イリス=オリヴィエ戦記・外伝 ~アラン・フルーリーは兵士になった~(完結)

熊吉(モノカキグマ)

文字の大きさ
19 / 41

:第19話 「鋼鉄の怪物:1」

しおりを挟む
:第19話 「鋼鉄の怪物:1」

 散発的に浴びせられる敵の砲撃にじっと耐え、息を潜めていた対戦車猟兵たち。
 彼らが形成する第一防衛線に配置された十八門の対戦車砲が、突如として咆哮(ほうこう)をあげた。

 放たれた十八発の徹甲弾。
 秒速八百メートルで砲口を飛び出した鋼を穿(うが)つための牙は、———無力だった。

 V型十二気筒のディーゼルエンジンが吠える野太い音を響かせながら突き進む、鋼鉄の塊。
 その表面に到達した砲弾は、先ほど遭遇した軽戦車の時とは異なり、まったくといっていいほどに効果を発揮しなかった。

 六十度という強い傾斜のつけられた装甲に弾かれ、いずこかへ飛び去るもの。
 あるいは、着弾の衝撃によって砕かれ、虚しく破片をまき散らすもの。

 攻撃を確かに受けたはずの敵戦車は、なにごともなかったかのように前進を続けている。

「な、なんだぁ、ありゃぁ……! 」

 A分隊の射撃開始を待ち、じっと身を潜めながら双眼鏡で敵の様子を確認していたベイル軍曹の額に、冷や汗が浮かび、驚愕(きょうがく)の呟きと共に零れ落ちる。

 敵の戦車は強力だ、とは聞かされていた。
 だが、ここまでであろうとは、想像もできなかった。
 王立陸軍にはあんな性能を有する戦車はただの一両も存在せず、噂で、連邦と帝国の戦車はさらなる進化を遂げている、とは聞かされていても、実際のところがどの程度であるのか、今日この時まで誰も知らなかったのだ。

 長く訓練を積み、装備の扱いに習熟した熟練(ベテラン)の将兵による、狙いすました精密な狙撃。
 放たれた砲弾はそのすべてが敵に命中し、———そのすべてが、無意味であった。

 ガン! とか、ゴン! とか、金属と金属が激しくぶつかり合う音と火花だけを散らして、虚しく弾かれ、鋭利であったはずの牙は砕かれた。

 これで、敵の戦車を貫くのだ。
 そう信じて来たものが、なんの意味も成さない。
 通用しない。

 その現実に直面しても、当初、驚愕(きょうがく)はあっても混乱は起こらなかった。
 どんな存在であろうとも、こちらの砲弾が目の前で強固な装甲に弾かれようとも、[敵]である限りは戦わなければならないのが、兵士だったからだ。

 第一防衛線に展開していた対戦車猟兵たちは訓練通り、滑らかな動きで澱みなく、素早く次弾を装填し、そして照準を修正し、敵の弱点と思われる個所に狙いを定め、第二撃を放った。

 淡々と、黙々と。
 装填し、照準し、引き金を引く。

 それが彼らの成すべきことであり、できる、唯一のことであった。

 敵戦車の装甲の表面で、次々と火花が散る。
 最初の射撃位置から着実に距離が縮まっているのにも関わらず、やはり、通用しない。

「これじゃ、まるでドアノッカーじゃねぇかよ! 」

 ちらり、と塹壕から顔を出したパガーニ伍長が、敵の砲塔がこちらを向くのを見て慌てて頭を引っ込めながら悲鳴をあげる。
 直後、敵戦車から発砲された砲弾が風切り音と共に頭上をかすめて飛んでいき、後方で炸裂した。

 対戦車猟兵は果敢に攻撃を加え続けたが、しかし、未だに目に見える成果は上がってはいない。

 照準を絞り、射撃距離も肉薄したことで、まったく無意味、という状況は脱していた。
 発射された砲弾のいくらかは敵戦車の操縦士や車長のためののぞき窓に命中してそこに張られていた防弾ガラスを突き破って貫通していたし、狙いを変え、キャタピラを打ち抜くことで足を奪うことにも成功している。

 しかしそれは、微々たる効果しかなかった。
 そうしてなんとか数両を擱座(かくざ)させることができても、その他の大多数の敵戦車はやはり、なにごともないかのように前進を続けている。

