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4 悪女誕生
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ジュディスとの結婚が泡となって消えてしまったエドガーに対して、アーバン家は非情な決断を下した。
それはエドガーが関係を持ったオフィーリアとの結婚だった。
アーバン家にとってはオーディール家の経済援助は絶対に必要であり、エドガーの恋心など二の次だった。正直、アーバン家にとってオーディール家と縁が結べるのならジュディスでもオフィーリアでもどちらでも良かった。
「そ、そんな。それではあまりにジュディスが可哀想だ……」
アーバン家当主の命令に対して、エドガーはジュディスを思い、心を痛めた。それと同時に沸々と妹のオフィーリアに対して怒りが沸いてきた。
(そもそも、何故オフィーリアはジュディスの部屋で寝ていたんだ。……オフィーリアさえあのベッドで寝ていなければ私は彼女をジュディスと間違えて抱くこともなかったのに……)
自分も泥酔し、理性を飛ばしていたことを棚に上げ、エドガーは逆恨みのような気持ちをオフィーリアへと向けていた。
* * *
「ジュディスは今日も部屋から出てこないのかい? 」
食事の席でオーディール家当主であるヨナス・オーディール男爵がジュディスの空の食席を見つめて同情するように呟いた。
「……はい。エドガー様との婚約が白紙になられて以降、ずっと塞ぎ込んでおります」
「……そうかい、可哀想に……」
しん、と重い沈黙が朝の食堂に落ちる。
「……ご馳走様でした」
その気まずさに耐えられず、オフィーリアは食事に殆ど手をつけないまま席を立った。
両親を始め、屋敷の使用人達からの視線が痛い。
オフィーリアの立場はあの夜から一変し、姉の婚約者を寝取ったずる賢く卑しい妹として周りから不名誉な烙印が押されてしまっていた。
オフィーリアは今でも不思議で堪らなかった。
何故あの婚約パーティーの夜、自分は姉のジュディスの部屋で寝ていたのか。
あの日自分を介抱し部屋まで連れていってくれた使用人は確かにいたのだ。しかし、酔って気分を悪くしていたオフィーリアにとって、男爵家の数いる使用人の誰かだとは判別することが出来なかったし、あの後でオフィーリアは自分を部屋まで介抱してくれた使用人が誰かを屋敷の者達に尋ねたが、誰一人として『私が介抱しました』と名乗り出るものはいなかった。
コンコン――
オフィーリアは遠慮がちにジュディスの部屋のドアをノックした。
「お姉様、おはよう……。私はもう食事を終えたから、……その、良かったら食堂に出てきて一口でも何か食べてちょうだい。お父様もお母様も皆がお姉様を心配しているわ……」
しかしオフィーリアの呼び掛けにジュディスの返事は返って来なかった。
オフィーリアはその場で小さく溜め息を吐くと
「……ごめんなさい。お姉様を悲しませる気なんてこれっぽっちもなかったの。……信じて……」
それだけ言い残し静かにその場を立ち去った。
あの事件からこうしてオフィーリアは毎日ジュディスを気遣い、謝罪の言葉を述べ続けていた。
故意ではないものの、慣れないお酒を口にし、酒に酔い、ジュディスの部屋で寝てしまうという失態を犯してしまった。
そのせいで愛し合う二人の結婚を台無しにしてしまった。
ジュディスの心境を思うとオフィーリアは悔やんでも悔やみ切れず、罪の意識に苛まれた。
自分はエドガーと関係を持ってしまった為、最早今後誰とも結婚することが出来ない。
どちらにしても元々オフィーリアはあまり結婚というものに執着はなかった。
こうなってしまったからには、この身は神に遣える修道女となって、この罪を背負い償っていこうとオフィーリアは心に決めていた。
そんなオフィーリアに最悪の話が舞い込んできた。
「エドガー様と私が結婚っ……!?」
オフィーリアは信じられないという様子で執務室に座るヨナスを見つめた。
「そうだ。アーバン伯爵家から直々の申し出だ。寧あんなことがあって、この先、嫁ぎ先がなくなったお前にとっては願ってもない話だろう」
「……私は別に結婚なんてしなくても一向に構いません。寧ろ自分の罪を償うためにもこの身は神に捧げ、修道女として生きていきます」
オフィーリアはヨナスに向かって、心からの気持ちを述べた。しかし、そんなオフィーリアの言葉にヨナスは首を振って異論を唱えた。
「……オフィーリア、そういう訳にもいかないのだよ。貴族というものは色々と面倒でね。一度家門同士の約束事を結んでしまったら、そう簡単になかったことには出来ないのだ」
「それでは余りにもお姉様が気の毒です」
