【完結】追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する

ゆきむらちひろ

文字の大きさ
13 / 29
第2章「陰謀、粉砕祭り」

13:聖女は、遺跡の謎に挑む

しおりを挟む
 宝の地図を頼りに、険しい山道を登ること丸二日。
 私とカインは、ついに目的の場所にたどり着いた。

 そこは鬱蒼とした森の奥深く、巨大な岩壁に囲まれた、隠された谷のような場所だった。谷の中央には、苔むした石造りの建物が静かにたたずんでいる。その様はまるで、悠久の時の流れから取り残されたかのようだ。

 あれが、伝説の「忘れられた神々の遺跡」に違いない。
 私の黄金の未来が、あの建物の中に眠っているのだ。

「おお……! これが、古代遺跡……!」

 カインが感嘆の声を漏らす。彼は元騎士だけあって、こういう歴史的建造物にはロマンを感じるらしい。

「すごい……。何千年も前に、人の手でこれほどのものを……。セレス様、見てください、あの柱の彫刻! 失われた古代文明の様式です! 歴史的価値は計り知れませんぞ!」
「価値があるのは結構なことです。ですが、カイン。私たちが求めているのは、歴史的価値ではなく、換金価値です。あの柱が金塊でできていれば、もっと良かったのですが」
「……セレス様は、相変わらず夢がございませんな……」

 カインは呆れたように肩をすくめた。失礼な。
 むしろ私ほど夢に満ち溢れた人間はいないんじゃないだろうか。なにしろ『黄金のベッドで、毎日、昼寝をする』という壮大な夢を抱いているのだから。

 そんな会話をしつつ、私たちは遺跡の入り口へと足を踏み入れた。
 入り口には巨大な石の扉が設けられていた。固く閉ざされていてびくともしない。その表面には、何やら複雑な模様と、見たこともない古代文字がびっしりと刻まれていた。

「……これは、封印のようですね」

 カインが、石の扉を注意深く観察しながら言う。

「この古代文字はおそらく、何かの謎解きになっているのでしょう。『太陽が、月の影に重なる時、賢者の道は開かれる』……などといった、詩的な文章を解読し、特定の仕掛けを正しい順番で動かさなければ、この扉は開かない仕組みだと思われます」
「謎解き……」

 私の脳が早くも拒絶反応を示し始めた。
 面倒くさい。
 宝を手に入れるために、なぜそんな回りくどいことをしなければならないのか。

 私は前世から、パズルや謎解きといったものが大の苦手だった。会社の研修でやらされたグループディスカッション形式の謎解きゲームで、私ひとりだけ、まったく貢献できなかった。そのせいで上司に「君は協調性だけでなく、論理的思考能力も欠如しているのか」と、三時間にわたって説教された苦い記憶がある。

「カイン。あなた、これ、解けますか?」
「いえ、さすがに専門的な知識がなければ無理でしょう。古代文字の解読には、何日、いや、何週間もかかるかもしれません。それに、ひとつでも手順を間違えれば、恐ろしい罠が作動する可能性も……」
「そうですか」

 私は、静かに頷いた。
 そして、おもむろに拳を握りしめる。

「セ、セレス様……? ま、まさか……」

 カインが顔を引きつらせる。
 私が何をしようとしているのか、彼は正確に予測したらしい。

「ええ。その、まさかです」

 私は、深く、息を吸い込んだ。

「謎が解けないのなら」

 そして、固く閉ざされた石の扉に向かって。
 渾身の力を込めたストレートを叩き込む。

「――扉ごと、壊せばいいじゃないですか!」

 ドッゴオォォォンッ!!

 遺跡全体が、激しく、揺れた。
 何千年もこの場所を守り続けてきただろう巨大な石の扉が、私の拳の一撃で破壊された。まるでビスケットのように粉々に砕け散ってしまった。実は時間が経ちすぎて脆くなってた、とかいうオチでも不思議じゃない。

 舞い上がる粉塵の向こうに、遺跡の内部へと続く暗い通路が見えた。
 同時に、ピシリ、と。
 どこかで何かが、ひび割れる音がした。
 おそらく、扉と連動していた何かの仕掛けが壊れた音だろう。
 まあ、些細なことだ。