 弱点を狙え、とは言うものの、こちらは敵戦車の構造を熟知しているわけではないので、外見から(多分、弱いだろう)と思える場所を撃つしかなかったし、前進しながら地面の凹凸で揺れ動く標的の弱点をピンポイントで正確に射抜くことは難しい。
 軽戦車と戦った時は、どこを撃っても貫通させることができたから苦労はなかった。
 だが、ほんのわずかな部分に、針に糸を通すような精密さで命中弾を得なければならないとなると、まったく勝手が違って来る。

 そして、恐れていたことが現実となった。
 攻撃を行ったことにより対戦車砲の位置が露呈(ろてい)していたため、敵も、[どこを撃てばよいのか]を理解し始めたのだ。

 車体の大きさと比較するとずいぶん小さく見える丸みを帯びた砲塔が旋回し、七十五ミリ以上の太さを持つ野戦砲クラスの戦車砲が、発見した対戦車砲に向けられる。

 戦いは、一方的なものとなり始めていた。

 こちらの火力は、ほとんど敵に通用しない。
 何発撃ちこんでも傾斜のついた正面装甲を射抜くことはできず、丸みを帯びていて避弾経始(ひだんけいし)に優れる砲塔部分はなおさら貫通できず、弱点を突いてみても擱座(かくざ)させるのが精いっぱいで、容易には無力化に至らない。

 それに対し、こちらは、たった一発の直撃弾を受けるだけで、終わり。

 敵戦車の砲口に火炎が生まれ、周囲に濃密な硝煙が広がったかと思った瞬間。
 その射撃を受けた対戦車砲が、そこにいた砲員ごと、木っ端微塵にされていた。

 炸裂した砲弾によって軽々と砲が空中に巻き上げられ、弾片によってズタズタに引き裂かれた人間の一部が、一緒に舞い上がった土くれと混ざり合いながら周囲にばらまかれる。

 悲鳴をあげる暇(いとま)さえ、ない。
 気づいた時には、そこにはクレーターが残っているだけだ。

 おそらく、自分が死ぬのだと、認識できた者は誰もいなかっただろう。
 ———周囲でその光景を目にした側は、違っていた。

 王立軍の防衛線は、恐慌状態に陥りつつあった。
 敵戦車を撃破するために訓練を重ねて来たはずなのに、そのための砲も、技術も、ほとんど意味を成さない。
 それなのに敵の砲撃はいともたやすく、たった一発で分隊を吹き飛ばす。

 自分たちには、なにもできないのだ。
 どんなに狙いを研ぎ澄まし、どれほど早く砲弾を装填して、撃ちまくってみても、何発も撃ち込んでようやく足を止めることができるだけ。
 それなのに、位置が露見してしまえば、反撃によって一撃で薙ぎ払われる。

 あまりにも、大きな差があった。
 そしてその事実を突きつけられ、自らに運命を左右する力も、権利もないと思い知らされた時、容易に戦意など打ち砕かれる。

 敵の砲が、自分たちの方向へと振り向けられる。
 撃たれる! 
 そう悟った瞬間、己がいかに無力であるのかを理解してしまった兵士たちは、自分たちが何者であるのかも忘れ、生物としての本能に従って逃げ出した。

 だが、それでも運命は変えられなかった。
 塹壕から飛び出してきた王立軍の将兵に気づくと、敵戦車は装備している機関銃による掃射に切り替え、弾雨で薙ぎ払い、容赦なく撃ち倒していったからだ。

 第二対戦車砲大隊が築いたささやかな防衛線は、今、まさに、突破されつつあった。

────────────────────────────────────────
※作者注
 今回登場した連邦側の中戦車は、旧ソ連のT34がモデルです。
 前回のT26といい、どうして旧ソ連系なのか?
 ・・・それは、その、敵にしやすいからです。(;’∀’)
 なんか悪役っぽいなって。(現在進行形の出来事を見ながら)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

改大和型戦艦一番艦「若狭」抜錨す

みにみ
歴史・時代
史実の第二次世界大戦が起きず、各国は技術力を誇示するための 「第二次海軍休日」崩壊後の無制限建艦競争に突入した 航空機技術も発達したが、それ以上に電子射撃装置が劇的に進化。 航空攻撃を無力化する防御陣形が確立されたことで、海戦の決定打は再び「巨大な砲」へと回帰した。 そんな中⑤計画で建造された改大和型戦艦「若狭」 彼女が歩む太平洋の航跡は

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

処理中です...