「……幸いジュディスはまだその身は綺麗なままだ。ましてやあの美貌だ。この先、アーバン家程ではないものの良い縁談話だってきっとくるさ」
「だけど、愛し合っていた二人を蔑ろになど出来ません」
「オフィーリア、これはもう決まったことなんだ。相手は名門貴族のアーバン伯爵家なんだぞ。いくら財を成したとはいえ成金上がりの私には伯爵家からの申し出を断る力はない。お前も腹を括るのだ」
「……そんな……」
がっくりとオフィーリアは項垂れた。
* * *
そうしてお互いの意思に反してエドガーとオフィーリアは婚姻関係を結び、現在に至る。
ジュディス不在の中で二人の結婚式は執り行われた。結婚式の間、エドガーは終始不機嫌な様子を崩さなかったし、オフィーリアもずっと下を向き、その顔は暗く沈んでいた。
結婚式でジュディスが着るはずであった華やかで豪華なウェディングドレスは彼女と対照的なオフィーリアには全くと言っていい程似合っていなかった。
ジュディスの豊満な胸に合わせて作られた胸元が大きく開かれたドレスは、細身のオフィーリアには布が余り、急遽胸元から首にかけての布が付け足され、ジュディスの金色の髪に合わせた金色の刺繍は銀髪のオフィーリアには浮いて見えた。
ウェディングドレスを身に纏ったオフィーリアがバージンロードに登場すると、先に祭壇の前に待機していた新郎のエドガーは嫌悪感丸出しでオフィーリアを睨み付けていた。
式に参加していた貴族連中達はヒソヒソと不遜な声を潜ませながらそんな二人の様子を眺めていた。
真実を知らない者達はこぞってオフィーリアがジュディスを妬み、エドガーを酒で酔わせ無理矢理に身体の関係を結んだのだと噂した。
それはオフィーリアがあまり社交界に積極的でなかったことも原因で、オフィーリアがどんな人物なのかも分からないままに人々は想像の中で彼女を悪女に仕立て上げていた。
可哀想なジュディス。
憐れなエドガー。
欲深いオフィーリア。
エドガーを中心に人々から向けられる憎悪と侮蔑の視線が新婦のオフィーリアにグサグサと深く突き刺さっていた。
既に身体の関係を結んでいた二人であったが、形式的には初夜となるその夜。エドガーがオフィーリアの寝室を訪れることはなかった。
彼との行為はあの過ちの日ただ一度だけ。
それもお互いに泥酔状態で、オフィーリアに至ってはあまりのショックな出来事と恐怖から、途中で気絶してしまい、本人の知らぬ所で初めてを散らされた悲惨な体験で終わった。
(なるべくひっそりと、存在を消すように生きていこう……)
エドガーの来ない寝室でオフィーリアはこの先の自分の人生を諦めるように心の中で決意した。
それはエドガーが関係を持ったオフィーリアとの結婚だった。
アーバン家にとってはオーディール家の経済援助は絶対に必要であり、エドガーの恋心など二の次だった。正直、アーバン家にとってオーディール家と縁が結べるのならジュディスでもオフィーリアでもどちらでも良かった。
「そ、そんな。それではあまりにジュディスが可哀想だ……」
アーバン家当主の命令に対して、エドガーはジュディスを思い、心を痛めた。それと同時に沸々と妹のオフィーリアに対して怒りが沸いてきた。
(そもそも、何故オフィーリアはジュディスの部屋で寝ていたんだ。……オフィーリアさえあのベッドで寝ていなければ私は彼女をジュディスと間違えて抱くこともなかったのに……)
自分も泥酔し、理性を飛ばしていたことを棚に上げ、エドガーは逆恨みのような気持ちをオフィーリアへと向けていた。
* * *
「ジュディスは今日も部屋から出てこないのかい? 」
食事の席でオーディール家当主であるヨナス・オーディール男爵がジュディスの空の食席を見つめて同情するように呟いた。
「……はい。エドガー様との婚約が白紙になられて以降、ずっと塞ぎ込んでおります」
「……そうかい、可哀想に……」
しん、と重い沈黙が朝の食堂に落ちる。
「……ご馳走様でした」
その気まずさに耐えられず、オフィーリアは食事に殆ど手をつけないまま席を立った。
両親を始め、屋敷の使用人達からの視線が痛い。
オフィーリアの立場はあの夜から一変し、姉の婚約者を寝取ったずる賢く卑しい妹として周りから不名誉な烙印が押されてしまっていた。
オフィーリアは今でも不思議で堪らなかった。
何故あの婚約パーティーの夜、自分は姉のジュディスの部屋で寝ていたのか。
あの日自分を介抱し部屋まで連れていってくれた使用人は確かにいたのだ。しかし、酔って気分を悪くしていたオフィーリアにとって、男爵家の数いる使用人の誰かだとは判別することが出来なかったし、あの後でオフィーリアは自分を部屋まで介抱してくれた使用人が誰かを屋敷の者達に尋ねたが、誰一人として『私が介抱しました』と名乗り出るものはいなかった。
コンコン――