「……」

 カインは、もはや何も言わなかった。
 ただ、天を仰ぎ、その手で顔を覆っている。

「さあ、カイン、行きましょう! お宝が、私たちを待っていますよ!」
「……古代の賢者が、もし、この光景を見たら、泣いて詫びを入れるに違いありませんな。何千年もの知恵と労力が、たったひとりの脳筋によって、わずか三秒で無に帰したのですから……」

 彼は何かぶつぶつと呟いている。
 よく聞こえなかったが、私の素晴らしい判断力を褒め称えているのだろう。
 私は意気揚々と、遺跡の内部へと足を踏み入れた。

 遺跡の中は、ひんやりとした空気に包まれていた。
 壁には等間隔で松明が掲げられていて、青白い炎を揺らめかせている。どういう仕組みなのだろう。何千年も経っているのに、松明は灯りっ放しなんだろうか。
 その灯りで微かに見える通路の先。見える範囲で考えるならば、まるで迷路のように複雑に入り組んでいそうだ。

「セレス様、お気をつけて。このような遺跡には、様々な罠が仕掛けられているのが常です」

 カインが注意深く周囲を警戒しながら、私の後ろをついてくる。
 彼の言う通り、通路の床にはところどころ不自然な、色の違う石が埋め込まれていた。おそらくそれを踏むと、矢が飛んできたり、床が抜けたりする、古典的な罠が仕掛けられているんだろう。
 私は、そんな石を一つひとつ、丁寧に避けながら進んだ。
 ……というのは、嘘だ。

「えいっ!」

 私は怪しい石を見つけるたびに、それを力強く踏みつけた。

 ガコン! という音と共に、壁から勢いよくいくつもの毒矢が射出される。
 私はそれらをあっさり叩き落とした。飛んでくるハエを手で払うかのように。

 次に、床がガラガラと音を立てて抜け落ちる。
 私は落下する寸前で、空中を、ぴょん、と跳び。軽々と向こう岸へ着地した。
 目の下に広がる無数の槍の穂先を見下ろしながら、私は、カインに手を振る。

「カイン! 大丈夫ですかー?」
「……大丈夫なわけが、あるかぁぁぁっ!」

 カインは、落とし穴の淵に必死でしがみついていた。
 私は、彼の腕を掴んで、まるで軽い荷物でも引き上げるかのように、ひょいと、引っ張り上げてやる。

「……もう、いやだ……。家に、帰りたい……」

 カインはその場にへたり込み、子供のように泣き言を言っている。
 本当に手のかかる護衛だなぁ。

 その後も、私たちの前に、古代人の悪意に満ちたトラップが立ちはだかった。
 左右の壁が迫ってくる罠。
 天井が落ちてくる罠。
 幻覚を見せる毒ガスが噴出する罠。

 しかしそのすべてが、私の圧倒的な物理能力の前には何の意味もなさなかった。
 迫ってくる壁は、両手で押し返して止めた。
 落ちてくる天井は、頭突きで粉砕した。
 毒ガスは、息を止めて走り抜けた。

 古代の賢者たちが知恵を絞って作り上げたであろう、シリアスな殺人トラップの数々。それらはすべて、私ひとりの能天気な脳筋ムーブによって次々と無意味なものにされていく。もはらそれらは、ちょっとしたアスレチックへと成り下がっていた。

 やがて私たちは、遺跡の最深部と思われるな場所に到着した。
 そこはひと際、大きな広間。その中央には巨大な台座が設置されている。
 そして、その台座の上には――。

「……あれは……?」

 宝箱ではない。
 金銀財宝の山でもない。
 そこに鎮座していたのは、一枚の巨大な石版だった。
 石版の表面には、入り口の扉と同じ古代文字がびっしりと刻まれている。

「……お宝は、どこですか……?」

 私は愕然とした。
 黄金のベッドは? 宝石のドレスは? 毎日食べ放題の高級肉は?
 私が求めるスローライフに繋がる財宝はどこ?

