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第1章「追放聖女、旅に出る」
03:聖女は、追放を宣告される
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聖女セレスティアが腕力のみでミノタウロスを屠った日。アークライト王国の歴史は、静かに、しかし確かに軋みを上げた。その軋みは波紋のように広がり、王都に住まう人々の心に、それぞれ異なる模様を描き出していった。
◇ ◇ ◇
まず、最も単純で、最も熱狂的な反応を見せたのは、王都の民衆だった。
彼らにとって、聖女とは雲の上の存在だった。美しく、清らかで、自分たちのために祈りを捧げてくれる、ありがたい象徴。しかしその姿はどこか遠く、現実感に乏しいものでもあった。
だが、セレスティアは違った。
大神殿に魔物が乱入したという絶望的な報せ。誰もが恐怖に震える中、彼女はただひとり、敢然と立ち向かった。そして、祈りでも結界でもなく、自らの細い腕で、脅威を打ち払ったてみせたのだ。
王都の酒場や路地裏では、連日その話題で持ちきりだった。噂は人々の口から口へと伝わるうちに、原型を留めないほどに脚色され、一種の英雄譚として昇華されつつあった。子供たちは「聖女様ごっこ」と称して、友達にラリアットを仕掛けるのが流行り始めていた。セレスティアがそれを知ったなら「やめておけ、首が折れるぞ」とツッコミを入れたに違いない。
「聞いたか? 聖女様が、たった一撃で魔物の首を刎ねたそうだ」
「素手じゃない、祈りの力だ。聖女様が腕を振るうと、まばゆい光が迸り、魔物は塵と化したそうだ」
「俺が聞いた話だと、魔物があまりの神々しさにひれ伏し、自ら頭を垂れて改心したって話だが……」
交わされる噂は、日を追うごとに荒唐無稽なものになっていったが、その根底にある感情は同じだった。それは、畏怖と、親近感と、そして何より強烈な「頼もしさ」への称賛である。民衆は、自分たちを守ってくれる、力強い聖女の登場に熱狂していた。
◇ ◇ ◇
一方、大神殿の最高位に立つアークビショップ・オルコットは、民衆の熱狂とは真逆の感情を抱いていた。深く冷たい苦悩にさいなまれていたのである。
あの日、彼は目の前で起きた出来事が信じられなかった。聖女が、祈りの言葉ではなく、獣のような膂力で魔物を屠る。その光景は、彼の長年の信仰を根底から揺るがすものだった。
「あれは……本当に、神の御業なのか……?」
自室で、彼は何度も自問自答を繰り返した。
聖女の力とは、慈愛の顕現であるはずだ。傷を癒し、心を慰め、邪を浄化する、清らかな光。暴力とは、破壊とは、最も対極にあるべきもの。
しかし、セレスティアの力は、あまりにも物理的で、暴力的だった。
彼女自身は、その力を「神より与えられたもの」だと言う。民衆はそれを「新たな奇跡」だと讃える。
だがオルコットの目には、それが神聖なものとは到底思えなかった。むしろ、古文書に記される、神の教えに背く「異端の力」に近いのではないか。
彼の心には、セレスティアに対する畏れと、理解できないものへの強い拒絶感が芽生えていた。このままでは、神殿の秩序が、いや、王国の信仰そのものが歪んでしまう。その危機感が、老いた聖職者の心を重く縛り付けていた。
◇ ◇ ◇
王宮の奥深く。謁見の間では、ひとりの少女が震えていた。
少女の名はリリアナ。宰相のデューク・ヴァルトによって辺境から見出され、王都へと連れてこられた、もうひとりの「聖女」である。
彼女の力は、純粋な「治癒」。その手から放たれる光は、まさしく人々が思い描く聖女の奇跡そのものだった。宰相は彼女を「真の聖女」として担ぎ上げ、セレスティアを排除するための駒として利用しようとしていた。
(怖い……。あの人、本当に人間なの……?)
