イリス=オリヴィエ戦記・外伝 ~アラン・フルーリーは兵士になった~(完結)

熊吉(モノカキグマ)

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:第18話 「地響き」

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:第18話 「地響き」

「くそっ! さっきのは、ただの偵察だったんだ! みんな、気を引き締めろ、ここからが本番だぞ! 」

 地平線を埋め尽くすように迫って来る連邦軍の戦車隊を双眼鏡で確認したベイル軍曹が声をあげると、勝利の高揚感は一瞬で吹き飛んでいた。

 さっき撃破したのは、連邦軍の偵察部隊に過ぎなかったのだ。
 そして彼らが装備していたのは、いわゆる軽戦車というものに違いなかった。

 王立陸軍における軽戦車というのは、騎兵部隊の役割を代替するものだ。
 軽快な機動力を生かして素早く前進し、敵情を偵察し、周辺を捜索する。
 場合によっては、退却する敵に対する追撃戦にも利用される。
 そのために走破性が重視され、装甲は薄く、武装も控えめに作られているが、その分軽量で整備性も燃費も良く、使い勝手のいい車両となっていた。

 あっさりと撃退された連邦軍の七両の戦車は、あちらでどのような分類をされているのかはわからなかったが、おそらくは王立軍の軽戦車の役割を持たされていたはずだ。

 その任務は、主力の進出に先立って敵の存在がないかどうかを確かめること。

 ———アランの脳裏には、不愉快な想像が生まれている。

(アレは、懲罰部隊とか、いうんじゃないのか……)

 偵察は欠かせない、とはいえ、あんな脆弱な部隊を、しかも単独で前進させるなど、あまりにも非人道的な作戦に思えたのだ。
 そしてその狙いも、理解できる。
 わざとこちらに発砲させることで、重要な本隊が奇襲を受けることを防ごうというものだ。

 合理的ではあるが、血も涙もない、という言い回しを体現したような行いだ。
 しかし、好悪はともかくとして、王立軍側にとっては[自らの位置が露呈してしまった]という事実は深刻であった。


「チッ。これで、待ち伏せのカードは、切れなくなっちまったな」

 双眼鏡を手に必死に敵を数えながら、珍しく余裕のない様子でベイル軍曹が舌打ちをする。
 そしてすぐに、指揮官である自分がこんな体たらくでどうするのだ、と気がついたのだろう。

「なぁに、大したことはねぇ。ここにいる、ってのはわかったってだけで、どこにいるか、まではまだ見つけられてねぇはずだ。訓練通り、確実に仕留めて行けば勝てる」

 敵は、確かにここに王立軍の防衛陣地があることを認識しただろう。
 だから身構えて進んで来るはずだったが、巧妙に偽装された陣地の全容は、あの短時間では把握できなかったはずだ。

 だから、完全な奇襲は望めないまでも、こちらが先に有効弾を送り込むこともできる。
 一撃必殺(ワンショット・ワンキル)。
 攻撃こそが、最大の防御。
 やることはなにも変わらない。

 それに、どうやら敵は歩兵部隊の随伴がない様子だった。

 戦車は視界が悪い。だから対戦車砲の待ち伏せ攻撃がよく刺さる。
 歩兵がいれば別だ。防御力が脆弱な対戦車砲は歩兵の射撃だけでも脅威であったし、なによりその数と視野の広さで、こちらの存在を素早く発見されてしまう。

 しかし、連邦軍は進撃を焦ったのだろう。
 歩兵を置き去りにし、機械の力で脚の速い戦車だけで進んできているらしかった。

(でも、あんな数じゃ……)

 アランは、ベイル軍曹の励ましに乗る気分にはなれなかった。
 なぜなら、土煙の数、そして濃度から言って、突進してきている連邦軍のあらたな戦車部隊は数十両もの大軍に思えたからだ。

 先ほどと同じように先手を取って数両の戦車を撃破できたとしても、生き残った相手から反撃を受けることは避けられないだろう。
 自分たちの側にも多くの死傷者が生じるに違いないと悟り、先ほど目にした、炎に包まれながら死んでいった敵兵の姿を思い起こしたアランは、戦慄(せんりつ)を覚えずにはいられなかった。
 ———黒焦げになった遺体は、まだ、生々しく燃えている。

≪第三小隊長より、各分隊へ。全力射撃準備。敵は多い、とにかく、弾薬の続く限り砲火を浴びせるぞ。現時点を持って各砲による同一目標への集中射撃を放棄。自身にとってもっとも攻撃のし易い、あるいは、脅威となる敵を自由に射撃せよ。ただし、攻撃開始は、A分隊の発砲まで待て。厳守せよ。以上≫