 呆然とする私をスルーして、カインは興味深そうにその石版へ近づいていく。

「セレス様、これはすごい発見ですぞ! この石版にはおそらく、この王国の成り立ちに関する重大な秘密が記されたものです! これこそ金銀財宝にも勝る、歴史的な『宝』です!」
「……いりません、そんなもの」

 私は、がっくりと肩を落とした。
 歴史的な秘密など、一円にもならないではないか……。

 私の輝かしいニート生活の夢が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
 どうやらあの古物商の老人の話は、ただのガセネタだったらしい。

 私が失望に打ちひしがれていると、カインが何かに気づいたように声を上げた。

「セレス様! この石版の文字……。『闇の血族、古の契約により、王権を簒奪せし時、天は裂け、地は……』。これは、まさか……!」

 カインの顔が驚愕に染まる。
 どうやら彼は、石版にとんでもないことが書かれているのに気づいたらしい。
 おそらく、あの宰相が探し求めていたという「遺物」の正体は、この石版のことなのだろう。この石版に書かれた情報こそが、彼が王国を転覆させるための切り札だったに違いない。

 なるほどなるほど。
 シリアスな、陰謀の匂いがプンプンする。

 だが。
 そんなことは、今の私にはどうでもよかった。
 私が求めているのは小難しい陰謀論ではない。
 私が求めているのは、ただひとつ。

 ――宝だ。

「……カイン」
「は、はい!」
「この石版の下に宝箱が隠されている、という可能性はありませんか?」
「え? い、いえ、それは、おそらく……」
「確かめてみましょう」

 私はそう言うと、巨大な石版を、軽々と持ち上げた。

「せ、セレス様!? その石版は歴史的な遺産で……! 丁重に扱わないと……!」

 カインの悲鳴をBGMに、私は石版を台座からどかす。
 しかし、その下に宝箱は、なかった。
 あるのはただ、石でできた冷たい床だけだ。

「……ちっ。ハズレですか」

 私は思わず舌打ちをしてしまう。
 脱力してしまうのを感じつつ、持ち上げていた石版をその場に放り投げた。

 ――ガッシャアァァァン!!

 何千年もの歴史の重みを湛えていた巨大な石版は、興味を惹かれない私によって、無残にも真っ二つに割れてしまった。

「ああああああああっ! 人類の宝がぁぁぁっ!」

 カインが目を見開いて絶叫する。しかし未来のニート生活を支える財宝が手に入らなかった私には、その悲愴さは少しも届かない。

 その時だった。
 石版が割れた衝撃のせいか、あるいは何かの罠のスイッチが入ってしまったのか。広間全体が激しく揺れ始めた。今にも落盤するかのように、天井からパラパラと砂が落ちてくる。

「……ん? なんだか、嫌な予感がしますね」
「予感ではありません! これは現実ですセレス様! あなたが、遺跡の、重要な部分を、破壊したせいで、崩落が始まったんですよ!」

 カインが涙目で叫ぶ。ひと言ひと言を、私に言いくるめるように。いやいや、そんなことを言われても。

「早く逃げましょう! ここにいたら生き埋めになります!」
「ええー……。でも、お宝、まだ見つかってないのに……」
「命と、宝、どっちが大事なんですか!」
「もちろん、宝です」
「即答しないでください!」

 押し問答をしている間にも、遺跡の崩落はどんどん激しくなっていく。
 もはや一刻の猶予もなさそうだ。
 私は仕方なく、この遺跡から脱出することにした。
 もちろん、ただで帰るつもりはない。

 私は、真っ二つに割れた石版の片割れ――模様が、かっこよかった方――を、ひょいと小脇に抱えた。

「せめてこれは持って帰りましょう。いい文鎮になりそうです」
「もう……好きに、してください……」

 カインはもはやツッコむ気力もないらしい。
 私たちは崩れ落ちてくる岩や瓦礫を避けながら、全力で遺跡の入り口へと引き返すのだった。


 -つづく-
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女の孫だけど冒険者になるよ!

春野こもも
ファンタジー
森の奥で元聖女の祖母と暮らすセシルは幼い頃から剣と魔法を教え込まれる。それに加えて彼女は精霊の力を使いこなすことができた。 12才にった彼女は生き別れた祖父を探すために旅立つ。そして冒険者となりその能力を生かしてギルドの依頼を難なくこなしていく。 ある依頼でセシルの前に現れた黒髪の青年は非常に高い戦闘力を持っていた。なんと彼は勇者とともに召喚された異世界人だった。そして2人はチームを組むことになる。 基本冒険ファンタジーですが終盤恋愛要素が入ってきます。

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

処理中です...