イリス=オリヴィエ戦記・外伝 ~アラン・フルーリーは兵士になった~(完結)

熊吉(モノカキグマ)

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:第23話 「退却か、全滅か」

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:第23話 「退却か、全滅か」

 この一連の戦闘の結果、第二一七独立対戦車砲連隊・第二大隊は、六両の軽戦車と、九両の中戦車を撃破することに成功していた。

 だが、それと引き換えに、第一防衛線に展開していた十八門の対戦車砲のすべてと、第二防衛線に展開していた内の八門を失った。
 死傷者は、数百名。
 その戦闘能力は、当初の三分の一以下にまで落ち込んでいた。

 事実上、たった一度の戦闘で第二大隊は壊滅したと言っていい。

 苦戦した割に、意外に多くの戦果をあげていると思えるかもしれない。
 しかし軽戦車はともかくとして、中戦車の内、対戦車砲による戦果は、四両を擱座(かくざ)させただけに過ぎなかった。

 撃破ではなく、擱座(かくざ)。
 あくまで足を止めただけに過ぎず、トドメは敵の主力が撤退した後の掃討戦によって刺さねばならなかった。

 そして残りの五両の中戦車は、歩兵による肉薄攻撃の戦果だ。

 あまりにも犠牲は大きかった。
 もしも敵が後退せず、攻撃を継続していたなら、そして歩兵の随伴があったのなら、確実にこちらは全滅させられていただろうと思えるほどに、戦いの様相は一方的なものであった。

(これから、どうなるんだろう……? )

 敵戦車の掃討を終えたアランは、B分隊の陣地に引き返しながら焦燥感を覚えていた。
 今回は、幸運にも生き残ることができた。
 だが次に戦えば確実に、自分も命を失うのに違いないと、そう信じざるを得ない現実を目の当たりにしたばかりなのだ。

 これまでの訓練によって培(つちか)ってきた自信など雲散霧消してしまったし、先行きは暗く、嫌な想像ばかりが生まれ、不安だけが大きくなっていく。

 塹壕に帰り着いたアランは途方に暮れ、小銃を抱きかかえるようにして座り込んでしまった。

「よぉ、新兵。少し、聞いてもいいかい? 」

 そんな彼に話しかけて来る者がいた。
 分隊の見知った相手ではない。

 顔をあげると、そこには真っ黒な顔面から、白目がやけに目立つ視線を無遠慮に向けてきている工兵隊の伍長の姿があった。
 肌の色が濃いわけではない。
 泥にまみれているのだ。

 おそらくは戦闘の最中、塹壕の中に生き埋めになって、後になって救出された者の一人なのだろう。
 全身が汚れていて、襟(えり)の紀章が辛うじて判別できなければ、彼が工兵隊の所属であることさえ分からなかったはずだ。

「は、はい。なんでしょうか? 」
「この部隊は、どうするんだ? 退却するのか? それとも、ここで全滅するまで、戦うのか? 」

 その伍長は、単刀直入に聞いて来る。

 そんなことをたずねられても、アランには分からない。
 それを知っているのは指揮官だけだ。
 塹壕から顔をのぞかせてベイル軍曹の姿を探すと、彼は無線機に取りついて何事かを話し合っている最中だった。
 きっと、ヴァレンティ中尉と今後について議論しているのに違いない。

「すみません、俺にはわからないです。軍曹たちに聞かないと」
「ああ、まぁ、そうか。そうだよな……」

 一等兵が知るはずもないことだ、と納得したのか、少し残念そうにうなずいた後、伍長は水筒をあおり、口に含んだ水をかき回してから塹壕の底に吐き出す。
 血と砂が混じっているように思えた。

「だけどよ、できれば、退却になって欲しいもんだね。……オレは、うちの隊長みたいに、爆弾抱えて戦車に突っ込む気はないぜ」
「隊長? 」
「なんだ、新兵。覚えてないのか? いや、そうか、分からないよな、この顔だもの。ほら、先に食糧とか、砲弾とか、分けてもらっただろう? オレはその時の工兵軍曹のところにいたんだ」

 そこまで言われて、ようやく、アランにも目の前にいる人物が誰なのか、理解することができた。

(ああ、工兵軍曹と一緒にいた……)

 夜が明けた時、いつの間にか戦列に加わってくれていた志願兵たちの一団。
 B分隊の前方に展開していた、即席の歩兵分隊の一人だった。
 言葉こそ交わさなかったし印象にも残っていなかったが、塹壕の中に確かにいたなぁと思い出す。