 無線で指示を伝えて来るヴァレンティ中尉の声も、冷静そうではあったが、心なしか緊張で固くなっているように思われた。

 やがて、田園を突っ切って突進してくる敵戦車の間で閃光が起こった。
 そうかと思えば、対戦車陣地(パック・フロント)の中で爆裂が起き、土柱が立って周囲にバラバラと土や小石が降り注ぐ。
 咄嗟(とっさ)に首をすくめたアランの耳元で、降り注ぐ土が鉄兜に当たって落ちる音が絶え間なく鳴り響き、同じ壕に隠れていたセルヴァン上等兵の鉄兜に比較的大きな小石が当たって、カン、いい音が響き渡った。

 三十七ミリ砲とは、段違いの威力。
 工兵軍曹が言っていた、敵戦車の砲は野戦砲クラスだ、という言葉は真実であった。

「音が、後から聞こえたぞ!? 」

 塹壕の中で軽機関銃を抱きかかえていたパガーニ伍長が悲鳴のような声をあげる。

 発砲音は、着弾した後に聞こえた。
 ということはつまり、敵の戦車砲は音速を越える速度で飛翔してくる、ということだ。

 野戦砲クラスの口径の砲弾が、その速度で。
 つまりは、対戦車砲と同等の初速だ。
 ———きっと、王立陸軍が配備しているどんな戦車でも、撃破しうるだけの貫徹力を発揮するのに違いなかった。

(ほ、本当に、あんなのと戦うのかよ!? )

 アランは息苦しさと吐き気を同時に覚えていた。
 あれほど強力な戦車と交戦することは、これまでの訓練で想定されたことがなかったからだ。

「みんな、落ち着いていろ! こんなのあてずっぽうだ、直撃なんかするはずがねぇ! 塹壕の中にしっかり隠れていれば、大丈夫だ! 」

 敵の攻撃を受けた。
 それも、その威力は先に聞かされていた通り、七十五ミリ口径以上の野戦砲クラスだ。

 そう悟って動揺しそうになる分隊の仲間たちを、先んじてベイル軍曹が鼓舞してくれる。
 おかげで、みなが冷静さを保つことができた。

 誰もが実戦はこれが初めてであった。
 徴兵制度によって兵士になっただけのアランも、G・Jもそうだったし、他の職業軍人たちも同じだった。

 だから、怖い、という感情は強くある。
 それは未知の体験への不安、そして、自分たちも死ぬかもしれないという恐れだ。

「いいか!? 中尉殿に言われた通り、A分隊が撃ちだすまで、決してこちらから撃つな! 必殺の間合いまで、敵を誘い込むんだ! 」

 だがこうしてベイル軍曹が声をあげて励まし、次に自分たちがどうすればいいのかを教えてくれるだけで、平静を保つことができる。

 自分には、まだやれることがある。
 そう思うことができるだけでも、人間は自分を見失わずにいられるのだ。

 おそらくベイル軍曹だって、内心では初めての戦闘に戸惑っているのに違いなかった。
 それでもこうして他の仲間たちを気づかい、声をあげ続けてくれているのは、ベテランの下士官としての経験や矜持(きょうじ)を相応に持ち合わせているからだろう。
 あるいは、下士官教育というものの中には、こうした状況下で部下の人心を掌握する術、というのもカリキュラムに含まれているのかもしれない。

 連邦軍の戦車からの砲撃は、断続的に続いた。
 軍曹が指摘した通り、あてずっぽうの撃ち方だ。
 威嚇(いかく)のつもりなのか、あるいは、まぐれ当たりを期待しているのか。
 それとも、正確な位置をつかむことができないこちらに発砲をさせて、その正確な居場所を特定しようとしているのか。

 砲弾の直撃でクレーターが生まれ、巻き上がった土くれが盛んに降り注いでくるものの、熱心に偽装を施したおかげか、今のところどの分隊にも直撃は生じていなかった。

 そうしている間にも、連邦軍の戦列が迫りつつある。
 肉眼でも、土煙の先頭を勢いよく突進してくる敵戦車の姿をはっきりと見ることができるようになり始めていた。

「あれが、敵の、戦車……! 」

 少しだけ顔をあげて敵の姿を視認したアランは、「おい、頭出すな! 」とセルヴァン上等兵にすぐに塹壕の中に引っ張り戻される。

 地響きが、迫って来ている。
 断続的な砲撃音を轟(とどろ)かせながら、重層的に重なり合った威圧感のある音程が、確実に。

 第一防衛線までの距離は、もうすぐ一千メートル。
 対戦車猟兵がその死力を尽くして撃ち貫くべき[敵]が、その射程に飛び込んで来ようとしていた。
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