リリアナは、伝え聞いたセレスティアの武勇伝に、ただただ恐怖を感じていた。
魔物をラリアットでなぎ倒す聖女? そんな話、聞いたこともない。
自分とはあまりにも違う異質な存在に、彼女はただ怯え、震えるしかない。
そんな彼女をなだめ、懐柔するかのように、宰相は囁く。
「あれは偽り。お前こそが、神に選ばれた真の乙女なのだ」
リリアナはその言葉に縋りついた。そうすることで、彼女はかろうじて自らの正当性を保っていた。自分の方が聖女にふさわしい。自分の方が、人々に求められている。そう信じなければ、恐ろしくてたまらなかった。
やがて、セレスティアを追放するための謁見が開かれると知らされる。その時のリリアナは、安堵と罪悪感の入り混じった複雑な気持ちを抱く。だが彼女は、その日を待つことしかできることがない。
◇ ◇ ◇
そして、運命の日が訪れる。
セレスティアが王宮に呼び出され、国王と、居並ぶ閣僚や貴族らと謁見する。彼女は様々な思惑が飛び交う権力闘争のひとつとして、今回の出来事を利用された。
本物の聖女がこの国を支えるのだ、という用意された台本の通りに、玉座に座る国王がセレスティアの追放を宣告する。
「そなたを聖女の任から解き、『偽りの聖女』として王都からの追放を命じる」
謁見の間に集った貴族たちは、侮蔑の視線をセレスティアに送る。オルコットは苦悩の表情で目を伏せ、リリアナは悲劇のヒロインを演じるように俯いた。
誰もが、セレスティアが泣き崩れ、許しを乞う姿を想像していた。
だが。
「――謹んで、お受けいたします」
返ってきたのは、予想を完全に裏切る、晴れやかな声だった。
顔を上げたセレスティアは、満面の笑みを浮かべていた。それはまるで、長年の重荷から解放されたかのような、心からの、一点の曇りもない笑顔だった。
その場にいた全員が、思考を停止させた。国王は呆気に取られ、貴族たちは囁きを忘れ、リリアナは信じられないものを見る目でセレスティアを見つめた。
追放されるのだ。偽りの聖女と罵られ、すべてを奪われるのだ。それなのになぜ、これほどまでに嬉しそうな顔ができるのか。
誰ひとりとして、彼女の笑顔の理由を理解できなかった。
◇ ◇ ◇
誰もが戸惑うなかで、ただひとり、宰相デューク・ヴァルトだけが、冷静にその光景を観察していた。彼の銀縁の眼鏡の奥の瞳は、セレスティアの笑顔の裏にあるものを探ろうと、鋭く細められている。
(……フン。虚勢か、あるいは狂ったか。どちらにせよ、これで計画通りだ)
宰相にとって、セレスティアの存在は、自らの計画における最大の障害だった。
彼の目的は、国王を傀儡とし、この国を完全に掌握すること。そのためには、人心を掌握する「聖女」という駒が不可欠だった。彼の意のままに動く完璧な駒として、新たな聖女たるリリアナを用意したのだ。
セレスティアの力は、あまりにも規格外で、制御不能だ。民衆が彼女個人に心酔すれば、王家や貴族の権威は相対的に失墜する。それは宰相の描く支配構造を、根底から覆しかねない危険な火種だった。
(排除しなければならん。だが、殺せば民が黙っておるまい。英雄を殺したとなれば、大規模な反乱に繋がりかねん)
だからこそ、彼は「追放」という手を選んだ。
彼女から聖女の地位を剥奪し、「偽物」の烙印を押す。そして王都から遠ざける。そうすれば、民衆の熱狂もいずれは冷め、人々は「真の聖女」であるリリアナへと心を移していくだろう。
セレスティアが笑顔で追放を受け入れたのは予想外ではあった。だが好都合でもある。抵抗されれば、それだけ後処理が面倒になるのだから。
「これで、障害は消えた」
宰相は、セレスティアの意味不明な笑みを思い返しながら、冷たく呟いた。
これで彼の計画は、新たな段階へと移行する。そしてその先にあるであろう、自らの栄光を想像して、笑みを浮かべた。
しかし、彼はまだ気づいていなかった。