オフィーリアは遠慮がちにジュディスの部屋のドアをノックした。
「お姉様、おはよう……。私はもう食事を終えたから、……その、良かったら食堂に出てきて一口でも何か食べてちょうだい。お父様もお母様も皆がお姉様を心配しているわ……」
しかしオフィーリアの呼び掛けにジュディスの返事は返って来なかった。
オフィーリアはその場で小さく溜め息を吐くと
「……ごめんなさい。お姉様を悲しませる気なんてこれっぽっちもなかったの。……信じて……」
それだけ言い残し静かにその場を立ち去った。
あの事件からこうしてオフィーリアは毎日ジュディスを気遣い、謝罪の言葉を述べ続けていた。
故意ではないものの、慣れないお酒を口にし、酒に酔い、ジュディスの部屋で寝てしまうという失態を犯してしまった。
そのせいで愛し合う二人の結婚を台無しにしてしまった。
ジュディスの心境を思うとオフィーリアは悔やんでも悔やみ切れず、罪の意識に苛まれた。
自分はエドガーと関係を持ってしまった為、最早今後誰とも結婚することが出来ない。
どちらにしても元々オフィーリアはあまり結婚というものに執着はなかった。
こうなってしまったからには、この身は神に遣える修道女となって、この罪を背負い償っていこうとオフィーリアは心に決めていた。
そんなオフィーリアに最悪の話が舞い込んできた。
「エドガー様と私が結婚っ……!?」
オフィーリアは信じられないという様子で執務室に座るヨナスを見つめた。
「そうだ。アーバン伯爵家から直々の申し出だ。寧あんなことがあって、この先、嫁ぎ先がなくなったお前にとっては願ってもない話だろう」
「……私は別に結婚なんてしなくても一向に構いません。寧ろ自分の罪を償うためにもこの身は神に捧げ、修道女として生きていきます」
オフィーリアはヨナスに向かって、心からの気持ちを述べた。しかし、そんなオフィーリアの言葉にヨナスは首を振って異論を唱えた。
「……オフィーリア、そういう訳にもいかないのだよ。貴族というものは色々と面倒でね。一度家門同士の約束事を結んでしまったら、そう簡単になかったことには出来ないのだ」
「それでは余りにもお姉様が気の毒です」
「……幸いジュディスはまだその身は綺麗なままだ。ましてやあの美貌だ。この先、アーバン家程ではないものの良い縁談話だってきっとくるさ」
「だけど、愛し合っていた二人を蔑ろになど出来ません」
「オフィーリア、これはもう決まったことなんだ。相手は名門貴族のアーバン伯爵家なんだぞ。いくら財を成したとはいえ成金上がりの私には伯爵家からの申し出を断る力はない。お前も腹を括るのだ」
「……そんな……」
がっくりとオフィーリアは項垂れた。
* * *
そうしてお互いの意思に反してエドガーとオフィーリアは婚姻関係を結び、現在に至る。
ジュディス不在の中で二人の結婚式は執り行われた。結婚式の間、エドガーは終始不機嫌な様子を崩さなかったし、オフィーリアもずっと下を向き、その顔は暗く沈んでいた。
結婚式でジュディスが着るはずであった華やかで豪華なウェディングドレスは彼女と対照的なオフィーリアには全くと言っていい程似合っていなかった。
ジュディスの豊満な胸に合わせて作られた胸元が大きく開かれたドレスは、細身のオフィーリアには布が余り、急遽胸元から首にかけての布が付け足され、ジュディスの金色の髪に合わせた金色の刺繍は銀髪のオフィーリアには浮いて見えた。
ウェディングドレスを身に纏ったオフィーリアがバージンロードに登場すると、先に祭壇の前に待機していた新郎のエドガーは嫌悪感丸出しでオフィーリアを睨み付けていた。
式に参加していた貴族連中達はヒソヒソと不遜な声を潜ませながらそんな二人の様子を眺めていた。
真実を知らない者達はこぞってオフィーリアがジュディスを妬み、エドガーを酒で酔わせ無理矢理に身体の関係を結んだのだと噂した。
それはオフィーリアがあまり社交界に積極的でなかったことも原因で、オフィーリアがどんな人物なのかも分からないままに人々は想像の中で彼女を悪女に仕立て上げていた。
可哀想なジュディス。
憐れなエドガー。
欲深いオフィーリア。
エドガーを中心に人々から向けられる憎悪と侮蔑の視線が新婦のオフィーリアにグサグサと深く突き刺さっていた。
既に身体の関係を結んでいた二人であったが、形式的には初夜となるその夜。エドガーがオフィーリアの寝室を訪れることはなかった。
彼との行為はあの過ちの日ただ一度だけ。
それもお互いに泥酔状態で、オフィーリアに至ってはあまりのショックな出来事と恐怖から、途中で気絶してしまい、本人の知らぬ所で初めてを散らされた悲惨な体験で終わった。
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