イリス=オリヴィエ戦記・外伝 ~アラン・フルーリーは兵士になった~(完結)

熊吉(モノカキグマ)

文字の大きさ
4 / 41

:第4話 「オレールとファビア」

しおりを挟む
:第4話 「オレールとファビア」

 王立軍にとって、馬匹というのは重要な牽引手段となっていた。
 近年は機械化が推進され、四輪駆動車のジャンティを始めとして、輸送用のトラック、牽引用のトラクターなど、様々な機械力が導入されてはいる。
 しかし、慢性的な予算不足が、全軍の機械化の妨げとなっていた。

 本来であれば、アランたちが所属する対戦車砲分隊も、自動車の配備を受けていなければならない部隊のひとつだった。
 M三六八七・三十七ミリ対戦車砲・B型は自動車による牽引を前提としてゴムタイヤを装備したタイプであり、毎時四十キロメートル以上での迅速な機動が可能なように作られている。

 ばんえい馬を利用した牽引では、毎時十キロメートルから二十キロメートルが長距離移動では精一杯で、その機動力にはどうしても自動車よりも劣る面がある。

 それでもアランは、馬匹牽引が好きだった。
 機械からは魂を感じることができないが、馬からはそれが感じられ、言葉が通じずともそこに絆があると感じ取ることができるからだ。

 そしてなにより、———かわいらしい。
 今も、ブラシのかけ方を教わったG・Jに背中をブラッシングしてもらいながら、先ほどの怒りようがウソのように愛嬌を振りまいている。
 ブルブル、と心地よさそうにいななきながら、口元をもちょもちょと震わせ、身を委ねている。
 G・Jも楽しそうにブラシをかけてやっていて、その様子はなんとも微笑ましく、少し故郷の家族のことを思い出してしまう。

「本当に、賢い馬だよなぁ……」

 その、オレールという牡馬のことを、アランは感心しきりで眺めていた。

 王国北部出身のばんえい馬で、毛並みは少し黒っぽいまだらの混じった芦毛(あしげ)。
 ガッチリとした四足を持ち、筋骨隆々を絵に描いたような体躯で威風堂々としている。

 去勢のされていない牡馬だったが、大人しく、温和な性格をしている。
 手綱を引いている時、常にこちらの歩みの進め方に気を使ってペースを合わせてくれるし、足元にネズミなどの小動物が走ってきたら歩みを止めて踏まないように注意する。
 優しいのだ。

 さっきは荒々しい姿を見せていたが、その時だって、彼は配慮を欠かさなかった。
 怒りはしたものの、他の馬ならばG・Jのことを後ろ脚で思いきり蹴りつけていたかもしれないのにそういうことをせず、立ち上がって抗議するだけにとどめていたからだ。

 自分は身体が大きく、力が強い。
 だから、そのつもりが無くても容易に周りにあるものを壊したり、傷つけてしまったりする。
 そのことを分かっているのかもしれなかった。

 元来そういう性格をしているから、もう、G・Jのことを怒っていないらしい。
 さっきから実に心地よさそうにブラッシングを受けているし、「その辺をかいてやると喜ぶよ」とアランに教えられたG・Jが背骨の左右の辺りをかいてやると、馬首を曲げてこちらを振り返り、「もっとやって! 」という風に甘えて来る。
 背中には手が届かないから、気持ち良いのだろう。

 すると、その光景を目にしていたのか、オレールの数メートル隣で木につながれていたもう一頭のばんえい馬、ファビアが自己主張するように強めにいなないた。

 こちらは、王国南部出身のばんえい馬で、鹿毛の牝馬。
 オレールよりもやや小柄ではあったが同じくらい力持ちで、そして、非常に気の強い性格をしている。

 セルヴァン上等兵が主に担当している馬だったが、前任者からいろいろ注意をされているらしい。
 気に入らない相手が近くにいると追いかけ回すし、機嫌が悪いと柵を踏み砕いたりもするし、手綱を引いている時も不満があれば小突いて来る。
 だから絶対に機嫌を損ねるな、という話だった。

 多分、G・Jが背後に回り込んだのがオレールではなくファビアの方であったら、タダでは済まなかっただろう。

 だが、かわいらしい一面も持ち合わせていた。
 たとえば、周囲にいる馬がブラッシングをしてもらって心地よさそうにしていると、「私のこともかまいなさいよ! 」というように自己主張してくるところとか。
 あとは、タンポポの花が大好物で、生えている限りはひたすら食べ続けてしまうところとか。

「あ~、はい、はい。わかった、わかりましたよ、お嬢さん」

 一度は休む姿勢に戻っていたセルヴァン上等兵だったが、ファビアの催促(さいそく)を聞いて、仕方ない、といった風に立ち上がって歩み寄っていく。
 その口調はめんどう臭そうであったが、口元には楽しそうな微笑みが浮かんでいる。

 この二頭が、分隊が保有する輸送力のすべてだった。
 ファビアが対戦車砲を、オレールが弾薬などを満載した運搬車を牽引して、カッポカッポと蹄(ひづめ)を鳴らしながら引っ張っていく。
 運んでいるのは兵器であるから、その光景には剣呑(けんのん)さがあるはずだったが、そこにはどこか牧歌的な雰囲気がある。

 自動車には、こういった愛嬌はなかった。
 走りの良し悪しとか、外見とか、機械には機械の良い所もあったが、アランは幼い頃から一緒に家畜たちと育ったということもあって、やはり馬の方が好きであった。

(寂しいもんだよな……)

 かわいらしく頼もしい相棒たちの姿に和んでいたが、ふと、心に影が差す。

 ———王立陸軍の機械化は、これからも推進されていくだろう。

 馬は心強い相棒であったが、生物だ。
 自動車のようにこれだけ欲しいから早急に作ってくれ、と言っても、急には用意できない。
 生んで、育てて、訓練しなければならないから、年単位の長期的なスパンで考えなければならない。
 だが、機械であれば、生産設備と材料の都合がつけば好きなだけ作ってしまうことができる。

 それだけでなく、人間側の都合で様々な能力を付与することができるのだ。
 もっと速度を出したい、もっとたくさんの荷物を運びたい。
 技術の進展と共に馬匹による輸送と機械による輸送ではその能力差が年々増大しつつあり、限られた予算のためにペースはゆっくりではあったものの、着実に家畜の利用は減り、自動車に頼る度合いが増えている。

 いつかは、ほぼ完全に馬の姿は消え、ガソリンで走り回る武骨な鉄の塊だけになるのだろう。
 王立陸軍で正式な騎兵隊が廃止され、わずかに近衛騎兵連隊が儀仗のために残っているだけとなったように。
 その未来を思うといつも、寂寥感(せきりょうかん)を覚えてしまう。

 そしてなにより。
 もし、実戦ともなれば、この愛らしい仲間にも容赦なく戦火が降りかかることになるのだ。

(戦争は、嫌だなぁ……)

 少し前に空を飛び去って行った航空機の大編隊のことが、頭をよぎる。
 不吉な予感をさせるその姿が、漠然とした不安を呼び起こし、アランは落ち着かなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

改大和型戦艦一番艦「若狭」抜錨す

みにみ
歴史・時代
史実の第二次世界大戦が起きず、各国は技術力を誇示するための 「第二次海軍休日」崩壊後の無制限建艦競争に突入した 航空機技術も発達したが、それ以上に電子射撃装置が劇的に進化。 航空攻撃を無力化する防御陣形が確立されたことで、海戦の決定打は再び「巨大な砲」へと回帰した。 そんな中⑤計画で建造された改大和型戦艦「若狭」 彼女が歩む太平洋の航跡は

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...