「オレは、あの隊長のマネをするのは御免だね。あんな死に方は、恐ろしくってできやしねぇ」

 それは、アランもまったく同感であった。
 いくら敵戦車を屠(ほふ)るためとはいえ、自分自身を引きかえにするなんて、簡単に決心できることではない。
 よほどのことがなければ、自分の命を、人生を諦(あきら)めることなど、無理だ。

「あの……、工兵軍曹は、どうして、あんなことを……? 」
「んぁ? ……ああ、そうだな」

 疑問に思ったことを思わずたずねてしまうと、伍長は少し考えこみ、水筒の水を今度はきちんと一口飲み込んでから、肩をすくめながら教えてくれた。

「あのな。あの人には、娘さんがいたんだ」
「お子さんが? 」

 それとこれと、いったいなにが関係しているのか。
 不思議に思いつつ続きを待っていると、伍長はどこか遠い目をする。

「きれいで、かわいらしいコだったぜ。それでな、その娘さん、軍曹のところの、つまりはオレたちの部隊に配属になっていたんだ。兵役ってやつさ。つまりは、お前さんと同じさ」

 アランと同じ、ということは、配属時期から考えて、十九歳の娘だったのだろう。
 それが、どうしたというのか。
 なんだか胸騒ぎがした。

「だけどな、昨日、戦いが始まった時、やられちまったのさ。……しかも、軍曹の目の前で。戦車の砲撃が直撃してよ、隠れていた塹壕ごと、跡形もなくなっちまったんだ。つまりは……、なんだ。軍曹に取っちゃ、目の前ですべてが吹き飛んじまったわけだ」

 目の前で、子供を。
 家族を失った。

 それがどういうことなのか、アランには想像することしかできない。

 だが、妙に納得してもいた。

 最初にあの工兵軍曹と出会った時に感じた、違和感。
 どこか空虚で、心ここにあらず、といった、不気味さ。

 目の前で愛娘が四散するところを見てしまったのだ。
 ああなるのは、当然だろうと思えた。

 あの人は、もう、惰性(だせい)で生きていたのだ。
 もっとも大切に思っていたものを目の前で失い、生きる価値も目的も失ってしまった。

 ———おそらく、死に場所を求めていたのだろう。

「軍曹も、娘さんも、本当にかわいそうだった。……だけどよ、オレは、あの人のマネはできねぇ。
 だって、そうだろう?
 オレの家族はまだ、故郷で、生きてるんだから。
 息子は二歳になったばっかりでさ、今年には、次の子供も生まれて来るんだ」

 それは、一切の飾り気のない本心であるのに違いない。

「悪いけどオレは、アンタらが残って戦うってことになっても、もう、つき合わないぜ。前にここを通り過ぎて行った連中と同じく、退却させてもらう。
 ……あの軍曹には、ずいぶん世話になったんだ。だから残った。
 尊敬していたんだ。
 だけど、もう十分に義理は果たしたはずだ。
 オレだって、一歩間違えれば死んでいたんだ。戦車に踏みつぶされて、その辺の土と見分けがつかないくらいぐちゃぐちゃにされて、な。
 そうなりゃ、骨も家族のところには戻れねぇ。
 だけど、生き残った。……オレには、食わせてやらなきゃならねぇ、顔を見たい相手がまだ、残ってるんだよ。
 アイツらを守るために……、ここで死んじまうわけには、いかねぇんだ」

 まるで自分が生き延びなければならない理由を再確認しているかのような言葉の後、その伍長は唐突に、「タバコ、持ってねぇか? 」とたずねて来る。
 半ば呆然として話に聞き入っていたアランが反射的に自身のポケットをまさぐり、「どうぞ」と言って煙草の入った小箱とマッチを取り出すと、彼は嬉しそうに微笑んで封を開き一本だけ抜き取って口にくわえ、シュッ、と慣れた様子でマッチを擦(す)って火をつけた。

 うまそうに、実にうまそうに、深く、深く、肺がいっぱいに膨らむまで紫煙を吸い込み、息を貯めて存分に堪能した後、ふぅーっ、っと長く吐き出す。

「ああ……。生きてるって、いいよなぁ。本当に、よぉ……」

 自然と漏れ出たその言葉には様々な感情が入り混じっていたが、これから自身が行うことへの迷いは少しも混ざってはいなかった。

 彼が、家族と再会できるのはいったい、いつのことになるのだろう?
 そんな疑問と共に、自分はどうなるのだろうと不安を覚えながら、アランはじっとその伍長が煙草を吹かす様子を眺めていた。
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