自分が排除したと思っている障害が、ただの障害ではなく、あらゆる計画や常識を粉砕する、歩く天災であったことを。
そして、野に放たれたその天災が、いずれ自分の喉元に牙を剥く――いや、鉄拳を叩き込んでくる運命にあることを。この時の彼は、まだ知る由もなかった。
-つづく-
ゆきむらです。御機嫌如何。
とりあえず、第1章にあたる区切りのいいところまで書けたので。
更新を再開します。今日が第3話で、第8話まで。
第2章になる第9話以降は、現在執筆中。
もっとアクション描写が増やせるといいなぁ。
感想や評価などいただけると嬉しいです。
引き続きよろしくお願いします。
◇ ◇ ◇
まず、最も単純で、最も熱狂的な反応を見せたのは、王都の民衆だった。
彼らにとって、聖女とは雲の上の存在だった。美しく、清らかで、自分たちのために祈りを捧げてくれる、ありがたい象徴。しかしその姿はどこか遠く、現実感に乏しいものでもあった。
だが、セレスティアは違った。
大神殿に魔物が乱入したという絶望的な報せ。誰もが恐怖に震える中、彼女はただひとり、敢然と立ち向かった。そして、祈りでも結界でもなく、自らの細い腕で、脅威を打ち払ったてみせたのだ。
王都の酒場や路地裏では、連日その話題で持ちきりだった。噂は人々の口から口へと伝わるうちに、原型を留めないほどに脚色され、一種の英雄譚として昇華されつつあった。子供たちは「聖女様ごっこ」と称して、友達にラリアットを仕掛けるのが流行り始めていた。セレスティアがそれを知ったなら「やめておけ、首が折れるぞ」とツッコミを入れたに違いない。
「聞いたか? 聖女様が、たった一撃で魔物の首を刎ねたそうだ」
「素手じゃない、祈りの力だ。聖女様が腕を振るうと、まばゆい光が迸り、魔物は塵と化したそうだ」
「俺が聞いた話だと、魔物があまりの神々しさにひれ伏し、自ら頭を垂れて改心したって話だが……」
交わされる噂は、日を追うごとに荒唐無稽なものになっていったが、その根底にある感情は同じだった。それは、畏怖と、親近感と、そして何より強烈な「頼もしさ」への称賛である。民衆は、自分たちを守ってくれる、力強い聖女の登場に熱狂していた。
◇ ◇ ◇
一方、大神殿の最高位に立つアークビショップ・オルコットは、民衆の熱狂とは真逆の感情を抱いていた。深く冷たい苦悩にさいなまれていたのである。
あの日、彼は目の前で起きた出来事が信じられなかった。聖女が、祈りの言葉ではなく、獣のような膂力で魔物を屠る。その光景は、彼の長年の信仰を根底から揺るがすものだった。
「あれは……本当に、神の御業なのか……?」
自室で、彼は何度も自問自答を繰り返した。
聖女の力とは、慈愛の顕現であるはずだ。傷を癒し、心を慰め、邪を浄化する、清らかな光。暴力とは、破壊とは、最も対極にあるべきもの。
しかし、セレスティアの力は、あまりにも物理的で、暴力的だった。
彼女自身は、その力を「神より与えられたもの」だと言う。民衆はそれを「新たな奇跡」だと讃える。
だがオルコットの目には、それが神聖なものとは到底思えなかった。むしろ、古文書に記される、神の教えに背く「異端の力」に近いのではないか。
彼の心には、セレスティアに対する畏れと、理解できないものへの強い拒絶感が芽生えていた。このままでは、神殿の秩序が、いや、王国の信仰そのものが歪んでしまう。その危機感が、老いた聖職者の心を重く縛り付けていた。
◇ ◇ ◇
王宮の奥深く。謁見の間では、ひとりの少女が震えていた。
少女の名はリリアナ。宰相のデューク・ヴァルトによって辺境から見出され、王都へと連れてこられた、もうひとりの「聖女」である。
彼女の力は、純粋な「治癒」。その手から放たれる光は、まさしく人々が思い描く聖女の奇跡そのものだった。宰相は彼女を「真の聖女」として担ぎ上げ、セレスティアを排除するための駒として利用しようとしていた。
(怖い……。あの人、本当に人間なの……?)
リリアナは、伝え聞いたセレスティアの武勇伝に、ただただ恐怖を感じていた。
魔物をラリアットでなぎ倒す聖女? そんな話、聞いたこともない。
自分とはあまりにも違う異質な存在に、彼女はただ怯え、震えるしかない。
そんな彼女をなだめ、懐柔するかのように、宰相は囁く。
「あれは偽り。お前こそが、神に選ばれた真の乙女なのだ」
リリアナはその言葉に縋りついた。そうすることで、彼女はかろうじて自らの正当性を保っていた。自分の方が聖女にふさわしい。自分の方が、人々に求められている。そう信じなければ、恐ろしくてたまらなかった。
やがて、セレスティアを追放するための謁見が開かれると知らされる。その時のリリアナは、安堵と罪悪感の入り混じった複雑な気持ちを抱く。だが彼女は、その日を待つことしかできることがない。
◇ ◇ ◇
そして、運命の日が訪れる。
セレスティアが王宮に呼び出され、国王と、居並ぶ閣僚や貴族らと謁見する。彼女は様々な思惑が飛び交う権力闘争のひとつとして、今回の出来事を利用された。
本物の聖女がこの国を支えるのだ、という用意された台本の通りに、玉座に座る国王がセレスティアの追放を宣告する。
「そなたを聖女の任から解き、『偽りの聖女』として王都からの追放を命じる」
謁見の間に集った貴族たちは、侮蔑の視線をセレスティアに送る。オルコットは苦悩の表情で目を伏せ、リリアナは悲劇のヒロインを演じるように俯いた。
誰もが、セレスティアが泣き崩れ、許しを乞う姿を想像していた。
だが。
「――謹んで、お受けいたします」
返ってきたのは、予想を完全に裏切る、晴れやかな声だった。
顔を上げたセレスティアは、満面の笑みを浮かべていた。それはまるで、長年の重荷から解放されたかのような、心からの、一点の曇りもない笑顔だった。
その場にいた全員が、思考を停止させた。国王は呆気に取られ、貴族たちは囁きを忘れ、リリアナは信じられないものを見る目でセレスティアを見つめた。
追放されるのだ。偽りの聖女と罵られ、すべてを奪われるのだ。それなのになぜ、これほどまでに嬉しそうな顔ができるのか。
誰ひとりとして、彼女の笑顔の理由を理解できなかった。
◇ ◇ ◇
誰もが戸惑うなかで、ただひとり、宰相デューク・ヴァルトだけが、冷静にその光景を観察していた。彼の銀縁の眼鏡の奥の瞳は、セレスティアの笑顔の裏にあるものを探ろうと、鋭く細められている。
(……フン。虚勢か、あるいは狂ったか。どちらにせよ、これで計画通りだ)
宰相にとって、セレスティアの存在は、自らの計画における最大の障害だった。
彼の目的は、国王を傀儡とし、この国を完全に掌握すること。そのためには、人心を掌握する「聖女」という駒が不可欠だった。彼の意のままに動く完璧な駒として、新たな聖女たるリリアナを用意したのだ。
セレスティアの力は、あまりにも規格外で、制御不能だ。民衆が彼女個人に心酔すれば、王家や貴族の権威は相対的に失墜する。それは宰相の描く支配構造を、根底から覆しかねない危険な火種だった。
(排除しなければならん。だが、殺せば民が黙っておるまい。英雄を殺したとなれば、大規模な反乱に繋がりかねん)
だからこそ、彼は「追放」という手を選んだ。
彼女から聖女の地位を剥奪し、「偽物」の烙印を押す。そして王都から遠ざける。そうすれば、民衆の熱狂もいずれは冷め、人々は「真の聖女」であるリリアナへと心を移していくだろう。
セレスティアが笑顔で追放を受け入れたのは予想外ではあった。だが好都合でもある。抵抗されれば、それだけ後処理が面倒になるのだから。
「これで、障害は消えた」
宰相は、セレスティアの意味不明な笑みを思い返しながら、冷たく呟いた。
これで彼の計画は、新たな段階へと移行する。そしてその先にあるであろう、自らの栄光を想像して、笑みを浮かべた。
しかし、彼はまだ気づいていなかった。
自分が排除したと思っている障害が、ただの障害ではなく、あらゆる計画や常識を粉砕する、歩く天災であったことを。
そして、野に放たれたその天災が、いずれ自分の喉元に牙を剥く――いや、鉄拳を叩き込んでくる運命にあることを。この時の彼は、まだ知る由もなかった。
-つづく-
ゆきむらです。御機嫌如何。
とりあえず、第1章にあたる区切りのいいところまで書けたので。
更新を再開します。今日が第3話で、第8話まで。
第2章になる第9話以降は、現在執筆中。
もっとアクション描写が増やせるといいなぁ。
感想や評価などいただけると嬉しいです。
引き続きよろしくお願いします。
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