていたが、死ぬ前に『ミミとビビ』を六枚と、フィラビが部屋に飾っていた初めて会った時、学生時代、結婚式、亡くなる年のサリーの肖像画が四枚、サリー・オールソン、サリー財団のお役に立ててくださいというメッセージと共に、財団に届けられた。
そこでようやく、フィラビ・ロエンは幼い頃からサリーと知り合いだったということだけが分かった。
その他の絵はすべて焼却処分し、これでサリーの描かれた肖像画は十枚となり、サリーの喜びそうなキリのいい数字になった。
フィラビはサリーの肖像画を部屋に飾って見ていたこともあって、最期までしっかりと憶えていた。初めて見たサリー様の顔も思い出せる。
「フィラビ・ロエンです」
「サリー・ペルガメントです。なんて呼べばいいかしら?フィー?ラビ?それともフィラビ?」
「家ではフィラビと呼ばれています」
「じゃあ、私はラビって呼んでもいい?私ね、サリーって渾名が付けにくいでしょう?自分は無理でも、呼んでみたかったの」
「っはい」
「ありがとう。これからよろしくね、ラビ」
あの時の笑顔も、涙を流す顔も、怒っている顔も、報復を始めると言った時に冷たい眼差しも、私のことを友人だと言ってくれた時の顔も、憶えていた。サリーへの感謝を抱えて、フィラビもサリーの元へ旅立った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
長々と最後までお読みいただきありがとうございました。
フィラビ・ロエン編終了で、完全に完結します。
どうやって殿下の不貞を詳しく知ったのかという点で、
このフィラビを最後には決めていたのですが、
番外編が思った以上に非常に長くなってしまい、
自分でも大丈夫か?と思いながら書いていました。
番外編も含め、多くの方にお読みいただき、
読んで貰えて嬉しいという気持ちを与えてくれた作品となりました。
本当にありがとうございました。
そして、あの日、サリー様に呼ばれた。
お互い欲しいと思うようなものは、この世に大してなかった。他愛ないお喋りと、翻訳や絵を描く楽しさ、たったそれだけだった。
サリーが亡くなった朝、フィラビは本当にすべてを失ったと感じた。
誰にも見付からないままサリーを看取り、葬儀が終わると、また誰にも知られることもなく姿を消した。
この世にフィラビと呼ぶ者はもういなくなってしまった。
それからフィラビはフィーナと暮らした家を、クレア王妃陛下から買い上げて貰っていたので、そこでサリーを忘れない様に絵を描くことにした。
サリー様がお好きだった方も、忘れないで欲しいという願いを込めて、ミーラ殿下、ペルガメント侯爵、ルアース・ベルア様、そして財団にも、『ミミとビビ』の発売日に届けることにした。
大事に飾られるだろうことは分かっていたが、新聞までにも取り上げられるとは思わなかった。
それぞれをサリー様が見つめる姿を描いた。サリー様のような記憶力を持っていない、私の記憶から消えてしまうことが怖かったからでもあった。
トール殿下には贈らなかったのも、許すことが出来なかったからだ。夫であるのに自分だけには届かない、それがフィラビの意地悪な報復だった。
それでもサリー様は私のことを一切洩らすことはなかったので、フィラビ・ロエンを探しているという噂を聞いたこともあったが、辿り着くこともなかった。
偽物が現れたりもしたそうだが、本物にはキャンバスの裏に、簡単なラビットの絵とサリー・オールソンのサインが描かれていることを秘匿していたために、簡単に偽物だと判断することが出来た。
絵もサインも、キャンバスを贈ってくれたサリー様が、上手く描けますようにと願いを込めて、描かれたものである。見た者もサリーがフィラビ・ロエンを支援していたのだと思ったという。
そして二十四ヶ国が発売されて出版社に、『コルボリット』の完結にルアース・ベルア様に贈った。
サリーの二十四ヶ国語に、フィラビは六を足すために、六枚の絵を描いたのだ。
そして、サリーがいなくなって、ほぼ十年後にフィラビもこの世を去った。
サリー様の叶えられなかった旅行をしたりしながら、絵も沢山描いていたが、死ぬ前に『ミミとビビ』を六枚と、フィラビが部屋に飾っていた初めて会った時、学生時代、結婚式、亡くなる年のサリーの肖像画が四枚、サリー・オールソン、サリー財団のお役に立ててくださいというメッセージと共に、財団に届けられた。
そこでようやく、フィラビ・ロエンは幼い頃からサリーと知り合いだったということだけが分かった。
その他の絵はすべて焼却処分し、これでサリーの描かれた肖像画は十枚となり、サリーの喜びそうなキリのいい数字になった。
フィラビはサリーの肖像画を部屋に飾って見ていたこともあって、最期までしっかりと憶えていた。初めて見たサリー様の顔も思い出せる。
「フィラビ・ロエンです」
「サリー・ペルガメントです。なんて呼べばいいかしら?フィー?ラビ?それともフィラビ?」
「家ではフィラビと呼ばれています」
「じゃあ、私はラビって呼んでもいい?私ね、サリーって渾名が付けにくいでしょう?自分は無理でも、呼んでみたかったの」
「っはい」
「ありがとう。これからよろしくね、ラビ」
あの時の笑顔も、涙を流す顔も、怒っている顔も、報復を始めると言った時に冷たい眼差しも、私のことを友人だと言ってくれた時の顔も、憶えていた。サリーへの感謝を抱えて、フィラビもサリーの元へ旅立った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
長々と最後までお読みいただきありがとうございました。
フィラビ・ロエン編終了で、完全に完結します。
どうやって殿下の不貞を詳しく知ったのかという点で、
このフィラビを最後には決めていたのですが、
番外編が思った以上に非常に長くなってしまい、
自分でも大丈夫か?と思いながら書いていました。
番外編も含め、多くの方にお読みいただき、
読んで貰えて嬉しいという気持ちを与えてくれた作品となりました。
本当にありがとうございました。
6,425
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
私が生きていたことは秘密にしてください
月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。
見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。
「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらちん黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる